<第三章:死と氷の都へ>
<第三章:死と氷の都へ>
静かな墓標の前で激しく言い争う。
「帰れ!」
「イヤ!」
僕の怒声にマリアの反論。
かれこれ、ニ十回くらい同じ言葉を繰り返している。
「危険が危ないんだぞ! 何かあったらどうするんだ!」
「逃げる! ソーヤなんかより、ずっと早く逃げれるやい!」
やい、て。子供か! あ………子供だ。だが、これから行く場所は子供連れで行けるような場所ではない。
「何度もいうが帰れ!」
「何度でもいうけどイヤだ!」
「このッ」
「くのッ」
マリアと取っ組み合う。
彼女のホッペをつまみ限界まで伸ばしてやる。反撃に脛を蹴られた。
「お前ら、そろそろ我が止めるべきか?」
呆れ顔のバーフル様に、僕は噛みつく。
「あんた! どういう理由でマリアを連れて来た! いや、そもそもどうやって―――――」
「火を点けた辺りから、お前の後ろに転移していたぞ。気付いていなかったのか?」
「なっ」
竜の墓標に見惚れていて気付かなかった。
『ずっと気付いてほしそうにアピールしていたであります』
「お前もいえよ」
雪風の報告にげんなりする。
「ソーヤは抜けている所があるから、妾がいないとなダメな奴だ」
ドヤ顔のマリア。
実に小憎たらしい。下手に逃げられても困るので後ろから抱える。
「だがソーヤ。その嬢ちゃんの力があれば、いつでも逃げる事が出来るだろう」
気楽なバーフル様に腹が立つ。
「マリアの力は、そう連発できるものじゃない。今後の影響を考えて日に三回。今日は一回使ったので、後二回しか使えません。それも連れて行けて一人。二人同時だと消耗が半端ないから絶対に使わせたくない」
僕の心配を余所に、バーフル様は涼し気に答える。
「そうか、なら今日は寝ろ。貴様も疲れただろう。我が番をしてやる」
「そういう問題じゃなくて」
この野郎、と頭を抱える。
「寝袋持って来たぞ」
マリアもまた、僕の心配など知ったこっちゃないようだ。腰のバッグから、畳んだ寝袋を取り出して広げる。
ここまでの張り詰めた空気が抜けて行く。
馬車の旅とカタコンベの探索で、疲れがピークに来たのかもしれない。
「お風呂も入ったし歯も磨いたぞ。いつでも寝れるのだ」
そういえば、マリアはお風呂上りの良い匂いがする。
とことん気が抜ける。
「ソーヤ、枕しろ」
「ああもう、何だこれ」
マリアが潜り込んだ寝袋は、いわゆる歩ける寝袋だった。
緊急時に熊から逃げ出せるという売り込みの、足の部分が歩行できるよう二股に別れているタイプ。マリアが変わった生き物に見える寝袋だ。
「さあ、寝るぞッ!」
眠るテンションではないが、マリアは床に座る。
もう仕方ないので、僕もマントを脱いで床に敷いた。ブランケットを取り出した後、バックパックを枕にして横になる。マリアが『枕~』とせがんでくるので腕枕をしてやった
カタコンベで眠るとか笑えない冗談。
「バーフル様。いつの間に、こいつに声をかけたんですか?」
まだまだバーフル様に噛みつき足りない。
「貴様が来る少し前、テュテュの店に現れた。力を貸してやるから日程を教えろとな。勘の良い子供だ。貴様は隠したつもりだろうが、全てお見通しだったという事だ」
「僕の都合を考えて、そこはごまかしてくださいよ」
王に報酬を伝えている時、こいつは隣にいたのに。パーティには秘密裏にやると伝えたのに、あっさり巻き込みやがって。
仮に、マリアに何かあったら許さないからな。
「いざという時、貴様の逃げる手段が必要であろう? 我は一人ならどうとでもなる」
「それは確かに」
必要ではある。
「貴様は、冒険に速さを求めている。ネオミアの吸血鬼退治が順調に終わったとしても、そこからレムリアに帰るのは時間と体力を消費する。その後、休息を入れるだけでも時間を消費するぞ。一日でも早く、嫁の待つ家に帰りたくはないのか?」
「帰り………………たいです」
正論だ。
しかし、言い返せない正論ほど腹立たしいものはない。
「おい、マリアお前も」
「zzz」
すややーん、とマリアは眠っていた。
よくもまあ墓場で眠れるものだ。事の重大性を色々と分かっていない。吸血鬼と戦うのだぞ? 死ぬかも知れないのだぞ? 下手をすれば感染したお前を、僕が殺さなくちゃいけないのだぞ? その逆だってある。
「zzz、zzz」
可愛さ余って憎さ百倍の寝顔だ。
「くのっ」
拳が震える。
そういえば、竜の時のお仕置きも何やかんやでまだである。貯めておくからな。お仕置きゲージを貯めておくからな。後で絶対泣かす。野菜ばっかり食べさせてやる。
「貴様も眠れ。安心せよ、その子はエンドガードの名に賭けて守ってやる」
「そいつはどうも」
大きなお世話だ。
「そもそも子供を巻き込む事は、エンドガードの矜持に反しないのですか?」
「しないな」
しろよエンドガード。
どういう組織なんだよ。
「子供にも色々ある。その子は力ある子供だ。無力な子を巻き込む事は矜持に反するだろうが、力ある無辜な者に道を示す事は、エンドガードの………否、大人の仕事か」
「………………」
正論だ。
マリアには、道を示さなくてはならない。暗がりから明るみに。邪道から王道に。だが、
「それは僕の仕事だ。あんたの仕事じゃない」
「なら、励む事だな」
適当にあしらわれた。
色々いいたい事があるが、あり過ぎてまとまらない。
「良いから眠れ。何、全て上手く行く。仮に失敗しても右大陸に吸血鬼が溢れ、また国が亡くなるだけの事。どうせ500年も過ぎれば、今の国や人も全て消えるのだ。その時が早くなる。それだけの事」
抱き着いて来たマリアを抱き返し、ブランケットを被せる。………取りあえず眠ろう。納得していないが、体力を戻してから口論しても遅くはない。
野郎二人旅は嫌だったが、だからといってマリアが来るとは。
ホントままならない。
「大炎術師殿にいわせれば、何れ世の全ては炎に飲まれ灰燼に帰すとな。炎教、清貧の教えだ」
バーフル様は、低く静かな声で独り言のような話をする。
テーマは世の無常。
どうでも良くて、眠気を誘う。
抱きしめたマリアの温もりが心地良い。変な寝袋姿だが。
「つまり人の営みとは、何をどう積み重ねようが、最後は滅びに向かう無為な行いだ」
炎に照らされたバーフル様の横顔が、
「?」
一瞬、人に見えた。
いや、横目に映った幻だ。
ただ………………ザモングラス? その知り合いに似た顔だったような。
彼のように白髪ではなく老けてもいなかったが。まあ、墓所だ。死人の幻影を見てもおかしな事ではない。
疲れが溜まっているようだ。
眠ろう。
薪が炎に炙られ鳴る。心地良いBGM。
ここ二日、馬車に揺られながら眠っていたせいか、動かない床で横になっても揺れている気がする。
まるで波に揺られるように。
水底の深淵のような闇の中、僕は死んだように眠りについた。
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