<第四章:小さきものの王>


<第四章:小さきものの王>


【117th day】


「そーや、そーや。ギュってして、ギュって」

「はいはい」

 膝に置いた獣人幼女を抱きしめる。

「ふきゅー」

 彼女は満足そうに体を震わせた。短い尻尾もパタパタと揺れる。

「つぎ、あたま、なでて、なでて」

「はいはい」

 わしゃわしゃと頭を撫でる。銀髪はサラサラで癖がつかない。

「きゅー、きゅー♪」

 嬉しそうである。

「あの、色々と聞きたい事が」

 また、例の酒場にルツさんと集まっていた。

 彼女は困惑しながら聞いてくる。

「そちらのお子さんは?」

「霊薬を浴びたランシールです」

 ただ今の年齢は六歳くらい。マキナが裁縫した小さいメイド服を着ている。

 どうにも霊薬の効果は個人差があるらしく。僕の時より若返っている。

 昨日、遅く帰って来たマリアは妹ができたように喜んでいたけど。これ、レムリア王になんて説明すればいいんだ?

 後、ラナはあんまり変わっていなかった。ちょっとだけ胸が縮んで、それはそれで深刻だが。

「でも、ソーヤさんは?」

「うち猫のおかげで戻れました。実は、そちらの宿から霊薬を盗んでいたようで」

 僕は、ミスラニカ様が持っていた霊薬により元に戻れた。ガラクタの中から、こっそり盗んでいたようだ。手癖の悪い神である。

「それでルツさん。別種の霊薬で元に戻れる事は分かりましたが、他にありましたか?」

「あ、はい。見つかりませんでした」

 おおーい。

「でもですね、安心してください。昨日、掃除を終わらせた後、ガンメリー達と初めてよく話し合ったのですが。霊薬の効果って、時間の経過で解けるようです。なので、ランシールさんの幼児化はそのうち元に戻るかと」

「正確にはどのくらいの時間で?」

「ねぇ、どのくらい?」

「はっ、姫様。皆目見当もつきませぬ」

 一人のガンメリーが膝を付いて答える。

 昨日と打って変わって堅苦しい口調。他五人は、軍隊のような“気を付け”で待機中。

 とりあえず数が減って安心した。

 いやいや、問題はそこじゃない。

「見当が付かないって、それじゃ別種霊薬の作成時期は?」

「気分次第でござる」

「今作れ」

「だが断る!」

 駄目だ。僕じゃ話にならない。

「ルツさんおねが―――――」

「きっさまぁぁぁぁぁぁ! 我らの姫にそのような口を!」

 ガンメリーが一斉に武器を構えた。

 こいつら別方向で面倒になっている。

 ランシールが脅えて僕の首にしがみつく。彼女の背中をさすりながら、口調を変えた。

「ルツ姫。どうか臣下の者に、別種霊薬の作成を命じてください」

「やだ、姫なんて」

 ポッとなるルツさん。

 そういえば、恰好が小奇麗になっていた。

 野暮ったいシャツとズボンに、革のコートは変わらずだが、清潔感があるので前より女性らしく見える。武器防具にリュックも、ガンメリー達が持っている。

「色目ー! 色目つかったぞー! 間男だー!」

『ものどもかかれー!』

 ガンメリー達に一斉に脛を蹴られる。地味に痛い。

「僕、結婚しているし他の女に粉はかけないよ」

 かけられてはいるが。

 それで色々問題になっているが。

「………えぇ嘘ぉおん」

 ルツ姫はがっくりとうな垂れた。

 え、どしたの?

「そーや、ワタシは? ワタシは?」

「はいはい、ランシールも好きだよ」

「ちゅー!」

 額にチューされた。

 これはこれで良いものだ。彼女はキャッキャッと嬉しそうに抱き着いて来る。君、小さくなっても積極的だね。僕がロリコンだったら危なかったよ。

「………………ガンメリー。霊薬の解除薬を作りなさい。すぐに」

「ははっ、姫様。こちらにございます」

 ガンメリーは背後から霊薬を取り出す。

 早っ。最初から出せよ。

「では、ソーヤさん。………こちらになりますッ!」

 乱暴に机に置かれる。

 姫の対応が急に冷たい。アメリア王女を思い出す。

「ほら、ランシール。飲んで大きくなろうな」

 霊薬のコルクを抜く。

 濃厚で甘い匂い。蜂蜜の匂いだ。

「♪」

 ランシールはコクコクと飲み干す。

 一気飲みである。

「おかわり」

「体に悪そうだから止めなさい」

「はーい」

 素直でよろしい。

「姫様」

「ん?」

 ガンメリーは、ルツ姫に耳打ちする。

「ええ、ちょっと。早くいってよね」

 姫が驚きの表情を見せる。

「え、何か?」

「あのソーヤさん。“その霊薬も”どうやら飲むと効果が薄いようで、ぶっかけないといけないそうです」

 では、やっぱり。

「霊薬って飲む物じゃなくて?」

「はい、投げつけてかけるのが正しい使い方みたいです。これが知れただけでも、ソーヤさんに依頼して本当に良かったです」

「では、もう一本お願いします」

「ガンメリー」

 再びの姫の要請に、

「ぬぐぐぐぐぐぐっ」

 苦しそうにガンメリーが応える。

 だが倒れた。

「どうしたの?!」

 姫の心配そうな声に、

「性能限界でありまするぅ。姫様。ハラキリして詫びまするぅ。慈悲あらば介錯おばぁ」

「んじゃ僕が」

 丁度、帯刀しているし。

 鯉口を切る。

「やめてください! 死んでしまいます!」

 姫に全力で止められてしまった。

 たぶん、首切りくらいじゃ死なないと思うけど。

「おお、なんたる慈悲深い方。仏や、菩薩やぁ」

 ハラキリガンメリーの兜からジョバーと涙が溢れる。

「今朝からやたら自傷しようとするけど、そういうのやめてね」

「ふわわ、女神!」

「独裁政権バンザーイ!」

「姫様バンザーイ!」

「このまま大陸制覇やー!」

「為政者を橋に吊るすぞー!」

「やめてください!」

 先日、先々日と騒がしいガンメリー。

 酒場の客もウェイトレスも慣れた様子で気にしていない。まあ、夜の冒険者はこれの比ではないからな。慣れっこなのだろう。

「あ、忘れる所だった」

 と、僕。

 小瓶を取り出してテーブルに置く。中身には小さく赤い果実。

「調合補助という依頼とは少し違ったものになりますが、これで霊薬の味はクリアできるかと」

 本来の使い方が分かった今、無意味な気もするが。

「これ、もしかしてミラクルフルーツですか? うわ懐かしい。ダイエットに使おうとして通販で頼んだ事あります」

「ルツ姫は………………もしかしなくても、あなたは、異邦人ですか?」

「え、はい」

 薄々、感づいてはいたけど。

 参ったな。

 これは慎重に言葉を選ばないと。しかも、かなり近い年代の人だ。

 一応僕は、大分忘れかけていたけど、企業の要望でここに居る事は秘密になっているのだ。痕跡が残るような事は………………うん、もしかしたら手遅れかもしれないが、今からでも遅くはないと思う。

 その、気持ちだけでも大事である。

「自分、天の羽と書いて天羽<アモウ>と呼びます。それと、ルツではなく瑠津子が本当の名前です。ガンメリーに出会った時、王様と呼ばれたので、ついあだ名を答えてしまいました」

 はい、日本人です。

 久々な同郷人であります。

「ピン♪ ポン♪ パン♪ 瑠津子姫。再登録しました」

『らじゃー』

 ガンメリーが敬礼する。

 こいつらの変な知識は、瑠津子さんが原因か?

 やっべぇ。どう扱ったらいいんだ。セットで危険だぞ。

「ソーヤさんも異邦人ですよね? 組合の担当から噂は聞きました。なんでも、絡んで来た冒険者をボコボコにした後、団子状態にして街中引き回したり、エルフの姫君に結婚詐欺を仕掛けたり、王様に悪知恵で取り入って、気に入らない商会を次々と潰したりした。レムリアで一番評判の悪い。一番、階層攻略の速い冒険者。

 実は、冒険者とは仮の姿。その正体は、レムリアが誕生する遥か昔からこの街に存在していたという大悪党“無貌の王”なんていわれています。あくまで噂ですけどね」

 無貌の王とやらは知らないが、その密偵なら知り合いだ。

 しかしまあ、まとめると僕の悪行は酷いな。微妙に真実が混ざっているから反論し辛い。

「自分は、その何というか………格好良いと思います!」

「え」

 何故そうなる。駄目だ、この女。駄目な男に引っかかるタイプだ。

 同郷人として頭が痛い。

「あと、ソーヤさんって、もしかして日本人ですか?」

「………………」

 瑠津子さんの視線が刀に向く。

 うかつ。

 僕、最大にうかつ。

 腰に言い逃れが出来ない物を差しているぞ。どうする? 日本人から奪ったとか、買ったとかにするか? 容姿はアジア圏といえばギリでごまかせる。だが、やばいな。他に良い考えが全く浮かばない。ここ最近、完全に忘れていた事だ。完璧な不意打ちともいえる。

 ええと、最悪。

 物理的な口止めか?

『雪風から質問があります。瑠津子姫、よろしいでしょうか?』

「あ、はい! どうぞ。不思議なカンテラさん」

 腰の雪風が、勝手に瑠津子さんに話しかける。

『瑠津子姫は、どういう経緯で異世界に?』

「え? 経緯。それがその、部活の朝練中、霧に包まれて目の前が光に包まれたら、見知らぬ森にいました。それが獣人の森で。とんでもない猪に追っかけられてガンメリーと出会い。なんやかんやで、今冒険者やっています」

『個人的興味なのですが、瑠津子姫がいた日本は何年でしょうか?』

「2010年です」

 ん?

 あれ?

 おかしい。

 もしや雪風は、これを確かめる為に話しかけたのだろうか。

 僕は腰のミニ・ポットを外してテーブルに置く。これ見よがしにである。

「?」

 瑠津子さんはキョトンとしていた。

『ご質問に答えていただきありがとうございます。名乗り遅れました。当機は、イゾラDC雪風改弐。ソーヤ隊員の補佐をしている。妖精であります』

「雪風、妖精………あ、戦闘機のなんかですか?」

『違うであります』

 的外れな意見は置いておいて。

 A.Iの小型ミニ・ポットが市販され日本に流通したのは“2001年”だ。

 瑠津子さんが、どんな田舎に住んでいてもテレビくらい見るはず。

 このサイズで喋る物が、しかもそれを同じ日本人が持っているとして、“マジックアイテム”や“不思議なカンテラ”と関連付けるのはおかしい。

 ケータイやスマホが溢れた世界では、かまぼこ板でも耳元に当てていれば通話していると連想する。

 妖精という単語も、たぶん名作SF小説と勘違いして受け止めている。もしくは、アニメ化した方か。

 それは、ある意味とても似ているが、非なる。彼女の中には“僕の日本”の住人が簡単に結びつけるA.Iの連想が欠片も存在していない。

 これはつまり、同じ日本でも似て非なる世界から彼女は来た。

 トーチ曰く。

 ポータルは時空間移動の現象であり、時間に差異が生まれるのは不思議な事ではない。しかし、その差異とやらが、世界のある根本にも影響していたら?


 例えば、技術的特異点シンギュラリティ


 僕の世界でいうなら、1946年に発見された水溶性の生物。後にA.Iとされる異世界から到来した知性達の恩恵。

 これが“在る世界”と“無い世界”では、大きく世界は異なる。

 瑠津子さんの世界には、おそらくこれが無い。

 僕の知るA.Iがいない世界だ。

 雪風からメールが届く。左手で片目を覆いメガネの液晶に表示する。


(瑠津子姫は、おそらく並列世界の住人であります。雪風が適当に話を進めて誤魔化すのであります)


 うむ、任せた。

『なるほどーであります。瑠津子姫は、たぶんソーヤ隊員より未来の人でありますな』

「え、未来?」

『ソーヤ隊員が、この世界に堕ちた時、彼は記憶のほとんどを失っていたであります。所持品は、折れた刀とチョンマゲのみ。なんやかんやで、雪風やマキナと出会い。刀も新調して。今に至るであります』

 雪風、チョンマゲは装備品なのか。

「あれ? でも服装とか靴、メガネとか。割と現代的ですよね?」

『それは………偶然であります。ナルホドー、現代とはこういう服装なのでありますなー』

 雪風、お前のカバーストーリー、ガバガバだぞ!

 詰め。詰めがが。

「しかし、昔の日本の方ですか。いわれて見れば確かに。ソーヤさんは一昔前の顔していますね。昭和の俳優さん見たい」

「そ、そうか」

 こんなんで納得するんだ。

 この娘、詐欺とかに引っかからないかな? 心配になってきた。

「でも、今はお互いに冒険者です。これから先、協力をする事があるかもしれませんが。ソーヤさん、一つだけ宣言させてください。………ふふ、負けませんよ」

 とびきりの笑顔に気圧される。

 昨日今日でこんなに変わるものなのか。女って色々底知れないものだ。

「ああ、よろしく頼む」

 もう一度、差し出された手を取る。しっかり握手した。

 思ったより芯の強い女性なのかな。僕が心配するのは無意味な事かもしれない。

「そんなこんなでドーン!」

 ガンメリーが空気を読まずに霊薬をテーブルに置く。

 色違い。金色の別種霊薬。

「良い空気だったので、頑張って作りました」

「はい、どーも」

 礼をいっていただく。

 後は、これをランシールにぶっかけるだけだが、ここじゃ流石にマズいから他所で行うとして。

「瑠津子姫。これにサインを、指印でも良いです」

「了解です」

 忘れかけていたスクロールを取り出して、依頼完了の部分にサインをもらった。

 瑠津子さんがいう。

「霊薬は結局、ガンメリーにぶち投げる事で解決したのですけど。依頼の修正は面倒らしいので、このまま行きますね。調理補助の証拠としてマジックフルーツは貰っていきます」

「もちろん、どうぞ」

「では」

 彼女は、良い笑顔のままマジックフルーツの瓶をしまう。

 少し、その笑顔を崩して僕に聞いてくる。

「………本当にまた会えますよね? これっきりでサヨウナラとかないですよね?」

「そりゃ、お互い冒険者ですから。街に居る以上は嫌でも会うでしょう。それに次は、僕が貴女に依頼を頼むかも」

「待ってます。社交辞令は止めてくださいね。ね!」

「了解しました」

 そもそも、この依頼。冒険者の横の繋がりを作るものなら正解だ。彼女達に何か頼む日も来るかもしれない。

 ちょっとだけ組合長を見直した。適当に依頼をふっていた訳じゃないんだな。最初のは酷かったけど。

「では、また」

「はい、また」

 互いに日本人らしく会釈して別れた。

 ガンメリー達も真似して頭を下げる。


 波乱に満ちた二つ目の依頼は、こうして完了したのであった。

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