<第四章:祭りの終わりに> 【02】


【02】


「寒っ」

 妹が叫ぶ。それもそのはず、草原が雪原になっていた。

 ただ今、キャンプ地に帰る途中である。足を捕られるほどの積雪ではないが、遮蔽物のない場所だ。吹き付ける風は冷たく体を冷やす。

「寒ぃ~」

 更に妹が叫ぶ。

「邪魔、歩きにくい」

 エアに抱き着かれたマリアがいう。エアはグラッドヴェイン様に貰った毛皮のコートを着ているが、それでも寒いらしい。

「いやいや、アタシの反応フツーでしょ。マリア寒くないの?」

 マリアの恰好はいつも通り。

 薄着で生足。お腹は流石にシャツを着させて隠した。それでも十分寒そう。

「ダメだなぁエアは、ダメだぁ。左大陸では、まつ毛が凍ってから寒いというのだぞ」

「あんたの住んでる所とんでもないわね」

 寒いというか、痛いからな。あそこの冬は。

「お兄ちゃんも何で平気なの?」

「まあ、僕も左大陸の冬を経験しているし、日本の冬に比べたらこれくらい」

「うわ、ニホンも寒いの。ヤだなぁ」

 でも一応、寒い事は寒い。しかし、竜血のポンチョのおかげで震えるほどの寒さはない。竜の血は、その身から出ても十年は暖かく発熱するらしい。

「で、お姉ちゃん。大丈夫?」

「あ、熱いです」

 ラナは額に汗を浮かべていた。ローブ全部が竜血を吸っているのだ。全身にホッカイロを貼ったようなものだろう。

 エアは、ラナに抱き着く。

「うわ、凄くあったかい」

「風を受けてから急に熱くなりだして。汗だくで、すぐ脱ぎたいです」

 八甲田山みたいな事は止めてくれ。

「そういえばお姉ちゃん。竜に貰った防具どうするの? 着けるの?」

「私にその勇気はありません」

 えー。

 似合うと思うのにな。個人的に見たいのになぁ。

「じゃ、ちょーだい。着けて見たい」

「え、エア。流石に嫁入り前の娘がする姿では」

 貧乳のビキニアーマー、そういうのもあるのか。

 そりゃないものを隠しても無意味だからな。

「大丈夫だって。下着にするだけだから。てか、さりげなくグラッドヴェイン様の伝統を否定してるよね」

「眷属である前にエルフですから、不用意に肌をさらすのは………」

 ラナは、エアとマリアの恰好を改めて見る。

 ラナがお固いのか、二人が軽薄なのか。どっちも好きな僕からすれば判断に困る。ラナもああ見えてエロいし。

「二人共。後で冬用の服を買いに行きましょう」

「ホント、やったー!」

 エアが大喜びする。

「やったー!」

 つられてマリアも。

 ラナの視線を感じたので、さり気なく財布を渡した。三人分の冬服と帰りの買い食い代。金貨30枚くらいあればお釣りが来るだろう。

「ソーヤ。お腹減った」

 マリアは、ぐきゅーと漫画みたいにお腹を鳴らす。

「朝飯は」

 朝飯で思い出した。ゲトさんの事だ。友好の証を壊してしまったのだ。あれ、貴重な物じゃなきゃ良いが、弁償できる物なのだろうか。

「あ、ゲトがいる」

 マリアは、雪原を駆けてキャンプ地に走る。

 我が家には、雪かき中のマキナとゲトさんがいた。マキナは寒冷地仕様で円柱状のポットに保温材を付けている。ゲトさんは何も変わらず腰みのの一張羅。魚人は寒さに耐性があるのか。

 僕らも小走りでマリアの後を追う。

「エビー! ゲト、エビあるか!」

「おおう、小さいの。今日も朝から元気だな。あるぞエビ。しかも、いつもの小さいやつじゃない」

 マリアの催促に、ゲトさんが魚用コンテナからエビを取り出す。

 それは大きな、ロブスターだった!

「うお! ゲトさんそれはッ!」

 僕は、テンションが上がり駆け寄る。

「おう、ソーヤ。昨日は大変だったらしいな」

「そうでもありません。いつも通り死にかけただけです」

「それを大変というのだろ」

 かもしれないが、ロブスターの魅力に全ての意識が引っ張られる。

「あなた、これはまさか」

「ラナ知っているのか?」

 異世界でもロブスターはご馳走なのか。

「伝説の皇帝エビ。古代エルフの皇帝達が、このエビを求め戦争になったという。本当に実在していたとは」

 ロブスターすげぇ。

 エルフも食い意地で戦争するなよ。

「流石、博識な奥方だ。そう、これぞまさしく皇帝エビ。グリズナスの使徒が偉業を成した時、特別に食す事ができる貴重な海の恵みである。あの小憎らしい竜を退けたと聞いてな。我が神に頼んで頂いて来た」

「あ、ゲトさん」

 ポケットから小袋を取り出して、拾い集めたネックレスの欠片を見せる。

「ゲトさんに貰ったこれ、壊れちゃいました。すみません」

「なに!」

 サングラスをずらして、くわっと珊瑚の欠片を見つめる。

「馬鹿な。地上の者にこれが破壊できるはずが―――――」

「竜の息吹を目の前でくらって、炎は防げましたが代償に壊れてしまって」

「………なん………………だと………」

 驚愕している。

 やっぱ貴重な物だったのか。

「ふっ」

 そして破顔した。魚人顔だが、この人の喜怒哀楽は分かりやすい。

「フハハハハハッッ!」

 ロブスターを天に掲げ爆笑した。

「見たか! 天よ! 炎よ! 我ら魚人の秘儀は汝らの破壊を妨げたぞ!」

 うおおおー! と魚人が空に叫ぶ。よく分かっていないマリアが真似っこしていた。

 いや、僕らもよく分かってはいないが。

「おおう。これはすまんな。柄にもなく熱くなってしまった。魚人なのに熱くなってしまった。この寒空の下で」

 ゲトさんの渾身のジョークを、ラナの極上の愛想笑いで返す。

「ソーヤよ、今日ほどお前と友好を結んで愉快だった事はない。これは、オレの一族に延々と語り継ごう。我が神もきっと爆笑すると思う」

 グリズナス様。

 どんな神か分からないが深海にいる神様だ。それが爆笑って、余計に想像できなくなった。

「しかし、残念だが友好の証はもうやれん。あれは絆を作る為の物で。もうオレとお前ら家族は友好を結んでいるのだ。再び渡す道理がない」

「それは確かに」

 最早、絆はあるのだ。

 物できっかけを作る必要はない。

「それとゲトさん。これを白鱗公から」

 竜の鱗を取り出す。

「ええと『汝の加護、実に見事である。これは賞賛の証である。鱗はあらゆる熱から汝を守るであろう』だ、そうです」

「ふーん。へぇ~ほー」

 鱗を眺めながら歓声を上げる。

 嬉しそうだ。

『ソーヤさん、皆さん。冷えたでしょ。温かい飲み物ですよ。テントにはコタツも用意してありますからね』

 と、マキナが飲料を持って来る。

 トレイの上には湯気の発ったココアがある。

「あ、ココア! ココア大好き!」

 マリアが一番に飛び付き。

「あづっ」

 舌を火傷しかけていた。こりない子だ。

「待て、ソーヤ。あらゆる熱から守るといったな?」

「え、はい。確かに」

 ゲトさんは竜の鱗を胸に貼り付け、ココアを手にする。

「あ、ちょ」

 魚人は冷たい深海に棲む種族だ。こんな高温の飲料など口にしたら火傷じゃすまない。

 と、ゲトさんはココアを一気飲みした。

「あ、あ! 熱くないぞ!」

 続いて、ココアをもう一杯。

「やはり熱くないぞ! ほんのりとした温かさは感じるが、むしろ清々しい。ソーヤ、分かっているな! ソーヤ!」

「はい! 何が食べたいですかッッ!?」

 何かつられて僕も熱くなる。

「ピザだ! チーズがとろけている物を! それと、あれもこれも、ぬぐ! 食いたい物が多すぎる。ぬぅううう。あ! あれだアレ。ほら、お前と前に食べただろ。油鍋! 二人でパンを食い尽くしたやつだ! あれの冷めていない状態を食べたい!」

 熱いゲトさんにロブスターを渡される。

「アヒージョですね! わっかりました! 早速、皇帝エビで作って見ます!」

「それとミソスープもな!」

「はい、喜んで!」

 ロブスターで出汁取ってやる。

「ゲト、カレーは?」

「おおう。食べる。でも辛いのは無しにしてくれ」

 エアの提案にゲトさんは乗る。

「ゲト、ナポリタン食うか? 昨日覚えたんだぞ」

「ナポリたん? 良く分からんが、頼む」

 マリアの提案にも乗る。

 ラナが『あなた、私は?』と目で訴えかけてくる。

「ラナ、ご飯炊いてくれ。ご飯だけを炊いてくれ」

「はい、お任せを」

「マキナ、皆のサポートを」

『らじゃ! ドラゴン戦ではマキナ完全に役立たずだったので気合い入れますよ!』

 普段から美味しい食材をくれるゲトさんに、家族全員で恩返しである。

 食材と炎と調味料が舞う。

 寒空の下だが、僕らの熱気は冷える事なく。次々と料理を作り、ゲトさんの前に並べる。ゲトさんも子供のような夢中さで料理を平らげて行く。

 食いっぷりが良い客に、飯を作るこっちの腕もヒートアップした。

 正直、

 し過ぎた。


 ――――――三時間後。


「これ、何の生き物?」

「マリア止めなさい」

 枝で腹を突く彼女を止める。

「うぐ、食べ過ぎた」

 そうですね。ゲトさん食べ過ぎましたね。僕らも正直やり過ぎたと思います。でも、途中で食べるの止めれば良かったのに。

「ソーヤ、悪いが。川まで転がしてくれ」

「………………はい」

 寝っ転がったゲトさんは、食べ過ぎて膨らみ。トドのようになっていた。魚人というのは必要以上に食べ過ぎると、その分膨らむ種族のようだ。

 いわれた通り転がし川まで運ぶ。ジャブンと水面に落とす。プカプカ浮き、ジタバタと肉に埋もれて、短くなった手足で動きを制御する。

「くっ」

 いかん、シュール過ぎて笑いがこみ上げてきた。

 そんな面白いゲトさんだが、真面目な口調で話し出す。

「ソーヤ、奥方、エア、マリア、マキナ。大変美味い飯だった。魚人は多くいれど、オレのような幸福を知る魚人は皆無だろう。感謝する」

「いえ、ゲトさん。こちらこそ」

 皆を代表して僕が返事を。

 てか、他の皆は笑いを堪える事に必死になっている。

「冬の間、オレ達は短い眠りに就く。しばしの別れだ。コンテナには海産物をぎっしりいれておいた。冬を越せる分くらいはあるはずだ」

「はい、ありがとうございます。ゲトさんお元気で」

「おう。冬眠中に飯は消化できるだろう。起きたらすぐここに来る。また美味い物を期待しているぞ。まあ、春になったら、また会おう。………………またな」

「また」

 水が撥ね。

 ゲトさんはいつも通り、川の流れと逆に泳ぐ。普段より大分滑稽な動きだが、速度は変わらず。もの凄い速度でトドさんが消えていった。

 しばしの別れは………………何だか面白い別れ方になってしまった。

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