<第一章:大白骨の階層>【01】

【01】


 二日の休憩を挟んで、三十階層へ挑戦した。

 ここから三十四階層までは『大白骨の階層』と呼ばれ、ここを踏破できれば僕らは中級冒険者となる。

 このまま上手くいけば、“最速”で中級になった冒険者だ。

 だが正直、他所のパーティと自分のパーティを比べるつもりはない。

 うちはうち他所は他所。

 自分のペースでダンジョンに潜る。

 残りの233日で五十六階層に到達し、謎を解ければ良い。時間に余裕があった方が立て直しできる為、速度を優先している。

 基本、組合の依頼は無視。探索や、素材の回収は最低限、だから他の冒険者より足が速い。それだけの事。

 もちろん、他のメンバーの報酬は大事だ。ケチったりはしない。

 生活費の稼ぎ方や、冒険費用の捻出に、ちょっとしたズルがあるだけ。

 知識は金になる。

 アイディアは金になる。

 少し前、マヨネーズを作って売りに出した。続いてはパスタ。

 大変好評であり、そこそこ儲かった。

 儲けがそこそこなのは、、僕の中に『食は大衆の物である』という信念が根付いているからだ。誰にいわれた事か、思い出せない。

 しかし、


『いいか宗谷。飯には、健康が大事だ。“ばらんす”も大事だ。旬も大事だし、彩りも、火も水も土も風味も大事だ。大事なものを上げていたらキリがない。

 だが、一個だけ本当に大事なものを上げろと言われたなら、オラぁな。食ってくれる人間が一番大事なのさ。

 いいか宗谷。飯の美味い不味いに、高い安いはない。人間が物食って“うめぇ”っていう感性は平等だ。金銭の価値なんて大した意味はないのさ。だからな、オラぁみたいに多くの人間に飯食ってもらいたい料理人がいる。………………いてもいいのさ」


 この言葉は思い出せる。

 病院のベッドで握った枯れ木のような手も。

 記憶はあやふやだが、鮮明で脈打つ血の通った思想は残っている。

 だから僕は、食は大衆の物と考える。

 この国の美味い物は高い。しかも一部の層が独占している。上級冒険者や、商家の富裕層というものは、独占欲の塊だ。分かち合わず、個で楽しむ事を是としている。


“安く美味い物をできるだけ多くに”


 難しいが不可能ではない。

 次はケチャップだ。

 もちろん料理方法もバラ撒く。調理技術を独占して儲けているような連中には、不評なやり方であるが、消費者には転じて好評となる。

 実際、関わりがある商会二つは、その好評でメキメキ成長している。


“あの商会は儲けよりも、別の事を大事にしている”


 そういう空気感が伝われば、同じ価値の商品を扱っても自然とこっちに客が来る。業突く張りが幅を利かせてきた国だ。しばらくは、このやり方で客を引けると思う。


 閑話休題。


 そこそこの儲けではあるが、パーティの活動資金、メンバーの生活費、報酬には十分な額。

 パーティの大きなアドバンテージの一つである。

 他のパーティから、やっかみを受ける理由でもある。

 偉く長い前置きになってしまったが、何が大きな問題かというと。

『ダンジョンの構造』

 である。

 大白骨の階層は、生き物の骨のような物質が張り巡らされている。

 そして、部屋という区切りは存在せず、階層という区切りも存在していない。

 つまり、三十階層から三十四階層まで吹き抜けの構造なのだ。

 まるで、巨大な骨で作られたジャングルジム。

 立方体のダンジョンだ。

 異常なのはそれだけではなく。無数のポータルが存在している。探査用のドローンを放り投げて見た所、どれを潜っても三十階層の入り口まで飛ばされた。

 帰還には便利な代物だが、進む為の代物ではない。

 更に、ここには生態系が存在していない。

 骨しか存在していない階層だ。モンスターが食う物がない。翔光石を食うモンスターもいるが、ここにはその翔光石すら少ない。壁の発光量がとても少ないが、代わりにポータルが明かりになっている。

 といっても一応モンスターは存在する。

 かつて人だった動く骨だ。

 上の階層で戦った巨人の骨も普通にいる。

 不安定な足場で戦うのは至難の業。強敵だ。被害は避けられない。………………と思っていたが。実際戦ってみると、こいつら石ころ一つの誘導で落下死する。

 何かモンスターの無常を感じた。

 やっぱ死者だし、骨だけだから知能も低いのか?

 妹の索敵とA.Iの各種センサーを使い。敵の位置を捕捉すれば簡単に倒せた。

 僕らが気を付けるのは、モンスターと同じで落下死だ。

 警戒しながら、慎重にダンジョンを降りる。

 山は下りる方が体力を削るというが、僕らは冒険者だ。歩く事が仕事だ。モンスターとの戦闘が最小限で済み。かつ視界が開けている為、上の階層より楽な冒険となった。


 十二時間で、階層底部を目視する。

 感想をいうなら、底部は地獄の底だ。

 上から落ちてきた動く骨達がうじゃうじゃと蠢いている。蜘蛛の糸を垂らしたら群がって昇って来たそう。

 ルートは確保できたので、その日は帰還。近くのポータルを潜るだけで即帰れるとは、何とも楽な冒険である。


 一日休み、二回目の挑戦。

 四時間で底部付近に到着。

 底の敵が激減している。

 原因はすぐ分かった。動く骨達が階層の柱に飲み込まれて一体化している。なるほど、これがまた上に現れて下に落ちる。そのサイクルが、このダンジョンの生態系か。

 底部を見下ろしながら階段を探す事、三時間。

 発見できず。

 同じ光景にうんざりする。

「番人を倒したら、階段が現れるんじゃねぇか?」

 シュナの意見に、

「皆、どれが番人だと思う?」

『さあ?』

 全員の意見が一致した。

 敵の個体差が全くない。骨の巨人もいるが、ほぼ同じ個体が45体ほど。

「雪風」

『不明であります』

 これもしかして、柱に一体化して隠れているとか? もしくはこの広い立方体のどこかにいるとか? やばいな、それ。

 ただ降りるだけなら簡単だが、何かを探すとなると手間になる。ドローンの数を増やしても骨の密林で捜索するのは、それこそ骨だ。

「よし………………ご飯食べよう」

 気分転換しよう。お腹も減った。

 メニューはホットドッグである。

 ソーセージは、東の森の獣人に作ってもらった。街で仕事を探していた所を妹が見つけ、うちの商会で雇った。

 ダンジョン豚の腸は、装備の目張りや防水に使われるが、結構余るので捨てられる事も多い。それに合わせて、売り物にならないクズ肉と、ニンニク、トウガラシ、少々の白ワインとチーズ。決め手は獣人特製のスパイスを混ぜ合わせ、詰めた。

 安くて美味しい。携帯に便利なソーセージの出来上がりである。

 何故、今まで流行っていなかったのか不思議に思った。

 このソーセージ。

 実は歴史は古く、五百年以上の昔から異世界に存在していたそうだ。しかし、獣人の下品な料理としてヒームの多い街では禁止され廃れてしまった。

 運良く、ケチャップと合わせ販売が出来る物が手に入った。

 何だろう。

 この冒険と関係のない運の良さは。

『ダンジョンに潜らなくても良いのじゃ!』という神の啓示か?

 ありうる。

 あの神なら言うる。

「そろそろ、出来るぞー」

 少量の水でソーセージを煮立て、パンに挟む。パンもマキナ特製で街のパンよりフワフワな食感である。

 ソーセージの上に、みじん切りにした玉ねぎのピクルスを置いてケチャップを垂らす。

 シンプルだが、個々が美味いので変に付け足さない。

 太く長く大きいホットドッグを、羊皮紙で包みメンバーに渡した。

「ほい、シュナ」

「おっ、おう」

 斬りかかるのも一番最初なので、食事も一番最初だ。休ませるのも一番最初である。成長期なので一番経験を積んで欲しい。という僕の親心である。

 彼は早速かぶりつく。

 ぷちゅんとソーセージの肉汁が弾ける。

「あっつ熱っ………………お、うまっ」

 好評だ。

 手早く次も作り始める。

「ほい、エア」

「待ってました! お兄ちゃんワタシは、ケチャップ多めで」

「あいよ」

 ケチャップ多めにして、うきうきの妹に渡す。

「エア、待ちなさい」

「え?」

 かぶりつこうとしたエアをラナが制止した。

「人前でそういう物を大口開けて食べるのは、姉として、その見過ごせません」

「あ………」

 エアが珍しく頬を赤らめて、男性陣に背を向ける。

 そういえば、獣人のソーセージの食べ方は刻んでスープに入れたり炒めたりだ。一本丸ごと食べるような真似はしない。

 まあ、下品な話だがアレに見えるし。立派だし。

 年頃の娘がかぶりつく様は………………いかん何を想像している。

「ソーヤ。俺は玉ねぎ多めで頼む。ソースは半分くらいでいいぞ」

「了解です」

 親父さんの希望通りのトッピングで作り渡す。

「うむ、このソース。前にパスタの味付けに使った奴だな。嫌いではないが、あまり多くは………だが、うむ、む? 肉汁と合わさるとこれは、これで」

 もしゃもしゃ食べる親父さん。

 何故か、この人の食べ方は美味そうに見える。

「リズはどうする? 普通でいいか?」

「玉ねぎ抜いて」

「好き嫌いは良くないぞ」

 こっそり、パンとソーセージの間に玉ねぎを隠す。

 手渡すと、リズはエアの隣に並んで、背を向けチビチビ食べ出す。

「ラナは?」

「お任せします」

 普通に作ってラナに手渡し。

 女性三人が、並んで背を向けホットドッグを食べる図。なんだか面白い。

「ソーヤ。もう一個くれ」

「おう。普通でいいか?」

「ケチャップ多め」

「あいよ」

 二個目のホットドッグをシュナに渡す。

 その後、自分の分も作り食した。

 異世界のパンは基本的に硬いので、マキナのパンは懐かしい感触である。

 ソーセージは美味い。ホント美味い。弾力的な皮を噛み締めると肉汁が弾ける。それに玉ねぎとケチャップの酸味が合わさり、旨みに変換される。ソーセージは、噛めば噛むほどスパイスが表に出て味が変化する。パンのどこを食べても肉に当たるという贅沢感。

 個人的には野菜をもっと入れたいけど、この肉々しい食感もたまらん。

「って、親父さん」

 何やってるんだ、この人。

「ん?」

「ん? じゃないですよ。それ酒ですよね!」

 親父さんは革袋の水ではなく、酒瓶らしき物を口にしていた。

「まあ、この詰め肉に合うからな」

「ダンジョンの中では禁酒してください」

「そんな足を踏み外すほど飲まんぞ」

「当たり前です!」

 親父さんが渋々酒瓶をしまう。

「はーい。お兄ちゃん」

「はい、妹よ」

 エアが振り向いて手を上げる。

 隣のラナがびくりとする。

「姉の飲んでいる水から、ワインの匂いがしまーす」

「はい、奥さん。説明と言い訳をどうぞ」

「………ちょっと舐めているだけです。肉には赤ワインが一番――――――」

「エア没収しろ」

「了解」

「はわっ」

 姉は妹に革袋を奪われる。

「ラナ、あまりいいたくないけど。普段よく転んだり、迷子になるのって」

「違います! そんなに私いつもお酒飲みませんよ!」

「まあ、ダンジョン内では禁酒だ。やぶったらお仕置きだぞ」

「………ど、どんなお仕置きですか?」

 ちょっと嬉しそうに聞いて来る。

 こら。妹とパーティに皆の前で、コラ。

「お姉ちゃん。冒険中です」

「はい、ごめんなさい」

 妹に叱られる姉の図。

 珍しく早く食べ終えたリズが振り向く。

「ソーヤ。これもう一個ちょうだい。………玉ねぎいらない。いらないから」

「了解」

 リズにおかわりを作った。パーティで、三、四個を食べ食事を済ます。予想以上にお腹が膨れたので、二時間の休憩。


 その後、四時間探索するが何の手がかりも見つけられず。

 足を止めて、メンバーの意見を求める。

 三人寄れば文殊の知恵である。

 まず、親父さんの意見。

「この階層は、ダンジョンの区切りだな。上のモンスターを下に、下のモンスターを上に行かせない為にある。生態系の区切りだ」

 次はラナ。

「魔力の揺らぎを感じます。ポータルに関連する仕掛けがある事は確かです。ただ、流れが不規則過ぎて何の効果があるかまでは読み取れません」

 次にエア、リズ、シュナ。

『さっぱりわからない』

 三人寄れば文殊の知恵というが………では、世間で無駄に時間を消費する会議とは何なのだろうか? 

 最後に雪風。

『当機の底部降下、単独での探索作業を進言するであります』

「駄目だ。危険過ぎる」

 しかし良い案だ。

 結局、リーダーが先導しなければ集団は動かないのだ。僕はその為にいるのだ。

「よし」

「雪風。エアは、ロラの外套を何時間使える?」

『今日のエア様の魔力推移では、三時間弱であります』

「エア、頼めるか?」

「もちろん」

 エアに雪風を渡す。それと彼女の武装以外の装備を預かる。バックパックがやけに重いと思ったら、食糧がみっちり詰まっていた。スパム缶や、最近作った瓶の飲料。乾パンに干し肉。チーズの塊。入れ過ぎである。

 雪風の進言通りにしてもよかったが、ここでミニ・ポットが破壊されると本体のマキナにデータ送信ができず、雪風は死ぬ。

 バックアップはあるが、それは雪風の知識を継承した別の個体だ。A.Iの内情を知ってしまった今、使い潰すような真似はできない。

 エアの外套で透明化すれば、コロコロ転がるだけのポットより生存率は高い。

 二人を危険にさらす行為ではあるが、時には危険な判断をしなければならない。

「じゃ、二人共。任せたぞ」

「了解、了解♪」

『了解であります』

 雪風を腰に下げたエアが、外套のフードを降ろし霞のように消える。

 微かに柱を滑る気配を感じた。

 頭を踏み台にされた骸骨が、辺りを見回し疑問符を浮かべる。一陣の風がモンスターの間をすり抜ける。

 見えず、聞こえず、捉えられず。不可視の狩人が敵の群れを進む。

「底部中心地でパルススキャンを起動」

(了解であります)

 メッセージの返信。

 しばらくして遠い底部の中心部に、点のような雪風が見えた。

 キンッ、と音が響く。

 モンスター達が一斉に雪風と透明化したエアに向く。

「ラナ」

「はい」

 離れた場所に、ラナが魔法を打ち込み敵の気を逸らす。

 爆炎が晴れると、無数の骸骨達が僕らの方に向かって柱を上り始めた。

「雪風、データは取れたか?」

『はい、取れたであります』

「エア、そのまま近くのポータルに入れ。三十階層で合流しよう」

『了解!』

「僕らも撤退!」

 群がる骨を軽くなぎ倒しながらポータルを潜る。

 少し危険な判断だったが、今日も被害はなし。

 良し、と小さく自分を褒めて雪風のデータを閲覧する。


 スキャン結果によると、

 この階層には、“降りる階段”が存在していなかった。


 降りれない階層。大問題である。

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