<第四章:妄執のネオミア>
<第四章:妄執のネオミア>
ぐっすりとした深い眠りの中から、蹴り起こされた。
「姫様が面会します。最速、早速、身支度をして、精一杯その容貌がまともになるよう努力をするのです」
「………………はい」
マリアに布団をかけ直して、ベッドから出る。
眠っている内にお互い離れていた。何となくだが、子供を育てるというのは、こういう事なのだろうと感じる。
もう一度お風呂に入り、徹底的に身支度する。まあ何をどうしようが、いつも通りにしかならない。
お風呂場に用意されていた着替えに袖を通す。
古めかしい洋装だ。色あせた赤いズボンと、留め金が沢山付いたベルト、くすんだ黒いシャツ、くたびれた革のベスト。ただ、ベストの裏側には薄い金属が仕込まれている。背には鞘を挿し込む作り。他にも、動きを阻害しない形で最低限の防御策が仕込まれている。
「ネオミアの冒険者衣装です。ダンジョンが封印されてからは、冒険者達はロージアンに行き、そこが滅んでからの行方は知りません」
トトが僕のマントを持って現れる。
ちなみにノックは無かった。
「針を通そうとしたら、既に直っていました。気味の悪いマントですね」
「竜の血を吸っているからな」
「なるほど。でも、それは姫様に絶対いわないでください。斬首ものです」
ご婦人と竜に何か関係が? 取りあえず、
「了解」
しておく。
受け取ったマントの内側には、留め金が増設されていた。それをベストの肩口に付ける。軽く動いて見ると、腕に追従してマントが大きく動く。なるほど、固定するだけじゃない。剣線を隠す仕掛けでもあるのか。
剣技に於いて肩の動きは非常に重要だ。ここを隠す隠さないで、対人の戦いは大きく違ってくる。フェイントでマントを翻せば、相手は動きが読み辛くなるだろう。僕のような小手先の剣士にはありがたい仕掛けだ。
「謁見が終わるまで、剣は私が預かります。あの動く魔剣には鎖を巻かせてもらいます」
刀も剣も魔剣も、トトに手渡した。揃うと結構な重量だが、彼女は平然と片手で担ぐ。
カランビットだけは、見えないようにベストに潜ませた。
「カンテラは壊れているようですが、新しい物を用意しますか? そもそも、これどうやって鉱石や火を入れるので?」
トトが雪風をプラプラと指で下げている。
「返してくれ。大事な物だ」
「壊れた道具が大事とは、難儀な方です」
奪い返して、ミニ・ポットを確認。指で叩いて合図を送るが無反応だ。トトに背を向け話しかけるが、やはり無反応。
可動部分がロックされてビクともしない。外側に破損らしい物は見当たらない。そうなると、水溶脳が凍結して破損したのか? 素人の僕には判断できない状況だ。悪化させる可能性もあるから、現状のまま保存してマキナに見せるしかない。
雪風はマリアに預けるとして、他に………………。
「すみません、トトさん。僕の荷物って他には?」
「服の中にあった小物はそこの籠に」
指す先の籠は、バスケットボールを半分にしたサイズ。あれが納まるサイズではない。
「全部ですか?」
「はい全部です」
「弓はありませんでしたか?」
「弓? あなたが急に現れた時に、そんな物はどこにもありませんでしたよ」
狼と戦った時、使った記憶はない。
僕を助けてくれた彼女達は回収してくれなかったようだ。
では、雪原に埋もれたのか。あの弓も結局なんだったのだろう。
「これも忘れずに」
トトが、黒いトップハットを取り出す。清潔だが、これもくたびれている。
「姫様は、あなたの目が気に入らないそうです。それで隠すように」
ご婦人と同じ金の瞳。
あれ………………おかしいぞ。
『金瞳の獣。大陸北部の氷都ネオミアから発生した吸血鬼を滅ぼし、全滅した英雄達の総称』
前に、魔王様にいわれた事を必死に思い出す。
『古い言い方だと、終の戦士、エンドガード、凶月の使徒』
魔王様もバーフルの流した情報に騙されたのか? いや待て、肝心な事が。
金色の瞳。
何で今まで気付かなかった。
バーフルの野郎は、灰色の瞳だ。金色の瞳ではない。魔王様は識者だ。嘘や間違った情報を私的に流すような人ではない。なら、彼女も偽りの情報に踊らされたのか?
分からない。
分からない事が多すぎる。
僕がエリュシオンの獣と戦った時、弓を通しラウカンの力を感じた。ミスラニカ様の力がなければ半獣になっていた可能性もある。
バーフルは、ラウカンの武具はラウカンの体から作ったといった。
なら、バーフルがいうラウカンとは、あの白い狼の事か? それと仮定して、一個だけ解せない事が。
ラウカンの力は、明確に忌血の獣を敵視していた。あの、ご婦人もだ。
何故だ? 何故エンドガードの狼がエリュシオンの事を? ネオミアの姫様がエリュシオンと? バーフルの話だけでは解せない事だらけだ。
「何か?」
赤い瞳が僕を覗き込んでくる。
ご婦人の取り巻きは、目が赤い。吸血鬼らしく赤い目。
もう混乱してきた。
「いえ、ちょっと。色々と状況が分からなくて」
「はあ、私からすれば、あなたの方が正体不明で分からない人です」
「ですよね」
トップハットを被る。似合っているのだろうか、これ。
鏡の自分は、くたびれた吸血鬼に見える。
「まあまあですね。素材の限界で、これ以上どうにもできませんが」
「左様で」
最後に再生点の容器を首に下げた。赤と青の液体が浮かんでいる。これは、ここに翔光石か、それに似た物質がある事を意味する。
トトと風呂場を出てマリアの様子を見る。よく眠っているようだ。起きた時、一人だと寂しいだろうが。今は置いて行くしかない。
「良いですか?」
「行こう」
冒険者らしく未知に飛び込む。
部屋を後にして、冷たく長い廊下をトトと二人で歩いた。
窓の外は変わらず吹雪。
人っ子一人いない。
しかし、生活感のない空間だ。いや、生命のない空間か。人間だけが突如消えた城にいるような気分。足音がどこまでも響く。
気になる事が一つ。
トトの部屋は城の二階にあり、そこから何故か下に降りる。
謁見する場所というのは、普通城の上にあるものだが。
僕の予感は、地下の階段を前にして不安になる。
「どうぞ」
トトがカンテラを取り出し、僕に先に行くよう促す。
この階段には見覚えが合った。
横幅の広いダンジョンに降りる階段。々の尖塔の物に、カタコンベの物に、そっくりである。
闇の底に降りて行く。
トトが斜め後ろから足元を照らしてくれた。
「もしかして、ここって何かのダンジョンで?」
「はい、この城はダンジョンの上に建てられた物です。ネオミアにとって冒険者とは高貴な物の商いであり、血族の誉れでありました。あなたに貸した衣装も、本来は貴金属で飾られた物なのですよ。似合わないので外しましたが」
「それは何とも」
僕が知っている冒険者と全然違うモノだ。
長い長い階段を降りると、先の見えない回廊が続く。床には、所々大きなレリーフが飾られていた。
「これ、踏んで良いものなので?」
多少欠けているが、緻密に人物の胸像が彫られている。文化財ではないのか? 壊して怒られないだろうか。
「お好きなように、私はいつも踏んづけています」
トトがカンテラを掲げ先に進む。
ずかずかと男達のレリーフを踏む。知らない男達だ。僕も気にせず踏んで行く。隅は暗くこける可能性もあるし。
男のレリーフが八枚続き。
最後のレリーフは、顔が砕けていた。胸元で女性と判別できたが、何故この人だけ。
ふっと明かりが消え何も見えなくなる。
「………トトさん?」
暗闇には慣れている。
下手に動かず、目が慣れるまで待つ。
闇に潜んだ気配を感じた。
敵意はない。そのせいで数は定かではない。
ぼんやりと、前に立つ二人分の輪郭を捉える。同時に、
「異邦の冒険者よ。名乗りなさい」
艶に塗れた声が響く。
「レムリアのソーヤです」
借り物の名前は使わないでおこう。
「妾は、ロージアン青王位フォンの末裔にして、半竜リューベルの娘。そして、ネオミア最後の王ネラプシス・バウ・ミテラ・ネオミアの后。
敵は、妾を凶月の女神と呼び。
民は、妾を凶月の使徒と呼ぶ。
妾は、妾を語る言葉を持たぬ。故に、真の名は名乗らぬ。姫、婦人、氷の貴族、忘らるる者。好きなように呼ぶが良い。そして妾を慰めるのは、聖体の祝福を受けた吸血鬼共」
トトが燭台にロウソクを灯す。
カンテラよりずっと小さい明かり。何か形式ばった意味があるのか。二人の顔くらいしか見えない明かりだ。
「ソーヤよ。妾に礼を成すつもりなら、まず跪きなさい」
従い跪く。
トップハットを取るか取るまいかで悩んだが、まあ目が気に入らないといわれたのだ。取らないでおこう。
「良い。ここに至る回廊で、そなたはエリュシオンの王子達を何の躊躇いもなく踏み付けて来た。それで一応の嫌疑は晴らす」
あれ、踏み絵だったのか。
「ソーヤよ。急な来訪が非礼である事は分かるな?」
「はい、心から非礼を詫びさせてください」
「許そう。妾も、つまらぬ事で話を伸ばすつもりはない。で、要件を聞こう」
「僕は、バーフルという男の策略で、このネオミアの地に降り立ちました。彼の目的は吸血鬼を根絶する事。ご婦人と、そのお供の方々に危険が迫っています」
吸血鬼を殺しに来たはずなのに、その吸血鬼に忠告するとは。
皮肉な話だ。
「獣頭の男が、街中で呪法を仕掛けているのは掴んでいる。ロクな事ではないようね」
「僕が、レムリアの地から救援を呼びます」
さて本題だ。
「ロージアンからここに来た手段。大鐘楼を利用させてもらえれば、彼の地に戻り強力な助っ人を連れて戻れます」
「………ふむ、なるほどね」
僕の端的な考えをいえば、今ネオミアから逃げる事しか考えていない。
バーフルの悪行をレムリア王に報告して損害賠償をして、後は国から追放するだけだ。
奴の目的や、この地の秘密などは、安全になって暇がある時に調べれば良い。
「ソーヤ。あなた、声の端々に浅ましい含みがあるわね」
背後に明かりを感じた。僕が通った通路から誰かがやって来る。
鎖の音がした。
「それと駄目よ、トト。ペットを飼うならしっかりと首輪をしないと」
執事が手綱を引いていた。
引かれているのは首輪をしたマリアだった。革製の目隠しと口枷を付けられ、後ろ手も拘束されている。転んだのか膝に血が滲んでいた。
「………姫様これは」
トトの声が震える。
僕は、見えないようにカランビットを抜く。
「一言あれば許したものを、残念よ」
闇の中から他の吸血鬼が現れる。トトを拘束して跪かせた。
彼女の持っていた剣が床に散らばる。
一人がトトの髪を引き首を晒す。
一人が斬首用の大斧を振りかぶる。
「妾は秘密が嫌いなの。それが愛している者の秘密なら余計によ」
ご婦人が指を鳴らす。
断頭の刃が降ろされる。
マリアから行けば間に合わない。
「アガチオン! 止めろ!」
鎖を巻かれたアガチオンが、斧を持った吸血鬼を弾き飛ばす。
彼我の距離は、8メートル。
ほぼ一瞬で詰められる距離。
駆けてザモングラスの剣を拾う。手に収まった魔剣は鎖のせいで刃を晒せない。
「動くな」
マリアを拘束した吸血鬼が、彼女の首に牙を突き立て警告した。
「貴様も動くなよ」
体を弓に、腕を弦に、ザモングラスの剣を投げ付けた。
名剣が吸血鬼の額を貫く。
ビクッ、とマリアの体が震える。
カランビットの刃を、ご婦人の首に当てる。
「誰も、動くな」
軽く刃を動かす。ぷつりと肌を裂いて、青白い首に血の玉が浮く。
「トト、マリアの拘束を解いてくれ。後、悪いが外までの案内を」
「姫様、どうですか? これは」
「中々ね。妾はもう少しスマートなのが好きであるが」
ご婦人は、刃を当てられても平然としている。
それに何故か、トトも平然と。
「合格よ、ソーヤ。意見を聞いてあげるわ」
「………………なんだ、そりゃ」
ご婦人の発言に肩透かしをくらう。
つまりは、
「目の前で女を見捨てるような男なら、妾が話を聞く必要なんてないわ。ま、荒っぽいし、美しさの欠片もないけど。肝は据わっているようね」
「どうも」
試されたのか。
………猛烈に不愉快だ。特にマリアを使ったのが気に入らない。
額を貫かれた吸血鬼が霧に変わり、再びマリアの背後に立つ。今度は、彼女の首を掴む。
そいつと見つめ合ってから、ご婦人の首からカランビットを離した。
同時にマリアの首から手が放れる。そいつは、マリアを連れて下がっていった。ここで解放しないのは、やはり人質という事か。
「半分。そなたを信用するわ。残り半分は、あの小娘と一緒に預かるけど」
慈悲はないようだ。
「さあ、皆。上に戻るわよ。ここに長く居ては“彼”を起こすかもしれないわ」
彼? 誰の事だ。
「な」
鳥肌が立つ。
今の今まで気付かなかった。周囲には、鐘が並んでいた。まるで、カタコンベをコピーしたかのように、無数の鐘が並んでいる。
ご婦人の後ろ。
つまり、僕の傍には大きな鐘が、
「ッ」
それを抱いて眠る竜がいた。
闇でも青く輝く鱗。青鱗公ウルトプルト・オル・ロージアンが。
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