<第一章:冒険者の勘> 【02】


【02】


【146th day】


 新居での二日目。

 六時間に及ぶ審議により、部屋割りはこうなった。


【四階】 ハ1【僕】  ハ2書斎【雪風】 

【三階】 ロ1【ラナ】 ロ2【ランシール】

【二階】 イ1【エア】 イ2【マリア】

【一階】 キッチン・食堂兼用居間【マキナ】

【地下】 お風呂、トイレ、洗濯場【ミスラニカ様】


 ラナと別室になってしまった。

 ………なってしまった。

 ま、隙あらば侵入すれば良いだけか。この街で個室は贅沢だし、一人の時間も気分転換になる。彼女にも、そういう時間が必要だ。

 エアの体調は、良くなりつつあった。

 熱は36度と平熱に近いが、消耗した体力が戻っていない。ぶり返すかも知れないので、二、三日余裕を持って経過を見守る。

 今の所、組合の依頼は僕一人で消化できる。

 大半が雑務で荒事は少ない。それに大体、飯関係。面倒だが苦ではない。

 こう、持ち家で腰を落ち着かせると、僕の冒険がとても急いていた事に改めて気付く。

 良い機会だ。

 パーティの皆に、長めの休暇を与えようか? エアの風邪も、冒険の疲れが原因の一つかもしれないし。

 あ、シュナの様子を見に行かないと。

 そんな事を、自分の布団を畳みつつ考えていた。

 部屋の工事は昨夜完了した。

 開閉できる窓が付き、念の為に外から見えないよう偽装も加える。各部屋の扉には、ミスラニカ様と雪風が通れるようペットドアも付けた。

 部屋割りを決め、皆は個室に私物を置いたのだが、エアが寂しがるので、しばらくは一階の居間で寝起きする事に。

 布団を並べ川の字で眠った。

 昔、風邪で行けなかった修学旅行の朝とは、こんな感じだったのかも。

 感慨深い。

 ランシールはいち早く起きて、マキナと朝食を作っている。小麦が焼ける匂いと、肉と野菜の煮える匂い。今日は、彼女の得意なポトフだろうか。

 エルフ三人娘は仲良くっついて眠っていた。布団をかけ直し、もうしばらく眠らせておく。

 軽く探してみたが、ミスラニカ様がいない。

 たぶん、地下に遊びに行ったのかな? かの神は、そこにどこか懐かしさを思わせていた。

「………………」

 キッチンの椅子に座り、手持ち無沙汰でぼんやりする。暖炉の熱が心地良い。ランシールの尻尾を見ていると眠気がぶり返す。

 まったりとした時間だ。

 良いな。

 何か良い。

 キャンプ地より家庭という感じがする。これだけでも、引っ越しは大正解だ。

 腕を組んで顔を伏せる。すやぁ、と二度寝の体勢。

 ご飯が出来たら起こしてくれ。

 僕の呟きは誰かに聞こえただろうか?

 

 まどろみの中、遠い日の夢を見た。


 春の日本。

 祖父の残した古家。


 お兄ちゃん、寝るなら他所で寝てよ。

 テーブルに突っ伏した僕に、妹がいう。

 わかった、と生返事して二度寝。

 蹴られる。

 容赦しない妹だ。

 ほら、そこ。

 と、妹は縁側を指す。

 枕とブランケットが用意してあった。

 容赦しないのに用意が良い妹。

 家事をする妹の傍で、まどろむのが良いのだが。逆らうと後が怖いので従う。

 縁側に老猫のように寝転がる。

 爺さんに見られたら苦笑いされる光景だ。

 若い奴が何やっとんのじゃ、という風に。

 陽気を浴びながら眠る。

 夢の中の夢、

 なあ、と妹に話しかける。

 なに? と妹の返事。

 一つ思い出せない事がある。

 なに?

 お前の名前だ。

 あんた、そんな事も忘れたの? あたしの名前は―――――


 夢が醒める。


「お兄ちゃん?」

 妹に揺すられ起こされた。

 金髪長身で、耳の長い妹だ。

「ほら、ご飯だって。場所開けて」

「ああ、うん」

 エアの顔をまじまじと見る。疲れ気味ではあるが顔色は大分良い。

 いや、注目するのはそこではない。

「エア、僕って他に妹いたっけ?」

「はぁ? ちょっとお姉ちゃん。アタシの他に妹いたっけ?」

 エアがラナに訊ねる。

「いえ、いないはずです。………………隠し子がいれば別ですが」

 ラナは神妙な顔つきで僕の左隣の席に着く。

 エアは僕の右隣に。

「隠し子………ありうる。獣人の子供とかいそう」

 ふと、知り合いの金髪の猫獣人を思い浮かべる。

 そういえば、え? ん? え? ラナに目元が似ている気が。はは、まさか。おい………メルム頼むぞ。あんたの女遊びで僕が窮地になるとか冗談ではない。

「てか、お兄ちゃん。急に何?」

「うーん、変な夢を見た。故郷の家で妹と過ごしている夢」

「やっだ、それ」

 エアが嬉しそうに僕の肩を叩く。

「アタシとお兄ちゃんの未来?」

「いやそういう事じゃ」

「またまた、照れなくてもいいから」

 エアは嬉しそうだ。

「あなた。その時、私はどこに?」

 ラナがジト目である。

「あー、ラナもいた。うん居たよ」

 嘘を吐きました。

「ふーん」

 あっさり見抜かれた。

「ご飯ですよー」

 ランシールが朝食を並べる。

 本日の朝食。獣人パンと、具沢山のポトフ。鶏卵の茹で卵。豆茶。

 慎ましいが素晴らしい食事。

「あー玉ねぎ入ってるぅ」

「マリア、好き嫌いしていたら大きくなれませんよ」

 席に着いたマリアが、ポトフの玉ねぎを、正面の僕の皿に移す。

「何か透明でブヨブヨだしキラい」

「ラナを見なさい。玉ねぎを食べるから、オッパイが大きくなったのですよ」

「私は、別に玉ねぎだけを食べているわけでは」

「………じゃ食べる」

 マリアは、ランシールに乗せられて玉ねぎを自分の皿に戻した。僕の玉ねぎを微妙に奪っているのだが、指摘するべきか。

 しかし上手いな、ランシール。こういう風に乗せるのか。使わせてもらおう。

「ランシール、妾には玉ねぎ少な目で良いぞ」

 少女姿のミスラニカ様も合流して、全員がテーブルに着く。最近は、僕の説得でランシールも食事に同席してくれる。

 彼女は、使用人だから、愛人候補だからと、妙に遠慮している所がある。そういう所“だけ”は遠慮している。

 後、マキナと雪風も砂糖水を手元に持っている。

 全員の所に、朝食が揃う。

「では、ソーヤ」

 ランシールに促され、

「いただきます」

 手を合わせていう。

『いただきます』

 皆が続く。

 食事開始。

 そして、玉ねぎは美味い。

 甘みがあって僕は好きだ。味噌汁にも時々入れる。ベーコンも美味い。こんな美味しい肉が毎日食えるとは、異世界の食事は贅沢の極みだ。

 ん、そういえば。

 今日の玉ねぎとジャガイモは、全然青臭くないな。しかも、火の通りに対して形が全然崩れていない。もしかして、下処理した後、揚げたのか? 

 やるな、ランシール。また腕を上げた。こういう手間が、料理を最大に美味しくする。

「エア、お粥作りますか?」

「んーん。あれも悪くなかったけど、歯応えある方が食事って気がする」

「また病気になったら作りますからね」

「うん、分かった」

 姉妹が僕を挟んでそんな会話を。

 次エアが体調を崩すまで、お米の備蓄が持てば良いが。

「ランシール、卵の殻むいて」

「はい、今すぐ」

「ランシール、妾の卵も剝くのじゃ」

「ミスラニカ様。僕がやります」

 我が神の茹で卵を手に取る。上下にヒビを入れて少し捲り、先端に勢いよく息を吹き込む。

 冷水で締めていたので、つるんと殻が剥けた。

「うわ! ソーヤ。今のもう一回やって!」

 マリアが目を輝かせた。妹も同じ反応。

「お兄ちゃん、やり方教えて! これを習得できるなら、アタシもっと茹で卵を食べるから!」

「はいはい」

 茹で卵を10個もむかされた。

「ゆで卵にはマヨネーズよね」

「ゆで卵にはケチャップだなぁ」

 エアとマリアが別々の調味料で卵を食べる。

 こういうのは、相容れない主張だ。

「お主ら、塩に決まっておるだろ」

 我が神も参加。

 揉めそう。

「お姉ちゃんは?」

「私は、蜂蜜ですかね」

『それはない』

 ラナは総ツッコミされた。

「ランシールは?」

 ニコニコ笑っている彼女に僕は聞く。

「つけるというか、煮卵を作りたいですね」

「それラーメンの具だな」

 漬けるほうだ。

「え、ラーメン?」

 妹がラーメンの話題に飛び付く。

「そういえば、お兄ちゃん。インスタントラーメンが残り少なくなって来たんだけど。そろそろ、作って」

「え、いやそれは………」

 インスタントラーメンは流石に作れないだろ。

 乾麺は、確か油で揚げれば良いのか? あ、いや、そもそも中華麺がない。小麦粉はあるが、かん水がない。こう都合よくダンジョンで発見できれば良いが。

「暇な時で良いから。覚えておいてよね、っ………ごほっ、ごほっ」

 エアが咽る。

 というか、咳き込む。

「大丈夫か?」

「まだ、ちょっと体調悪いかも。でも皆が優しくしてくれるから、病気も悪くない気がする」

「こらこら」

 健康が一番だろ。

 ゆで卵に塩をかけて一口で食べる。程よく半熟で黄身がとろける。

 う、うまぁ。

 シンプルな調理ながら極致の美味さ。そう、こういうので良いんだよな。こういうので。

 すかさず、固めの獣人パンをポトフに漬けながら食べた。

 ワイワイとした食事。

 食器の音と活気と笑みが溢れる。

 こういう雰囲気は、金を積んでも手に入らない贅沢だ。

 楽しい時間は早く過ぎる。

 朝食後、更にまったりとした時間。

 お茶を飲みながら、

「あなた、今日の予定は?」

「ん」

 ラナに予定を聞かれた。

「僕は組合に行って依頼をこなす。次の冒険の為の消化貯めだ。君らは自由にして良いよ。後、シュナの様子も見てこないと」

「では、私は書斎に籠ります。興味深い本が沢山あるので。エア、何かあったら呼んでください」

「うん、ここでダラダラ映画見てる」

「じゃ、妾もエアと映画見てるぞ」

 ラナ、エアとマリアは自宅待機。

「ワタシは掃除をした後、王城に。お昼には、エアの様子を見に一旦戻ってきますので」

 皿を洗いながら、ランシールが答える。

 大体いつも通りの行動だ。

『はい、ソーヤさん、はい! マキナは洗濯の後、引き続き住宅の改造を行います。特にお風呂場は、まだまだ改善の余地ありと思われます』

「許可」

 マキナは、元気が合ってよろしい。

 こんなに活力がある姿は久々だ。

『らじゃ! 後、地下に工房を作ってもよいですか?』

「工房?」

『雪風ちゃんが古い工房跡を見つけたので、そこを改良して使用します。変わった金属も見つかっているので、冒険に役立つ物を作れるかもです』

「まあ、あんま酷い事にならないなら良いが。ほどほどにな」

『らじゃ!』

「ホント、ほどほどにしろよ。後で大変な事を起こすなよ」

『らじゃ!』

 返事が大変よろしい。

 余計に不安だ。

「妾は久々に地下をぶらつく。雪風、付き添うのじゃ」

 ミスラニカ様の意外な人選。

『ソーヤ隊員。いかがいたしますか?』

「お供してさしあげろ。組合の依頼は僕一人でも何とかなる。助けが必要なら通信を繋ぐ」

『許可が下りましたので、お付き合いします』

「うむ、ちと狭い所を通る故な」

 珍しいコンビが結成された。

 黒い風が吹くとミスラニカ様は猫になり、早速地下に向かう。雪風も転がりながら後を追って行った。

「では、私も」

 ラナはお茶を持って上に。

「マキナ、タブレット貸して」

『はーい』

 エアは、マキナからタブレットを借りて居間の布団に潜り込む。マリアも一緒に寄り添う。

『ランシールさん。残りの洗い物はマキナがやりますよ』

「あら、ではお願いしますね。ワタシは上の掃除を」

 各々、仕事と遊びでバラける。

「さて」

 僕も仕事に行くか。

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