<第三章:蜂蜜と霊薬>【02】
【02】
「働け! 働け! 異世界のクソ虫共!」
ルツさんは、変なスイッチが入ったままである。
今まで、色々と溜まっていたのだろう。妙なテンションも頷ける。
彼らの住まいは、路地裏の奥にある。小さい宿屋だった。
老夫婦が営んでいる民家を改築した宿。そこをこいつらは、ゴミ屋敷にしていた。
「これは酷い」
ランシールの口にした感想だが、僕も同意見だ。
飛び出た銅像のせいで二階の窓は空きっぱなし、一階の玄関は半開き。軽く覗いただけでも奥の奥まで、ガラクタが敷き積み重なっている。
宿の中にいるルツさんとガンメリーが、不要な物を細い路地に並べ道を半分ほど占有していた。迷惑行為だが、近所の子供達が好奇心に駆られ集まっている。
「ワタシ、手伝ってきます。ソーヤ、危ないのでミスラニカ様とここにいるのですよ? 知らない人について行かないでください。食べ物も貰っちゃいけませんからね?」
「はいはい」
僕、頭は大人だぞ。
ランシールが腕まくりをして、ゴミ屋敷に突入して行った。
僕は、ミスラニカ様を抱っこして花壇の隅に座る。
「ネコちゃん、なでていい?」
「いいよー」
犬っぽい獣人の女の子が、ミスラニカ様を撫でてくる。
わちゃわちゃと他の子供も続く。
ミスラニカ様は子供に大人気だ。
その後、子供達とガラクタを使って戦争ごっこをした。
僕は、鍋の兜と麺棒の剣を装備した。相棒は、ヒームの太っちょで戸板の盾を二枚装備したダブルシールドスタイル。
戦い方はこうだ。
まず、僕が一番に斬り込む。
敵の注意を引き付けたら、太っちょの所まで後退して彼が敵をまとめて受け止める。動きが止まった所、他の味方と囲んで一掃。
名コンビ誕生である。
僕らは、その見事なコンビネーションで数々の敵を葬った。
問題があるなら、敵戦力が魔法で一斉に復活した事だろう。倒したそばから復活するので、キリがない。
途中から面倒になったのか、魔法使い役の女の子が魔法を唱えるより先に復活するようになる。
それと、二陣営に別れて戦っていたのだが、敵が内輪揉めを起こし内乱に。
三つ巴の凄惨な戦いになると思われたが、みんなすぐ復活するのでグダグダの戦いに。
飽きたので、鬼ごっこに変更。
みんな装備したガラクタを適当に放り投げる。
僕は、鍋の沈殿物が髪に絡まって取れないでいた。見かねた太っちょが、外すのを手伝ってくれる。
ローカルルールにより装備を外すのが遅かった僕が、鬼役に。
「数えるよ~」
『はーい!』
十秒数える。
逃げ去る子供達の中に、猫とガンメリーが混ざっていた。
掃除中のガンメリーもいるので、サボり個体なのだろう。働かない蟻と同じか。
「きゅー、はちー、ななー、ろく~~」
ゆっくり十秒を数える。
路地の角から、ニヤニヤ笑いながら牽制している子供がいる。
しめた。
「ごうよんさんにい、いち!」
ダッシュ!
「あ、ずるいー!」
「ずるくないー!」
三人をタッチ。
後、レムリアの鬼ごっこは、タッチされた者も鬼になるゾンビルールだ。
正式名称、吸血鬼ごっこという。
六人で太っちょを襲う。
太っちょは、獣人の女の子を庇って僕らに襲われた。
「あーこいつ。かっこつけてるぞぉ」
「そんなことないよぉ」
からかわれて太っちょは照れていた。
まんざらでもない。
「グオー!」
『ガルルルオォォォ!』
鬼みんなで迫真の吸血鬼となって、残りの人間共に牙を剝いた。
泥水の上を跳ねたり、苔生した階段を滑ったり、もつれあって笑い合い。路地裏のダンジョンを駆ける。
最後に残ったのは、ガンメリーだ。
これが素早くてなかなか捕まらない。ミスラニカ様も捕まえていないのだが、猫はノーカンの様子。
五人同時で襲いかかるが、ガンメリーは僕らの間をすり抜け、逃げおおせる。
しかも、
「クエッ、けけけけ」
と、すっ転んだ僕らを挑発した。
この野郎………。
子供達の闘志に火が点いた。だがしかし、ここは冷静にならないと勝てない。
「さくせん! かいぎー!」
みんなを集める。
まず、地理に詳しい奴に地図を書かせる。ガラクタの中からボロ布と木炭を見つけたので、それに記す。
罠用の道具も集めて、適切な人員を配置していった。
みんなしっかりと従ってくれる。
ガンメリーも作戦会議にいた気がするが、気にしないでおこう。
「さくせん! かいしー!」
僕は麺棒を振るい。みんなに指示出す。
子供連隊VSさぼりガンメリー。
開始である。
『グオオオオー!』
叫びながらガンメリーを追った。
こいつは、逃げ足は速いが、基本かまってちゃんなので姿を完全に消すような逃亡はしない。付かず離れず、誰かが転んで足を止めると、心配して見に来る。
僕らが、ゆっくり追っている間に、別動隊は罠の準備。
それと部隊後列の人員から、別行動させて先回り。彼らが角から現れ、ガンメリーを脅かし、目的の場所まで誘導して行った。
追いかけ追いかけ、たどり着いたのは元の場所。
細い路地は、掃除の進行により更にガラクタが積まれ小山になっていた。
「今だー!」
僕の合図で罠が発動。小山が崩され、ガンメリーに降り注ぐ。
ついでに子供達もダイブして上から潰す。
合流した僕らもダイブ。
「キャッ、キャッ」
みんなで、ガラクタまみれになる。汚れたり怪我したりしたが、気にしない。
「つかまえたー!」
太っちょがガンメリーの兜を掲げた。
「ん?」
その中身は?
「………………え?」
『え?』
僕が声をあげ、みんなも声をあげる。
そこには、首のないガンメリーが兜を探していた。
『ギャあぁぁァァァァ!』
子供達が一斉に散る。
僕も一緒になって逃げた。
首なしガンメリーが追って来る!
太っちょが兜を持ったままだったので奪い。投げ捨てた。
散り散りに逃げたが、なんとなく仲の良い人間で集まる。
最初にミスラニカ様を撫でた女の子と、太っちょ、僕の三人。
路地の隅に身を隠し、今度は追って来るガンメリーから隠れる。
息を潜め、カシャカシャと鳴る兜の音に呼吸を止めた。
兜の音が遠のく。
しかしまだ、安心できない。
気を抜いた瞬間、ガンメリーが姿を現し僕らを食べに来る。
そんな想像を巡らせ体を震わせる。
けれども、その怖さは鳴り響いた鐘の音にかき消された。
気付けば夕暮れ。
この鐘は、夜を知らせる鐘だ。子供の時間は終わりである。もうすぐ酒に酔った大人の時間だ。
「あ、帰らないと。ママに怒られる」
「わたちも司祭様に怒られる」
楽しい時間は早く過ぎる。
二人が手を振って去る。
「またねー!」
太っちょの声に、
「あ………またねー!」
つい、そう答えてしまった。
女の子も笑いながら手を振って消えていった。
路地裏には、僕、独り。
いや、
「たまには、子供の相手も良いかの」
猫が一匹。
足にまとわりついてくる彼女と共に、来た道を戻る。
「ソーヤ、楽しかったか?」
「うん!」
「明日も、あの童共と遊ぶのか?」
「………わかんない」
「遊びたいか?」
「………うん」
「なあ、ソーヤよ」
猫が僕の前に出る。
向かい合う。
金色の目を輝かせ、とおせんぼする。
「失った絆は戻らないが、新しく作る事はできる。そうやって、獣も呪いもない世界に生きるが良い。幸運にも、お主の傍には時の違う種族が多い。彼女らが成長を見守ってくれるだろう。幸せを手にする手段は一つではないのだぞ。少なくとも、この道には今より血は流れない」
神様の愛情深い提案。
ここで、この世界で、今の子供達と遊び、育ち、いつかまたダンジョンに潜る。
それは、異邦人としての冒険ではない。
この世界の住人としての冒険だ。
成長した太っちょが大盾を持ち、獣人の娘は美しく魔法を唱え、僕は剣を手に戦う。
エルフの姉妹も加勢してくれるだろう。
めくるめく冒険の日々。
誰かの都合に踊らされるのではなく。自らの意思で、自由で、希望と夢に満ちた。本当の冒険を繰り広げる。
それは、良い夢だ。
でも、
「それは無いです。男が決めた事ですから、僕は今の道を進みます。蜂蜜のように甘い物ではありませんが、戦い甲斐がある。この命を張るには十分な生き甲斐だ」
ケダモノのように目を細くして微笑んだ。
これが僕だ。
どうしようもない僕だ。
同時に、路地裏の夢は覚める。
短い夢だった。楽しい夢だった。
「そうか、なら妾はなにもいうまい」
金の目を閉じ、神はお尻と尻尾をフリフリして歩き出す。
前は追えなかった路地裏の猫を追う。茜色の光が射す幻想的な空間を。
一つだけ、飲み込んだ疑問がある。
ミスラニカ様、僕らの出会いとは偶然だったのですか? それとも。
「ソーヤ! どこに行っていたの!」
合流するなりランシールに怒られた。
「みんなと遊んでた」
「まあ、小汚い」
湿った路地裏を駆けまわって、ガラクタの海を泳いだから仕方ない。
借りたマリアの野戦服がデロデロだ。髪もぐしゃぐしゃである。
「掃除は一段落つきました。まだ特殊な霊薬は見つかっていませんが、見通しはついたので続きは明日にします」
ランシールは僕の頭を撫でる。
「帰る前に、お風呂にしましょう」
………やっぱり、子供のままでも良いかも知れない。
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