<第一章:冒険者の勘> 【03】


【03】


「ソーヤ、王城に呼ばれています。すぐ向かうように」

 組合に着くと担当にそういわれた。

「いきなりだな」

 そんな感想を持って王城に向かう。

 勘が働いた。

「あ、これ駄目な奴だ」

 その勘を確かにしたのが、道中すれ違ったボロボロの騎士達。

 くすんだ白銀のプレートアーマー。剣も盾も同じ銀色。そして揃って兜を着けていない。いわゆるエリュシオン系統の騎士装い。

 全員憔悴しきって敗残兵のようだ。盾や鎧には深い爪痕、肩を借りて歩く者や、治療寺院の術師に担架で運ばれている者もいる。

 それと、全員見かけない顔だ。

 この街の者ではないとすると、二つしかない。

 エリュシオンは、右大陸に騎士団を二つ派遣している。

 一つがレムリア西部、近港に駐屯するギルスター騎士団。

 一つがレムリア北部、ミスラニカ三国・旧ロージアンに駐屯するヴェルノーグ騎士団。

 港が荒れたのなら、商会を通して僕に情報が来る。交易の生命線であるから、レムリア中で騒ぎになる。

 となると、もう一つしかない。

 北だ。

 ロージアンを更に北に行けば、ネオミアがある。曰く、吸血鬼の都。死の都。

 エンドガード。ラウカン。凶月の女神。氷の貴族。

 もう、嫌な予感しかない。

 王城に到着。

 顔見知りの衛兵と目線を合わせると、顎で『さっさと行け』といわれる。ここは相変わらず暇そうだが、城内は混乱していた。

 人が慌ただしく走り回っている。

 僕を見つけたメイドさんが、手を振って案内をかってくれる。

 城の異常を尋ねるが、彼女には詳しくわからないとの事。

 道すがら、廊下でヒイヒイいっている知り合いを見つけた。

 エリュシオンから、レムリアに派遣されている宰相。ウィニート辺境伯が、溶けそうなほど汗を浮かべて真っ青な顔をしていた。

 部下の男女から詰め寄られ『アワアワ』している。

「ども」

「い、いい、異邦人。良い所に」

「何が? この騒ぎは?」

「伯! 部外者に相談する事ですか!」

「しか、しかし、こやつは」

 男の部下に怒られ、宰相はフラフラと立ち眩み、倒れた。

 気絶した。

「ウィニート伯! だ、誰か!」

「このまま死ねば良いのに」

 男は人を呼び。

 女の方は毒吐く。

 他人の僕に助けを求めるとは。なんか、ただ事ではない事は伝わった。

 辺境伯お大事に。

 他国の無能な外交官ほど、自国に有益な人はいない。せいぜい長生きしてください。

 謁見の間でメイドさんと別れ、王と対面する。

 既に何人か知り合いがいた。

 二、三度見かけた事のある衛兵長の姿も。

「レムリア王。この度は―――――」

「ソーヤ、挨拶は後だ。皆、場所を移すぞ」

 王が玉座を立ち、知り合いだけが続く。

 集まったのは、城の台所。人払いをして悪巧みをする場所。

 椅子は一つだけ。

 王が座り、僕らは立ったまま。面子は、親父さんにバーフル様。衛兵長。

 衛兵長は、元上級冒険者で、王の冒険者としての後輩に当たる人。獣人ながら衛兵長という立場にあるのは、腕っぷしと信頼の証なのだろう。

 歳は三十前半だろうか? 獣人は加齢の劣化が少ないのでよくわからない。実はもっと歳を取っているかも。犬系の獣人で、大柄が多い獣人の男性にしては珍しく小柄。しかし、ランシールに戦技を叩き込んだ一人で、その戦いの経験値はレムリアで一、二を争う。

 王が切りだす。

「さて、レムリアが建国して三十余年、数々の困難と窮地があった。此度もその一つだ。いや、後にそう語り草に出来れば良いが」

 王が片手で顔を覆う。

 ああ、これ。本当にやばい奴だ。

「レムリア北部に駐屯するヴェルノーグ騎士団が壊滅した。デブラ、詳細を」

「はい、陛下」

 衛兵長が報告してくれる。

「二日前、ヴェルノーグ騎士団から救援を求められ、精鋭十名を連れロージアンに向かいました。途中バーフル様と合流後、接敵。部下八名を失うも、生存した騎士団員を連れ今朝方レムリアに帰還しました」

「あの、敵とは?」

 僕の質問に、衛兵長は端的に答える。

「吸血鬼である。ヴェルノーグ騎士団の大半は、その敵との交戦より、感染した身内同士の戦いで命を失った。中には、騎士団長であるヴェルノーグ氏も含まれる。私の部下八人も、私自らが手を下した」

 前々からいるとは聞いていたが、本当に出て来るとは。

 バーフル様が一歩前に出る。

「間違いなく。吸血鬼だった。原因は分からぬが、かの吸血鬼の王が復活したのだろう。いや、もしやその兆しか」

 レムリア王が深いため息を吐く。

「聖リリディアス教が魔と認定する吸血鬼が復活。それの手により北部の騎士団が壊滅。エリュシオンが派軍を決定するのは目に見えている。そして、その軍を遊ばせはしまい。吸血鬼を滅ぼした後、軍はレムリアを実効支配するだろう。辺境伯の偽りの報告もボロボロと露呈する。人も財も知識も、何もかも搾り取られる」

「では、陛下。エリュシオンと一戦交えますか?」

 衛兵長が好戦的な発言をする。

 建前上、部外者の僕の前で、その発言は良いのか? それともこの人も、僕の事情を知っているのか?

「まだ、時期ではない。それは最後の手だ」

 レムリア王は、女性関係以外は慎重な人だ。冒険と同じで、緻密な計画を建てて大胆な行動を起こす。

 冒険者から王になった男が、獣面の男に視線を向ける。

「バーフル殿。今こそ盟約を果たす時」

「うむ、確かに」

 バーフル様が頷く。

 もう、僕の予感は揺るぎない。

「レムリアの王が命じる。北方の英雄バーフルヘイジンよ。吸血鬼の根源を廃滅し、この国に平和をもたらせ」

「エンドガードとして王命を受けよう」

「必要な物はあるか?」

「冒険者を一人借りたい」

「その者の名は?」

「異邦人ソーヤ。我がラウカンの弓を使う。我以外、唯一のエンドガードだ」

「ソーヤよ」

 王が僕を見る。

「過酷な使命だ。しかし、受けてくれるな?」

「………………」

 即答はできない。

 はっきりいえば断りたい。重たすぎる。

「俺は反対だ」

 僕の心中を察したのか、親父さんが反対してくれる。

「中級、上級冒険者から魔法使いを募り、炎術師部隊を編成して、ロージアンを焼き尽くした方が良い。廃都を焼いた所で誰も困るまい」

 バーフル様が反論した。

「メディム。それでは根本の解決にはならぬ。吸血鬼はネオミアから来ている。恐らくは、大鐘楼を利用してロージアンに」

「では、たった二人でネオミアに攻め込むのか? いや、そもそもネオミアには白鱗公の結界があり何者も立ち入れないはず」

「だが、現に吸血鬼は現れたのだ。真相を確かめるには、ネオミアに行かねばならない」

 乗り込んで確かめるというのは、冒険者らしい手段だ。

 それを恐れたり退いたりするのは、僕がまだその域ではないという事か。

「レムリア。もう一度いうが俺は反対だ。性急過ぎる。対吸血鬼の手段を募れ、冒険者の中には良い知恵を持っているものがいるはずだ」

 親父さんの更なる反対に王が答える。

「メディム。余はかつて、バーフル殿に助力を求めた事がある。その時、吸血鬼が現れた時は一任すると盟約を交わしたのだ。王として、それは違える事はできん。性急といったが事実時間がない。デブラ、西部のギルスター騎士団はどう動いている?」

「ウィニート辺境伯の命令により静観しています。しかし、北部の壊滅を知ってか独自に動こうとする者も。こちらも裏から手を回しますが、抑えられて六日が限度かと」

「そういう事だ。今打てる最速かつ最良の手段は、バーフル殿とソーヤを送り込む事。六日の間に吸血鬼の根源を滅ぼし、エリュシオンの本国にこう連絡を付ける。『悪しき吸血鬼の手により北部の騎士団は壊滅したが、勇敢なレムリアの冒険者により吸血鬼は滅ぼされた。最早、北部に監視を置く理由もなし』とな」

「これは危険な賭けだぞ。最速ではあるが、最良には程遠い」

「冒険者の賭けは常に危険を孕む。ソーヤも覚悟しているはずだ」

「………………」

 親父さんの弁護が止む。

 参ったな。

 命を賭ける覚悟は何度もしてきた。しかし、ここまで何かを背負って戦った事はなかった。

 僕はのらりと口を開く。

「あの、レムリア王。つまり六日の間で、ネオミアに攻め込み吸血鬼の根源を滅ぼす、と。たった二人で?」

「その通りだ」

 いうだけなら簡単だ。

 バーフル様が僕の肩を叩く。

「ソーヤよ。レムリアに数多く冒険者はいるが、我以外で吸血鬼の呪いに打ち勝てるのは、お前だけだ。あれは神の呪い。どんな聖人でも抗えない夜の囁き。血を求める人の魔性なのだ」

「バーフル殿。何故、ソーヤが打ち勝てると?」

 親父さんの素朴な疑問。

 僕も同意見だ。

「ラウカンの弓を、平気な顔で使っているからだ。あの弓は呪いで引く。それこそ、吸血鬼より強い呪いの力でなければ扱えない。ラウカンの吸血鬼狩りとは、毒を毒で征す狩り。不死の血より強い呪法とは、我も想像できないが、こやつにはそれがある」

「ソーヤ、それは本当なのか?」

 親父さんの問いに、僕は自信無さ気に答える。

「死の呪いを打ち消した事はあります。それが吸血鬼に対抗できるのかは、未知です」

「我が保証する。貴様は間違いなく吸血鬼に対抗できる。伊達に、ラウカンの弓を預けたのではないぞ」

 期待と、重責か。

 分かっていた。ある程度の立場になれば、否応なくこういう状況になる事は。

 問題は、パーティの皆にどう伝えるか。

「レムリア王。報酬はどうなるのでしょうか?」

「おい、ソーヤ!」

 親父さんの叱責は理解している。

 報酬の話をするという事は、もう受ける事が前提なのだ。

「破格な物を用意しよう」

 王の声に、僕は羽を掲げる。

 光が弾け、梟が一羽肩に降り立った。

「グラヴィウス様。急な召喚をお許しください」

「良い。王の前とあらば貴様の非礼を許そう」

 夜梟のグラヴィウス。

 僕の契約した商売の神。父親の残した超莫大な借金を、姉妹で返却した伝説により神格を得た神様。事、金銭や報酬の約束にはうるさい。破れば相当面倒な事になる。王の格も下がる。

「今日は、レムリア王との立会人になってほしく」

「良いだろう」

「まず――――――」

 淡々と報酬をふっかける。

 レムリア王は少しくらい引くと思ったが、ピクリともしなかった。

 なるほど。

 僕が思っているより重大な冒険だ。本当の本当に、この国の進退が僕とバーフル様にかかっているのか。

 悪い予感がする。飛び切りの悪い予感が。

「――――――以上です。よろしいですか?」

「うむ、良いだろう」

 王との約束はグラヴィウス様に聞き届けられ、かの神は光に消える。

 これで一つ憂いは消えた。

 今回は僕、いい加減死ぬかな。

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