<第一章:大白骨の階層>【03】
【03】
「―――――って事です。助けてください親父さん」
「翔光符か………」
親父さんの住まいにお邪魔している。
場所は娼館の倉庫部屋。
この人、冒険以外には頓着がないので、住み込みの娘に部屋を譲っているうちに自分は倉庫に住む事になった。
何ともこの人らしいエピソードだ。
「親父さん、実は翔光符を溜め込んでいたり?」
「いや、ない。1枚もない」
「1枚も?!」
何故に?
三十年以上ここで冒険者しているのに。王様の仕事や組合の仕事をめっちゃしているのに。
「俺はソルシアを、冒険者組合組合長を養子にしている。これで翔光符を貰うと癒着を疑われる。あいつの仕事の信頼に関わる」
「確かに」
組合長は、この親心を分かっているのか? その恩をパーティのリーダーである僕にちょっとくらい還元しろよ。
「良い手はありませんか? このままだと日程が」
「あるぞ」
「あるの?!」
話早っ。
「最近、街の変化に疑問を感じないか?」
「あ、確かに。なんか大工さんを良く見かけました」
今この娼館でも『トンテンカン』と音が響いている。
「もうすぐ冬だ。レムリアは温暖な土地だが短い期間、冬が訪れる。そして冬の到来を告げる為、竜が舞い降りる」
「え、竜?」
ファンタジーの代表格が現れた。
「そう竜だ。前にお前らが倒した竜亀と比較にならない“本物の竜”だ」
そういわれても、あの竜亀は、とんでもないモンスターだった。倒せたのは偶然と機転、ラナの才能とベルの才能、シュナの剣技と剣の犠牲。アーヴィンのタフネス。ホント、幸運が重なり合って倒せた。
あれから数多くのモンスターと戦ったから、改めて分かる。
あれは強い。
強いモンスターだ。
パーティの誰かが死んでもおかしくなかった。思い返すと自分の軽率な判断に背筋が寒くなる。
それと比較にならないって………………恐ろしいな。
「々の尖塔、その最上層部は竜の止まり木の一つだ。他に、エリュシオン、古ドワーフの積層都市、旧神世代の巨大建造物。竜は、そういう場所を冬季と共に巡っている」
「竜って、渡り鳥みたいな習性でも?」
冬将軍、とは少し違うか。
「渡り兎だろ? ああ、そういえばお前は異邦人だったな。確かに、竜には“渡り”の習性がある。そして、降り立った場所に人間がいると“好奇心”でちょっかいを出してくる」
「竜のちょっかい」
ゴジラにじゃれられるようなものか。
あれ、レムリア滅びる?
「もちろん、俺達も黙って見ているわけではない。撃退する為に戦うさ」
「………勝てるのですか?」
「それなりに。勝てる時もある」
凄いな冒険者。
あッ、でも。
とびきりの竜殺しがこの国にいるではないか。
「でだ。翔光符の話に戻るぞ。毎年、竜を撃退する為に冒険者総出で戦う。竜に傷を付けるだけでも組合から報酬が貰える」
「まさか、翔光符も?」
「おう。街を守る為に戦うのだ。大量に貰えるぞ」
「なんてこった」
いえよ、組合長。こんな方法があるならいえよ。
そろそろ王にクレーム入れるぞ。
「ソーヤ、ソルシアがいわなかった理由がある」
「え?」
僕の考えは親父さんに読まれた。
「去年な。俺は若い冒険者に混じって参加した。こう、やる気に満ちた奴がリーダーだったので、つい柄にもなく乗せられて」
「もちろん、活躍しましたよね?」
だって冒険者の父だもの。
うちのパーティで一番強いもの。
「尻尾の一撃で気絶した。四日も目覚めず、ソルシアとエルターリアに心底心配された。特にソルシアは、反対するだろうな。あれこれ理由を付けて申請を取り消すかもしれん」
また面倒な事が。
「他にも問題が色々ある。ソーヤ、お前って冒険者の交友関係は広く………………はないよな」
「気にしているので止めてください」
どうせ友達少ないですよ。
悪い奴とは大体トラブルですよ。
「竜退治に参加するなら、最低でも十名からなる血盟が必要になる。集められるか? 俺の交友から集める事は出来るが、その場合、お前が思う報酬は手に入らないだろう。年寄りの冒険者は報酬を独占し、若い冒険者は経験を手にする、そういう悪習があるからな」
「十名」
僕、ラナ、エア、シュナ、リズ、親父さん。で六人。
後、声をかけられそうなのは、一、二、三、四が多い。あ、問題なし。ギリギリで。
「行けます」
「なら行け。今すぐに。だがまず、シュナを一番最初にしろ。おそらく、駄目かもしれんからな」
「そんな馬鹿な。止めても来ますよ」
「だと良いが」
杞憂を振り払い。娼館を後にした。
親父さんのいう通り、シュナの所に。
グラッドヴェイン様の宿舎へ。
別名、竜殺しの巣。
グラッドヴェイン、悪竜を素手で制し神格を得た武人である。シュナは彼女の眷属だ。
そう、僕のパーティには竜殺しの眷属がいる。
物凄いアドバンテージだ。
それに、ここの人達には度々飯をご馳走している。何故かというと、僕の中には、グラッドヴェイン様を喜ばせたいという感情がある。
ま、孝行感情だ。
少し前に憑いていた女性の想いではあるが、悪いとは思わない。
馳走の駄賃代わりに、シュナの兄弟子の手を借りられるなら万全で戦える。竜の一匹など事も無し。
―――――と、思い通りに行かないのが僕らしい所。
「ああ、ダメだ」
「何故だ!」
シュナに断られた。
宿舎も、ただ今眷属総出で大工仕事をしている。窓に板を打ち付け、屋根には不燃性の樹脂を塗っている。燃えやすそうな物はまとめて回収中。
片付いて普段よりもガランとしている。
「おれも参加できるならしてぇよ。でもダメだってさ」
「なーぜーだー」
口から魂を吐きそう。
「我が説明してやろう」
背後から声、髪をぐしゃぐしゃに掻き撫でられる。
波打つ長い金髪、小麦色の肌の健康美人様だ。防御力皆無のビキニアーマーを身に着けているが、鋼のように鍛えられた筋肉は並みの刀剣では傷も付かない。
グラッドヴェイン様、ご本人である。
「なぜ、竜ごろ、しの、けんぞ――――すみません」
頭部がグラグラして話しにくい。
「髪撫でるの、そろそろ止めてもらっても」
「うむ」
解放された。
会う度、会う度、こう頭を撫で回されては困る。悪い気持ちではないが。
「ソーヤよ。知っての通り、我の眷属は大なり小なり竜殺しの加護を持っている」
「それが何故、竜の撃退に参加できないのですか?」
「急くな急くな。簡単な事だ。我が眷属は既に竜殺しなのだ。それが名声を独占しては、後に続く者の邪魔になる。時代は常に新しい者の為にあるのだ。そうあるべきだ。古い竜殺しは、新しい竜殺しの為に席を空けねばな。時代が詰まってしまうぞ」
「確かに」
部外者では異論を挟めない。
僕はそもそも、そんなに口は上手くない。
「単純に街を滅ぼすだけの悪竜なら我らも出るが、あの竜はそういう者ではない」
「どういう竜なんですか?」
そういえば、その情報がなかった。
「どう形容すべきか………無類の蒐集家だな。金銀財宝、光物が大好きだ。人の文化にも造詣が深く、美しければどんなモノも愛す」
「なるほど」
分からん。
「後は、そうだな。空を飛ぶ、そして火を噴く。暴れ、街が壊れる。尻尾の一薙ぎは旋風を起こし、その爪はルミル鋼すら容易く切り裂く。鳴くと五月蠅い」
怪獣映画だそれ。
「あの………悪竜じゃありませんか?」
「悪竜ではないな。昔、我が倒した竜と比べたら紳士ともいえよう」
「紳士………」
この異世界には、まだまだ僕の想像もつかないような事が沢山ある。
世界は広いな。
「ま、そういう事だからさ」
シュナが僕の肩を叩いて、珍しくすまなそうな顔でいう。
「ソーヤ。悪いな、今回はおれ抜きでやってくれ」
「仕方ない」
「ソーヤよ。新たな竜殺しを目指し誇り高く戦うのだぞ」
「頑張ります」
神の励ましに笑顔で応える。
しかし、最初からつまずいた事により内心は不安で一杯だった。
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