<第四章:小さきものの王>【01】


【01】


「エヴェッタさん。終わりました」

「はい、確かに」

 角の生えた担当は、スクロールを確認して報酬を取り出す。

「これは?」

 すると銀貨と一緒にカードが一枚付いて来た。

 ガラスのような素材に、幾何学模様が描かれている。光の当たる角度で模様が変わるホログラフィー仕様。レアカードかな?

「その翔光符は、ほらここ」

 彼女がスクロールの左下を指す。

 手元のカードに似たデザインと『01』という数字が記されていた。

「このマークが書かれた依頼を達成すると、数字の数だけ進呈します」

「なるほど、それで集めると良い事が?」

「あります。到達階層の攻略情報や、組合に登録している人材の貸し出し、商会に並ばない貴重なアイテムなどと交換できます。それと、この翔光符は絶対に売買しないでください。商会はもちろん、個人間でもです。

 依頼書と連動した認証魔法がかかっていますので、すぐバレます。バレたら強制労働です。厳しい労働ですよ」

「気を付けます。しかし、階層の攻略情報ですか…」

 喉から手が出るほど欲しい。

 特に地図とか。

 これは依頼をこなして、ダンジョンを攻略する手段も考えられるな。

「もっと早くいうべき事でしたが、あなたのパーティは順調にダンジョンを踏破していたので忘れていました。申し訳ありません」

「いえ、問題ありません。ちなみに階層の地図とかは何枚必要ですか?」

「階層によって違いますが、一階層平均して50枚です。人材は、十日の貸し出しで前衛平均が400枚、後衛平均が300枚。といっても個人差がありますので、参考例として、わたしは700枚。組合長だと1000枚です」

 エヴェッタさんもレンタルできるのか………ハッ、一瞬ヤラシイ妄想を浮かべてしまった。

 組合長は高いな。絶対借りないが。

「しかし、結構必要ですね」

 地図が50枚か。

 ガンメリーのような依頼を50回と考えると結構気が遠くなる。

「あなたのパーティが特別速いだけで、普通のダンジョン攻略は、もっと慎重かつゆっくり行うものです。地道にモンスターを倒して素材を手にして武器防具を揃え、日銭の為に依頼をこなして、街の為、他の冒険者の為、働き、稼ぎ、育ち育てる。

 翔光符はそういう彼らをサポートする意味で、組合が発行しているサービスです。

 ソーヤには縁遠い物でしょうが、ダンジョンに潜るだけが冒険者ではなく。また、街には、そういう冒険者がいるから成り立っている部分もある。これを忘れて傲慢に振る舞うような真似はしないように。わたしが嫌いな冒険者です」

「肝に銘じます」

 エヴェッタさんには嫌われたくない。

 職業に貴賎はない。それと同じで冒険者に貴賎はない、とでもしておこう。

 特に、僕が目指す冒険には貴賎など必要ない。

 残りの248日で五十六階層に到達するという結果が、僕の冒険に求められるものだ。

「さてソーヤ。次の依頼を渡す前に、一つ聞きたい事が」

「何でしょう?」

 どんとこい。

「あなたは、いつから子持ちに?」

「昨日からです」

 また、ロリ・ランシールが僕の膝に座っている。今度はお行儀良く静かである。しれっと僕の手を取って指を絡めているのは、彼女らしい所。

「もの凄く、知り合いの小さい頃にそっくりな子供なのですが………」

「エヴェッタさん、気のせいです。この子はちょっと預かっている知り合いのお子さんです。この国の王の私生児と全く関係ありませんし、ましてや僕と血の繋がりは一切ありません」

「そう………ですよね。万が一というか、とうとうやってしまったのかと思いました。王は、ああ見えても子煩悩な方ですし、わたしの想像が通りなら、ソーヤはまた冒険どころではなくなるかと。杞憂で済んで助かりました」

「ハハッ………はぁ」

 嫌な予感しかしない。

「とりあえず、次の依頼です。酒場のマスターが新し――――」

「おいソーヤ」

 エヴェッタさんの後ろから組合長が現れた。

 いつもより表情に険がある。

「お前に特別な依頼がある。エヴェッタ、それは他に回せ」

「了解しました。それで、ソーヤに特別な依頼とは?」

「極秘の為、一般組合員には教えられない。おい、ソーヤ。ついて来い。そこの子供も一緒で良い。というか、一緒に連れてこい」

 嫌な予感が早くも回収。

 組合長に連れられて、ランシールと共に受付の中に。

 階段があったので上る。

 そういえば、一階層と呼ばれている冒険者組合の受付は、このダンジョン“々の尖塔”の中腹辺り<ただ底が見えない為、あくまでも僕の主観>にある。

 冒険者が探索しているのは、受付より下の階層。

 では、この受付より上の階層はどうなっているんだ?

「上級の冒険者でも、立ち入りを禁止している場所だ。組合員でも立ち入れるのは極一部。貴様のような初級冒険者が入れるのは、呼び出された以外に理由はない。それと周りの本には何一つ触るな。運が良くても手首、悪いと上半身を丸ごと喰われる」

 組合長が物騒な事をいう。

 階段を上がり。

 辿り着いた上の階層は、図書館だった。

 中心は光が降り注ぐ円形の吹き抜け構造、階層の周囲一杯、見渡す限りに本棚がある。そこに隙間なく収められた本、本、本。

 しかも、その一冊一冊が大きい事、大きい事。人が読むサイズの本ではない。人と同じサイズの本だ。

 そんな物が、何百万冊もある。

 いや………………それ以上か。

 見通せない上の上の階層まで、本棚と本が詰まっていた。組合の蔵書なのか? とんでもない数だぞ。

「その眼鏡、腰に付けた器物で読み取る事も禁じる」

「了解」

 組合長の言葉に、ミニ・ポットの上部をさする。

 止めておけ、という合図。雪風の好奇心に釘を刺しておく。

 A.Iやデバイスの事。組合長にバレていたか、今後気を付けて行かないと。ズルというか、灰色の不正を追及される。

 本の森を進み、開けた場所に到着した。

「おふ」

 待ち構えていた人を見て声が漏れた。

 お供を連れず、男が一人。椅子に座っている。

 御年六十一歳。

 平均寿命が五十歳の異世界では、かなりの高齢に分類される。

 しかし、体格は威風堂々。筋骨隆々。病を祓ってから増々と活力と気力に満ち精力旺盛である。

 お忍びの為、禿頭に王冠は載せていない。

 仕立ての良い衣服にマント姿はいつも通り、両手は、ぶ厚いバスタードソードの柄の上。鞘に納まっているが威圧感が半端ない。

 腰には僕と同じ刀を差していた。

 レムリア王である。

 正確には、赫然<かくぜん>と殺気に溢れたレムリア王である。

 帰りたい………………帰れば、また生きれる。生きれるかな?

「ソーヤ。貴様に聞きたい事が山ほどある」

「はい」

 ドスの聞いた声だ。

 些細な料理に舌鼓を打っていた気の良いおっさんはいない。

「昨晩の事だ。寝物語で変な話を聞いた」

 誰との寝物語ですか? 王様、奥方二人は他界しているはずですが。

 気になるけど聞ける空気ではない。

「我が娘、ランシールが子供を連れていたそうだ。丁度、貴様と同じ黒髪の子供だ。加えて、今すぐに聞きたい事が生まれた。その、銀髪の娘はどこの誰だ?」

 その、ランシールが僕の背後に隠れる。

「彼女は知り合いの子供で――――」

「お父さま~このおじちゃんだぁれ?」

 ランシールの甘ーい声音。

 お前のお父さまだよ!

 え、それで行くの? 僕の命が危険なルートだよ?!

「貴様の娘ではないか! 答えてもらおうか、誰との子供だ! 我が娘の小さい頃にそっくりだぞ! いつの間に!」

「いえ、これはその、あの」

 あんたの娘そのものだよ。

 この状況で真実をいっても戯言で片付けられそうなんだが、参ったな………………と、王の後ろに立つ組合長が見えた。

「………ぷ………くっ」

 顔を真っ赤にして笑いをこらえている。

 こいつこの野郎ッ! 全部分かった上でセッティングしたな!

「さあ、答えろソーヤ! 事と次第によっては貴様でも、ただではすまぬぞ!」

「王様、落ち着いてください。順序を立てて話しますので」

「聞かぬッ!」

 どないせぇいうねん。

「れ………くっ………レムリア王。これは、ですね」

 組合長が吹き出しそうになるのを耐えながら口を開く。

「貴様は黙っておれ! ソーヤに聞いているのだ!」

 黙らされた。

 これ僕、何が正解なんでしょうか? なす術もなく王の怒声を聞き流していると、

「この、おじちゃん怖い」

 ランシールが、ぽつりと呟く。

 王は停止した。

「お父さまを、いぢめないで」

「………………お、おお。すまぬ、すまぬな。お嬢ちゃん。別に君の父上を虐めていたわけではないのだぞ」

 破顔する。

 孫とか出来たら溺愛しそうだな、この人。

「おじちゃん、だぁれ?」

「余は、レムリア・オル・アルマゲスト・ラズヴァ。この国の王である」

「なんで王さまが、お父さまを怒るの? なんで?」

「う、うむ、そなたの父上はだな。こう、女性問題がだな。余としても好き合っている間なら、まだ祝福してやらんでもないが、結婚した身でありながら余の娘を。しかも、一度余の提案を断ってからの娘の攻撃で、これは………何というべきか」

 いいにくそうである。

 子供に徹したランシールが続ける。

「王さまは、お嫁さんいるの?」

「いたが、二人共早くに亡くしてな。幸運にも子は残してくれたが」

「ホントに、二人だけ?」

「………………む、ん? んん………それは、まあ」

 ちょっと王様。

 奥さん二人いて他にも手を出していたの?

「お嬢ちゃん、王とは色を好むものだ。子供には難しい事だが、そういうものなのだぞ」

「来客したエリュシオンの貴族令嬢二人」

「………………」

 ぽつりというランシールに、レムリア王の顔が真っ青になる。

「上級冒険者の未亡人三人」

「………………ごふっ」

 王が咽た。

「夜魔の狂宴館、金色の羊毛館、赤目と惰眠の館、睡魔と豊穣の女神館、イセラの蜂蜜の館」

「そ、それは」

 王の額に冷や汗が浮かぶ。

 ランシールの口から出た言葉に心当たりがあった。

 全部、娼館の名前である。

「旅芸人の踊り子八人」

「なっ、それは誰からっ?!」

 王のうろたえっぷりが半端ない。

「ヴァルシーナ母様から、ネモシュ母様に継承された日記があります。今の所有者は、ワタシです。父上」

「なっ、まさかランシールかッ」

「はい、この様な姿ですが王の貴重な姿を見られたので僥倖といえます」

 六歳の姿だが、普段のランシールより圧がある。

 王様も結構遊んでいますね。

 黙っていた組合長が、王に遅い説明をする。

「レムリア王。今、確証が持てました。ガンメリーの霊薬が原因のようです。まさか、こんな効果があるとは思いませんでした。件の黒髪の子供は、このソーヤの事かと」

 嘘を吐け、結構前から分かっていただろ。

「そうか。それは大変だな。戻せるのか?」

「はい」

 ようやく僕が口を開くタイミングに。

 腰から霊薬を取り出す。

「解除霊薬です。これを頭からかける事でランシールは元に戻ります」

「おお、それはよかった」

 白々しい態度である。

 ランシールの目も白い。

「うむ、事も無し」

 王は膝を叩くと、椅子から腰を上げ逃げようとする。

「父上。ワタシの話がまだです。座ってください」

「しかしだな、ランシール。王としての国務が溜まっている。そうであるな、ソルシアよ」

「はい、レムリア王。すぐにでも城に」

「ソルシア、あなたも座りなさい」

 ランシールは組合長にも強気である。

「ランシール様。どこに座れと?」

「床で良いでしょう。人を奸計にハメて薄ら笑う者には、床でも贅沢な物です。希望があるなら刃を並べましょうか?」

「………床で結構です」

 組合長が折れた。杖を置いて、レムリア王の隣に座る。

 やだ、ランシール強すぎ。

「ソーヤ」

「ん?」

「ソーヤも、王の隣に座りなさい」

「………………」

 僕もそっちかぁ。

 レムリア王の隣に組合長と僕が座り、ランシールのお説教が始まる。

「父上、メイドにも手を出しましたよね? 今までで九人。いえ、十一人ですか?」

「………十三人だ」

「いい加減、弁えてください! 娶るなら娶る! しっかり選ぶ! 責任はしっかり取る! 良いお歳で若い男の女漁りのような真似を! 父上のそういう所が、ゲオルグに悪い影響を与えてあんな風に根腐れしたのですよ!」

 何故か、僕も耳が痛い。

 僕のしかめっ面を見たソルシアが笑う。

「ソルシア、あなたの仕事についても疑問があります」

「いえ、ランシール様。冒険者組合長としてソーヤを特別視した事は」

「あなた、ラナに二度フラれていますね?」

「ぐ」

「ぷっ」

 今度は僕が吹き出す。

 こいつが僕に冷たくあたっていたのは、横恋慕が原因か。しかも、ラナに二度もフラれていやがるとは。

 ………結婚後のアプローチなら、僕も出る所出るぞ。

「翔光符の事、縁のなかったエヴェッタに説明させるのは腑に落ちません。そもそも、初級冒険者となった時に説明すべき事ですよね? あなたが!」

「それは、ダンジョン探索が順調であった為に機会が」

「説明すべきですよねッッ!」

「………………はい」

 完全に力負けしている。

「悪評を掃う為に依頼をこなす。一見、理に適っているようですが、ダンジョン探索を禁止してまでやらせる事ですか?」

「街一番の悪評ですので、そのくらいは致し方ないかと」

「その悪評ですが、ソーヤは、商会や、それに関わる業者、下働き、農夫、農奴から非常に良い評判です。物の価値を良く分かって支払いも良い。礼儀があるし威張っていない、と。

 確かに、同期の冒険者からやっかみがあるのは事実です。でもそれは、声が大きいだけの意見。過剰に受け取っていませんか? ソルシア」

「………………」

 組合長が押し黙る。

 意外、僕ってそういう方面の人から評判良かったのね。

 でも、まともな物を売る人がいるから、僕らは美味しい食事にありつけるわけで、そういう人達に威張り散らす感性はよく分からない。

 必ず自分に返って来るのに。

「ソーヤに謝罪は?」

「ぐ」

「ランシール、それはいらない。翔光符の事は遅く知らされていても、僕の冒険に変化はなかった。問題はないよ」

「………ソーヤがそういうなら流しましょう」

 僕、ニッコリと組合長に笑顔を向ける

 どうだ。僕如きに同情される気持ちは? クックック、大変気分が良い。今日は、さぞかし良く眠れるだろう。

 ガリッと組合長が歯を噛み締める音。

 しまった。

 つい挑発してしまった。

 これ後々、遺恨にならなきゃよいが。手遅れか。ま、なるようになれ。

「ソーヤ、前々からずっと思っていた事があります。誰かが注意するだろうと、特にラナがいうと思ってみましたが、いつまで経ってもイチャイチャするだけで、あの女は男の扱いも見る目も育てる手腕もありません! だからワタシがいわせてもらいます。あなたは器が小さい」

「なっ!」

 気にしている事を突然刺された。

「嘲笑う程度の相手なら、黙って許すくらいの度量を見せなさい。小さいです。男として小さいですよ!」

「は………………い」

 今、心の支柱を一撃で砕かれた。

 座っていて良かった。立っていたら倒れていた。

 六歳の幼女に、王と組合長と異邦人が説教される図。

 悪夢である。

 ただでさえ、人とは年下に怒られるとヘコむ生き物である。

 それが幼女となると計り知れないダメージである。

 見た目だけだが、この際それは関係ない。


「まだまだ、言い足りないです。父上、次は王城の出費の問題です―――――」


「ソルシア、あなたは女性の対応が奥手過ぎる。分かりづらい。回りくどい。ちょっと顔が可愛いからといって、女全てがリードしてくれるとは思わないように、だから独り身なのです。そして――――」


「ソーヤ、そうやってすぐ調子に乗る。子供ですかッ?!」


 この悪夢は、夜更けまで続いた。

 とっぷり陽が暮れ、ようやく解放された。

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