<第二章:忘却のロージアン> 【02】
【02】
レムリアが、々の尖塔というダンジョンを中心とした街のように、ロージアンもまた、ダンジョンを中心とした街だった。
ダンジョンの旧名は、ロスヘイリックの地下迷宮。
今の名は、シンプルに地下墓地。
ようはカタコンベだ。
ロージアンが滅びた後、多くの遺体はそこに安置された。もしくは自主的に収まりに行った。先ほど遭遇した死霊は、ここから上に行った者か、それとも地上に未練のある者か。
どちらにせよ廃都だ。
上も下も、滅び死かない。
「ここだ」
バーフル様の案内で、カタコンベの前に来る。
上部に構造物がないが、入り口はどことなく々の尖塔と似た趣。
中に侵入すると、更に似た構造。
ああこれは、々の尖塔に似ているというより、冒険者組合の受付に似ているのだ。かつて、ここにも組合があったのだろう。
うろついている骸骨は、もしかして元組合員とかか?
「掃除する。少し待て」
止める間もなく、バーフル様は死者に襲いかかる。
特大剣の一振り、二振りで、何十体もの骸骨が一網打尽に吹っ飛ばされる。廃墟に残った人の痕跡も含めて。
彼は目に入る全てを薙ぎ払って行く。
ご丁寧に、頭だけになった骸骨もしっかり踏み潰す。
さ迷う死者は、生者を恨む。極自然と襲いかかる。ダンジョンに潜れば、その揺るがない摂理を痛感できる。
こいつらは人の影だ。人間と輪郭が似ているだけのモンスターだ。
不要に生者と重ねるのは危険な事だ。さっきの赤子の件は、僕の気まぐれに過ぎない。
だから、踏みにじられる死者に同情はしない。
静かに浮かぶ闇のように、心を乱さず。暴れるケダモノの後に続く。
五分もかからず、カタコンベ第一層の敵は沈黙した。
親父さんのいう通り、バーフル様は強い。人の域にある強さではない。
様々な意味で、人として欠けているモノがある。
僕が受け継いだ業がこういっている。
この剣には誇りがない。
この技には研鑽がない。
この業に人間性はない。
つまりこれは、獣が近くに合った棒切れを振り回しているだけの事。
認められるわけがない。原始時代の野人の殺し方だ。それが殺しているのは、かつて文明を持っていた者とは皮肉な話だ。
「進むぞ」
バーフル様は、僕を一瞥すると骨の残骸を散らし進む。
程なくして地下に通じる階段を見つけた。
やはり似ている。
々の尖塔と同じような作りだ。
隣にポータルの台座らしき物を見つけたが、機能は停止していた。階段の奥は、月明りも届かない無明の闇。
雪風に明かりを点けさせる。
階下の奥を照らしゾッとする。大白骨の階層と同じだ。蜘蛛の巣のように、死者でごった返している。
「バーフル様、行けますか?」
「そうだな。少し、骨が折れるが問題ない」
そりゃ面白い戯言だ。
「ちょっと試したい事が」
「あん?」
「雪風、頼む」
『了解であります』
先ほどの鐘を取り出す。眉唾だが試す価値だけはある。
「危険を感じたら戻れ」
『了解です。ご安心を』
雪風は鐘を内部に収納すると階段を転がる。
今の所、ミニ・ポットが死者に襲われた事はないが、そういう決め込みは冒険で致命となる。常に疑うくらいで丁度良い。
「よし鳴らせ」
遠く小さくなった雪風が、合図と共に鐘を鳴らす。
「ほお」
僕には一方しか見えないが、バーフル様には全てが見えたようだ。
『敵、活動が鈍化して行きます。スピーカー出力を最大にして鐘の音を倍加させます』
メガネ越しに雪風の通信が届く。
ここまで大きくなった鐘の音が響く。
『敵、活動停止。無力化』
「行けます」
「しかし、変わった道具だな」
僕は、バーフル様の獣耳に注目する。反応していない。この人には鐘の音は聞こえていない。
胸騒ぎが大きくなる。
この差異、後で響かなければ良いが。
変わらず、バーフル様を先頭に階段を降りて行く。
々の尖塔と同じ長い階段だ。
雪風を回収して先を照らすが、中々底が見えない。暗闇が強いせいか冥界に降りている気分になる。獣面の男は、止まった骸骨を蹴散らして進んだ。鐘の音が途切れれば、こいつらは襲ってくる。必要な行為だ。しかし、微小な後味の悪さを覚える。
長い階段を降り、カタコンベの第二層に到着した。
暗い階層に、眠る死者達が並ぶ。
ここには翔光石が存在していない。再生点を確認するが液体が透明なままだ。つまり、致命傷を負えばそこまで。バーフル様は魔法が使えない純肉弾戦闘のみ。助けにはならない。
いつも以上、慎重に慎重を重ねて行かないと。
墓場で死ぬなど用意が良い事だが、遠慮したい。
開けた空間には、無数の柱が並んでいた。荘厳なほど見通す限り全てにだ。
おもむろに、バーフル様は柱の一つに拳を叩き込んだ。いきなりの事で驚く。死者が起きるかと思った。
「ソーヤ。持っておけ」
バーフル様から、光る鉱石を投げ寄越される。
柱の奥に入っていたようだ。
「これは?」
微かな光。ほのかに温かい。
拳大で、丸くつるんとした感触。
「熟成させた陽光石だ。翔光石と同じ効果がある。持っていれば再生点が作動するはずだ。お前には、こんな所で死なれては困るからな」
確認する。再生点の容器に、赤い液体と少ない青い液体が浮かんでいた。
疲労が和らぎ、足の痛みが消えて行く。確かに動作している。
「大昔の生命だ。ここで人知れず朽ちるくらいなら、貴様が利用しろ」
「………………」
バーフル様が砕いた柱を見て、げんなりした。
人柱だった。
これだけではないだろう。恐らく他の柱にも入っている。
骨盤の形からして女性。骨の未成熟者を考えれば十代前半の少女だ。
雪風を掲げて、明かりを遠くまで伸ばす。柱の数は、数百か千。これ全てがそうなのか………………。
「何故、こんな物が」
掌の石に、片手で合掌する。祈る言葉はない。何をいえばよいのか分からない。
形ばかりの弔いをして、陽光石をバックパックに入れた。
「どのような闇に降りても人は光を望む者だ。それが偽りであれ、他者の生命であれ、より深い闇に繋がる外法であれ。人のサガとはいえ哀れな事だ」
「バーフル様は、ロージアンが滅んだ原因を知っているのですか?」
何気なく口にした疑問は、後悔に変わる。
「………詰まらぬ話だ。知りたいのか?」
空気が張り詰める。味方に向けて放つ殺気ではない。
危険だ。この男には触れてはいけない部分がある。冒険者の勘がいっている。それは死に至る秘密だ。開けた瞬間に襲われる死の宝箱だ。
触れたら、ここから帰れなくなる。
「………………」
緊張を無言でやり過ごす。
重い空気の中、止めた歩みを進める。
わずかな光を頼りにカタコンベを潜る。死者は鐘の音で眠っているが、ここにいるモンスターがこれだけとは限らない。
再生点が作動したとはいえ油断ならない。
暗い暗い闇の淵を、針のような光を頼りに歩く。
「雪風、動作探知は最大で頼む」
『ご安心を。鐘の反響音で索敵も行っています。現在、半径30メートルはカバーしています』
そいつは僥倖。
「作動時間はどのくらいだ?」
『18時間と38分です。正し、極低温下では水溶脳の保護を優先しますので、バッテリー消費は今の比ではないのであります。気を付けてください』
カタコンベは決して暖かくはないが、冬の外気よりは寒くない。
現在、8℃といった所。
「バーフル様。目的の大鐘楼とやらは何層に?」
「三層だ。そう遠くはない。敵がこのまま棒立ちなら、夜明けまでに辿り着ける」
大鐘楼。
それも今一掴めていないが、ネオミアまで一気に行けるポータルみたいな物らしい。
ともあれ敵に遭遇しないのなら楽に―――――――
『ソーヤ隊員。大変、残念なお知らせであります。悪い知らせと、最悪な知らせ、どちらが聞きたいですか?』
「両方だ」
そりゃどっちにせよ聞くだろ。
『鐘の組成が、急速に劣化し始めました。このままでは、一時間で元の音色を流せなくなります』
「それ、最悪の方か?」
『いえ、悪い知らせです。最悪の方ですが、背後の敵が覚醒と同時に合体して追ってきています。どうやら、死者とは寝起きが悪いようでありますな』
「そいつは面白い」
雪風のライトと共に背後を向く。
メガネを最大望遠にして闇を凝視する。
「バーフル様。後ろがやばい事に」
「あん?」
バーフル様も振り向く。
壁が出来ていた。
動く白骨達が密集した骨の壁だ。ネズミ一匹逃げる隙間もない。急いで迫って来る様子はないが、絶対逃がすつもりはないようだ。
「そうか、前じゃなくて良かったな」
「さいですか」
思った通りの返事だ。
これ、帰りはどうするつもりなのだ?
「後、鐘が壊れそうです」
「そうか………急ぐぞ。ここから入り組んでいる、はぐれるな」
いう通り広間は終わり、この先の通路は細く迷路状になっていた。
バーフル様はマントを翻し駆ける。
速い。獣の疾駆だ。見失わないように僕も駆ける。
風を纏い走る。
漆黒に足を取られないよう。深海を泳ぐ魚のように。再生点を削って限界近い速度で走る。
それでも全く追いつけない。見失わないよう喰らい付くので精一杯だ。
バーフル様の疾走に迷いはない。この辺りは記憶にあるのだろうか。
彼のマントがなかったら見失っていた。わずかに残った刺繍が光を反射して闇に浮かんでいる。
模様の形は捉えられないが旗印に見えた。
いや、よしておこう。
今は、追尾に集中する。
念の為、雪風にターゲッティングさせる。だが極力、自力で捉え続ける。僕の意地と負けん気だ。何故か、この人には負けたくない。そんな気持ちが湧いている。
敵を追うようにバーフル様を追う。
距離は、縮まないが走る癖は掴む。まず肩が動いて他のパーツは追従していた。呼吸や曲がるタイミングを読めれば、急な制動で体に負担をかけなくてよい。
しかし、純粋な速さでは全く相手にならない。
しかも、バーフル様は時折振り返る。という事は、多少手を抜いてこの速度だ。
加えて、走行の邪魔な敵を一撃で倒していた。
息が切れ始め腹が立つ。
一応、竜と真正面から斬り合ったのだぞ。僕は。
それなのに、まだまだという事か。
「ッ、はぁ。ハッ………………ハァ」
二十分ほど全力疾走しただろうか。
小休止になった。
胸が痛い。首筋に汗が伝う。血管を通して早鐘のような心臓の鼓動が聞こえる。
無理をしたせいか再生点は半分に減っていた。
血の廻りのせいか視界が狭い。
「ほう、付いて来るか」
バーフル様の感心した声。
悪態の一つでも返したいが、今は少しでも早くコンディションを整えたい。
バックパックから水筒を取り出して、スポーツ飲料をガブ飲みする。軽い吐き気を堪えた。
「降りるぞ。ゆっくりでも構わん」
目の前に階段があった。
下の階層に続く階段だ。
降りて行くバーフル様に続く。気分はあまり良くない。それでも無理矢理、行動食を胃に入れる。ビスケット三枚に干しブドウ十粒、チョコレートを二欠片。
今は味なんてどうでもいい。
「バーフル様、飯は?」
ふと背中に訊ねる。
「いらん。この体にそんなものは必要ない」
そう背中から返って来る。
便利だ。まるで、本当に人間ではないようだ。
長い階段を降りる。
ゆっくりと次の階段がある事を足で確かめながら。
目が慣れても見通せない暗闇。雪風の明かりはひどく頼りない。
どこまでも闇と闇。出口があるように思えない。地獄に自ら降りて行くような感覚。ホント気が滅入るな、これは。普段のダンジョンが恋しい。
いつもの仲間達も。
別の人間と組んで、ありがたさが分かる。僕は仲間に恵まれていた。
帰りたいな。家に。
こんな闇の奥底で何をやっているのだ。
憂鬱になりながら階段を降りきった。
そこは、親父さんから聞いた事がある所だった。高い天井の開けた空間に、何かの規則性を持って人間サイズの鐘が並んでいた。
上が柱で、下は鐘。
このダンジョンを作った奴にいってやりたい。メリハリは大事だぞ、と。
雪風が鳴らしていた鐘の音が、急に止む。
『ソーヤ隊員。鐘が塵と化しました』
「マジか」
「安心しろ。この階層に敵はいない」
そりゃ良かったが、帰りはどうするのだ?
「少し進むぞ。そこに大鐘楼がある」
また進む。
何のためらいもなく闇の中を。
「一つ確認しておくが」
バーフル様が背を向けたまま話しかけてくる。
「お前の持っている奇妙な喋るカンテラ。戦闘力はあるのか?」
「皆無です。チョチョ相手にも勝てません」
『言葉でありますな。自爆装置を使えばチョチョくらい倒せるであります』
「それは駄目だろ。余計に駄目だ」
「よく分かった。頭数には入れん」
当たり前だ。
戦闘用のA.Iなどトーチくらいだろう。自律型無人兵器の危険性は、50年代に散々議論され条例で禁則された。兆しがあるだけで国連が軍を送り込むくらいだ。
何故か、兜を被った小人を連想してしまう。
いやでも、まさかね。
悪い冗談だ。
「おい、ここで休むぞ」
バーフル様が荷物を降ろし座り込む。
そこは、とんでもない物の前だった。
「嘘でしょ」
並ぶ鐘の中、一際大きな物があった。
鐘の大きさは、幅8メートル、高さ20メートル。それよりも目を引くのは、それを抱いて眠る片翼の竜だ。
大きい竜だ。雪風の解析によると全長は40メートル近く。白鱗公の二倍はある。
眠る?
いや、これは死体か? 照らしてみるが生物のような質感はない。
「驚くな。只の石像だ」
「石像?」
「この階層は、青鱗公ウルトプルト・オル・ロージアンの墓標だ。死者共が近寄らないのは、恐れ多さ故だろう。本物の竜の遺骸なら、貪欲な冒険者達が放っておくわけがない」
確かに、取り尽くされて何も残らないだろう。
鱗に骨爪、目に心臓、血の一滴に至るまで。竜に捨てる所はない。全てが人に取って有用な資源となる。白鱗公の返り血が付いた戸板だけで、金貨100枚の値段が付く。
そりゃレムリアの人間が、家を破壊されても怒らないわけだ。
国が新築にしてくれるし、竜の残留物があれば冬を贅沢に越せる資金になる。
白鱗公が去った後、街中で宝探しが行われるのだ。
「ここで、しばし待つぞ」
「待つ?」
バーフル様が、不思議な事をいう。
僕ら二人でエンドガードではないのか? それとも秘密裏に増援でも。
「待てば分かる。休め」
僕の疑問は黙殺され、バーフル様は荷物から薪と火打石を取り出す。
拾っていた人骨の一つにボロ布を巻き付け、荒っぽく火打石の火花をかける。
金属を加工するような音。
何度かの火花の後、布に火種が灯る。雑に裂いて、羽を作った薪に火を移す。
暗闇の中に明かりが生まれた。
僕らを囲むのは無数の鐘。
正面には、大鐘楼を抱く竜の石像。
正直、ゾッとする光景だ。こんな所で休める気がしない。
「眠らぬのか? ここを過ぎれば死闘ぞ」
「こんな場所で休める気がしません」
「そうか、存外肝の小さい男だな。竜と真正面から斬り合ったとは思えん」
「それはまあ、あの場の雰囲気で何となく」
今でも後悔はしている。
場に流されたとはいえ無謀だった。
「では、暇潰しに一つ。昔話でもしてやろう」
獣頭の男は炎に顔を照らし、酒瓶を取り出しグビリと一飲み。
安酒と共に青い竜の伝説を語り出す。
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