<第四章:小さきものの王>【02】


【02】


「ますたぁ~、もう一杯ぃ」

「ソルシア。お前、酒弱いのだから程々にしておけよ」

「一番薄くて、高い奴うるぉ。この、イホンズンのツケでぇ」

「高い水で薄めてやる」

 ランシールは、あの姿のまま王と共にお城へ。大分、おねむの様子だった。子供は寝る時間だし仕方ない。

 僕は、組合長と酒場へ。

 遺恨を酒で流して来いと、ランシールからの言いつけである。

 場所は行きつけの店『猛牛と銀の狐亭』。レムリア王国の国営酒場だ。

 そこのカウンター席で、酒に潰れた組合長と安酒を飲んでいる。

 あんな後だから、気持ちは分かる。

 でも、弱すぎだろ。エールの一杯や二杯でへべれけになるとは。

「こっちにゃってにゃ。立場がにゃければ、さらってでも姫をなぁ」

「へいへい」

 フラッシュバックのように、ランシールの言葉が浮かぶ。

『あなた達二人は、陰険な部分がそっくりです!』

 だそうだ。

 そんな事はない。激しく傷付くんだが。

 横恋慕をこじらせ寝取った男に酔って絡むとか、僕はしないよ。しないと思います。

「なーんで、なーんで、こんな、こんな! こんな奴に!」

 ペチペチと弱いパンチが僕の肩に当たる。

 痛くはないが、さっきから微妙に人の目を引いている。

 そりゃ冒険者組合の組合長だ。

 この容姿だし記憶に残っている人も多い。

 変な噂になりそう。

 ああ、もう考えるのも面倒になって来たわ。

「マスター。僕もおかわり」

「あいよ。珍しい飲みっぷりだな」

 新しい酒が用意された。ここのエールは炭酸が少ないので一気に飲める。

 ぐいっと一飲み。

 きつい苦味の後、フルーティな香味と甘みが口に広がる。のど越しを過ぎると、苦味が心地良い清涼感に変わった。あんな後の事だと、酒が美味くなるのだと気付いた。

 溺れるほど飲みたいとは思わないが、溺れる人間の気持ちが少しだけ分かった。

 僕は、また一つ大人になったのだ。

「にょめー! にょめー!」

 でも隣の酔っ払いはどう処理すれば良いのでしょう。

 誰か教えてくれないかな?


【118th day】


 三軒目までは記憶がある。

 酔い潰れた組合長を背負って、家が分からないので彼の養父が経営する店に………………あ。

「なるほど、そういう事か」

「そういう事ニャ」

 起きると、裸で大きなベッドに寝ていた。

 右隣には、薄絹をまとった金髪の猫獣人。

 左隣には、童顔で胸の大きいお姉さんに抱かれた組合長。

 察しが付いた。

「テュテュ、僕はもしかして」

「ご利用ありがとうございますニャ」

 にんまりとした彼女の笑顔。指先が僕の胸の上でくりくりと動く。

 彼女の紅潮した頬に、満足気な顔つき。

 なるほど。

 男とはこうやって大きくなるのですね。レムリア王。

 納得と同時に気絶した。



 朝になると組合長は消えていた。

 二日酔いが酷い。全身の細胞という細胞が腐食しているような気分。

 もう酒は飲むまい。

 娼館の風呂を借りて色々と落とす。ただ、頭痛と不都合な真実は落とせないようだ。

 テュテュの同席は断った。本末転倒になりそうなので。

 せめて記憶にない事が救いなのに、言い訳が出来なくなる。

 まあもう、アウトな気もするけど。

 帰ろうとしたのだが、親父さんに捕まり朝飯を作らされる。

 厨房の材料を適当に混ぜ入れてパスタを作った。

 意識したつもりはなかったが、昔漫画で見た娼婦風パスタになってしまった。

 割と好評で、娼館の軽食メニューに追加するそうだ。

 女将さんにレシピを渡して、テュテュに金を渡して、娼婦の皆さんがパスタに夢中の隙に、裏口から逃げた。

 向かう先は、冒険者組合である。

 道中、マキナに連絡をして昨夜の説明をする。

『雪風ちゃんから情報は受け取っています。後で領収書出してくださいね』

「お、おう」

 こっちの酒場や娼館に領収書というシステムはない。

 てか、経費で落ちるの? 金管理しているのはマキナだけどさ。

「ラナ達には………………何て説明した?」

『男同士の付き合いで、お酒飲んでいると説明しました。男なら仕方ないですよね。こういうお仕事の付き合いもありますもんねぇ、仕事終わりの飲み会ですものねぇ、その後は………マキナは子供だから分かりませんが』

「後で詳細な説明をする。ラナ達には変な事をいうなよ」

『変な事ってどんな事ですか?』

 質問が、白々しくもトゲトゲしい。

「大人の付き合いの事だ」

『ふーん』

 通信が一方的に切れた。

 最近、マキナの好感度がだだ下がりしている。反乱は性格的に無いとしても、家出くらいはするかもしれない。

 A.Iの家出とか、面倒な事になりそう。

 前も似た様な事を感じたが、どうしてこうダンジョン外でトラブルや懸念が多いのだろう。

 僕はただ、ダンジョンに潜りたいだけなのに。

 ちょっと歩きながら回想した。

「………………フ」

 自他に、思い当たる節が沢山ある。

 うんまあ、自業自得かな。

 嘆いても仕方ないか、今更。

 回想終了。

 考えるだけ無駄でした。

 と、

 冒険者組合に到着。

 朝早い事もあり組合員も冒険者も少ない。人を探し―――――すぐ見つかる。向こうからやって来た。

「おい、ソーヤ」

 組合長は僕より二日酔いが酷そう。

 白い顔は真っ青である。足も震えている。

「最後の依頼だ。これを完了させたら、うぷ―――――」

 組合長はハンカチで口元を押さえる。

 吐く? ねぇ吐く? バケツ持ってこようか?

「―――――れお完了させたら、ダンジョンに潜って良い」

 耐えた。

 スクロールを受け取り、広げる。

 依頼内容は『冒険者組合・組合長ソルシアの昨晩の醜態を全て忘れる』である。

「了解」

「一筆書け」

「はいよ」

 適当な空欄にボールペンでサインを記した。

「これ」

 ぐいっと、金貨5枚が押し付けられる。

 無言でポケットに収めた。

「分かっているだろうが、口外した場合。様々な呪いをかけてやる」

「へいへい」

 しないけどね。そんな悪趣味な真似。

 効かないけどね。呪い。

「後、解除霊薬を渡せ。組合で預かる」

「いいけど、ランシールを戻すのに必要なんだぞ?」

「だからだ。今朝方、王から密命を受けた。『今のランシールが孫のようで悪くない。しばらくこのままで良い』だ、そうな」

 王様………それで良いのですか?

 もしかしなくても、今のランシールが大きくなったら怖いだけなんじゃ?

「渡せ」

「はいはい」

 王命なので組合長に霊薬を渡した。

 時間経過で戻るらしいから必須な物ではないが、後の事は王にお任せだ。万が一の時は、もう一瓶作ってもらうか。

 そういえば、

「あのさ、組合長。ガンメリーの事は把握しているのか? あいつらって結構危険な気が」

「知っている。確かに危険だが、この街の非常時には必要なのだ」

 あいつらが必要な状況って、ちょっと想像できない。

「伝承の中、ヒューレスとルゥミディアに倒された大蜘蛛がいるだろ?」

「ああ、ロラと同一視されていたやつな」

 色々と不都合な真実を消して行くうちに、二つの敵が一つになった話だ。

「ロラは、あれを復活させたのだ。つまりは、その前。あの大蜘蛛は誰かに倒されていた。古い文献によると、小人の大軍がそれを成したとある。恐らくはそれが、ガンメリーだ」

「………………へぇ」

 あいつらの謎が余計深まった。

「大蜘蛛は、生物に寄生して増える。それならと古代文明が作り出したのが、次元的に曖昧な人形兵器。この世界にいるようでいていない。生物のように見えて、霞のような存在。契約した人間の認識と夢の中に住む、不滅の小人」

「なるほど」

 分からん。

 何となく凄そうなのは分かる。

「ロラが大蜘蛛を復活させた手段が不明である為、警戒する必要がある。ガンメリーは対抗手段の一つだ。それに、あれでいて冒険者としては優秀だからな。問題は騒がしいくらいか」

「そこは納得した」

 仮に大蜘蛛が復活しても、こっちにはラナが復活させた霧の魔法がある。

 ルゥミディアの加護は失ったが、妹はそれに並ぶ射手だ。

 戦う手段は幾らでもある。

 あるが、多くても困る事はない。

「じゃ後は、貴様は勝手にダンジョンに潜って好きなように………………うっ」

 組合長は胃液を漏らしながら、走り去っていった。

 美少年が台無しの光景だ。

 これ僕が口外しなくても、結構な人数に醜態見られたと思うが、僕のせいにするなよ。

「お大事にー」

 見えなくなった組合長の背中にそう声をかけた。

 最後の依頼、完了である。

 さて、ダンジョンに潜りますか。

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