<第三章:蜂蜜と霊薬>【03】


【03】


 お風呂は、王城の物を使わせてもらった。

 使用中に城のメイドさん達もやってくる。掃除の汚れを落とす為、夕飯の支度前に軽くお風呂に入るのが習慣らしい。

 当然、絡まれる。

「うわー可愛いぃ。誰の子? ランシールの子供?」

「はい、そうです。ソーヤとワタシの愛の結晶です」

 こら待て、とツッコミを入れる前に色んな裸の女性に集られる。

「髪黒いね。お父さん似かな?」

「ランシールに似ている所ってどこ?」

「輪郭とか?」

「プニプニしてる~」

 僕、大人気だった。

 大人気だった?! こんなモテたの生まれて初めて! 泣ける! 今日で、一生分の女運使ったかもしれない?!

 僕は声を大にしていおう。

 異世界のお風呂場に、楽園は存在した。

 パライソや~、と女体の興奮とお湯の温度が合わさり、意識が遠のいて―――――――気付いたらランシールの背中の上。

 目を開けると暗くなった草原が広がる。

 さっぱりしてキャンプ地に帰ってきた。

「あなた。お帰りなさい」

「ただいま~」

 ラナに挨拶。エアは軽く見るだけ。

 二人共テーブルでお茶を飲んでいた。マキナは夕食の準備中。

「ラナ、エア、収穫はありましたか?」

 ランシールの質問に、まずラナが答える。

「私は、同門を脅して情報収集してきましたが、あまり良い成果は」

「エアは?」

「ん~美味しい露店を見つけた。三軒も」

「はい、問題外ですね」

「ぐぅ」

 妹は悔しそうだ。食い物に目移りしたくせに。

「ワタシは、解決策を見つけました」

 ドヤァ、と胸を張るランシール。

 僕は、取りあえず彼女の背中から降りる。居心地は良いが姉妹の視線が痛い。

 ラナと目が合う。

 ラナが自分の膝をポンポンと叩く。カモンと手招きする。

 そこに行こうとしたら、ランシールに手を取られた。

「?」

 なんぞ。

「明日、ソーヤの幼児化を解消できる霊薬を見つけます。これは、ワタシの功績です。功績には、報酬が当たり前ですよね、ね? ソーヤ」

「お、おう」

 頷く。

「では今夜は、ソーヤと二人きりで同衾する事を報酬として要求します」

「なっ!」

 ラナが怒りと共に席を立つ。

「待ちなさい! ランシール! 報酬としては破格すぎです! 詐欺です詐欺!」

「落ち着きなさい。流石のワタシも、子供のソーヤに何かしようとは」

 ラナが僕の手を取る。

 二人に両手を取られる形、とても嫌な予感がする。

 つい最近、他人事で同じ状況を見た。

「え、石鹸の匂い。あなたと、ランシールも?! ちょっとあなた達、街で何をしていたのですか?!」

「いや、ラナ。王城のお風呂に。遊んで汚れたから」

「安心しなさい、他にメイドもいましたから」

「余計に安心できません! どんな遊びですか!」

 楽園の後の修羅場。

 こういうのを失楽園というのか、違うか。

「大体、ラナ。あなたは昨日ソーヤと眠ったでしょ! 今日くらいワタシに譲りなさい!」

「夫婦ですから?! 新鮮でとても良い気持ちで眠れましたが!」

 二人共グイグイ引っ張る。

 いかん、子供の体だと致命傷になる。

「え、エアたすけ」

 妹にヘルプ。

「お兄ちゃんの国に、こんな言葉があります。自業自得、因果応報、女遊びは火遊び。これまでの女性問題をしっかり清算する良い機会だよ。ガンバレー」

 まず、この凄惨な状況を何とかして欲しい!

「マキナ!」

『鍋から目を離せないので後にしてくださーい』

 ファー!

「雪風!」

『雪風に考えがあります。先日もこれで解決しました』

「本当か?!」

 腰のミニ・ポットから妙案が、

『引っ張り合って勝った方が、今夜ソーヤ隊員と同衾するであります』

 違う! あれは解決したんじゃなくて、依頼どころじゃなくしただけだ!

 ラナとランシールの瞳に闘志が宿る。

 二人共、勢いをつけ僕の腕を―――――

「ぎ」

 先んじて悲鳴が漏れた。

 抜ける。

 間違いなく関節が抜ける。

 大人に戻れたら怪我とかもなくなったり、しないんだろうな。これも運命か。裸のお姉さん達とお風呂に入った代償か。そう思えば安いかもしれない。

 肉が突っ張り、骨が悲鳴を上げた。

 はい、しばらく冒険業は休暇です。


「「馬鹿者共ッッ!」」


 品のある怒声が響いて、ラナとランシールを竦ませる。

「良く見ろ子供じゃぞ! お主らが惚れたアホな男でも今は子供であるぞ! 子供に怪我をさせるような事をするなど、女のする事かッッッ!」

 少女姿のミスラニカ様が、ぶち切れていた。

 ひょうひょうとしている神が、こんな怒る姿は初めて見る。

 僕の中のよく分からない感情が、危機的状況を脱した事に極まり、思わず。

「ママー!」

 叫んでミスラニカ様に抱き着いた。

「よしよし、怖かったな」

「うわぁぁぁぁぁん!」

 怖かった。超怖かった。

 腕もがれると思った。女怖い!

「あ、あのですね。ミスラニカ様。でもですね」

「言い訳をするな!」

 ランシールの言い訳をパリンという音が遮る。

「きぁぁゃん! 苦いぃぃぃ!」

 彼女が悲鳴を上げる。

「ラナ、本妻が晒す醜態ではないぞ? 前々から思っておったが、いつまで童女のような振る舞いをするつもりじゃ! 妻であるなら自覚せよ。夫がどんな女に集られようが、全ての最初はお主が貰ったのだと、その無駄に大きい胸を張って堂々とせよ! 気概が全く足らぬ! ………なんぞ、弁明はあるか」

「あの………よくわかりません」

 風を切る投擲音とパリンという破砕音。

「ひゃぁぁぁぁぁ! 苦いぃぃぃ!」

 振り向くと、二人が霊薬を頭から浴びて、というか投げつけられて、悶絶していた。

 ミスラニカ様、強い。

「ちなみに、ソーヤ。お主からも何かあるか?」

「え、べつにないです」

「そもそも、貴様が元凶じゃ。反省せい!」

 僕が最後に見たのは、色の違う霊薬を振り上げたミスラニカ様だ。

 頭頂部に衝撃を受けて、意識は闇の中に。

 何故か、蜂蜜の匂いに包まれて。

 ああ、神とは平等に理不尽なものだと痛感した。


 それと、

 遠くで、皆が黒い少女にお説教される夢を見た。

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