<第三章:竜狩り>
<第三章:竜狩り>
【137th day】
朝昼晩と、即席パーティ全員で集まり一緒に飯を食った。
場所は、グラッドヴェイン様の宿舎を借りた。ちなみに僕の奢り。だが結局、グラッドヴェイン様の眷属にも飯を振る舞うので、経費は浮いたが僕の手間は増えた。しかし、エアとラザリッサ、瑠津子さんが手伝ってくれるので、まあまあの手間だ。
瑠津子さん。
何となく料理は上手そうと感じていたが、本当に美味かった。彼女の焼きたてのパンを食べた男が、三人ほど即求婚するくらいだ。
良いお嫁さんになれるだろう。
同じ日本人として誇らしい。微妙にズレた日本だが。
四日目の昼食後。
宿舎の一室でくつろぎながら、ふとした疑問を親父さんにぶつける。
「竜って、いつ来るんですか?」
正直、連携の一つでも打ち合わせしたい。したいが、魔力も体力も有限で、回復するにも限界値がある。竜がいつ来るのか分からないのでは、やきもきして待つしかない。
「もうすぐだろう」
「正確には?」
「落ち着け。来たら分かる」
「どう分かるので?」
「ほら、鐘があるだろ」
「ああ、はい」
レムリアには、時刻を知らせる大鐘がある。
朝、昼、夕、必ずその響きを聞く。
「竜が来ると、あの鐘が変わった音を上げる」
「親父さん、その鐘なのですが」
だが、一個だけずっと不思議に思っていた事がある。マキナがレムリアの地図を作った時も、上空から写真撮影した時も、ミスラニカ様と散策した時も、
「レムリアで鳴っている鐘って、どこにあるのですか?」
大鐘という物が発見できなかった。
確かに外壁の見張り台には鐘はある。だがあれは交代を知らせる物であり、街中と離れた草原まで響く物ではない。
鐘の音源距離を測定すると、更に訳の分からない結果が出る。レムリアの目抜き通り、その上空30メートル。そこから響いている。
当たり前だが、ダンジョン以外でそんな大きい建造物はここにはない。
というか空だ。
興味本位でドローンを飛ばしたが何も存在していない。全てのセンサーに反応はなし。
だが、音は確かにその虚空から響いて来る。
「うむ分からん。幻の大鐘楼だ」
「マジですかー」
親父さんにすら分からないとは。
「二十年前に組合が調査した事があったが、偶然、似た音色を鳴らす大鐘を発見したそうだ」
「どこで?」
「死都ネオミアと、レムリアの中間にある。廃都ロージアン。その地下墓地のダンジョン。そこに、朽ちた大鐘が千以上も存在していたそうだ」
何それ怖い。
「そしてその鐘も、誰が鳴らしてわけでもないのに、決まった時刻に必ず鳴り響く」
………………オカルトだ。
「まあ、詳細不明な物など世界にいくらでもある。そこのガンメリーとかな」
「確かに」
周囲を気にしながら、ガンメリーは兜の中にパンを運び入れている。カレースープは皿ごと兜に入れていた。ついでに、フォークとスプーンも。
どうりで、こいつと飯を食うと食器の数が合わなくなるはずだ。
「親父さんそれで―――――」
まだ色々と聞きたい事があったのだが、
ブゥォォォォォォォォオオオオオオオオオオォォォォォオオオオオオォォォォォ。
街中に響くその音に、皆がビクリと反応する。
僕は、特に驚いていた。
聞き覚えがある音だ。
「お、この鐘の音だな」
親父さんはそういうが、これは鐘の音じゃない。
瑠津子さんが親父さんに話しかける。
「これ不思議なのですが。自分の世界にも同じ音があります。災害の時に鳴らす音です」
「確かに竜は災害だな」
そう彼女のいう通り、これは災害を知らせる“サイレン”だ。
サイレン異世界到来説? いやいや、無理がある。
一瞬、猿の惑星を思い浮かべてしまったが、もしそうなら天体の違いが説明できない。星図の相似が無さすぎる。
星の位置がまんべんなく変わるほどの未来なら、この星だって存在していない。
謎だ。
ともあれ今は、竜を狩る事に集中しよう。
僕が席を立ち。
僕のパーティの面々。フレイ、ラザリッサ、瑠津子さん、ガンメリーが席を立つ。
最後にバーフル様。
緊張で冷たい汗が流れる。
強敵に挑む事が怖いのではない。人の命を預かって戦う事が怖いのだ。
そういう時は、いつだって冷たい汗が流れる。それは僕が、まだまだ浅い冒険者の証で油断していない証でもある。
「っい、行きましょう」
ちょっと噛んだ。
「おー!」
瑠津子さんの元気の良い返事。
他の皆は『お、おう』くらいのまばらな返事。ノリが悪い。
ぞろぞろと部屋から出ると、廊下にグラッドヴェイン様とシュナが待っていた。
「ソーヤ」
シュナが僕に詰め寄り。
「―――――を頼みます」
隣のバーフル様に頭を下げる。
その態度に驚く。
「あんたが実は凄い騎士だって、グラッドヴェイン様から聞きました。こいつこんなんでも、おれの大事なリーダーなんです。死んだらたぶん、色々と壊れる。おれも二度とダンジョンに潜らないと思います。だから、お願いします!」
「うむ、任せよ」
バーフル様は、獣頭を歪め笑って答える。
続いてグラッドヴェイン様が僕の前に。
「ソーヤ、いつぞやの約束を果たそう」
「約束?」
グラッドヴェイン様と? 何かあったっけ?
「ロラの件で報酬を渡すといったであろうが」
「あ!」
すっかり忘れていた。
アレの後、左大陸に飛ばされ色々あったので記憶から飛んでいた。
「メディムも伝えよ。己だけちゃっかり受け取りおって」
「あ、いや。失念していました。刀を振るうの楽しかったもので」
親父さんもすっかり忘れていたようだ。
ちなみに、
「親父さんは何を受け取ったのですか?」
「これの剣技を学んだ」
親父さんは刀の柄を叩く。
「我が武門には存在しない武器だが、体系を作り出した」
「一からですか?」
親父さんの技の冴え、納得いったが。異世界で居抜きをこうも簡単に体系化させて人に学ばせるとは。滅んだとはいえ。流石、武門の直系。
「得物が先か、技が先か、武人に取って永久の難題であるが。その刀は作りに含蓄がある。何をどうとっても人を斬る形だ。なら、ヴェルスヴェインの名の元に、技を作るのは容易い。しかし、これからの伸びはメディム次第であるぞ」
「精進しています」
珍しい親父さんの態度。
かの神の前では、冒険者の父でも小さくなる。そんな神の前でも尊大なバーフル様の実力は、これから見れると思う。
気付くとサイレンは止んでいた。
風が鳴った。
宿舎が風に震える。
大風が、大きなものの羽ばたきに風が吹きすさぶ。
「奴め、来たな」
グラッドヴェイン様の不敵な笑み。
てか、
「あの、グラッドヴェイン様。もうちょっと早く………」
いってくれれば良かったのに。
「ん………それはまあ、うむ」
あなたも土壇場まで忘れていたのか。
「あの、頂けるものはいただきますが、それどのくらい時間が?」
「ソーヤに天稟があったとして、刀の技巧習得には十日はかかるか」
「間に合いませんよ! もう竜来てますよ!」
「武器はどうだ? 我が愛剣を貸そう」
「すみません、使いこなせません」
あの馬鹿でかい大剣。たぶん担ぐことで精一杯だ。
「では………………特例で加護を」
「グラッドヴェイン様。それは流石に、兄さん方に示しが」
シュナにまで反対される。
外から悲鳴と歓声が響いて来た。もう始まってるぞ!
「グラッドヴェイン様、続きは戦いが終わってからで!」
「しかしだな。場合によっては、これで最後になるやもしれん。最後に何かしてやりたい」
「母様! 何でこう別れ際に不吉な事を!」
しまった。
学校で先生をお母さんといってしまうノリで間違えてしまった。
「お、一つ良い手がある。うむ。それなら眷属にも示しが付くな」
神様、何か思いついた様子。
何でも良いから、ハリーハリー。
「火除けの守りを与える。正し、ラナ、エア。そなたらにだ。これなら簡単かつ、すぐに与えられる。ソーヤ、良いか?」
「はい、お願いします。妻と妹を守れるなら、十全の報酬です」
それは助かる。
正直僕は、自分の心配より、彼女達の方が心配だ。毎回、気が気でない。
「時間がない故、少し乱暴に行く」
ガリッとグラッドヴェイン様が親指を齧り、自らの血を吸う。
ラナを引き寄せ、口づけでそれを飲ませた。
「ん~~!」
いきなりの事でラナの抵抗が遅れる。
僕も唖然とした。
当然、その場にいた全員が唖然とする。
彼女達の口の動きと、喉の動きが、艶めかしくも神聖なものに見えた。
「我が血潮により竜火を退けん。汝に血の加護を」
言葉と神による祈り。
だが、別に何かが変わったという事はない。ラナの顔が真っ赤なのは別の理由だろう。
解放された『キュー』となったラナを抱き止める。
「さ、次はエアだ」
「ごめんなさい!」
妹は透明化して逃げた。
「我の接吻など母とするのと変わらぬだろうに」
残念そうなグラッドヴェイン様。
母娘でチューというのは日本人としてはよく分からない。
「よし、我に憂いなし!」
バシンと、神に背中を叩かれる。
衝撃は凄いが痛くはない。
「さあ、新たな竜狩り共よ。誇り高く戦ってくるのだ! 例え死んでも我らが弔ってやろう。竜に勝つ事が誉れではない。竜に立ち向かう事が誉れなのだ! 己の命を試して来い!」
それはダンジョンに挑む事と同じだ。
命を賭けて探索し、命を賭けて戦う。命を試し竜と戦う。何とも、張り合いのある生か。
僕は声を張り上げた。
「皆、行くぞ! 臆すな怯むな逃げ出すな! 血盟を組んだからには命を賭して仲間を守れ! だが死ぬな!」
パーティから声が響く。
今度は、揃った一つの声になった。
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