<第三章:蜂蜜と霊薬>
<第三章:蜂蜜と霊薬>
「なにそれー?」
キャンプ地に帰るなりマリアに捕まった。
抱えていた霊薬を一瓶パクられる。
手癖の悪い子だ。注意しないと。
「魔力を回復する霊薬だ。とっても不味くて危ないから返しなさい」
「丁度魔力切れた所だから飲むぞ」
「あ、こら!」
ん、でも待てよ。
マリアはサルミアッキを平気で食べる子だ。もしかして、
「ごきゅ」
マリアは子供らしい勢いで霊薬を一口飲んで、
「らー」
だばーと全部吐き出す。
ぽてりと、マリアは草原に倒れた。
「生まれてきて、ごめんなさい」
「大丈夫か?!」
駄目だった。顔がげんなりしている。
霊薬を草原に置いて、マリアを抱きかかえる。
「おーい」
適当に誰かを呼ぶ。
ラナが来た。
「あら、お帰りなさい。早かったですね」
「すまんラナ。マリアが倒れたから介抱してくれ」
「え、どうしたのマリア?」
「悪い物を盗み飲みして、あたった」
「まあ、それは」
ラナにマリアを預けて、霊薬の回収に。
「お兄ちゃんこれ何?」
「魔力を回復する霊薬だ。とっても不味くて、今マリアが飲んで倒れた」
妹が霊薬を弄んでいた。
こいつもこいつで、好奇心旺盛だから困る。
「そういえば、エア」
「ん、何?」
「ガンメリーって知っているか?」
ルツ王は、東の獣人についてポロっともらしていた。妹は彼らと、狩人として活動していた事がある。何か情報を持っているかもしれない。
「懐かしい。どこで知ったの?」
「街でちょっとな。どういう奴らなんだ?」
「東の獣人族に古くから伝わる歌があるの。これで良く、獣人の子供を泣かせたなぁ。こういう歌だよ」
妹が、透き通った声で歌い出す。
ガンメリー♪ ガンメリー♪
叩くと増えるぞガンメリー♪ 焼いても増えるガンメリー♪ 溺れて増えるガンメリー♪
矢も剣も、魔法も効かないガンメリー♪
不死の生き物ガンメリー♪ なんでも食べるガンメリー♪
独りじゃなーんにもできないけど、二人いると野獣を襲い♪ 三人いると家を建て♪
四人揃うと猪狩り♪
五人はあんまり好きじゃない♪
六人揃うと宴だ宴♪ 七人いると大変ご機嫌♪
八人いると不穏な気持ち♪ 九人なると仲違い♪
十人になったら、みんな嫌い♪
十一人になったら、みんな大っ嫌い♪
十二人になったら、武器を研ぐ♪
十三人になったら殺し合いだーッ!!
ガンメリー♪ ガンメリー♪
殺し合いだぞガンメリー♪ 独りになるまで殺し合い♪ 独り残ったガンメリー♪
静かに眠るガンメリー♪
次に起きると暴れるぞ♪
見境なく大暴れ♪
困った英雄ジャグシャンク♪ 獣の英雄ジャグシャンク♪
森の底に封印した♪ ガンメリーを封印した♪
ガンメリー♪ ガンメリー♪
絶対起こすなガンメリー♪
次に起こすと沢山増える♪
なんでも食べるガンメリー♪ 子供も食べるぞガンメリー♪
百人いると森を枯らす♪
千人いると国を滅ぼす♪
万人いると世界を壊す♪
ガンメリー♪ ガンメリー♪ ガンメリー♪ ガンメリー♪
奴らは今も、森のどこかにいるぞッ!
「っていう歌を、夜更かしする子供に聞かせて怖がらせるの。早く寝ないとガンメリーに食べられるぞ、ってね。大体泣き出して、寝るどころじゃなくなるんだけど」
その歌が真実を伝えるものなら、あいつら超やばい奴らじゃないか。
しかも森じゃなくて街にいるし。
冒険者組合はこの事、把握しているのか?
「あー久々に歌って喉が渇いた」
「エアそれ?!」
妹は霊薬のコルクを開けて、ごくりと一飲み。
「おぶふっ」
吹き出して悶絶した。
早くも二人が犠牲となった。
ぐったりしたエアを抱えて運び、テント中のマリアの隣に寝かせる。
「あなた、これはいったい何事ですか?」
「この霊薬が原因だ」
ラナに霊薬を手渡す。
彼女は慎重な人間だ。安易に口には、
「うあ」
何故か、即行に口にする。
「これは、ひどいですね」
ラナが口元を押さえて顔をしかめる。
流石に、意識を失うほど飲んではいないようだ。
「うん、取りあえず何で君ら揃って飲むかね」
「これ、味は最悪ですけど匂いが蜂蜜に似ていて、つい」
「え、匂い?」
手元にある霊薬の匂いを嗅ぐ。
強い薬品臭の中、微かに蜂蜜のような甘い匂いがする。いわれて意識しないと気付かないほど微かにだが。
「すまんがラナ、二人を頼む。これを飲める物に改良しなくてはならない」
「大変な仕事ですね。頑張ってください」
「はいよ」
ラナに二人の看病を任せて、マキナ達と共に霊薬の改良にかかる。
そして時間が流れ。
やばいな、これ。
こんな手強い料理は異世界に来て初めてだ。
「味を良くする事は諦めた。最低限、まず飲んでダメージをくらわない飲み物にしよう」
『ソーヤさん、マキナ達は万能ではありません』
『そうであります』
「そんなレベルか」
ただ今の時刻は15時。
色々と試した。
様々な調味料を混ぜ、食材と煮込み、凍らせ、炒め、蒸留もしてみた。
全て無駄だった。
不味い。
不味さが強すぎる。
この霊薬、何をしても本当に不味い。
こういう時、料理の師辺りから良い格言でも思い出せれば良いのだが、適当に料理をやっている僕にはそういうのは皆無。
そして、最大戦力のA.Iが匙を投げた。
なす術無し。
「ん………………詰んだな。この依頼。断ろう」
『えー』
『えー、であります』
「これはもう無理だろ。この霊薬は、人類には早過ぎる」
『でもソーヤさん。そんな簡単に、依頼破棄できるのですか?』
「さあ、組合長の事だからネチネチと嫌がらせしてくるかもしれない」
『仕方ありません。………今回だけですよ! マキナ、魔王様の所で知恵を借りてきます。何か、お土産包んでください』
「うむ、頼む」
食糧庫に入って、瓶詰の蜂蜜と、まだ生きている蜂の子を全部、容器に入れる。
虫を手に取る時は、ゴム手袋を装着した。それでも鳥肌が立つ。
昔はセミでも直に掴めたのに、大人になるって不思議だな。
お土産は、風呂敷包みにしてマキナに渡した。
それと霊薬を一瓶入れる。
『ではマキナ。行って参ります!』
「健闘を祈る!」
『祈るであります』
敬礼したマキナに敬礼で返す。
二時間後、草原が淡い色に染まり出して。
『行って参りました!』
「おかえり」
『おかえりであります』
マキナが戻って来た。
僕は、夕食の準備をしていた。
夕食はピザにした。具は、トマトにベーコン、玉ねぎニンニク、クレソン、それにチーズと蜂蜜という合っているのか合っていないのか、よくわからない組み合わせ。
僕、霊薬のせいで味覚が少し狂ったのかも。
『ソーヤさん、収獲ありです!』
「流石、ゴルムレイス様」
『これを見てください!』
マキナは、真っ赤な種が入った瓶を差し出してくる。
『これは何と、ミラクリンです』
「凄そうな名前だな」
ん、これもしかして。
『そう、異世界にもミラクルフルーツが存在していたのでッす!』
「ああ、思い出した」
ミラクルフルーツは、味覚を一時的に変革するタンパク質を持っていて、舌でしばらく転がすと酸っぱい物が甘い味に変化するのだ。
今更だが、異世界の食い物って結構、現代世界と被っている。
不思議。
『ソーヤさん、善は急げ。タイムイズマネー。鉄は熱いうちに打てです。早速、お試しを!』
「夕飯の後じゃ駄目か?」
『駄目です』
「なぜだー」
マキナが変に押しが強いので従う。
ミラクルフルーツを一粒口に入れ、ピザの様子を見ながら舌で転がす。
これ、夕飯の味分かるのか? なんか嫌だなぁ。
マキナはテーブルを整え、皿を用意し、周囲のカンテラを点けて明かりを強くした。
草原の夜は暗い。
しかし、瞬く太古の星空には途方もない美しさがある。
「ソーヤ、帰りました。豚のアバラ肉を骨付きで買ってきましたよ」
ランシールが戻って来た。
ラーズが荷物持ちをしている。こっちの王も荷物持ちか。
「ありがとう。食糧庫に入れておいてくれ。後でタレに漬ける」
「はい、承りました」
「幾らだった?」
「いえ、構いません」
「何いっているんだ。払うよ」
親しき中にも礼儀ありだ。
特に、お金の問題はしっかりしておかないと。ただでさえ、無給で家事働きをして貰っているのだ。その上、出費までさせたら申し訳ない。
「いえ、いえいえ、大丈夫です。本当なら料理の勉強代を支払いたいのに、あなた方が受け取らないので。このくらいさせてください」
「駄目だ。払う」
「分かりました。仕方ありません」
ランシールが納得してくれた。
「でもお金はいりませんから、別の事で払ってもらいます」
マキナが背中を見せた瞬間、彼女は僕に肉薄して口端にキスをした。
一瞬の事だが、女の残り香と口に湿り気、肩に肉感的な胸の感触が残る。
ラーズから荷物を受け取り、ランシールは上機嫌で食糧庫に消えていった。
「なんだ?」
「ボオ」
ラーズが見つめてくる。
「いや、ランシールは素早いから反応できなかった」
「………ボォ」
ラーズが白い目で見ている、ような気がする。
『では、ソーヤさん。そろそろ試飲を』
タイミングを見計らって、マキナが霊薬を差し出す。
「もしかして見てた?」
『マキナ・ポットは転倒防止の為に、360度の立体視界センサーを有しています』
「ミテタネ」
『ソーヤさんの、ちょっと良いとこ見てみたい。ほら、イッキイッキ♪』
『イッキイッキ! イッキであります!』
雪風までもが、はやし立てる。
こういうノリ大嫌いなんだが、ある事ない事をいわれても困る。ミラクルフルーツの力を信じて霊薬を一口。
「お、あれ? ん?」
やや甘ったるさはあるが、酸っぱさは消えている。そのおかげか苦味もない。
鼻をつく匂いは不快だが、ギリギリ我慢できる。
飲めるな。
ミラクリン凄い。
『おおー!』
『おおーであります』
霊薬を一気で飲み干した。
これはいける。明日には依頼解決だ。この調子なら、明後日には―――――
「れ、れれ」
足元がふら付く、呂律も回らない。
『ソーヤ隊員。バイタル低下。危険であります』
『ソーヤさん!』
溶かした油絵のように、世界がぐんにゃりと曲がる。
そして闇。
自分が、ぶっ倒れたのだけは理解できた。
【116th day】
気付くと朝だった。
いつもの心地良い息苦しさで目が覚める。
自分のテントの中、ラナと二人。目の前には、たおやかな彼女の双丘。
ただ、それに違和感を覚えた。
「あれ?」
いつもより、おっぱいが大きい気がする。
ありがたい事だが、こんな短期間に何が? 蜂蜜の影響か?
と、感触を確かめる為、ふよふよと揉みしだく。
「ん?」
違う。いや、感触はいつも通り素晴らしい。この世の至宝である。
だが、手には、いつもより余るボリューミーさ。
これは、おっぱいが大きくなったんじゃない。
僕の手が小さいのだ。
体を跳び起こし、ラナが使っている鏡に自分の姿を映した。
「なんじゃこりゃぁぁァァァァ!」
絶叫した。
あまりの事に腰が抜ける。
『ソーヤさん! 気付きましたか?!』
マキナがテントを捲る。
「ま、まき、マキナ。これ、これは」
『落ち着いてください。健康的には問題ありません。ただ少し、若返っただけです』
鏡には、七歳くらいのクソガキが映っていた。
間違いなく昔の僕だ。
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