<第四章:祭りの終わりに> 【03】
【03】
今一度、竜の撃退パーティで集まり、組合に報酬を貰いに行こうとしたら。
「これはどういう事だ?」
「見ての通りです」
僕一人である。
まあ、集まらなかった。
フレイとラザリッサは、レムリアを離れ中央大陸へ。
バーフル様もレムリアを離れ北へ。
瑠津子さんとガンメリーまで、東の獣人族の所へ。
報酬を貰うまでが冒険だというのに、協調性ゼロだ。ホント、あの連中が集まったのは奇跡的なタイミングだった。もう二度はないだろう。
止めに親父さんは、お店の冬支度に駆り出されている。
もうここまで来ると、中途半端に集まるのも無意味だから、僕だけで行く事にした。
女性陣とシュナには、冬用の衣服と生活用品を買わせに行かせた。
ああ、忘れていた。
冬の拠点とする借家も探さないと。流石に雪原でキャンプは出来ない。
「報酬の受け渡しだぞ。普通全員で集まるだろうが。お前らどういう集まりだったのだ?」
「何なんでしょうね」
そういわれても僕にも分からない。
「ですが、ソーヤ。見事な戦いでした。無茶苦茶に見えて実践的な騎士の戦い方。長年研鑽し続けた鬱憤を晴らす為、それを全力で竜にぶつける生き様と死に様。触発され、昨夜は久々に得物の手入れと素振りをしました。本当に、お見事です」
「ありがとうございます」
エヴェッタさんに褒められるは、大変嬉しい。緋の騎士も喜ぶだろう。
不遇な死を選ぶしかなかった彼だが、その剣技は竜を前にしても揺るがない。いや、いつしか竜にすら届く。今回は、僕という性能が足りなかっただけ。そう、もっと上を目指せる。
何れ何もかも、選ぶまでもなく斬り伏せる。緋を内に飼う者なら全て殺せるはず。
僕の継いだ死と業とは、そういう絶技だ。
「で、組合長。報酬の件ですが」
しかし今は、遠い先の事より報酬の問題。
組合長は相変わらずの仏頂面だが、今日はいつもより険がない。
「ここにいないパーティの出国は、こちらでも確認している。お前が消したという事ではないのなら、支払うのは道理か」
「そりゃよかった」
いつも通り、変な言い掛かりを付けられなくて。
「まずこれだ」
袋を手渡される。結構重く、じゃらっとした貨幣の感触。
組合長は杖を振りながらいう。
『レムリア王から、降竜祭に置いて功績を上げた血盟。シーカーブリゲイド、ギャストルフォ勇者連盟、エンドガード、………ルツ王と愉快な仲間達。以上のパーティに、金貨120枚を授ける』
組合長の声が、組合中に響く。魔法による拡声のようだ。
ざわっと周囲の冒険者達が足を止め、聞き耳を立てる。
これは、王の気前の良さのアピールか。
そういえば今日は、いつもより冒険者の数が多い。お昼前の微妙な時間なのに。
『続いて、竜と最も勇敢に戦った冒険者ソーヤに。組合から翔光符100枚を進呈する』
お~、と周囲の冒険者からの歓声。
少し誇り高い。でも、きっかり100枚か。今後の為を考えてもう少し欲しかった。
『続き、竜の翼を傷付けた者。冒険者の父メディム。北の英雄バーフルヘイジン。両名に、レムリア商会連合からレムリアエール一年分、中央大陸商会連合レムリア支部から、ワイン一年分を進呈する』
おおー! と歓声。僕の時より大きい。
冒険者達は、口々に親父さんの名前を発する。
所でバーフルって誰だ? と疑問の声も。
『最後に、竜を拳で平伏させた希代の“魔法使い”ラウアリュナ・ラウア・ヒューレスに、組合から荒れ狂うルミルの模造遺装。リューベルの手甲を進呈する』
おおー! と僕の時の六倍くらいの歓声。よく分からない装備だが、価値があるのか?
組合長が話を締めにかかる。
『以上が、今年の降竜祭で名を上げた者達である。時に冒険者は、無謀な戦いと巨大な未知に立ち向かわなければならない。今、名を上げた者達は運良くそれに勝利した。たったそれだけの事だ。たったそれだけの事だが、それが勇名と無名の違いである。
立ち向かう事を恐れるな、冒険者達よ。
上も下も見るな、前を見るのだ。自分達の冒険をしかと見よ。
どんな冒険の果てにも、名声と羨望が待っている。ゆっくり積み上げた名声ほど強固でもある。
人の名声に歩みを止めるな。自分達の冒険をしろ。それに集中しろ。
夢を持つのは良い。人に己の夢を重ねるのも良い。だが、女々しい嫉妬は酒で流せ。人を落としたからといって、名声が高まるわけではない。
これから厳しい冬が来る。しかし忘れるな。どんな者にも春は来るのだ。必ず。………………以上』
まるで組合長のような事を、組合長がいう。冒険者達が、まばらに拍手をした。
他の組合員がやって来て、組合長の杖を持つ。
『えーでは、冬の間の格安宿のお知らせです。まず、馬小屋住まいの方限定、炎教仮宿舎の抽選を開始します。お集まりください!』
おおおおおおおおお! と、新米冒険者達が殺到する。
なるほど。これがあるから人が多かったのか。組合は打って変わって抽選会場に。
僕は人波をすり抜けながら、エヴェッタさんが移動した受付に。
「では、大白骨の攻略方法をください」
「そう来ると思い。手続き済みです、組合長が」
あれ、今回のあいつ微妙に手際が良いな。裏がないか勘ぐってしまう。
「こちらが、攻略方法を記したスクロールです」
早速、スクロールを手渡される。いつも組合から貰う物と違う。施錠用の金属部品が付いている。
「開く前に金具に親指を当ててください」
「はい」
金具を押すと簡単に取れた。
「それで、開いた者にしか読み取れない魔法が作動しました」
「凄いですね」
何このセキュリティ。現代世界にも欲しいわ。
「では」
ある意味、一番苦労した階層の攻略情報である。万感の思いで広げる。
「………………」
読む。
「………………」
ものすごく簡潔で簡単な、目を疑いたくなる内容だった。
「あの、エヴェッタさん」
「はい」
「これ実はドッキリで『本当はこっちです』と後ろから別のスクロールを出したり?」
「しません」
「じゃこれは」
「はい、確かな情報です。もし間違いがありましたら組合にご報告を」
「信じられないのですが」
「竜と真正面から斬り合う人が、何を信じられないのですか」
それはまあ、ここに来た時の僕を思えば信じられない変化だが。
「にわかには信じ難いというか、信じたくないのですが」
「試してごらんなさいな。それで駄目なら翔光符は返しますし、組合の攻略情報が間違っていたら報酬もらえますよ」
「ぬ、ぬう」
ここまでいわれたら、サプライズの線は消える。
「………分かりました。今からでも行ってきます」
このモヤモヤを抱えたままでは、よく眠れない。
「はい、冒険者は思ったら即行動です。最初こそ、この子には無理な職業だと諦めていましたが、立派になりましたね」
エヴェッタさんが、ほろりと涙を流す。
お母さんか。
軽く挨拶して席を立つ。まず、親父さんの所に直行した。
三十階層以降は最低でも三人パーティが必要になる。シュナに連絡をする。
通信・妹経由で事情を話す。女性陣の着せ替え人形にされていたようだ。二言もなく即行でこっちに来た。
ある意味初の野郎だけの臨時パーティ。
二人に大白骨の階層の攻略情報を話す。
『冗談だろ』
と、笑われる。とりあえず行動で真意を確かめる。簡単な二日分の食料と水を商会から購入してポータルを潜る。
そして、攻略情報通りの行動を起こす。
信じられないというか、信じたくないほどくだらない方法で階層主が現れる。
「………………」
三人で倒した。
はっきりいって弱かった。僕一人でも、シュナ一人でも、親父さん一人でも倒せた。たぶん、パーティの誰が戦っても一人で倒せたと思う。
「………………」
現れたポータルを潜ると、そこは白い骨の階層ではなく。外と同じように冷たい氷の階層だった。いや、外より滅茶寒い氷の階層だ。左大陸の冬並みに寒い。防寒具なしじゃ五分と持たない。
近くのポータルで認証を済ませる。
間違いなく三十五階層である。
『………………』
男三人無言で帰還。
冒険者の自明の理として『攻略情報や階層の情報を、不用意に話さない。外に絶対もらさない』というのがある。
当たり前だ。
先人達が命がけで築いてきた情報を安っぽく扱ってはいけない。そんな事をすれば冒険者の質は下がり、果ては組合の陳腐化が始まり、レムリア王国の衰退にも繋がる。
これでも、今の冒険者は昔の冒険者より大分楽をしている。
これ以上の楽は堕落になる。
色々な建て前もあるが、ようは『お前らも苦労しろ。最近の若いもんは』とまあ、古代エジプト文明の壁画に書かれていた意見が本音であろう。
つまり、
『………………』
僕らは、どんな理不尽なダンジョンにぶつかっても不用意に愚痴れないのだ。
それがこんなに辛いとは。
男三人、辛気臭い顔で組合に戻って来る。
「あの、これ良かったら………まだ手を付けていないので」
「え? あの、ありがとうございます」
垢抜けていない新米冒険者のパーティに、手つかずの食料と水を進呈する。普通は、他所のパーティから簡単に食料とか受け取らないのだが、隣に冒険者の父がいたので信用された。
憂鬱な気分でシュナと親父さんに告げる。
「明日朝一で、組合に集合を。即行で全員踏破して………一日中飲みましょう」
二人共、無言で頷く。
野郎だけの短いパーティを解散させ、帰路に。
明日は荒れるな。パーティが。
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