<第一章:大白骨の階層>【02】


【02】


【132nd day】


「ちょっとエヴェッタさん!」

 このダンジョン作ったのは誰だ! と冒険者組合の担当の所へ。

「三十階層のアレ。何ですか! バグですか! クソゲーですか! 設計ミスですか!」

「フフ」

 恐ろしく綺麗な顔で笑われた。

 思わず心臓が跳ね上がる。

「あ………………申し訳ありません。懐かしい反応だったので、つい」

「は、はい」

 胸がドキドキする。

 愛想笑いすらしない人だし、無表情が常の人だ。でも、しっかり僕の事を考えてくれている。そのギャップがこの人の魅力でもある。

 この笑顔は不意打ちだ。

「しかし、相変わらず早いですね。五日で階層の秘密に気付くとは」

「それはまあ、他の冒険者にはいえない手段ですけど」

「冒険者は平等ではありません。むしろ最も不平等な職業です。人にいえないような手段など、上に行けば誰でもやっている事です」

「なるほど………あ」

 いかん、笑顔で話題が逸れた。

「それでエヴェッタさん。三十階層の事ですが」

「良いですか、ソーヤ。各階層には、そこを踏破するに必要な“主体”とでもいいますか。冒険者に要求される“能力”があります。

 狂い咲きの階層では<継続的な戦闘能力>

 深緑の階層では<強い個を倒す個人の力>

 大白骨の階層では<理不尽に慣れる精神>

 です。つまりは―――――――あいたッ」

 ぽかり、エヴェッタさんの後頭部が杖で殴られる。

「はい、そこまでだ。エヴェッタ、減給!」

「え?」

 杖を携えた、小さい羽の生えた小柄の少年だ。

 見た目はこれだが、少なくとも三十は超えている。合法ショタとか誰得なのだ。

「組合長どういう事です?」

「いや、駄目だろ、お前駄目だ。階層の主体を、踏破していない冒険者にいったら駄目だろ。癒着業務だぞ。減給だ」

 組合長が用紙を一枚取り出し、エヴェッタさんの額の角に挿す。

 異世界の言葉で減給・銀貨8枚とあった。

 ………………申し訳ねぇ。

「これは、うっかりしていました」

 用紙で顔は見えないが、声がしょげている。

 小さい声で彼女に囁く。

「エヴェッタさん、後で飯奢りますよ」

「そこの冒険者、組合員を買収するな。エヴェッタ、お前も奢られるな」

「組合長、試供品を頂くのも駄目ですか?」

「駄目だ」

 エヴェッタさんには、ソーセージとケチャップを20人前くらい差し上げた。

 彼女、スレンダーな体付きの割に食いしん坊である。

「ソーヤ………………ソーセージ。後で………………かえ、返しま………………くっ」

 ソーセージだけに断腸の思いだ。

「じゃあ、商会経由という事で。僕はノータッチという事で一つ」

「組合長、そういう事で一つ。ソーセージは、とても美味しいのです。太くて食べごたえがあるのです。寝起きにケチャップを多めに漬けて一本食べるのが最近の日課です。楽しみです」

「駄目だ。しっかり賄賂じゃねぇか」

 そうともいう。

「ソーヤ、仕方ありません。今日帰ったら全部食べます。どうしても返せというなら体で返します。でも………………またくださいね。ソーセージ」

「買ってください」

 流石に、あの量を毎回進呈できません。

「エヴェッタ、書類整理して来い」

 組合長が、しょげたエヴェッタさんを退かす。見た目キョンシーなのに、ゾンビのような動きで去って行く。

「おい、ソーヤ。冒険者組合長がとっておきの良い案を教えてやる」

 何故か、組合長は彼女の席に座り、僕の担当のように話し出す。嫌な予感。どーにもこいつは、僕にだけ私情で動いている気がする。

 お前も業務対応には問題あるからな?

「はーい、一応聞きます」

 聞くだけなら無料だ。

「大白骨の階層を踏破するのに、最も簡単な方法は二つ」

 美少年が薄笑いを浮かべる。

 そんな顔で話す内容を、信じる馬鹿がどこにいるか。

「一つは“運”だ」

「運?」

「幸運があれば、あそこは楽に踏破できる。悪運じゃ駄目だろうなぁ」

 更に人の悪い笑顔。

「ああ確かに、ラナと出会った事で幸運は使い切ってしまったかも」

「ほ、ほぉ」

 笑顔には笑顔で返す。

 一触即発。

 僕と組合長の距離感はこのくらいが丁度良い。

「二つ目は、翔光符を集める」

「あ、現実的」

「当たり前だ。翔光符を集め、組合から攻略方法を得る。これが、大白骨の階層を踏破する一般的な方法だ」

「ちなみに………何枚必要ですか?」

「100枚」

 組合長は、にっこり。

 僕も、にっこり。

 ただ今の翔光符の枚数は1枚。

 組合長は続ける。

「でもおかしいなぁ、三十階層まで来る冒険者なら数々の依頼をこなして、交友関係も広げて、組合から信頼もあるから、大量の翔光符を得られる依頼を受けられるのになぁ。あれれ~? どうしてこの男は、翔光符を1枚しか持ってないのかなぁ」

「うぐ」

 こ、こいつ煽りおる。

 駄目だ。短気は損気。

「ち、ちなみに、今から100枚の翔光符を集めるとして。どのくらい時間が?」

「まず、1枚、2枚の依頼をこなして組合の信頼を得る所からだな。ま、50もこなせば5、6枚の依頼を紹介してやろう」

 前、ガンメリーの依頼をこなすのに三日近く必要とした。

 単純計算で、それを50として150日。

 だがしかし、三日ですんなりと解決する依頼ばかりか? そんな甘いものではない。

 仮に、仮に150日で5、6枚の依頼を受ける事が出来たとして、その依頼は数日で完遂できるものなのか?

 あれ………………日程オーバーするんじゃね。

「いったよな、ソーヤ。依頼をこなせ、付き合いの幅を広げろと。にもかかわらず、何の依頼も受けずダンジョンに潜るばかり」

「はい、まあ、それは」

 エヴェッタさんにもいわれた。

 ガンメリーの一件以来、依頼をちょくちょく渡されたが全部断っていた。

「ダンジョンに潜る事は冒険者にとっては花だ。だが花ってのは、下に根があり、茎があり、葉がある。その成長の証なのだ。お前は花ばかり見て下を疎かにした。………ま、しばらく地道に働け」

 こいつに上手い事いわれると腹が立つ。

 正論をいわれると更に腹が立つ。

「これ、依頼の写しだ。パーティの連中と検討しろ。お前一人では難しくとも、皆でかかればさして時間はかかるまい」

 書類の束を渡される。

 組合長は良い笑顔のまま去った。

 僕は渋面で組合を後にして、依頼を確認しながら街を歩く。

「酒場の踊り子。酒場の給仕。酒場の新メニュー。って、全部国営酒場の依頼だぞ」

 他に、魔法の実験体。希少な素材獲得。武器、防具の耐久試験。街の清掃活動。炎教への慈善活動。冒険者の遺児の世話、エトセトラ、エトセトラ。

 駄目だ。

 どれも二、三日で終わるような依頼ではない。

 これを50もこなしていたら一年など軽く過ぎてしまう。

 やばい、やばいぞこれ。冷や汗が流れる。

 というか、今日は何だか冷える気がする。小春日和の良い天気だが風が普段より涼しい。

 街の様子も少し変だ。

 大工が忙しく働き回って窓に板を打ち付け、屋根に登っては何かしらの塗装を施している。

 空襲でも来るの? 

 そんな事はないか。

『ソーヤ隊員。今現在の、プロジェクト成功確率を聞きたいでありますか?』

 雪風が話しかけてくる。

 ちょっと既視感が。

「はい、聞きたいであります」

『0.2%であります』

 懐かしい数値だなぁ。

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