<第四章:小さきものの王>【03】

【03】


『お帰りなさい。ソーヤさん、こちらをどうぞ』

 帰るなり、マキナにコップを差し出される。

 ポットのアームから受け取り中身を見た。

 エールを黒くしたような液体だ。炭酸があり、少し薬品臭がする。

「何これ?」

『霊薬を美味しく改良しました。ただ問題があって、霊薬の霊薬たる不思議な効果が全部飛んで行ってしまいました。つまり、ただの飲料です』

「駄目じゃないか」

『マリア様には大変ご好評でしたけどね』

 んじゃ取りあえず一口。

「………………ん?」

 強い炭酸が甘みを打ち消している。独特な薬品風味の中、プルーンのような酸っぱさを感じた。他はもう、細かい味は色々な混合物のせいでよく分からない。

 近い物を上げるのなら、子供用風邪シロップをコーラで割った味。

「これ、ドクターペッパーだよな」

 百年以上歴史のある不可思議な飲み物だ。

 味については賛否両論ある。

 あくまでも、僕個人の感想をいうなら………これは飲料じゃなくて薬だ。しかも飲むと健康を害す飲み物。普通の人間には生理的に受け付けない匂いと味である。

『ドクターペッパーは、異世界から到来した物だったのでは?』

「な、なんだってー」

 確か製法に謎な部分があるそうだけど、うん。

「ない」

『ないであります』

 雪風も賛同してくれる。

『えー、美味しいのになぁ』

 マキナは、僕からコップを奪うとストローを伸ばしてジュゾーっと音を立てて飲む。

「おい、そんな異物が多い物を飲んで大丈夫なのか?」

『機能に問題ないです。試飲は沢山しましたから』

 後々、大変な事にならなきゃいいが。

 不安だ。

「他の皆は?」

『ゲト様から、今日もお魚貰いました。三枚おろしにして塩漬けにしています。ミスラニカ様とエア様とマリア様は、夜更かしが過ぎて眠っています。それはもう、魔法にかけられたようにぐっすりと。たぶん、お昼過ぎまで起きないのでは? ああそれと、マキナと雪風ちゃんも週一の最適化作業に入りますので、これから六時間の休眠状態に入ります。以上』

 今日はいつもより長いな。

『雪風は、まだ大丈夫でありますが?』

『入ります。命令です』

『入るであります。了解です』

 んじゃ雪風を外して、マキナの頭の上に置く。

『おやすみなさい』

『おやすみであります』

「はい、お休み」

 二人は最低限の監視機能を残して、スリープモードに移行した。

「あ」

 ラナは、どうなんだ?

 一番報告しなきゃいけない事だろうに。

「自分で確かめるけどさ」

 急に寂しくなったので独り言を呟く。

 自分のテントを捲って中に入った。寝転がったラナの背中が見えた。

「帰ったよ。寝ていたか?」

「あ………………いえ」

 声のトーンに違和感を覚える。

 怒ってる感じではない。まあ彼女は、僕が何をしても今の所可愛らしい怒り方しかしない。何となくそれが見たくて虐めたくなる。

 可愛い子を困らせたいという心の小学生が騒ぐのだ。

「ねぇ、あなた」

 ごろんと態勢を変える。

 大きい胸が重力の影響で形を変えた。

 思わず、片膝を付いて間近に寄る。

「ん?」

 膝に何か当たった。

 蜂蜜の空瓶だ。

「ラナ。いい加減、蜂蜜の取り過ぎだ。体に悪いぞ」

「ねぇ」

 伸びた片足が僕の肩に、引っかかった踵でやんわりと引き寄せられた。

「!?」

 あまりの光景に脳が処理できない。

 普段の彼女がするような事ではない。奥さん、そんな大胆な開脚を。

「む、ん」

 片足を抱いたまま、迫って来た彼女と唇を合わせた。

 絡める舌が甘い。

 蜂蜜の味がする。

「ラナ、どうした?」

「別に、いつも通りですよ」

 目がハートマークになっている、そんな幻が見えた。

 積極的にラナが唇を塞いできた。

 僕が抵抗する理由はない。

 甘い甘噛みを、お互いに合わせて貪るように。漏れる呼気が熱くかかる。熱いのは呼気だけではない。彼女も僕も。

 朝から、おいしいが………………マズい。

「ラナ、ちょっと落ち着こう。流石にここじゃ皆に」

「大丈夫です。魔法で、睡魔を呼び寄せました。お昼過ぎまで絶対に目覚めません」

 素敵・便利・魔法万歳。

 僕は、彼女のローブの裾を掴み、

「待って、あなた」

 柔らかく拒絶された。と思ったら、抱えた足に力が入り押し倒される。

 僕に跨るラナ。

 これはこれで素晴らしいが、今日どうしたの? こんな大胆に。

「全部、私に任せてください。あなたは何もしなくても――――――いいえ」

 彼女の両手が僕の肩に、ギラついた瞳は野生の獣のようでいて、絡みついて来る肢体は大蛇のように力強く、甘い吐息は蜂蜜の匂い。

 頭を抱きしめられ囁かれた。

「息を失うほど、私に溺れて」

 ケダモノに襲われた。



 後で知った事だが―――――

 蜂蜜は、成人したエルフにとって<個人差はあるが>媚薬のような効果があり、かの種族が森に住むようになった一因となる。

 子供の出来にくい長命種にとって、情事にふける森という場所は神聖視され、妻神の鹿神エズスは、そのエルフの寝所を守り、かの種族の累積した“痴態”の歴史に目を閉ざし秘密を守る事で神格を得たという。

 エルフを妻にした時点で、その一端に触れる事は時間の問題であったが、僕は、本気になったエルフというものを体験した。

 貴重かつ素晴らしい体験だった。

 淫らな夢ではあるが、甘い夢でもある。

 しかし、

 だが、

 体力をごっそり搾り取られた為、今日と明日の冒険業は休業とします。

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