異邦人、ダンジョンに潜る。Ⅴ 降竜祭 【5部】

<第一章:大白骨の階層>


≪第一章:大白骨の階層≫


【127th day】


「いや、お前は大したもんだよ」

「え?」

 一番年配のパーティメンバーにそんな事をいわれる。

 慣れていない言葉なので驚いてしまった。

「急に何ですか? 親父さん」

 ただ今、三十階層踏破後の祝勝会中。

 場所は、いつもの国営酒場。時刻は夕暮れ時。店の客入りは、これからが本番といった所。

 僕らの囲んだテーブルには、そろそろ食べ飽きた豚肉と豆の山盛り、酒&酒。

「他の奴らはどう思うんだ?」

 親父さんは他のメンバーに意見を求めた。

 少年が一番に答える。

「ああまあ、剣技はそこそこだけど、リーダーとしての手腕はスゲーと思うぞ。同期の連中見てみろよ。あいつら二十階層で足踏み中だ。まあ、半分はおれの腕によるけどよ」

 自尊の混ざった僕の評価。

「あんたが半分なら、アタシの索敵と弓はどのくらいなのよ?」

 そんなシュナに食って掛かる妹。

「じゃ半分」

「メディムの機転と剣技は? リズとお姉ちゃんの魔法は?」

「大体、半分」

「色々と計算が合わないわよ」

「………………」

 黙って肉を食べるシュナ。

 暇を見て、算数くらいは教えないとな。

「ま、アタシのお兄ちゃんですから。凄いのは当たり前よね」

 上機嫌な妹が僕の片膝に乗って首に手を回してくる。

 ちょっと酔っているようだ。

「そうですよ。私の夫ですから、凄いのは当たり前です」

 更に、姉の方も僕の片膝に。

 あまり酔わない方なのに、こっちも酔っている。酒というより気分的なものに。

「お姉ちゃん、お尻大きいんだから場所取らないでよ」

「なっ! そんな事ありません! 大体、私の夫の膝の上です。誰の物だと思っていますか?」

 僕の物です。

「アタシのお兄ちゃんの膝の上ですぅー。半分はアタシの物ですぅー」

 といいつつ、妹は足をバタつかせて領地を増やす。

「エア! はしたないですよ!」

 生足&内腿全開なのはいつも通りだが、ズレ動いているせいで、ホットパンツの隙間からV字ラインのきわどい所が見える。当然、チラチラと下着も。

 エア、妹よ。前々から思っていたのだが獣人の衣装を好んで着ているという事は、その下着も獣人の物だよな。

 よく見た事がないのだが、つまりはVバックショーツかティーバッ―――――

「あなた」

「ふぁい」

 ラナに頬を抓まれる。

「目がいやらしいです」

「ひゅまん」

 妻の眼前で別の女性(妹)に目をやってしまった。反省である。

「いやらしさなら、お姉ちゃんも負けてないけどね」

「ちょとエア! 何をいうのですか!」

 ラナが顔を真っ赤にする。

 正直、可愛い。もっと困らせたい。

「エア前々から思っていましたが、その恰好何とかなりませんか? あなたはエルフなんですよ、それも王族。獣人の恰好をするエルフなどあなただけです」

「これが楽なの動きやすいの。今更、王族伝統のローブなんか着ても転んじゃう。足開けないし」

「あ、足を開くとは?! 誰の前でですか?!」

「え、お姉ちゃん。何驚いているの? 戦闘の時だよ。屈まないと、弓で急所を狙えない時あるでしょ?」

「………そうですか。早とちりしました」

「お姉ちゃんはどうやって足開いてるの? そのローブで」

「お腹の方を捲ってもらえれば簡単に………………何をいわせるの」

「いやらしい」

「エア!」

 僕の膝の上で内乱するのは止めてくれ。

 姉妹仲良くしてください。

「リズ、お前さんはどうなのだ? そこのエルフ二人をハベらせた男は?」

「ん」

 親父さんに呼ばれた少女騎士は、両手でコップを持ち、酒をチビチビ舐めている。猫みたいな変な飲み方である。

「間抜け面。好色」

「それはそうだが、リーダーとしての評価を聞いている」

 え、親父さんそこは否定してよ。

「まあまあ」

 相変わらずリズの感情表現は判りづらい。

 最近は少しだけいう事を聞くようになったけど。

「つまりは、満場一致だな」

「だから、どうしたっていうんですか?」

 急な持ち上げの意図が分からない。

「お前が、いつまでたっても冴えない顔でいるからだ。名称付きの階層を踏破したのだぞ。もっと喜べ」

 二十五階層から二十九階層までは、深緑の階層と呼ばれている。

 この階層の番人は、首のない大きな石像だった。

 動作は緩慢だが、とてつもない頑丈さで魔法の耐性も高い。ラナの魔法も効き目が薄く。僕とシュナは刃が立たず。エアの弓も効果なし。

 で、どうしたかというと。

 親父さんが真っ二つにした。

 確かに彼の刀は特別性だ。世にそうある物じゃない。

 でも僕は、同じ物を使って刃を欠けさせるだけに終わる。それなのに、彼は豆腐のように真っ二つにした。

 曰く、石の脆い部分が見えた。

 だそうだが、現代の各種センサーを使っても、そんな物は発見できなかった。

 いうなれば勘の極致。

 年季のなせる業。

 個人に頼り過ぎる冒険は愚行だろうから、素直に喜べない。いいや………まだ僕のどこかに、親父さんをメンバーとして認めていない箇所があるのか。

「ま、レムリアのように裸で踊れとはいわんが。ちったぁ浮かれろ」

「レムリア王。裸で踊ったのですか?」

 意外。

 女性問題はさて置き、それ以外はしっかりしている人なのに。

「昔な、十五階層を踏破した時に。苦労したぞ。70日以上かかった。それに比べたらお前」

 親父さんも少し顔が紅潮している。

 いつもより酒の量が多いからだ。

「でも今と比べたら、昔は冒険者組合の体制が―――――」

 酷かったらしい。

 不正にえこひいき、組合員による依頼報酬の中抜き、素材のちょろまかし。冒険者同士の争いは普通に殺し合いで、止める者はなく。退ける為には力が求められた。

 過去を知る者に聞けば長々と語ってくれる。

 今の冒険者は恵まれていると。

「そうだが、それを抜きにしても、このパーティの階層踏破は早い」

「そうだそうだ。おれの話を聞いてなかったのかよ」

 シュナからブーイングが飛んでくる。

 まあまあ、と親父さんがたしなめ。僕にいう。

「優秀な人材は集まってはいるが、やはりパーティの力はリーダー次第。つまり、お前の力だ。どんな理由や手段であれ、まず結果を素直に喜べ誇れ。でないと俺らの酒が不味くなる」

「そーよ、お兄ちゃん。アタシの兄として誇り高く喜ぶこと」

「私の夫として、慎んで誇ってください」

 姉妹の援護射撃。

「………………」 

 僕は空き皿を一枚手にして、それで顔を隠した。

「何だそりゃ」

 親父さんの感想が聞こえた。

「あ、お兄ちゃん! 照れてる! 顔赤い! ちょっと見せてねぇねぇ! 見せて! 可愛い~いぃ!」

「あなた、私にも見せてください! 散々、私の恥ずかしい顔を見たくせに今更自分のは隠すつもりですか?!」

「だから、お姉ちゃん。いやらしいって」

 二人共顔が近い。

 呼気が耳や頬にかかる。

 肩に胸、腿に踊る尻の感触。

 だが、絶対皿は離さない。僕は褒められ慣れてないんだ。絶対、人がドン引きするような変顔になっている。

 見せない。

 絶対に見せないからな!



 そんな事があったのは、もう五日も前の事だ。

 僕らのパーティは、他のパーティを大きく離し、その結果に浮足立っていた。慣れない称賛に僕は顔が緩みっぱなしで。それでも、いざ冒険に出れば身を引き締め、油断はしていなかった。

 油断はしていない。

 他のメンバーも同じく。

 コンディションは良かった。

 今なら、どんな敵が来ても倒せる。

 それは間違いない確信だし事実だと思う。

 しかし一つ、大きな問題に直面したのだった。

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