<第四章:祭りの終わりに>
<第四章:祭りの終わりに>
バーフル様、フレイ、ラザリッサ、瑠津子さんは先に、グラッドヴェイン様の宿舎に帰っていた。帰って、もう食堂で祝杯を上げていた。
結構、デキ上がっている。
「あ、お帰り!」
妹が僕らの所に駆け寄って来る。
僕はラナをおんぶしていた。相変わらず背中が幸せだ。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん、凄かったよ」
「ラナさんすげぇ! 超恰好よかった!」
妹とシュナの感想に、ラナは照れたのか僕の肩に顔を埋める。
「てか、なんか真っ赤だけど大丈夫?」
妹のいう通り、僕のポンチョも、ラナのローブも真っ赤である。
「安心しろ。全部、返り血だ」
一度いってみたかった言葉である。
夢が叶った。
「あなた、私のローブ。これ落ちますか?」
「どうだろか。マキナに洗濯させてみよう」
「これこれ、竜の血で染めた服だぞ。竜狩りの栄誉として身に付けておけ」
眷属の一人にそんな事をいわれる。
昔、揉めた事のある年配の獣人だ。
「でも、血生臭くて不衛生ですよ」
「安心しろ、竜の血は浄薬に使用されるほど浄化能力が高い。火で炙ったように清潔だ。火といえば、今夜あたり互いの武勇に滾って大変なので―――――」
おっさんは後ろから神に殴り倒される。
床に顔面から貼り付いた。
「下世話な勘繰りは止せ」
グラッドヴェイン様が現れた。両手を広げ、僕とラナを抱きしめる。
「良くぞやった! 特にラナよ! 竜を殴り倒す女など、我を除いてそなたくらいであろう! しかもそれが魔法使いと来ている! この超凡の武。我が眷属に相応しい!」
え、まさか。
「どうだ。ラウアリュナ・ラウア・ヒューレス。我が眷属として武の道を志さぬか?」
「はい、お断りします」
「………………」
たぶん笑顔でラナが答えた。
グラッドヴェイン様が笑顔のまま固まる。騒いでいた眷属の方々が一斉に静まり返る。
和やかな空気が一変した。
「グラッドヴェイン様、お誘いは大変嬉しいです。けれども、私には目指さねばならない道が沢山あります。魔道の他に、立派な妻としての道。掃除、洗濯、夫を喜ばせる手管、特に料理を学―――――」
その時、戦慄が走る。
それだけは全力で阻止せねばならない。
「ラナ。グラッドヴェイン様と契約しなさい。………しろ」
「え?」
問答無用の命令口調でいう。
彼女を、前衛として戦わせるつもりはないが、身を守れる手段は増やして損ではない。という建前の思考。
「君の夫として、パーティのリーダーとして、一人の冒険者として、是非ともグラッドヴェイン様の眷属になり。武の極致を学んで欲しい。君の父親を見返す良い機会だ。頼む、後で何でもいう事聞くから、契約してくれ。………ください」
「あなたが、そこまでいうのなら。はい」
(でも料理は教えてくださいね)
と、耳打ちされた。
ああ、結局。
再びアレと戦う時が来るのか、今のパーティの力を試されるな。
「グラッドヴェイン様、申し訳ありません。お誘いお受けします」
「良し!」
グラッドヴェイン様にラナを盗られる。
かの神は、ラナをお姫様抱っこするとテーブルの上に立ち。他の眷属に宣言する。
「良く聞け! 我が眷属達よ! 今日新たに、この娘を眷属として迎え入れる! この者の武勇は先ほど貴様らも見たはずだ! 異存はないな!」
『応!』
勇ましい声が重なる。
「ならば、ラウアリュナ・ラウア・ヒューレス! そなたを我が眷属として認めよう。さあ、今宵は新たな竜狩りの為に、眷属よ、飲め歌え! 武を称えよ!」
「武闘のエルフ! 小グラッドヴェイン!」
「かの者の父。孤剣のメルムを称える!」
「魔道より来たる新たな武芸者に!」
「新たなる竜狩りに!」
「我ら武を信仰せし兄妹に――――――」
テーブルを囲む眷属達が、酒瓶を掲げる。
『栄えあれ!』
眷属が雄々しくラナを称え、杯を飲み干す。
今日は飲んで良い日らしく。バーフル様も、浴びるように酒を飲んでいた。
シュナは親父さんの盾を羨ましそうに触っている。
リズはリスのように料理を搔き込み頬を膨らませる。
しかし、グラッドヴェイン様。完全に孫か娘を可愛がる保護者なのだが、身内贔屓もバレない程度にお願いします。
取りあえず、ラナは彼女に預け、問題のフレイの所へ。
丁度いい事に、例のオバさんも何故か一緒にいた。
「貴族の三男坊! いやぁ~面白いもん見せてもらったよ。こんな田舎でも見るもんはあんだね」
オバさんに、バシバシ背中を叩かれる。
「そ、それで、フレイとの結婚の話ですが」
「はぁ~」
フレイが大きなため息を吐く。お前、僕だって嫌だからな。
「ああ、取り消しにしようか」
「へ?」
意外にもあっさり、取り下げられた。
「安っぽい女から男を奪うならともかく。竜を殴り飛ばす女が相手じゃ、ギャストルフォでも分が悪いね。勇者が男取り合って負けるなんて名が落ちる。今回は退くさ」
「叔母様! では!」
フレイが歓喜の表情を浮かべた。
そうか、僕との結婚そんなに嫌だったのか。大して好きでもない女だが、フラれると微妙にダメージをくらう。ホント微妙に。
「そうさ、フレイ。予定通りに商家の六男と縁談を進めるさね」
「いやぁァァァァァァァァ!」
だね。そうなるね。
フレイは、オバさんに引きずられて食堂を出て行った。
「では、ソーヤ様」
ラザリッサが、ペコリと頭を下げる。
「ここでお別れです。白鱗公が相手とはいえ、目を見張る戦いでした。ですが、他の竜はそうはいきません。中には―――――」
僕の背後で、一際大きな歓声が上がる。
竜狩り達の歓迎は熱烈なようだ。
うるさかったのだろう。ラザリッサは僕から視線を逸らし、
「栄光に集る虫共が」
一瞬。
とても忌々しそうに、グラッドヴェイン様や、その眷属達を睨み付けた。
僕だけが気付いた。薄い刃のような殺気。彼女の影に巨大な気配を感じる。全身が総毛立ち、反射的に刀を抜きそうになる。
「フフ」
歪んだ表情で、力強く抱きしめられた。抵抗すれば背骨を砕くといわんばかりに、きつく。柄を握った手に彼女の指が絡む。
はたから見れば別れの挨拶に見えるだろうが、
「あんまり調子に乗るなよ。人間」
耳元でこんな事を囁かれる。
「僕は、いつも必死なだけだ」
「そう。………そういう奴の方が余計に不愉快よ」
今更だが、彼女のツインテールに、下向きに生えた角を見つける。
こいつ、ずっと三味線弾いてたのか。
「貴様らは、人間好きの幼竜と戯れただけだ。それでこの馬鹿騒ぎ。度し難い」
「じゃ、どうするつもりだ?」
「どう? 己の愚かさで滅ぶ者を、わざわざ楽にしてやる理由はない………………では、ソーヤ様」
ハグを終わらせると、彼女はいつもの調子に戻る。
「益々のご活躍と精強を祈ります」
「あんたも、息災でな」
「それは、お嬢様次第ですね」
ラザリッサは、背を向けフレイ達の後を追う。
「あ」
取り分のダイヤ、渡すの忘れ―――――ポケットを探るがダイヤがない。
部屋から出て行くラザリッサが、全員分のダイヤを弄んでいた。
「………………」
いいさ。今は貸してやる。
利子は付けるからな。
「次のご飯できましたよ~」
瑠津子さんが、すれ違いで食堂に入って来た。
「って、凄いですね」
思わず声を上げてしまう。
彼女の両手、両肩には、皿、皿、皿、皿。計八枚の、料理の盛られた大皿が並んでいる。ちょっとした妙技だ。給仕の仕事だったら即戦力になるだろう。
ちなみに料理は、
「ナ」
思わず、自分の設定を忘れて呼びそうになる。
ナポリタンだった。ケチャップを世に出した時このメニューも広めた。特定の国の方に激怒される日本料理である。
「これ、ナポリタンという自分の国の料理です。ケチャップを作った謎の人物がレムリアに広めたそうで。不思議な事もあるのですね。あ、作ったのはマリアちゃんですよ」
「マジですか?!」
驚き。
味覚がアレな子なのに、きちんと作れたのか?
「そうだぞ。ありがたく食べれ」
瑠津子さんの後ろからマリアが現れる。彼女は二皿持っていて、一つを僕に差し出した。
血のように赤いパスタだ。
粉チーズが盛りっとかけられている。具は玉ねぎにピーマン、ベーコンに似た………ここでも、またスパムかぁ。何故にわざわざこれを。ベーコンで良いじゃないか。
「ソーヤさん、食べてあげてください」
「あ、うん」
瑠津子さんに急かされる。マリアが、ドキドキの感想待ちだった。
フォークでクルクルとパスタを回して、厚めの一口。茹で過ぎてモチっとしたパスタに、ケチャップの甘い旨みとチーズのコクが絡む。シャキっとした野菜の食感に、パスタと同じようなスパムの歯ごたえ。噛むと塩味が広がり、絶妙な塩梅である。
美味い。
「美味いぞ、これ」
「当たり前だけどな! ケチャップを長く火にかけて炒めたのだ。えーと、そうすると、何か美味しくなるとな!」
自慢げなマリア。
ああ、なるほど。ケチャップの酸味を煮詰めて飛ばしたのか。それで甘みが増したと。考えて見れば簡単な事だが、美味しい料理とはそういう物だ。
「うん、美味しい。偉いぞマリア」
「ふっふ~ん。ラナにも食べさせてくる!」
マリアは皿を掲げてラナの所に走って行った。転ばないか不安だ。
「あの、瑠津子さん。例の」
「あ、はい」
猛獣共が彼女の料理を狙っているが、それより先に用がある。
「デートの件ですが」
「すみませんソーヤさん。あれ、保留にしてもらえますか?」
「保留?」
「今回の竜との戦いで、自分思い知らされました。冒険者たるもの、デートに誘うのにも腕っぷしが必要なのだと」
「ん?」
そんな事ないよ。
「自分、元の世界で陸上をやっていて。こっちの世界に来てからも朝のランニングは欠かしていないのですが。それに合わせて、腹筋、腕立て、反復横跳び、シャドーボクシングをメニューに追加します。ソーヤさん、ラナさんを倒せた時は、デートしてください!」
「あ、はい」
「頑張ります!」
たぶん、不可能だと思うが頑張れ。人は挑戦する事で成長するのだ。
グラッドヴェイン様がラナにナポリタンを食べさせていた。ラナの口の周りが真っ赤である。
うらめしそうに眷属達が見守り。
「お待たせです。追加の料――――」
そこに瑠津子さんが現れた。
「キャー!」
狼の群れに襲われるが如く。彼女は四方から料理を奪われる。
「ケダモノですな」
「そうだな」
復活したガンメリーが僕の隣に。
小人サイズで二体いる。
これとしてこいつと話す事がないので、というか話が通じるか微妙なので、立食かつ無言で飯を食らう。マリアのナポリタンは美味い。保護者補正を抜いても美味である。
空腹も手伝って、ナポリタンをペロっと平らげてしまった。マリア、これを機会に他の料理も覚えてくれれば良いが。
料理は子供の情操教育に良いと思うし。僕も、それで多少マシになった口だし。
問題があるなら、ラナの対抗心か。アレばっかりは、僕の知識じゃどうにもならないからな。
「皿とフォークちょーだい。修復に使いまするぅ」
ガンメリーに空き皿とフォークを渡す。半分に割って兜に入れた。
正直、こいつらが一番の謎だ。
「お前らって、中に何が入っているんだ?」
指先で兜を弾く。
空っぽの軽い音だ。
「人間って、中に何が入っているんだ?」
聞き返される。
「そりゃ脳やら内臓やら」
「それが入っていれば人間なのか?」
「そう、でもないか」
人の脳は、脂と蛋白質の塊だ。今食べたナポリタンとあまり変わりない。それが人間かといわれれば、まあ頷けない所だ。
魂や心なんて、本当はどこにあるやら。
それとも、存在しないモノを勘違いで作り出しているのか。
「今の我々は、無限のソウルと少女の心で出来ている。無限の性能を秘め、有限の敵を仕留める為に生まれた。しかし、武器として生まれたからといって、武器として生き続けるのは、悲しい事である。だから我々や、吾輩は、愉快で、笑いの絶えない、お祭りのような日々を夢見る。それが我々、ガンズメモリーの願いであり、すなわちガンメリーである」
まさか、こいつも他所の世界から異世界に?
ただの馬鹿馬鹿しい生物とは違うのか。それとも、僕がそう勘違いしているだけか。真実の価値なんて、この世界じゃ最も無意味なものだ。
「貴公に一つだけ忠告しておこう」
三体に増えたガンメリーが揃って僕を睨む。
『女遊びが過ぎると、吾輩達は“笑え”なくなるぞ』
「僕は、別に不特定多数の女性と遊んではいない」
「浮気者め、おっぱい好きめ、キャー! 女体化されちゃうー!」
「ロリコン、マザコン、シスコンめ!」
「可愛ければ男の娘でも良いかもって思っちゃったりする?」
「しねーよ」
しっ、しねーよ。
しないからな!
「せーてき、せーてき♪」
「リビドー、リビドー♪」
「元気ですかー! 元気なんですかー!」
ガンメリーが僕の周りを回りながら歌う。
うぜぇ。
てかこれ、もしかして懐かれてないか? おい、勘弁してくれよ。これ以上、変なのに絡まれるのはゴメンだ。
「やれやれ」
あっちこっちで騒ぎと歓声が起こる。
宴もたけなわ。
こうして夜が更けてゆく。
新たな竜狩りを称える祭りの終わりは、朝方まで続いた。
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