<第四章:小さきものの王>【04】


【04】


【125th day】


 冒険を再開して七日が過ぎた。

 アガチオンも、リズも、元の調子を取り戻し、経過は順調、三十階層までの道のりは確保できた。

 後は、番人を全力で倒すのみ。

 それで折り返しだ。

 異世界に落ちてから125日。残り240日で、五十六階層に到達する。………日数だけを見ると余裕はある。

 ここまで長かったようで短かった。

 久々に、任務の成功確率を聞く。

 雪風の発表では48%だそうな。

 イゾラの0.2%から大分上がったものだ。でも、52%失敗すると思えば気は抜けない。気が抜けないからこそ、時々息抜きするようになった。

 着の身着のままレムリアの街を散歩する。といっても、念の為の武装に刀を差すくらいはしている。それに呼べば来る魔剣もある。

 街の物騒な部分に入っても、物取りくらいは撃退できるだろう。

 妨げる者はなく自由気ままに猫のように散策する。

 肩の神様と共に。

「ソーヤ。ほれ、あれをゆうて見い。あれを」

「勘弁してください」

 ちょっと前から、よくこのネタを振って来る。

「ママーって、ゆうて見ぃ。良いではないか、良いでは。ククク」

「………ママー」

 余程気に入ったのか、二人きりになるとすぐこれをやらされる。

 羞恥プレイ。

 暇を持て余した神による羞恥プレイ。

 これが息抜きになっている僕って変態か。

「よーし、次はじゃな」

「はいはい」

 ミスラニカ様が肩から頭に移動する。

「うーむ、今日は右じゃ」

「へいへい」

 指令を受けて、狭い路地の別れ道を右に。

 天井を何かの資材が塞ぎ、空を隠している。薄暗く、かび臭いしけった道。ここだけ石畳ではなく妙につるっとした床になっていた。

 冒険心をくすぐる長くうねった道を進み。

 潰れた店を発見した。

 人の気配がない事を察し侵入する。

 元は雑貨店だろうか? 荒らされて、わずかばかり店の装いが残る。廃墟を見回し、かつてあった生活の跡を思い浮かべた。

 立地が良くないので、隠れた名店か、趣味の商いか、繁盛はしていなかっただろう。

 それでも、常連が付いて細々と経営できていた。

 毎日、同じ顔の客が出入りする。

 日によっては世間話をするだけで終わる時も。

 しかし、店主が亡くなってから継ぐ者がおらず廃墟に。

 そんな夢想を浮かべて、そこを後にした。

 また、うねった細道を進み。日の当たる場所に戻る。

「う」

 眩しさに目を眩ませ、

「あ、ここ」

 見覚えがある場所に出た。

 ガンメリーの宿だ。

 少し見ないうちに綺麗になっている。ガラクタはさっぱりとなくなり、一階では老夫婦がパンを焼いていた。優しくなれそうな匂いが辺りに漂う。

 外には植木鉢が並び、色とりどりの花が植えてある。

 二階の窓に、知り合いの背中が見えた。

 声をかけようかと迷っていると、

「あ、ネコちゃんだ~」

 獣人の幼女に絡まれる。彼女の背後には丸っこいヒームの子供。

「ほら、撫でて良いよ」

 我が神を子供に差し出す。

 縫いぐるみのように抱きしめられる。モフモフされる。太っちょも手を伸ばして、ミスラニカ様のお腹を撫でる。

「君ら、今日もここで遊んでいるのか?」

「そうだよー、友達まってるんだよぉ」

 太っちょの返答に、ちょっと困る。

 確かに約束はしたけど、子供が律儀に守るとは思わなかった。

 幼女が僕の顔をじっと見つめている。

「おにーさ………………ん?」

 勘付かれたようだ。

 どうしたものか、少し迷い言葉を紡ぐ。

「君らが待っている友達って、僕のような髪の黒い子供かい?」

「そだよぉ」

「うん!」

 太っちょと幼女の返事。

「それ、僕の弟なんだ。遊んでくれてありがとな。でも、ごめんな。あいつは他所の大陸に行っちゃったんだ。だから、うん、今は………………遊べないかな」

『えぇ~』

 残念そうな声がハモる。

「いつ帰ってくるのぉ?」

「ちょっと分からないな」

「なんで、だまっていっちゃったの? なんで! なんで!」

「ええと参ったな」

 詰め寄る子供二人に気圧されてしまった。

 予想以上の食い付きだ。

「弟は病気なんだ。レムリアでは治療できない病気。治すには長い時間がかかる。君達が待っていられないほど長い時間が―――――」

「そうかぁ」

「そっかー」

 純粋。すぐ信じてくれた。

 ちょっと心が痛む。

「あ!」

 急に太っちょが叫ぶ。

 獣人幼女を下がらせて二人でヒソヒソ話。ちなみに、抱っこされたままなのでミスラニカ様も聞いて頷いている。

 どうした?

「あの」

「おう」

 太っちょがオドオドした態度で聞いて来る。

「もしかして、王様ですか?!」

「え、僕が?」

 何故そうなる。

「だって王様とおなじ剣もってるし」

「あ」

 刀に触れる。

 確かに、レムリア王は同じ物を持っていた。最近では愛剣と並べ肌身離さず携えている。しかも国務の暇を見つけては、その姿で街をぶらつき悪行が目に入れば世直しの為、刃を抜く。

 暴れん坊将軍かよ。

 まあ、世直し半分、女漁り半分だろうけど。

 十歳くらいになったランシールにチクチクいわれているが、女性問題は治る気配が全くない。

 太っちょは、そんな王の姿を街のどこかで見たのだろう。

「これはカタナという異邦の剣だ」

 刀を鞘ごと腰から抜く。

 鯉口を切って、少しだけ刃を覗かせる。本当に少しだけ。これは魔性の気を帯びている。子供には毒になるかもしれない。

「この世界に三振り存在する。所有者は、冒険者の王。冒険者の父。そして僕だ」

「うわぁ」

 太っちょが子供らしい好奇心で目を輝かせる。

 幼女の方は、獣人の本能で危険を察知したのか後ずさり脅えていた。

 チンッと音を鳴らし刃を閉じる。

「やっぱり王様だぁ!」

 太っちょが歓声を上げた。あ、しまった。そうなるか。

 子供心が湧いて自慢してしまった。

 つい吐いてしまったこの嘘に、悪戯心も湧いてしまう。

「実は僕。お忍びなんだ」

「おしのび?」

「難しかったか。僕が王様なのは秘密って事だ」

『ええー!』

 二人は驚く。

『どうしよう! どうしよう!』と嬉しそうに顔を向け合う。

 可愛らしい反応である。

 秘密は、子供にとって宝物なのだろう。

「童よ、お主らは人にいえない秘密を知ったのだ。それを破った時は罰が当たるぞ」

 ミスラニカ様の冷静なツッコミ。

「えぇ、やだよぉ」

「ヤダー! ヤダー!」

 一転して嫌がる。

 感情がコロコロ変わるものだ。僕もこんな風な子供時代を過ごしたかった。

「待たぬか、まだ妾の話は終わっておらぬ」

「なに?」

「なに、ネコちゃん」

「秘密を守ってやる代償を貰うのじゃ」

「ダイショーってなにぃ?」

「ナニー?」

「お主らが欲しい物を、そこの男にいうのじゃ」

「お姫さま! お姫さまになりたい!」

 幼女が叫ぶ。

「お姫様か」

 中々難しい要求だ。

 衣装を借りてごまかせるか?

「お主はどんなお姫さまになりたいのじゃ?」

「えと、きれいで、キラキラしてて、白くて、おっぱいが大きくて! あ………………」

 幼女は急に暗い表情になる。

「でも………司祭さま、獣人はお姫さまになれないって」

「ああ、まあ」

 まあ確かに、今の獣人の権利では、結婚自体許されていない。伴侶の財産を継承する権利が許されていないからだ。例え王族の血が流れていても、獣人であるなら愛人が関の山だ。

 姫など遠い幻想だろう。

 子供が浮かべる大望だ。

「それじゃ!」

 太っちょが叫ぶ。

「ぼ、ぼくが冒険者になって! いっぱいメーセーをあつめて、王さまになって………そそ、それで、キミをお姫さまにする!」

「ホント?!」

「う、うん」

 照れっ照れの太っちょ。

 微笑ましい。

 でも、茨の道だぞ?

 獣人を下に敷いて発展した文明が、今この世界の最大勢力だ。

 新しい権利を作るという事は、古い権利を壊す事。何かを解放するという事は、抑えられていた人の情念や呪いも開放する。

 マリアの語る獣人奴隷の解放は、戦争手段の一つであり、彼らに権利を与えるものではない。

 それどころか、持て余すようなら今の支配者よりおぞましい事をする。

 それがマリアだ。

 復讐者の限界だ。

 扇動の道具として自由という権利は使えるだろうが、所詮はエリュシオンが滅びるまでの戯言。虐殺という手段に慣れた支配者は、この定跡を捨てる事はできない。

 必ず繰り返す。

 軋轢が平坦になるまで繰り返す。

 王となり、獣人を姫にしたいというのなら、“全て”と戦わなければならない。

 子供の語る夢としては血塗られている。

 王の夢であるが、覇王の夢だ。

 しかし………………夢なのだ。

 子供の僕は、夢を持てなかった。だから人の夢は笑わない。絵空事でも、いつか忘れる夢でも、笑ってはいけない。

「君の願いは、それなのだな?」

「うん!」

 僕は跪き、子供達と同じ目線で訊ねる。

「名を聞こう。小さきものよ」

「ガルドランド」

 太っちょが答える。

 中々勇ましい名前だ。

「ミキュー」

 獣人の幼女が答える。

 可愛らしい名前だ。

「僕は、ソーヤ・ウルス・ラ・ティルト。異邦人であり。冒険者であり。君ら、小さきものの王だ。約束しよう、ガルドランド。そなたの名声がレムリアに響き渡った時、この王の証たる刀を授けよう。

 しかし、覚悟せよ。

 この刀の名は、コウジンという。異邦の言葉で、荒ぶる神という意味だ。これで何を斬るにしても真っ当な道にはなるまい。そなたに“二つ”問う。覚悟はあるか? 険しき道になるぞ」


「はい!」


 元気の良いハツラツとした返事。

「もう一つの問いは、刀を渡す時だ」

 悪そうな笑みを浮かべて、子供の覚悟を試す。

 だが退かない。

 火の灯った瞳だ。

 揺るがない炎が見えた。

 その情熱を、持ち続ける事ができるのなら君は本物だ。夢はきっと叶うよ。

 二人の頭を撫で、立ち上がる。

 子供達の王だが、子供騙しにならないように、雄々しく振る舞う。


「小さき冒険者よ。先に行って待っているぞ。必ず、追いついて来い」



<終わり>

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