<第三章:蜂蜜と霊薬>【01】
【01】
「つまりガンメリーの霊薬は、魔力を補充する物ではなく。体の“時間”を戻す効果で、その結果、魔力が戻っていたと勘違いしていたと? いやぁ、知りませんでした。貴重な意見をありがとうございます」
ルツ王は申し訳なさそうに笑う。
所変わって、待ち合わせの酒場。
ガンメリー達は、相変わらず肉と酒をがっついている。うちの神様も参加中である。
「ありがとう、ではありません! 戻す方法はないのですか?!」
ランシールがテーブルを叩いて怒る。ルツ王が『ひぃ』と悲鳴を上げた。
彼には悪いが、解決案を出してくれないと大問題だ。
流石に七歳の体でダンジョンには戻れない。
そして一番の問題は、エルフ三人が、
『たった十五年くらいでしょ?』
とまあ、長命種らしい感性で答えている事だ。一応三人とも、情報収集の為に街や故郷に散っていった。あまりやる気は見えなかったが。
ランシールが唯一、
『ソーヤ、お姉ちゃんと呼んでください! お母さんか、お母様でも構いませんよ!』
と、親身に心配してくれている。
いるよね?
今も僕は、彼女の膝の上に座っていた。
街に来るまでは手を繋ぐだけだったが、人にぶつかってから抱っこされ過保護に扱われている。
悪い気はしない。
合法的にお姉さんに甘えられる環境だ。
全く悪い気はしない。
あ、女湯入りたい! ラナとランシールを連れて女湯に入りたい! 二人に洗ってもらいたい! 前から後ろから!
グヘヘ。
いや、それだけじゃ駄目だ。
色んな女性の体を舐めるように見つめたい! メガネ持ち込んで盗撮し放題! 体が子供で、頭脳が大人のままとは何とよい事か。
異世界に転移して幼児化したから、堂々と女湯に入ってみる!
…………落ち着こう。
理性まで子供レベルに落ちている。
「あの、ルツ王さん」
ランシールの感情をぶつける意見では、彼が脅えるだけで埒が明かない。
僕が落ち着いて話して行くしかない。
「ガンメリーが作る霊薬は、一種類だけなのですか?」
「え? ………あ!」
心当たりあるのか。
「いわれてみれば、たま~に別の霊薬が作られていた事があります。彼らが飲まないので忘れていました」
「それはどこに?」
「たぶん、宿のどこかに。散らかっているから探すのに時間がかかるかもです」
「では、行きましょう。今、すぐに!」
ランシールが僕を抱えて立ち上がる。
「え、自分。まだご飯が」
「あなたの食事とソーヤの時間。どちらが大事だと思いますか?」
「ひゃい。ソーヤさんの時間です」
脅えて竦むルツ王。
何でこれが、王と呼ばれているのか疑問を感じる。
ルツさんは、おどおどして聞いてくる。
「あの、ソーヤさん。こちらの恐ろしく美しい獣人のメイドさんは、あなたの?」
「ワタシはソーヤの家事手伝いです。今の所は」
「そんな所」
まだ本格的な愛人ではない。色々未遂だ。
それと、ランシールは我慢の限界に達し叫ぶ。
「大体何ですか、このだらしない生き物達は?!」
ガンメリー達と、『え、妾も?』と我が神が振り向く。
テーブルの惨状は筆舌しがたい。
「なんだとぉ、おっぱい絞るぞ! メイド!」
ガンメリーの一体がランシールを威嚇する。
『新鮮なミルク絞るぞ!』
他の個体も続いて敵意を剝き出す。
ただのセクハラ発言ともいう。
おもむろに、ランシールがガンメリーの一体をぶん殴る。
「整列!」
その後の怒声で、ガンメリー達はテーブルの上に整列する。何故かミスラニカ様も整列に加わっている。
数をかぞえ………………八人いる事に気付く。
おいおい、やばいぞ。
「冒険者は荒くればかりですが、あなた方は規範を外れ過ぎだ! 度し難い! 飢えた野良犬より酷いですよ!」
ガンメリー達が、一斉にうな垂れる。
「………怒られた」
『生きているのが辛い。そうだ死のう』
こうなるとランシールは強い。小さい事は気にしないが、度が過ぎると相手がヘトヘトになるまで怒るのだ。
これでマリアを二回ほど泣かしている。でも嫌われてはいない。前より懐かれている。
それは、彼女の根底が愛情深いからだろう。
「食べ物は落とさない! 手で食べない! 皿を投げない! 酒は頭から浴びるものではありません! あなた達は、テーブルマナー以前に人としてのマナーがなっていません!」
ランシールの王気に、ガンメリー達がひれ伏す。
本物の王の血筋、本物の威厳だ。比べたらルツさんが可哀想になる。
僕を抱っこしていなかったら、もっと威厳があっただろうに。
流石にミスラニカ様はひれ伏していない。毛づくろいをしている。
「あなた達は誰に教わって、こんな畜生の行いを?」
ランシールの問いに、
「こいつー」
『だいたい、王様のせいー』
一斉に王を売り渡した。
忠誠心皆無。
「貴女」
「ひ、ひゃいぃぃぃ」
ルツさんは消えそうなほど縮こまる。もう一息で漏らしそうだ。
「しっかり育てなさい! 貴方の子供達でしょ!」
「違います! き………………キスもまだです。落ち着いたら、彼氏募集中にします」
はい?
「すみません。僕、質問いいですか?」
挙手してルツさんに問いただす。
「え、ルツさん女ですか?」
「え、女ですけど?」
ルツさんに当たり前でしょ? みたいな顔をされた。
いやまあ、確かに良く見ると可愛らしい顔つきだと思うが、薄汚れているし胸平だし。
『ソーヤ隊員。やっぱり、気付いていなかったでありますか?』
「気付いていなかったであります」
『やっぱり、まだまだであります』
「はい」
ペチペチと雪風のポットを叩く。
情けないほど小さい手だ。
「え? カンテラが喋っている? マジックアイテムですか?」
「ほしーい」
『収集! 蒐集! 確保ーッ!』
ガンメリーが雪風に殺到した。奪われそうになったので必死に抵抗する。ズボンが下がる。
ランシールは一蹴で小人達を散らす。こいつらは何故か、嬉しそうに飛び散る。
「貴女、ルツといいましたね? 彼らは人に迷惑をかけていますよ、しっかり怒りなさい!」
「ごご、ごめんなさい。でも、怒って嫌われたら。自分、ガンメリーがいなくなったら異世界で野垂れ死にですし」
「まず、己の正しさに従いなさい! あなたが、正否をしっかり決めないから、この子供達は歪んで育っているのです! 人の付き合いとは、正しさのぶつかり合いです。それを互いに譲歩したり分かち合ったり、時には命を賭したり。ぶつかり合って互いを許せた時、情が生まれるのです。子供にまず、あなたが正しいと思う事をぶつけなさい!
あなたは黙って立っているだけで人と人とに情が生まれると、しかも好転すると思っている。それは、ワタシの正しさを賭けていいますが、間違っています!」
場合によっては暴論だが、彼女が間違っていないのなら押し付けでも良い子は育つのだろう。
でも、ガンメリーは子供ではない。
悪い精霊である。
しかし、今日のランシールは熱いな。どうした?
「あの! でも、でもですね。その、そもそも自分の正しいと思う事が間違っていたら?」
「その時は、謝ればよいのです。許しを乞えばよい。許されないなら諦める。縁がなかったのです。許されたのなら、次は間違えないよう必死になる。それだけの事」
「は、はい。でもその、あの。自分にできるか」
ルツさんが更に小さくなる。
「ワタシとソーヤの馴れ初めも殺し合いですからね。それはもう激しく情熱的で、ワタシが意識を失うまで何度も何度も撃ち込んで」
矢をね。
「え、凄い」
ルツさんがちょっとポッとなる。
また誤解を受けた僕。
「さあ、ルツ。早速始めなさい。骨は拾ってあげます」
「ひゃい」
ルツさんは、ランシールに急かされガンメリーと向き合う。
「いっ、いうことを聞きなさーい!」
「ちっ、うっせーな」
『反省してまーす』
完全に舐めているガンメリー。これがこいつらの本性だろう。
「う、うう」
ルツさんがプルプル震えた。
軽くパニックになったのか、おもむろにコートの霊薬を掴むとガンメリーに叩き付ける。
パリーン、と軽快に割れ薬液が兜に浸みた。
「ぎゃァァァァ!」
『キヤァー!』
「うわぁぁぁぁ!」
霊薬を浴びたガンメリーは兜を引っ掻きながら、もんどり打って転げ回る。
それを見た他のガンメリーと、ミスラニカ様が悲鳴を上げた。
効果は抜群のようだ。
「いま、いひゃ、今から宿に帰って! へや、部屋の掃除をしなさいぃぃ!」
更にもう一本、霊薬を手にして振り上げる。
「ヒャー!」
『ギャー!』
「どうするの?! 投げるよ! 酸っぱ苦いよ!」
「従いまするぅ。お代官様ァァ! それだけはァァ! それだけわぁぁぁ!」
『この米は?! この米だけわァァァ!』
霊薬を受けた一人が土下座すると、他の八人も続く。合計、九人。
おい、また増えたぞ。
「じゃあ、何をするか分かるね。ね!」
女と意識したからか、ルツさんがちょっと可愛く見えた。
「帰って血を吐きながら掃除します」
『手足もげても掃除します』
どんな掃除だよ。
「整理整頓もきちんとする。いらない物は捨てる。分かりましたか?!」
調子に乗ってきたのか、ルツさんが胸を張っている。
「断捨離やー」「ミニマリストやー」「異世界のポルポトやー」「欲しがりません。これで勝つる!」「勝って兜の緒を締めよ」「兜締めたらワイら中身でるー」「ワイらの中身ってー?」「知らなーい」「知った奴から消えて行く」「………フフ」
ガンメリーが口々に批判を上げる。
途中からよく分からない事をいっていたけど。
それと、先ほどから妙に現代的な言葉をいっているのは、バベルの翻訳ミスなのか? それとも現代の知識を持っているとか? こんなメルヘンな不思議生物が? またまた。
「ぜんたーい。整列!」
ルツさんが、ピッピッと咥えたホイッスルを鳴らす。
怖気付いていたのに、ノリノリだな。
「このまま宿まで行進! 列を乱すな! 異世界のゴミ虫共が!」
『はいルツ王様!』
ガンメリーは、危険な手を斜め上に伸ばす敬礼をした。
ピッピッと、ルツさんが先頭を歩く。小人達が続く。最後尾には猫。
僕らも出て行こうとして、
「あの、お客さん。さっきの人達の飯代、金貨一枚になりますニャ」
彼らの食費を払わされた。
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