<第一章:冒険者の勘> 【04】


【04】


「とまあ、しばらく南部に行く事になった。湿地帯に住む魚人との仲介依頼だ。最長六日くらい離れると思うが、家の事は頼む」

『えー』

 エルフ三人娘が揃ってブーイング。

「私も………」

 ラナが付いて来たそうな顔をして、まだ体調の悪い妹を思い口を閉ざす。

「いえ、行ってらっしゃい。夫の留守を預かるのも妻の務めです。でも、なるべく早く戻って来てくださいね」

「できる限り全力で早く戻る。危険な仕事ではないし、親父さんも一緒だ」

『えー』

 エアと、マリアは納得行かない様子。

「お兄ちゃん。アタシ急に体調が悪くなって、く、苦しぃ」

「妾も急に、く苦しぃ」

 二人共、自分の首を絞めて苦しみだす。

 迷演である。

「まあ、嘘だけど。早く帰って来てね」

「………ぶぶー」

 エアはおどけて見せるが、マリアは納得行かない様子。僕の太ももにパンチを浴びせると、不機嫌な顔で上の階に行く。

 ラナは、やはり心配そうに聞いて来る。

「それで、いつ行くので? せめてお昼は一緒に」

「すまん。今すぐ発つ」

 ランシールは、すれ違いで王城に行った。王から口止めしてもらう約束だ。いや、足止めか。彼女が帰って来るより先に発ちたい。

「マキナ、雪風。準備を手伝ってくれ」

『らじゃ』

『了解であります』

 姉妹を置いて、地下に降りる。

 自室は狭いので、手元に置ける装備以外は地下に保管していた。

「頼んだ物は?」

『揃ってますよ。股引に保温インナー。換えの下着と靴下。防水防寒のジャケットとズボン、同素材の手袋。十日分の行動携帯食。通説通りなら、これも効果があるかと』

 銀製の杭を渡される。

 計、六本。

『以前、竜亀と戦った時の残りを加工しました。時間があれば、アガちゃんや、他の装備にも銀コーティング出来たのですが』

「急過ぎたし、仕方ない」

 あるだけましだ。

 用意された衣服に着替える。インナーを換えて、不格好な股引を穿いてジャケットとズボンを着用。黒い化学繊維は薄く動きやすいが、防寒性能は折り紙付きだ。

 食糧と下着、靴下の入ったバックパックを背負う。

 ジャケットの裏に銀の杭を仕込む。

 腰の剣帯には妖刀。

『道中で構いませんから、これを装備の金属部分に塗装してください。特に、肌に触れる箇所には念入りに』

 小さいスプレー缶を渡される。

「これは?」

『簡易的なゴム塗装ができます。極低温下では金属は肌に張り付きますから、その予防です』

「了解」

 缶をズボンのポケットに入れる。

 軽く払い、竜血のポンチョを羽織る。

 これは、時間の経過と共に元の色柄を食い尽くし、ぬらっとした鮮血の装いになった。あまりにも真っ赤で目立つので裏返しで着用している。

 赤に反して裏地は闇のように黒い。

 竜が忌み嫌う黒い狼と、何か因果関係があるのだろうか。

 防寒の為、襟を立て。動きやすくする為、前を切り開きマント状態に仕立て直した。

 まるで吸血鬼のマントだ。

 繕ったマキナにその意思があったとは思えない。偶然だろう。

 こいつは防御、防寒性能が高い上に、竜と戦ったという僕の身分証でもある。最悪の場合は、僕の死亡証明になる。

 あくまで最悪の場合だが。

 腰に長方形の矢筒を下げ、そこに赤い魔剣とザモングラスの剣を挿す。刃がかち合わないよう鍔と切っ先を固定する部品が、矢筒内部に仕込まれている。

 最後に、ラウカンの弓も収納する。

 番える矢は持たない。

 番えるのは魔剣だ。

 ただ、一つで無数の敵を射殺す魔剣だ。そもそも僕に、弓の腕はもうないのだ。出来るのは、弦を張り詰める事だけ。

 この有り様で、吸血鬼とやらに勝てるのか?

 不安しかない。

 ないが、今は堂々とする。軽い依頼をこなしに行くのだ。彼女達の前ではそう振る舞う。

 そして、全てを終わらせたら、何事もなかったかのように日常に戻る。

 僕は、王から秘密裏に報酬を貰い。

 吸血鬼を倒したという功績は、バーフル様一人のモノとなる。

 名声など要らない。

 ただでさえ、竜の一件で不要に目立ってしまったのだ。これ以上は危険だ。

 アーヴィンの事。

 ヴァルナーの事。

 ルクスガルの事。

 後ろめたい実事は山ほどある。

 ラナと、グラッドヴェイン様の血縁もそうだ。ともかく僕の周りには、詮索されては困る事が多い。他人の興味は毒以外の何物でもない。

 だから、報酬だけで良い。

 王の報酬は破格だった。

 三十五階層から、四十五階層までの攻略情報。地図。必要装備の用意。冒険資金の融通。中級冒険者が消化しなければいけない依頼の免責。

 その全てを、神の前で約束してくれた。

 四十五階層に到達すれば、上級冒険者となる。

 つまり、吸血鬼を倒す事が出来たのなら、冒険者として一気に駆け上がれる。

 だが、この破格の報酬も僕の不安の一部だ。

 特別扱いではないのだろう。それだけ重責な依頼なのだ。吸血鬼退治は。

 レムリアの今後まで関わって来る。

「やれやれ」

 雪風を腰に吊るす。

 再生点の容器を首に下げる。メガネの機能連動をチェック………………問題なし。

 手袋をはめて、剣の柄を握って見る。少し鈍るが問題ない範囲。

 準備完了。

 はあ、本当に行かなければならないのか。できるなら逃げたい。持ち家を手に入れたのに、二日目にして外泊とは。何ともな話だ。

『ソーヤ隊員。やる気がありませんな』

「まあ、な。今までで一番気が重い」

『では、良いデータを教えるであります』

「なんぞ」

 雪風が良いデータなどとは、珍しい。イゾラタイプの系譜なのか、ネガティブパーセンテージばかり出して来たのに。

『今回の吸血鬼退治。ソーヤ隊員が成功する確率は100%です』

「はい?」

 いやいや、100て。

 急に跳ね上がり過ぎだろ。素直に喜べない。

『雪風ちゃん。流石にそれは、どんぶり勘定のマキナでも驚きの確率です』

 一般的なA.Iが、絶対口にしてはならない言葉を聞いた。

『今までの総合データによると、ソーヤ隊員は逆境であればあるほど。成功する確率が低ければ低いほど。事象を好転させてきました。今回もそれに当てはまります。ガンバであります』

 なるほど確かに。

 悪運が強いだけともいうが。

『う、うーん。雪風ちゃん。マキナ的に今回ソーヤさんが、吸血鬼退治を成功させる確率は48%だけど。何のアプリで計算したの?』

『ドキ☆ 星読恵子の気まぐれ星占い、であります』

『えー、あれって地球の星図を元にしているから、異世界じゃ無意味では?』

『こちらの星図に置き換えて、雪風が改造しました。十回中、七回、成功確率が100%になる素敵なアプリであります』

 それ、ただのバグだ。

『マキナの使ってる。ゲットマネーパンダの、その日暮らし占いが良いですよ。何を占っても、45%から52%の間をうろつく適当確率。当たるも八卦当たらぬも八卦です』

 それ、いい加減なだけだ。

 てか、

「お前らッ! そんな適当な占いアプリで僕の任務を計算していたのか?!」

『いやぁ最近だけですよぉ。緻密な確率計算しても、ソーヤさんはあっさり覆してしまうので、リソースの無駄というか、もう馬鹿らしくなったので、確率計算は適当にすると決めました』

『その通りであります』

「てき、適当………」

 久々にメーカーサポートを呼びたい。

「一体、誰のせいでこんな適当なA.Iに」

 何のためらいもなく。

 二機のアームが僕を指す。

「………………」

『………………』

 何ともいえない空気になる。

 不安や、心配が、全部、

「アホらしくなった。吸血鬼を、ギッタン、ギッタン、にしてさっさと帰って来る」

『その意気です! ソーヤさん! つまりマキナ達は、森羅万象と諸行無常、曼荼羅を、あなたに伝えたかったのです。運命とは自分の力でマイウェイです!』

『なるほどなー』

「ああ、はいはい。適当ですね」

 適当なA.Iに適当な別れを告げて、上の階に。

「お兄ちゃん、お土産忘れないでね」

「おう任せろ」

 妹とハイタッチ。

 普段より力が弱い。

 やはり、まだ本調子ではない。それを置いて行く事が一番気がかりだ。

「あなた、安全かつ慎重な冒険をしてください。危険を感じたらすぐ逃げてください。それと………………ええと、それだけです」

「ああ、分かった」

 何となくだが、ラナは勘付いているかもしれない。

 冒険者の勘というより、女の勘だろうか。

 安心させる為、しっかり約束する。

「留守は任せた。遅れるかもしれないが、必ず帰って来るよ」

「はい、行ってらっしゃい」

 ラナを強く抱きしめ、不安を振り払う。

 腹を括った。必ず帰ると心から決める。

「行ってきます」

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