<第一章:冒険者の勘> 【01】


【01】


 で、訪れた場所は。

「ランシール、どこに物件が?」

 レムリアを囲う城壁の一部。

 いつも通っている大門から、壁を沿って北に移動した場所。商業区の裏側で、街にぽっかりと空いた寂しい場所。そもそも防衛の観点から、王命により城壁から15スタルツ(30メートル)以内は建物を建ててはいけない。必然的に城壁近くは空き地となる。

 物件といわれても、それらしい物は何もない。

 あるのは雪の積もった空き地と凍りかけの細い水路。

「ええと、ちょっと待ってください。場所が」

 ランシールが壁に近づくと、彼女の体が少し下がる。遠目では気付かなかったが、この辺りの外壁付近は窪んでいて小さい階段が設置されていた。

 僕も彼女の傍に行って探し物を手伝う。雪のせいで、何を探しているのか見当も付かない。

 ラナも手伝って三人で簡単な雪かきをする。

「あ、見つけました」

 ランシールは雪の中から鎖を取り出す。それを思いっきり引くと、外壁の一部がズレて鉄扉が現れた。

 隠し部屋だ。

「ソーヤ、ここの鍵です」

 古めかしい鍵をもらう。鍵穴に通すと軽快な開錠音。冷たく重い扉を開く。

 中は外壁と同じ石造り。思ったよりも寒くない。天井が高く。しかも明るい。

「上は四階まであります。地下は広いですよ」

 その四階分、光を通す天窓があった。

 いや、天窓だけが光源を集める仕掛けではないようだ。壁や床も不思議と光が通っている。

 半地下の一階は、小さいキッチンと隣接した広間があった。

 横長で二十畳ほどの広さ。閑散としているが、テーブルと椅子が六個あった。

 真っ先にキッチンを漁る。

 レムリアでは平均的な流し台と暖炉。流し台は溜めた水を上から流すタイプ。台は下水に繋がっているようだが、詰まりがないか後で確認しないと。

 暖炉とストーブも換気に問題ないか確認が必要だ。積まれた薪は、少ししけっている。

 作業台のスペースは広い。棚の収納も中々良い。これは、悪くないな。改良すればキャンプ地の青空キッチンより良い物にできるかも。

 でも、火の制限がない分あっちの方が良いかな。派手に挑戦して失敗できるし。

「あなた。私、地下見てきます」

「頼む」

 ラナは、キッチン隅の階段を降り、地下に。

「ではワタシ達は上を」

 僕とランシールは、入り口近くの階段で上に。

 廊下は細く一部がガラス張りに。と思ったが、これはガラスではない。樹脂のようなゴムのような感触。不思議な透明素材だ。マキナ・ポットがギリギリ通れるスペース。そこに部屋が並んで三つある。

「各階には就寝用の部屋が二つずつ。収納スペースの小さい部屋が一つあります」

 二階の一室を開ける。

 六畳間に、ベッドと戸棚、カンテラが一つ。薄暗く本当に眠るだけの部屋だ。窓がなく石造りなので牢獄のようにも見える。

 一応、光源を取り入れる小さい隙間はあるが、透明素材をはめ込んだ簡単な物だ。ろくな換気もできない。

「たまに来てシーツの取り替えはしていますが、少し埃っぽいですね」

「掃除が必要だな」

 エアやマリアが、怖がりそうな寝室だ。二階の収納スペースには掃除用具が詰められていた。

 部屋をざっと見て回る。三階はこれとして変化なく。ただ四階の一室だけ、びっくりするほど本だらけの部屋があった。

「ランシール、これは?」

「アルマ様の部屋です。昔の偶然得た財を全て本の蒐集に使ったそうで。しかも、いわゆるエルフに嫌われる内容も多く。ここに保管を」

 ラナの叔母の名前が出た。

 つまりここは、

「レムリア王が使っていた場所なのか?」

「はい。父が祖父から譲り受けた秘密の住まいです。冒険者の初期は、ここを拠点にして活動していたそうです。ヴァルシーナ母様が父から鍵を受け取り、母が亡くなった後はネモシュ母様に。彼女が亡くなる時に『一人になりたい時、使いなさい』とワタシが譲り受けました」

 その鍵は、今僕の手にある。

「そんな貴重な物を」

「受け取ってください。ワタシは逃げ場があると覚悟できない女ですから。それに、一人で管理するのは大変ですし、売ろうにも国の防衛に関係する場所です。あなたに譲れて良かった」

 そこまでいわれると返すわけにはいかない。彼女の恥になる。

 しかし、

「ランシール、このお礼は?」

「………………さあ、どうしましょう?」

 古来から、タダより高い物はないという。

 丸々浮いた物件の費用。後々、これ以上のモノを請求されそうだ。

「ワタシ一人では広く陰鬱な家でしたが、いつ来てもここは良い風です」

 屋上に出た。

 今、雪は止んでいる。

 外壁の上から、白く化粧された街が一望できる。煙突からは煙が立ち上り、遠い鍛冶場から槌の音が響く。竜の爪痕は綺麗に建て替わり、商会の呼び込みも冒険者の流れも相変わらず。

 冬でも人の営みは止まらない。

 そびえ立つ巨大なダンジョン、々の尖塔も相変わらずだ。ダンジョン近くの家は、落氷で大変だそうな。

 しかしだが、

「ら、ランシール」

「はい?」

 城壁の上を吹く風は、とんでもなく強く。非常に寒かった。なるほど、壁は外敵だけではなく風からも民を守っているのだな。

 風が強すぎて雪が積もる暇もないみたいだ。

 し、死ぬ。耳や指先が痛い。五分もいたら凍死する。

「どうぞ」

 と、ランシールは尻尾を僕に寄せて来る。スカートが捲れ下着が見えた。一つの疑問が氷解した。冬なのに。

 獣人の下着はやっぱりブイ――――――

 それより、ボフっと尻尾に抱き着く。うわぁモフモフのやー、温いぃぃ。これは人を駄目にする尻尾だ。

「あなた、何をしているの?」

「ごめんつい」

 屋根戸を持ち上げ、ラナが顔を覗かせていた。

「地下に面白い物を見つけました。来てください」

「なんぞ」

 尻尾でモフダラしたいが、それはそれ、妻が優先。ランシールも伴ってラナがいう地下に移動した。

 地下は上より遥かに広かった。奥が見通せない広さだ。

 階段周辺は暗いが、少し先に行くと木漏れ日のような明かりが。上の階と同じ天窓を利用した集光装置があるのだろう。

 水道管が通っていて、三つ並んだ水洗トイレと、広めの洗濯場を見つけた。

 更に奥に進み。

 うきうきのラナが僕に見せたのは、お湯こそ張っていないが、お風呂だった。

 街の公衆浴場と同じサイズ。

 地下大浴場である。

「ああ、ラナ。残念ですが、これお湯を沸かす装置が故障しているので水しか張れません」

「この時期に水は流石に」

 それはもしかしたら、

「ランシール、その装置を見せてくれ」

「はい、こちらです」

 お風呂場を通り過ぎ、もっと奥へ。

 これは、ちょっとしたダンジョン並みだ。柱が並び、似た様な風景なので迷いそう。

「これです。何度か修理しようとして装置の写しを職人に見せた事があります。しかし、今レムリアにある翔光石を利用した湯沸かしと別な仕組みらしく。場所が場所なので直に人を連れて来る事ができず。長くガラクタのままで」

「雪風、頼む」

『了解であります』

 腰のカンテラ――――に偽装したA.Iのミニ・ポットを掲げスキャンさせる。

 その装置とやらだが、簡単にいえば横にしたドラム缶が二つ並んでいる形だ。パイプが付いていて、浴場まで延びている。

『スキャン終了。無圧ボイラーと似た構造であります。マキナの工具用アームで修理可能、終了予定時間は55分。改良時間は300分必要であります。水道管の状態は良。管の組成は不明』

「だ。そうだ。お風呂入れるって」

『自宅でお風呂!』

 ラナとランシールが手を合わせる。

 最近、この二人仲が良い気がする。拳を交えて友情が芽生えたのだろうか?

 マキナに合流するように連絡。

 雪風は、地下を調べたいと闇の奥に転がって行った。たまには単機行動も良いだろう。ここなら、最悪ポットを失っても人格の転送ができる。

「さて、掃除しようか」

『はい』

 家に置いてあった掃除用具を広げ、女二人は我先に地下に降りて浴槽の掃除に行った。

 もう、お風呂しか頭にないようだ。

 僕はキッチンに取り掛かる。ランシールが暇を見て掃除していたようで、そこまで汚れてはいない。年月による摩耗はあるものの支障をきたすほどでもない。

 一通り水洗いしたら、流し台の水を全部流し尽くして下水関係に問題がないか確認。

 火元も確認。換気に問題なし。

 念の為、後でA.Iにスキャンしてもらおう。

 さて、次は寝床の掃除だ。これもマキナ達が合流してから本格的に開始するとして、まず換気をしようと屋上の屋根戸を開け、各部屋の扉も開ける。

 予想外な事に、部屋中に風が巻き起こって、埃と空気を天が吸い上げた。

 これは………元々こういう機能なのか? それとも偶然?

 アルマさんの書斎は開けなくてよかった。本が空にすっ飛んでいた所だ。

 後は簡単な水拭きを済まして終了。思いの他、早く済んでしまった。

 ボールペンを取り出し、適当な紙を広げて書き記す。


【屋上】

【四階】 ハ1  ハ2書斎 

【三階】 ロ1  ロ2

【二階】 イ1  イ2

【一階】 キッチン・食堂兼用居間。

【地下】 お風呂、トイレ、洗濯場。

 

 部屋割り表だ。

 住人は、僕、ミスラニカ様、ラナ、エア、ランシールに、マリアの六人。書斎を開ければ六部屋取れるので人数分別けられる。

 三、四階の収納スペースも、ベッド一つ置くくらいはできる。

 子供二人は、好きな部屋を選ばせてやらないと可哀想だ。しかし、まずはミスラニカ様。

「あ」

 いやまずは、マキナの場所だ。雪風は適当に僕の部屋に置くとして、マキナ・ポットの位置を決めておかないと。

「ここらで良いか」

 流し台の隣にスペースを開け、粘着テープを切って円を作る。

 マキナの前身は、お料理ロボットとして発売された。おあつらえ向きなポジションだと思う。まさか、個人部屋を要求したりはしないよな?

「あり、うるか?」

 いやいや、ないか。

 僕とラナは、今までもそうだったので同じ部屋でも良い。しかし、慣れって怖いな。あんな可愛いエルフと日常的に同じ空間にいるとは、考えて見たら恐ろしい事だ。実はこれ、全部夢なのではないのか? 僕は、今も草原で眠っているとか? ないか。

 後、エアとマリアも、何かと同じテントで眠っていた。二人に合わせてランシールも。

 流石に、一部屋三人は狭いので別れるだろうが。

「んー」

 やっぱり希望を聞かないと何ともだ。

 丁度、マキナから連絡が来る。

 もう近くまで来たので出迎えの要請。それとマリアも左大陸から帰還して、合流したとの事。

 外に出て馬車を見つけ、近寄る。まずは、エアの様子を見て熱を確認。

 37度まで熱が上がっていた。

 しまったな。

 今日一日くらいはキャンプ地でも良かったか? 下手に動かしたのがマズったのかもしれない。顔色も青ざめ疲れている。

「マキナ、エアの寝床を作ってくれ。最優先で」

『了解であります』

 防寒用品と寝具を抱えて、マキナ・ポットがスイーと進み、開きっぱなしの扉を潜って行く。

 階段をガクガクと降り、すっ転ぶような、昔のロボット映画のような事はなかった。

 僕はエアを抱っこして後に続く。

「エア、大丈夫かー?」

 マリアがエアを心配そうに見ている。

 ミスラニカ様は灰色の猫に戻っていた。

『うわぁ、ソーヤさん。広くて良い物件ですね』

「中々面白いぞ。地下が凄くて」

『はい、雪風ちゃんから情報を取得しています。ボイラー修理ですね。ですが、それよりも先に』

 マキナはテーブルと椅子をキッチン側に退かすと、居間にブルーシートを引いて、その上にマットレスを置く。更に上に絨毯を引いて、隅に敷布団と毛布を引いた。

 僕はそこにエアを寝かせて、お気に入りの枕に頭を置き、掛け布団を被せる。

『各部屋の様子を見てきます』

「あ、ちょっと待った」

 部屋割り表をエアに見せる。

「エア、辛い所悪いが。お前の希望する部屋を教えてくれ」

 ミスラニカ様には悪いが、病気の妹を優先する。

「二階の、へや」

 弱々しく妹が答える。

「上の階もあるが、良いのか?」

「二階でいい。だって、つまみ食い、できな………」

 こんな時でも食い意地優先。

 まだ余裕ありそうだな。

「マキナ、イの1を整えてくれ」

「まって、おにいちゃん。今日はここがいい」

 ああ、そうか。

 風邪で弱っている時、一人は心細いよな。

『それじゃ、暖炉の様子見ますね。部屋を暖かくしないと』

「頼む」

 マキナはキッチンに行き暖炉の様子を見る。

 換気や、構造を確認して、すぐに薪の先を削りながら羽のように広げる。着火して暖炉に投下。火を溜めた暖炉が煌々と光る。

 流石だ。古い設備だが、問題なく使いこなしている。

 ちょっと嫉妬してしまう。

 マリアは、辛そうなエアにピッタリとくっついていた。

 風邪がうつらないか心配だが、こういう姿は心に来る。変な気で止めるのも間違いか。せめて予防の食べ物でも作らないと。

「ミスラニカ様、お部屋の希望は?」

 エアの枕元にいる我が神に、部屋割り表を見せる。

「妾は地下が良い。寝床の籠を幾つか用意しておけ」

「個室用意しますよ?」

「閉じ込められとうない。好きな場所で、気ままに眠るのが良いのじゃ」

「了解です」

 いつもはウロウロするミスラニカ様も、エアの傍から離れない。二人共、新しい家を見回りたいだろうに。

『急な階段を発見した為、これより変形します。後方注意、後方注意』

 キッチンを手早く整えた後、マキナは二階に向かおうと変形した。

 顔(感情表現ディスプレイがある方向)を上にして横になると、ポットの横からL字の手足が延びて、それをシャカシャカ動かしながら階段を登って行った。

『………………』

 たぶん、その姿を見た全員が思っただろう。

 キモイ、と。

 ヒュパッ、と地下の階段からミニ・ポットが飛び出てくる。

 雪風だ。

 いつの間にジャンプ機能を付けたのだ? こいつら揃いも揃って条約違反を。査定官が憤死するレベルで改造している。

 企業側に説明を求められたら、僕、知らないからな。自分でやれよ。

『地下周辺マッピング完了したであります。完全封鎖された箇所が多く、推定ではありますが、レムリア全てを覆う広さかと』

 近くに来た雪風が、投影映像で3Dマップを表示する。

「何だこりゃ」

 レムリアの地下は、蟻の巣のような構造が広がっている。いや、街一つ所か草原まで続いている広さだ。

『マキナから貰った情報によると、ゴブリン地下大帝国にも繋がっているかと』

「いや、ある意味。ご近所付き合いが出来て良いが」

 ミスラニカ様が、投影映像にじゃれつきながらいう。

「これは、ベリアーレ旧市街じゃな」

「ベリアーレとは?」

 聞いた事のない地名だ。

「かつて栄えた右大陸三大国家、ベリアーレ、ルベルゾン、ロージアン。つまりは、ミスラニカ三国の一つじゃ」

 ミスラニカ様に滅ぼされたという三国。

 ただ、それを吹聴しているのは、エリュシオンの騎士。聖リリディアス教の人間達だけ。

 敵の言葉だ。安易に受け入れない。

 ミスラニカという言葉は、とても古い言葉で『忘却』を意味する。我が神の名を聞いて『忘らるる者』と、古い時代から今に現れたマリアが表現した。

 旧三国の名を知る者など、今のレムリアには殆どいないだろう。だから『忘らるる三国』という意味合いで受け取る。

 その方が、僕個人としても受け入れやすい。

 例え本当に悪行の神でも、美化したいのが信徒の願いだ。

「なんだ、ミスラニカの国なのか?」

「そんなわけあるか。馬鹿もの」

「えー」

 マリアが、ミスラニカ様をモフモフする。

 冬毛のミスラニカ様は、モフ度が30%upしている。僕も抱き着きたい。てか、神にも冬毛があるのね。

『ソーヤさーん!』

 ジャカ、ジャカ、ジャカっと、階段から降りて走り這い寄って来るマキナ。

 僕は真顔になり、ミスラニカ様は『シャー!』と威嚇。マリアとエアは脅えた。 

 お前、ちょっとしたモンスターの動きだぞ。てか祟り神にしか見えない。

「え、何? どした」

『マキナに工事命令を出してください。何ですか上の部屋は! アルカトラズですか! 網走ですか! あんな部屋で、皆様を就寝させるわけにはいきません! 工事します! 最低限でも、窓がないと人間が眠る場所じゃありません! 命令してください!』

 こんな剣幕で迫られたのは初だ。

 あれ、前にもあったか? ともあれ。

「お、おう。任せた。でも、まず下のボイラーを修理してくれ」

『ガッテン! 二十分で修理します! 物資の使用制限解除を願います!』

「了承する」

 最近、冒険の役に立っていなかったから色々溜まっていたのだろう。 

 思うまま、全力でやりなさい。

『ぶるああぁあぁぁぁぁぁぁ!』

 マキナは一旦外に出て、工具と必要物資を体に括り付けて家に戻って来る。計、六回ほど外と中を行ったり来たりする。

 危険なので、更に隅にかたまる。そんな僕らの前に、マキナは素早くコタツを設置。

 下の掃除が終わったランシールとラナも合流して、皆でコタツに入り。ぎゅうぎゅう、ぬくぬくとした。

 エアを看病しながら、マキナの働きぶりを眺め、新居の夜は更けてゆく。

 夕飯は、面倒なのでインスタント食品で。

 エアにはラナがお粥を作った。

 食事の後、エアは眠り、他の女性陣は直ったお風呂に直行した。混浴というイベントは、またの機会だ。楽しみにしています。

 しかし、悪くない。

 星の下で眠るテント暮らしも悪くなかったが、こちらの家という感じはとても良い。

 安心感と温かさが違う。

 ホント、悪くない。これが長く続けば文句ないのだが………………。


 後、マキナの奇行は、周辺住民に遠目で目撃されており、城壁にモンスターが住むと噂が立てられたのだが、それはまたの逸話だ。

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