<第三章:竜狩り> 【01】
【01】
焼け焦げた空気が街を漂う。
戦場の空気。
巨大な影が空を馳せ、その度に人々の悲鳴が揺れる。
「撃退に参加されない冒険者の方々! 並びに冒険者以外の方々! 落ち着いて冒険者組合まで避難してください! 竜の攻撃までには、まだ時間があります!」
大通りには、人の波を誘導する組合員と衛兵の姿があった。
皆真っ直ぐ、々の尖塔に向かっている。
「落ち着いて! 走らないで押さないで! ゆっくり歩いてください! 迷子になった子はお姉さんの所に集まってね! お父さんもお母さんも、組合にいるから! はい、泣かない!」
犬獣人のお姉さんが声を張り上げている。
彼女の周りには、迷子らしい子供が十人くらい集まっていた。
「そこの商会の方! 資材や財産は組合で預かれません! 一旦、草原に放り出してください! 邪魔! 邪魔ッッ! え? 財産の安全? 知るか!」
うちの商会も、売り物は草原に避難させる予定だ。
今頃ゲトさんに手伝ってもらって、川を経由して街から離れているはず。
「加えて! 撃退依頼を受けた冒険者の方々! いいですか! 撃退依頼を受けた冒険者の方々! 組合長の合図があるまで、竜に攻撃しないでください! 変に挑発したら、私がお前らをギタギタにして竜の口に放り込むぞ!」
怖い怖い。
「城壁の上に移動しましょう」
こうも人が多く騒がしくては、話し合いもできない。
パーティ全員で城壁に移動。階段を上がり、壁の上に。透明化を解除した妹も合流。
城壁には他にも冒険者がいた。
軽く目を合わす程度の挨拶。
蟻のような人の群れが見渡せる。避難誘導が上手いのか、次々とダンジョンに飲まれている。
「しかし、デカイですね」
「あれでも、竜の中では小型な方だぞ」
親父さんの言葉にゾッとする。
竜は、我が物顔でレムリアの空を飛んでいた。
雪風に分析させてサイズを出す。
体長、20メートル。
翼開長、74メートル。
シルエットこそスマートに見えるが生物としては途方もなく大きい。以前戦った竜亀の二倍はある。大きな翼のせいで更に大きいと錯覚してしまう。
手が思ったよりも細長く、鋭い爪の伸びた指は人のように発達している。脚は太く強固で、四足歩行ではなく二足歩行の様子。竜というイメージ通りのトカゲ顔に長い首。
特徴的なのは、頭にある歪んだ二つ角。全身を覆う白亜の鱗。
白い竜だ。
恐ろしいが、美しいとも思う。
自然災害を神聖視する気持ちと同じだろうか。しかしこれはもう、ガンダムを持って来るレベルだ。人間の、僕らの勝てる相手なのか? 実物を見てしまうと怯まずにはいられない。
「おい」
親父さんに突かれる。
「よそ見をするな。敵を見ろ」
「はい」
暗に臆するなといわれた。
「瑠津子さん、ガンメリー、魔法を」
「え? でも合図があるまで攻撃はするなと」
瑠津子さんの真面目な反応に笑って答える。
「準備をするなとはいわれていません。合図と同時にぶっ放してやりましょう。僕らの魔法が一番槍です」
「なるほど!」
瑠津子さんは素直だ。
魔法使い組で陣形を組む。
瑠津子さんを中心に、背後にガンメリー、正面から右にラナ、左にフレイ。
瑠津子さんの両手が、ラナとフレイの杖を握る。
「良いですの?」
「はい、お願いします!」
フレイの言葉に、瑠津子さんは気合いを入れる。
「ラウアリュナさん、行きますわよ。わたくしに続いてくださいね」
「………はい」
魔法を使い出すと、しっかりするのがフレイの良い所だ。
そして、不満そうなラナの声。
「ギャストルフォが命ず。奔流のメルトームよ、遺風により我らの魔素を集め、小風と纏めよ」
「我が神エズスよ。続き願い奉る。調和の神アルモニヤ、魔を制定し纏め揃え集え、彼の者と一つと成れ」
「ひっ!」
瑠津子さんがビクンと震える。
彼女達の周囲に風が渦巻く。濃い魔素を含んだ風だ。
「な、なんか、ゾワゾワする。内臓がグネってした! グネって! チョー気持ち悪い! ガンメリー! 早く! 早く! これどうなるの溢れそう! 弾けちゃう!」
彼女の要望に応え、ガンメリーが両手を空に掲げた。
「機関連動。量子転移開始………………連結」
ガンメリーの全身が放電する。
叫びのような祈り。
「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能の神よ。我がカデンツァにより、今一度奇跡の寄る辺となりたまえ。その栄光を雷光と化し、万軍を掃う大槍を創りたまえ。ホーリーグレイル! ホーリーグレイル! マクスウェルの詠唱により、小鳥は謳い! 花は咲き乱れ! そして世に、地獄のあらんことを!」
瑠津子さんがビクン、ビクンと震える。
風がガンメリーの右手に集約する。風は光になり、光は稲妻の槍となる。
1メートルもない小さな槍だが、威力は折り紙付きだ。
「これぞ、聖片の槍。ケラウノスである! 喰らえ! トカゲ野―――――」
「まだだっていってるだろ」
アガチオンでガンメリーを殴った。
フルスイングである。
「テンション高くなって失念したのである」
割と殺す気で殴ってしまったが、兜が少しヘコんだだけですむ。
「次、僕の命令を無視したら。瑠津子さんにキュロットスカート履かせるからな」
「それは勘弁である。吾輩、パンツが見えないと性能が2%低下する」
あんまり減らねぇじゃねぇか。
「エア、作戦通りこれを隠してくれ」
「了解」
妹がガンメリーの傍に寄る。
「フヒヒィ」
ガンメリーのイヤラシイ泣き声。
「お兄ちゃん、こいつ気持ち悪いよ」
「今日だけ我慢してくれ」
外套にガンメリーと槍を包み、不可視化する。
「瑠津子さん、後何回いけます?」
「ううーん、後一回。いや、二回は我慢します」
瑠津子さんの顔色が悪い。
魔力の譲渡は、彼女にあまり良い影響をもたらしていない。
周囲を見ると、僕らにならって他の冒険者も戦闘の準備をしている。だが基本、普通の魔法というのは即発性なのだ。
ガンメリーの魔法だからこそ、作り置きができる。
「リズ、もう一度いうが火を吹かれたら頼むぞ」
「分かった。分かった」
うんざり返事のリズ。こいつには同じ事をしつこくいっている。
今一、信用していないからだ。
「親父さん、バーフル様。竜が落ちた時はお願いします」
『おう』
と二人の返事。
「ラザリッサ。フレイを守って、余裕があるなら他の皆も守れ」
「はい、了解です」
土壇場だ。
命令に見落としがないか反芻する。
「………………」
良し。もう出来る事はやった。いう事はいった。
ようやく神に祈る時だ。
『組合長のソルシアだ』
急に組合長の声が聞こえた。
いつの間にか、足元に小さい人形があった。30㎝ほどのズタ袋製の羽付き人形。前に見た事のある組合長の魔法だ。
『避難が完了した。これより竜の撃退作戦を開始する。レムリアの冒険者よ。これは、己の器を測る戦いだ。ここで死ぬ事が誇りなのではない。ここで己を知る事が誇りである。危険と感じたら、近くの組合員に救援を求めるように。では………………はじめ!』
冒険者の雄叫びが上がる。
魔法の詠唱が歌のように響く。
炎や、氷、矢に、槍が空を飛ぶ。しかし、竜のいる上空200メートルにはまるで足りない。
だが、ガンメリーの槍なら射程内だ。
「ガンメリー、撃ち方よ――――――」
「おい、ソーヤ。竜の頭を見ろ。誰かいるぞ」
「は?」
バーフル様の声に、メガネの望遠機能をオンにしてズームアップする。
遠くを飛ぶ竜の頭に誰かが、いや、知った顔が立っている。
ペタペタと角を触り、鱗に触り、しゃがみ込んで竜の目を覗き込む。
黒髪、褐色エルフがそこに。
「マリア! あいつ何やってるんだ?!」
「え? マリア」
ラナも声を上げた。
「あ、落ちたぞ」
バーフル様のいう通り、竜が首を振りマリアが落ちる。
「だーー! 雪風! マリアの通信機に連絡付けろ! 早く早く!」
『やってるであります。繋ぎました』
『ん? 何?』
「何じゃない!」
落下中のマリアが涼しい声で通信機を構えている。
地上まで140メートル。
これ受け止め! いや、無理だ。僕もペシャンコになる!
『ソーヤの所まで飛ぶから、両手広げておいて』
「なっ」
人を受け止める形で両手を前に出す。
と、光が爆ぜてマリアが“下から上に”飛び出てくる。12メートルばかり飛んで、重力に従い僕の腕に落ちて来た。
「ナイスキャッチだぞ」
「だぞ、じゃない!」
立たせて両方のほっぺをつねる。
「ほふへあ」
「危ないからキャンプ地にいろっていっただろ!」
「飛んでる所を見かけたから、近づいてみた」
「みるな!」
この子はもう。誰に似たんだ。
父親に報告してやる。
「おい、ソーヤ。面白い術を使う子供だな」
「どうだ。凄いだろ」
バーフル様にいわれ、マリアがドヤ顔になる。エアにそっくりだった。
「マリア。今すぐ跳べ! 出来るだけレムリアから離れろ!」
「えー」
「危ないから!」
「わかった。帰るぞ」
「おう、それが良い。その娘、どうやら竜を怒らせたようだ」
バーフル様のいう通り。竜が高度を下げ、真っ直ぐ僕らの方に飛んでくる。
速い。猛禽類の速さだ。
あの巨大な生物が出して良い速さではない。
頭を足蹴にされてお怒りの様子。もういきなり、予定が狂った。
「マリア! 終わったら知らせるから早く跳べ!」
「ちぇ」
光が爆ぜ、マリアが消える。
竜との相対距離は170メートル。
「ガンメリー、エア、撃ち方用意」
バーフル様と親父さんが前に立つ。
親父さんは丸盾を構え、バーフル様は骨の塊のような大剣を構えた。
距離140メートル。
上空から鷹のように襲いかかって来る。
「5秒前」
ガンメリーに向かって五指を広げ、一本ずつ指を畳む。
竜が吼える。
全ての生き物が竦む絶叫である。
距離80メートル。
恐怖を飲み込み、叫ぶ。
「――――今、撃て!」
拳を振る。
エアが外套を捲り、雷槍を構えたガンメリーを現す。
竜はガンメリーに反応する。
こいつが放つ槍に反応する。
光が放たれる。
たった1メートルの小さな槍だが、ガンメリーが投擲すると同時に、地から天に昇る稲妻に変わる。雷光は昼を眩く照らし、空気が爆ぜ雷鳴が響く。
撃ち出された雷の眩しさで。着弾が確認できない。
光が晴れると同時に、竜の声が“遠く”から聞こえる。
「外した!」
あいつ雷を避けたぞ。
不意を打ったはずなのに。図体に反して何て身軽な。
「瑠津子さん、次槍の準備!」
「はい! 魔法使いのお二人お願いします!」
ラナとフレイが詠唱を始める。
ガンメリーが瑠津子さんの所に。
竜が大きく旋回して、また僕らの方に狙いを定める。マリアに続き、さっきの一撃で、がっつりヘイトを稼いでしまったようだ。
「次は、ギリギリまで引き付けて放て。雪風、サポートを頼む」
『了解であります』
ミニ・ポットを城壁の下に向かって投げる。ポットから落下傘が飛び出し緩やかに落下。地面を転がって物陰に潜む。
終炎の導き手が謳う。
再び風が巻き起こり、光の槍になる。
エアが、ガンメリーを隠して消える。
竜は翼を畳み、地面スレスレまで落下すると燕のような滑空で迫る。竜の纏う風と衝撃で、街の建物が紙くずのように散る。
街に潜んでいた冒険者達が、次々と魔法を放つ。
炎が、氷が、石くれが竜に当たる。それは何の妨げにもならず、真正面から白く巨大な化け物が迫る。
「ルゥミディアよ」
消えた英雄に祈りを捧げ、念の為に持って来たラウカンの弓に、アガチオンを番える。
もう弓の腕には自信はない。だが意思を持つ魔剣がある。
「頼む」
魔剣に願い。弓を引く。
重い弓だ。ルゥミディアの恩寵を失くしたせいか、前よりも遥かに重く感じる。
それでも僕は、これを引ける。
ミスラニカ様の恩寵により、英雄でも引けない呪力の弓が引ける。再生点を削りながら、肉体の限界まで弦を引き絞り、
「アガチオンッ!」
衝撃と共に魔剣を放つ。
威力は、十分にある。
張力と魔剣の相乗効果。加えて、竜自体の速度。
これなら竜を貫―――――貫けなかった。
聞いた事のない金属音。
竜の頭部に激突した魔剣が澄んだ悲鳴を上げて、民家の屋根に刺さる。鱗に阻まれた。
強風にあおられ目が開けていられない。空気の焼ける匂いが濃厚になる。大口を開けた竜が見えた。赤い炎を吐き出そうとしている。
距離は、50メートル。
竜相手なら眼前といっても良い距離。
「鳴らせ!」
光と雷鳴が轟く。
竜は口の炎を閉じ、回避運動を取った。上手い回避だ。巨大ながら機動性も鷹のそれ。しかしその反射神経が仇だ。
雪風は、光を発した音を鳴らした。ただ、それだけだ。
「ガンメリー、当てろ!」
いつの間に。
ガンメリーは、エアと共に竜の真下にいた。どんな俊敏の生物も、回避後は隙が生まれる。
「喰らえ! トカゲ野郎!」
ガンメリーの叫び、雷が天に昇る。
眩い光の中、それが竜を貫いたのは確かに見えた。
同時に竜の悲鳴が上がる。
冒険者の歓声が上がる。
「やったか!」
歓喜に叫ぶ。
太い風の唸り。
金属がひしゃげて散らばる音。
エアは無事だ。
ただ、庇ったガンメリーが竜の尻尾に殴打され城壁に叩き付けられた。手足がバラバラになって砕けて散る。兜が転がる。
地上に降り立った竜は怒りに吠えた。
腹に黒く煤けた雷槍の痕がある。いや、煤けた跡があるだけだ。傷一つ負っていない。
竜は、僕を睨み付ける。
誰でもない。僕だけを。
パーティを動かした頭に怒りを向けている。
そして、赤い吐息を口端に漏らし、炎の息吹を吐き出した。
視界が真っ赤に染まる。
「リズ頼む!」
本能的に背後に下がる。
「阻め。ティリング!」
いつになく気迫に満ちたリズの声。
光のドームが爆炎を阻む。
「………………あ、マズイかも」
すぐ光の障壁にヒビが走る。
その隙間から熱風が漏れ頬にかかる。
「ラウアリュナさん!」
フレイが叫び、阿吽の呼吸でラナと魔法を唱える。
『死色のリ・バウ! 炎の時代を終わらせし、終局の御業を。今! 我らの手に!』
二人の手に巨大な氷の槍が生まれる。
「ラザリッサ!」
「はい、お嬢様」
その槍をラザリッサが蹴り飛ばす。弾丸めいた速度で、光の壁を貫き、炎を貫き、竜の口の中に。長い首が跳ね上がる。
次こそやったはず。
「嘘だろ。おい」
竜は咥えた槍を噛み砕く。
口の中とか普通は弱点だろうが、デタラメだ。
再びの睨み付け。
僕らは蛇に睨まれたカエルだ。ここまでしてノーダメージとは。
他に何の手が?
僕の迷いなど気にもせず。竜は進み、しかしそれは、大斧を持った獣人に止められる。
名前も知らない冒険者だ。
何度かすれ違って、得物の大きさで覚えていた。その大斧を頭にくらっても竜は怯まない。ただ、その一撃は切っ掛けを作った。
冒険者が、一斉に竜に襲いかかる。
まるで巨人に立ち向かう小人だ。無謀ともいえる攻撃である。
怯まない事が唯一の美徳とでもいわんばかりに、群がり、蹴散らさる。竜からして見れば雑草でも払うような作業だ。
「親父さん! バーフル様!」
って、いない!
あ、もう竜の所にいた。
二人は左右に別れ、建物の屋根の上に。
彼らの実力は並みの冒険者ではない。だからといって、あの竜に傷を付ける事が出来るのか? 何か決め手が。ガンメリーの雷槍より強力な………………。
………………ない。
………………………………ないな。
ここまでだ。
よくやったし己の実力も計れた。
それで良しとして、被害が出る前にここで終わりとしよう。
「もう一個だけ、方法あるでー」
「は?」
小人が城壁をよじ登って来た。
小さくなったガンメリーだ。しかも一体だけ。
「これ使うー」
掌に納まる小さい装置を渡された。
中心に軸が一本入り、真ん中に円形の金属分。それを覆う籠のような部品。
懐かしの玩具、地球ゴマに似ている。
「何だコレ」
「量子転移型第二種永久機関まくすうぇる」
「いや、これで何を」
「今、改修して人間でも使えるよウにしたデー」
ガンメリーがガクンと震える。壊れた機械みたいにギクシャクと関節が動く。
「ガンメリー!」
瑠津子さんが駆け寄ると、力なく倒れ込んだ。
「ひめー、しばしおいとまオー」
「うん、よく休んで早く元気になってね」
「明日ノ朝には元気ヤでー」
修復早いな。
ガンメリーが停止して無機物の塊のようになる。
「だから、これをどうすれば?」
地球ゴマを手にして、僕は途方に暮れる。
竜に群がる冒険者達は、もう半分くらいしか残っていない。
親父さんも、バーフル様も、勇敢に戦っているが竜の鱗には傷一つ付けていない。
「あの、自分わかります」
瑠津子さんが手を上げる。
「たぶん、祈るのです」
「何にかしら?」
フレイの質問に、
「全部です! 色んな神様にです! 前にガンメリーがいっていました。この世界の魔法とは、人の願いの塊なのだと。片っ端からお願いして竜を倒せる魔法を作って見ましょう! みんなで頼めば何となります!」
「分かりました。駄目元でやってみます」
ラナが僕の持つ地球ゴマに手を置く。
「分かりましたわ。やるだけやってみます」
フレイも続く。
「及ばずながら自分も」
瑠津子さんも。
「僕も、やれるだけはやってみる」
集い祈り、竜狩りの魔法を生み出す。
今、この場で。
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