<第二章:忘却のロージアン>
<第二章:忘却のロージアン>
北に向かう前、二つ寄る場所がある。
まず一つ。
グラッドヴェイン様の宿舎に来た。シュナの様子を見ておきたい。
顔見知りの爬虫類系獣人に案内され彼の部屋に。
ノックすると、か細い声が返って来る。
男同士なので、無遠慮に部屋に入った。
簡素な部屋だ。ベッドが一つと、武具を収めるラックがあるだけ。
彼の愛用の武具は、丁重に置かれていた。
訓練して寝るだけの部屋。武を研鑽する事が、彼らにとっては至上娯楽だ。個室に不用な物を置く習慣はない。
ないが、見覚えのあるスパム缶とカップ麺。子供用の絵本が隅に置かれていた。
これくらいは、年頃の少年の慰めとしては軽い物だろう。
暗い少年時代を過ごしていた僕でも、もっと娯楽に囲まれていた。
「体調はどうだ?」
「もう大丈夫だ。グラッドヴェイン様が、ちょっと大げさにしただけ」
シュナは、ベッドでふてくされていた。
中々良い羽毛布団である。部屋は寒いが、これがあるなら保温は問題ないだろう。
「何だよ?」
念の為に、彼の額に手を当てる。
エアより熱は低い。本当に、グラッドヴェイン様が大事を取っているだけか。
「体力は?」
「そこそこ」
普段のように余裕と答えないのは、まあ余裕がない証だろう。
取りあえず安心した。もう二、三日安静にしていれば元通りだ。
「シュナ、僕は今から南に行く。ちょっとした軽い依頼だ」
「どういう依頼だよ?」
「湿地帯の魚人との仲持ち。大した仕事じゃない。土地勘の為、親父さんも一緒だ」
「………ふーん、いつ帰って来るんだ?」
「最長で六日。その間、しっかり休んで養生してくれ」
「そんなに休んだら鈍る」
「鈍ったのなら鍛え直せば良い。そして前より強くなれ。お前にはその時間があるさ」
「ソーヤ。本当に、ただ仲を取り持つだけの依頼なんだな? 危険はないんだよな?」
「ない」
「分かった。ちょっとだけ、アーヴィンの時と同じ予感がしただけだ。ほんと、ちょっとだけ」
僕は、笑ってごまかす。
ごまかせたはず。そう思わなければ、やってられない。
「それじゃ、ちょっと行ってくる」
「おう。………無事でな」
「当たり前さ」
後は、シュナの顔も見ず部屋を出た。
ついでにリズにも声をかけたが『あっそ』と素っ気なく返された。
二つ目は、テュテュの店。
雪が降り出してから顔を出していなかったが、あの野ざらしの店はどうなっているのか。
「………………」
しっかり雪が積もっていた。
一応、ボロ布の屋根があり、雪を防いでいる部分もある。でも、店の一角。一テーブルだけ。
そこにバーフル様はいた。
「あ、ソーヤ。どうしたニャ?」
店主の金髪の猫獣人が話しかけてくる。
しかし、獣人という奴は環境適応能力が高い。こう寒いのに、テュテュはいつもの薄着にジャケットを一枚羽織っているだけ。街中で見かける獣人も大体そんな恰好だ。
「バーフル様に、竜撃退の報酬を渡そうと」
すっかり忘れかけていた契約だ。
ついでに、ツケのカタにされた彼の武具も回収したい。
「その事なら、いらないニャ。バーフル様。組合と商会から、エールとワインを一年分貰ったニャ。何とそれをニャーに全部くれたニャ。ツケは全部帳消し。ボロ武具も、磨いて返してあげたニャ」
「うむ、確かに全て返してもらった」
頷くバーフル様。
今日は、珍しく酒を飲んでいない。
「いや、でも報酬は報酬だし。バーフル様、受け取ってください」
テーブルに小袋を置く。中身は、ずっしりと金貨60枚。
丸々浮いた引っ越し費用の一部である。安い金ではない。
「テュテュ。貰っておけ」
バーフル様は、小袋をテーブルの隅に押しやる。
「でもニャー、こんな大金いらないニャ。使い道がないニャ」
「それじゃテュテュ。睡魔館の女将さんに預けたらどうだ?」
あの人は、親父さんの奥さんだ。信用できる。僕とテュテュの関係を知っているから、向こうも僕の信用は裏切らない。
「ああ、それニャら。他の娘もしてる事だし。でもバーフル様、ほんとによいニャ?」
「良い。それに我は北に旅立つ。長く待っていた使命の時だ。今更、金は必要ない」
「え、本当ニャ? んじゃ」
テュテュが奥に引っ込む。
掘っ立て小屋から何かを持って来た。
「これ、お母さんの遺品にあったニャ。女将さんの話だと、長い時間をかけて少しずつ繕っていた物らしいニャ。これ、バーフル様の物ニャ?」
広げたのは、厚手の灰色のマント。かつて豪勢だった刺繍の後が見える。古びてはいるが解れた所はどこにもない。マント止めの意匠は潰れて原型がなかった。
何故だろう。
少しだけ気持ちがザワつく。
それは、エンドガードと所縁のある物だからか。
「これは………こんな物が残っていたのか。トトの奴め、とうに捨てたと思っていたが」
「なーんか予感がして、昨日用意して置いたニャ。ほら」
テュテュに催促され、バーフル様が立ち上がる。
彼女は、背伸びして英雄にマントを掛けた。
「今更ではあるな」
左肩でマント止めを固定する。
右腕を自由に扱えるよう工夫されたデザインだ。
「らしく見えますね」
「黙れ」
獣面が歯を剝いて僕を威嚇した。どこか嬉しそうな威嚇だ。
「ソーヤ。バーフル様を頼むニャ」
「あ、すまんテュテュ。僕はこれから南だ。別の依頼がある」
勘違いさせてしまった。
それが事実ではあるが。
「ありゃ。てっきり一緒に行くと思ったニャ。まあ、バーフル様は殺しても死なないような人ニャ。心配するだけ意味ないニャ」
「ま、我を殺せる奴がいるなら。それは並みの英雄ではないな」
「バーフル様、英雄に殺されるニャ? 何か悪い事したニャ?」
「悪でなくとも英雄は殺すぞ。それにこれは、ただの例えだ」
「わけわからないニャ。取りあえず、さっさと行って、さっさと帰って来るニャ」
「うむ」
バーフル様はズタ袋を背負う。
じゃがっと重たい武具の音がした。
「ではな、テュテュ。達者でな」
「はいはい、いっつもそういうニャ。あんまり帰りが遅いと席空けとかないニャ」
「我以外、客などいないであろう」
「そんな事ないニャ。今、お母さんのスープを再現してるニャ。これが作れたらお客さんバンバン来るニャ」
「またそれか、いい加減諦めたらどうだ? 他の料理を覚えて客を呼べ」
「………ふん、人の気も知らないで。ほら、北でも南でも早く行ってくるニャ!」
テュテュがバーフル様の尻を蹴る。
英雄を送り出すにしてはあんまりの態度だが、この二人は何度もこういう送り迎えを繰り返して来たのだろう。
人には歴史がある。
僕の知らない歴史が。
この二人は、母子で付き合いがある関係だ。深い信用と繋がりがあるのだろう。それこそ本当の親子のような。
僕には立ち入れない繋がりだ。
ちょっと妬けてしまうのは、男として器の小さい事なのだろうか。
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