<第二章:仲間を求めて>【02】
【02】
街を歩きながら、雪風と情報をまとめる。
『現在の竜撃退メンバーは、ソーヤ隊員、ラナ様、エア様、リズ様、メディム様。フレイ様、ラザリッサ様。ルツ様、ガンメリーの。八名、一個体であります』
「あ、もう一人いるじゃないか」
一時期フレイと組んでいた。ゴブリンのギャスラークさんだ。
ゴブリンの中のゴブリン。ゴブリンの長。禁域の魔王の臣下。並みの冒険者など一捻りの腕前を持っている。
「マキナに連絡。魔王様の所に行って、ギャスラークさんの助力を求めに行け」
『了解であります』
フレイと組めた時点で、問題なくギャスラークさんも加入してくれるはず。
『ミャー、ミャー、ミャー』
雪風が猫の声を鳴らす。
「何それ?」
『今の音声データの中に、伝達情報が含まれています。無言のデータ送信は味気なく、圧縮音声では人間に不快感を与えるので、工夫してみたであります』
自己改修の一端か。変な改修だな。
「で、マキナは何と?」
『今から行ってくるそうであります』
「分かった」
街をぶらつく。
迷っては困るので、変に知らない場所は歩かない。レムリアの路地裏はちょっとしたダンジョンなのだ。一回、半日迷ってマリアに迎えに来てもらった事がある。といっても店に入って時間を潰すほど暇なわけでもない。
ギャスラークさんに連絡が付いて了承を得たら、参加メンバー全員に声かけして、明日、冒険者組合に集まり登録。
もし断られたら、別のメンバーを探さなければならない。
しかし、当てがない。一番付き合いのある戦闘集団がグラッドヴェイン様の所なのだ。そこが駄目なのが本当に痛い。
改めて感じたが、僕は冒険者の横の繋がりが少なすぎる。今回は十名だが、今後それ以上の要員を求められる可能性がある。そうしたら詰みだ。
組合長やエヴェッタさんの言葉が胸に刺さるな。
どうしたものか彷徨っていると、見知ったテュテュの店に着いた。
店というか、掘っ立て小屋と、野ざらしで傷んだテーブルと椅子がある空間だ。
「あ、ソーヤ。どうしたニャ?」
金髪の猫の獣人が僕を見つけて腕に絡んでくる。獣人の女性が好む下着みたいな恰好に、エプロンを羽織った姿。
「近くに寄ってな。弱い酒と何かつまめるものを」
「はいニャ♪」
挨拶、注文してテーブルに着く。
テュテュが奥の小屋に引っ込み、すぐ酒瓶とツマミを持って来る。
「ソーヤがここに来るなんて珍しいニャ」
「そういえば」
ここに来たのはいつ以来だ? 結婚式以来か? 色々立て込んだからな。
「でも、暇な冒険者より忙しい冒険者ニャ。働かない冒険者なんてゴロツキと同じニャ」
テュテュも同じテーブルに着く。
酒は薄めた果実酒、ツマミは木の実の酢漬け。気取った店ではないので素手で行く。空きっ腹なので、本来の味はともかく美味く感じる。
ガツガツと木の実を食べて、酒で流し込んだ。昼食終了である。
「最近は、どうだ? 儲けは」
「こっちの店は相変わらずニャ」
確かに、相変わらず暇そうな店だ。
僕と、もう一人以外、客を見た事がない。
「でもいいニャ。お母さんが残した店だから、形だけでも残しているだけニャ。マスターのお店と、親父さんのお店の稼ぎで、食うには困らないニャ」
「昔から、この店ってこうなのか?」
不躾な質問か。
「昔は流行っていたニャ。でも、ニャーのお母さん。あんまりお金儲けに興味なくて、お客さんを満腹にする事しか考えていなかったニャ。むしろ、少し借金してお店やってたニャ」
「そうか、そういう店って良いよな」
奇しくも誰かと被る。
誰なのかは分からないが、良いと思う感情はある。
「変な事いうニャ。せめてご飯の作り方くらい残して欲しかったニャ」
「名物メニューでも合ったのか?」
「あったニャ。具だくさんの白スープ。王様もお忍びで食べに来た事もあるらしいニャ。でも、材料がさっぱり分からなくて再現できないニャ。高い材料を使った料理ではニャいけれども。ニャンともキャンとも」
………………白スープ。ううむ。
レムリアの食糧事情が昔と変わらないなら、もしかして………だが、今は時間がないか。余裕が出来たらテュテュに協力するのも悪くはない。
と、
マキナからメッセージが届く。メガネの液晶に表示。
『ごっめんなさーい☆ ギャスラークさんは、ゴブリン冬至祭の準備が忙しくて、当分地上には戻れないそうでーす☆(ゝω・)vキャピ』
イラッ、と来る文章に顔が歪む。
「どうしたニャ?」
「うん、ちょっと。頼みにしていた人の協力が得られなくて」
テュテュに心配されてしまった。
ダメ元で聞いて見るか、
「テュテュ、暇で腕っぷしが強くて信用できる冒険者とか………………あ」
「いるニャ」
いた。
一人いた。
忘れていた。
冒険者として働いている姿を見た事がないので。
「今どこにいる?」
「たぶん、今日もそこの川に流れていると思うニャ」
「探してみる」
代金を置いて席を立つ。
テュテュの店の近くには、水路が流れている。急いでそこに行くと、冷たくなった水でおばちゃん達が洗濯していた。
「すみません、あの人はどの辺りに?」
「ああ、さっきまでそこに漂っていたよ。邪魔だから向こうに流したわ」
「さようで」
水の流れに沿って水路を進む。住宅が増えた辺りで、木の杭に引っかかった毛むくじゃらの水死体を見つけた。
集まった子供達に棒でつつかれている。
「バーフル様。おーい」
僕も、鞘に収めた刀でつつく。
反応なし。
「誰か、石持ってない?」
「はい、あげるぅ」
近くの子供が砕けた煉瓦をくれる。拳大、結構重い。
「せい」
投げた。
後頭部に当たると、煉瓦の方が粉々になる。頑丈な頭だ。
「ん………………ん~む」
ざばり、と獣頭の男が水の中から起き上がる。
キャー、と子供達が散って逃げた。
「良く寝たな。もう朝か?」
「昼過ぎです」
バーフル様は巨躯の獣人だ。
一般的に獣人と呼ばれる彼、彼女らは、人間に獣のパーツを付けたような容姿だが、この人は違う。狼が人間になった姿だ。僕からしてみてば、本物の獣人といってもいい。
呪いにより、こんな姿になったのだという。
それが真実かどうかはさて置き、
「バーフル様、ちょっと頼みたい事が」
川から上がり、犬のようにプルプルと震えて水滴を掃う。
結構、僕にもかかる。
「うむ、まず酒だ」
「はいはい」
連れ立ってテュテュの店に戻る。
「テュテュ、起き掛けの酒だ」
「はいニャ」
取りあえず、テーブルに着いた。
テュテュが酒を持って来たが、バーフル様に渡そうとしない。
「バーフル様は、先にお金ニャ」
「ソーヤ」
「はいはい」
銅貨を20枚ほどテュテュに渡す。とりあえず、酒を飲ませてからにしよう。
バーフル様は、獣の口でこぼしながら酒を飲む。二瓶ほど空けるのを待って話し出した。
「最近、どうですか冒険は?」
「まあまあ、だな」
「全然ニャ」
テュテュが、ボロ布でバーフル様の獣頭を拭く。
急に飼い犬に見えてしまった。
「も~~~~~~~~滅茶苦茶ツケ貯まってるニャ。総額金貨30枚くらいニャ。もう、豆一粒食わせないニャ」
「働きましょう。バーフル様」
他人事ながら情けない。
王様の覚えが合ったり、一部の冒険者に特別視されていたり、戦いの神であるグラッドヴェイン様も一目置いている人なのに。
海外のヒーロー物の二作目ばりに飲んだくれてる。
「何をいっている。我が身は安い仕事など請けぬ。丁度、北も良い感じにきな臭くなってきた。我が本気を見せる機会はもうすぐだ。うむ」
「バーフル様、ツケ払えないなら出禁ニャ。我慢の限界ニャ」
「うっ、テュテュ。それはその、困る。普通の酒場など我が身を怖がって酒を出す所か、衛兵を呼び出す始末。ここは憩いの場なのだ。グラッドヴェインの奴も『飯の席では断酒せよ』と一滴も出してくれぬ」
「じゃ、ツケ払うニャ。金貨35枚」
「う、ううむ」
あれ、5枚も上がったぞ。
さておき、チャンス到来。
「バーフル様、僕の仕事手伝ってくれるなら金貨40枚支払いますよ」
親父さんの話しによると、
『バーフル様か? 上級冒険者ではないが。単純な前衛としての戦闘力は、レムリアで五本の指に入る。一種の、化け物だな。人の域にある御仁ではないぞ』
だそうな。
それが金貨40枚で雇えるなら安い物だ。
「お前の仕事ぉ?」
心底嫌そうにバーフル様は顔を歪める。
犬顔なのに表情が良く分かる。
「もうすぐ竜が街に来ますよね」
「もうそんな時期か。一年は早いな」
「そりゃ毎日飲んだくれて寝ていれば一年も早いニャ」
テュテュの痛烈な皮肉を、バーフル様は華麗にスルー。
「ソーヤ。お前まさか、竜の撃退に我が力を使おうというのか?」
「え、はい」
他にあんた、何に使えるんだ?
「そりゃお前、地上を這う竜なら一蹴してやるが。レムリアに来る冬至の竜は、空を飛んでいるのだぞ。どうするのだ?」
「そこは、策を練ります。優秀な魔法使いが何人かいますので、何とか落とせる手段を。下に落ちてきたら、バーフル様お願いします」
「うむ、断る」
「バーフル様! ひどいニャ! 働けニャ!」
テュテュに責められ、バーフル様は弁明する。
「テュテュ、これは違うぞ。我が趣味の問題である」
「趣味とは?」
聞いて見る。
諸王の勇士にも多かったが、この異世界の強者の中には、妙な自分ルールを持つ者が多い。バーフル様もそれ系だろう。
「あれこれ小細工を組み立てて戦う事は好かん。それに仕事を受けるという事は、お前に指図される事になるのだろ? 嫌である」
弁明ではなかった。
ただのワガママだ。
「金貨50枚」
「む?」
「金貨50枚でどうですか?」
「貴様、我をあまり侮るな。金の問題ではないぞ」
よし、
「テュテュ、金貨60枚でどうだ?」
弱みを突こう。
「バーフル様、すぐ受けるニャ。受けないなら、絶交ニャ。もうこの店も畳むニャ」
「なッ! ソーヤ貴様ッ卑怯であるぞ! テュテュもそれで良いのか?! トトから譲り受けた大切な店ではないかッ!」
「唯一の常連がツケ払わない店ニャ。お母さんもわかってくれるニャ」
「おぐっ」
バーフル様の胸に言葉が刺さる。
効果はバツグンのようだ。
僕の周りにいる女性が強いのか、それとも僕の周りにいる男が女に弱いだけなのか。親父さんも、あれでいて女将さんに頭が上がらないし。レムリア王も娘にあれだし。僕もそうだし。
何だかね。
あ、類友という奴か。
「しかしだな。テュテュよ。格下の冒険者にこき使われる我が姿など、見たくはないだろう? 格好悪いではないか?」
「酒代も払えない男が何いってるニャ」
「………………」
バーフル様が黙り込む。
流石に哀れだ。
「バーフル様って、何階層まで踏破したんですか?」
「三十階層だ。そういえば貴様は何階層だ? どうせまだ―――――」
「同じです。正確には三十階層の底部ですけど」
「ソーヤ凄いニャ。こんな速くダンジョンに降りる冒険者、なかなかいないニャ」
「………………ま、我が身は闘争を求める故、ダンジョンの踏破など興味の外だ。それに階層の踏破が冒険者の全てではない」
同じような事をよく聞くが、一番説得力がない。
「バーフル様、手伝ってください。竜の撃退」
「バーフル様、ちょっとは働いてニャーに良い所見せるニャ」
「ぐううぅぅ」
バーフル様は、歯を剥き出しにして嫌がる。
「ぬうううぐぐぅぅぅ」
更に唸る。
そんなに働きたくないか、この野郎。
「はぁああ~」
テュテュが、深~いため息を吐き。アンニュイな表情を浮かべる。
「わかったニャ。もう、バーフル様には愛想が尽きたニャ。この店も、お母さんの思い出も、今ここで畳むニャ」
「ま、待て待てテュテュよ。それは今少し考え直してだな」
止めるバーフル様に、テュテュはエプロンを投げつける。
「だったら竜の首でも取って来るニャ! この甲斐性なし!」
激おこのテュテュが尻尾を逆立て去って行った。
彼女が怒る姿は初めて見た。
「ぬおおおっ!」
エプロンを被った獣頭の男が震える。
「ソーヤ! 貴様のせいだぞ!」
「いえ、大体あなたのせいです」
バーフル様は僕の胸倉を掴み怒るが、見当違いの怒りなので軽くいなす。
「どーするんですか? テュテュ。本当に竜の首でも取ってこないと許してくれませんよ」
「うぬううぅぅ」
「一人で出来ますか? 空飛びますか?」
「――――――――――――ってやる」
「え、何ですか?」
聞こえなーい、とポーズを取る。
組むなら命を預けなければならない。命令系統はしっかりさせないと。
「竜の撃退。手伝ってやる」
「はい、お願いします」
「この戦いが終わったら………覚えておけ」
結構マジな殺気のこもった瞳。だが、エプロンを被っているので迫力は三割減。
「ハッハッハッ」
もう、何がフラグなのやら。
どうでもよくなって来た。
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