<第二章:再び、異邦人ダンジョンに潜れない>【03】
【03】
依頼が完了したので組合に一時帰還。
「エヴェッタさん、終わりましたよ」
「早いですね」
スクロールを渡す。
「あら、ケチで有名な冒険者なのに報酬に色を付けるとは珍しい」
「ええ、増額の報酬は、即金で頂きました」
エヴェッタはスクロールを広げ、ハンコを押して報酬の銅貨9枚を取り出した。
これもありがたく頂く。
「では、ソーヤ。次の依頼はこれです」
新しいスクロールを渡される。
広げて確認。
「え」
これは明らかに無理な依頼だ。
「あのエヴェッタさん。僕にこれは」
「ソーヤ、最後まで良く読んでください」
「最後って」
依頼内容は『霊薬の調合補助』とある。
報酬は銀貨5枚。
魔法について素人な僕が、霊薬調合の手助けなどできるはずがない。
けど………
「ん?」
これどういう事だ。依頼の一番下。
※:調理経験がある方なら、どなたでも参加可。
と、ある。
どういう事だ? 霊薬と味に何か関係が?
でも、ある意味チャンスだ。
ラナ曰く、霊薬とは魔力その物であり、それを飲む事で魔力を即時に補充できる。砂糖菓子の魔力回復のように限界がない。飲めば飲むほど魔力が回復できる。
レシピがあるなら、奪ってでも手に入れたい。
今後の冒険の役に立つ。
うむ、こいつは僥倖。組合長の言葉通り、冒険者同士の付き合いも大事だ。
調合工程をバグドローンで撮影して、メモがあるなら雪風に記録させる。というか、僕のメガネに写すだけで記録完了だ。
そしてデッドコピーというか、ジェネリック霊薬を量産してやる。
他の商会が怖がって扱わない品だ。独占できる。僕の息がかかった商会で独占販売できる。
売れる。
これは売れるッッ?!
遠のいたマイホームの夢が、手を振って近づいて来る!
持ってて良かった現代科学。
クックック。
やばっ、変な欲が出て来た。これ気を付けないとミスするぞ。やっぱり、パーティ内で飲む分だけにしよう。
「ソーヤ、物凄く悪い顔をしていますが、何か?」
「いえ、早くこの冒険者の為になろうと企んでいました」
「企む事ではありません」
「いえいえ、僕はいつも清廉かつ灰色です」
「白と名乗らない辺り、自覚があるのですね」
「あ」
つい。
やっぱり僕、詐欺師の才能ないわ。まず自分を騙せていない。
「それはそれと、エヴェッタさん。この依頼主、ルツ王とありますけど。どういう国の王様ですか?」
王が冒険者とは珍しい。
姫の冒険者は身近にいるけど。
「いえ、国は持っていません。パーティ内でそう呼ばれているので、王と名乗っているだけですよ」
「ええっ」
ファッション王。じゃない、ファッションで王名乗り。
依頼主に不安を覚えて来た。
頭のおかしい人じゃないといいが、冒険者って変なの多いし。
「あら、丁度よい。ほら、入り口の所、あの小さい方々を連れた人がそうですよ。会って来たらよいのでは」
「入り口に、小さい?」
受付の席から振り向くと、入り口付近に小さい生き物を連れた男が一人。
ここで迷っても仕方ない。早速会ってみる。
「とりあえず、行ってきます」
「いってらっしゃい。お気をつけて」
やっぱり、気を付けなきゃいけない相手か。
受付から離れ、ルツ王(パーティ呼称)の所へ。
近づいて間近で見た印象は、保父さんだ。
年頃は十五、六。薄汚れているが、人の良さそうな顔だ。もっさりした癖毛で、身長は158㎝と結構低め。
彼の装備品は、ごちゃっとしていた。
背に大きいリュックサック。胴や腰に、スコップに似た幅広の短剣が計十三本。それと短めの杖が四本、リュックに刺さっている。
更に、革のロングコートの至る所に、大量の薬瓶がストックしてあった。
転んだら大変な事になりそうだ。
男は確かに小柄だが、パーティのお供はもっと小さい。
身長は100㎝ほど。知り合いのゴブリンよりも一回り小さく。手足は丸っこい。
兜は鳥のクチバシのように尖り、その上に特徴的な赤いトンガリ帽子を被っている。鎧は、前掛け付きのブリガンダイン。装備は丸盾と、スコップ短剣。
七人全員が、お揃いの装備だ。
鎧姿のゴブリンも玩具っぽかったが、こっちもそれっぽい。
富裕層向けの子供用玩具として売れないだろうか? 行けるかも。
「あの、ルツ王さんは、あなたで?」
「えっ、えっ? ………はい」
男はビクついて僕を見る。
怖がられたのは初だ。
「組合から依頼を受けました。話を聞きたいのですが」
「まさか、霊薬の件ですか?!」
「はい」
他に何かあるの?
「た、助かります。自分、ルツ・アモウです。それであなたは?」
「ソーヤといいます。まだ、お力になれると決まったわけではありませんが」
「いえいえ! 話を聞いてくれるだけでもありがたいのです!」
「は、はあ」
う、溢れ出る良い人オーラ。
悪行の神ミスラニカの信徒には、苦手なタイプだ。
「あ、これは失礼しました!」
手を出されたので、反射的に応じて握手する。
あれ、こっちで握手する習慣はあまりないが、何か不思議な人だ。妙なシンパシーを感じる。
「ここではアレなので、場所を変えま―――――」
「王様、おしっこー」
ルツ王の声を遮り、小人の一人が叫ぶ。
『ワイもおしっこー』
残り全員が続いて叫ぶ。子供の声。そして、全員同じ声だ。
まさか、七つ子とかですか?
「す、すみません! ここでお待ちください! すぐ戻ってきますからッ!」
ルツ王はトイレ希望の一人を抱えると、トイレに向かって駆けた。
「どのくらい我慢できそうですか?!」
「もうもるー」
『ワイももるー』
「止めて!」
一人の声と後に、残り六人も続く。ルツ王達は走り去っていった。
うむ、やっぱり保父さんだ。
彼らが戻って来たのは三十分後だった。
ミスラニカ様を存分にモフモフして時間を潰す。
「す、すみません。一人が欲しがると全員が欲しがる物で、しかも一人だけ出来立てだったから、揉めてしまって。全員分、出来立てになるまで待っていました!」
小人達は肉と野菜を巻いた獣人パンを持っていた。
兜をスライドさせて、もしゃもしゃと食べている。口元は濃い影になって見えない。
「あ、はい」
ちょっと面倒くさい。
組合の酒場で話を聞こうと思ったが、あそこは食べ物の持ち込みが禁止されているので、他所に。
移動中、小人に要求されてルツ王が色々買わされる。
パンに雑貨、酒に干し肉、野菜に果物、路上販売のよくわからないガラクタ。
小さめの酒場に入った頃には、大きいリュックはパンパンに膨らんでいった。
………なんだろう。
この、他所の家の馬鹿な子育てを見ている感じは。
後、仮にも王様と呼んでいる人に荷物持ちさせて良いのか?
「酒と肉、マシマシでー」
『ワイもー』
「はーい♪」
小人達から注文を受けて、獣人のウェイトレスが奥に引っ込む。
こいつら、まだ食べるのか。道中もかなり飲食していたが、小さい身体のどこに入っているんだろう。
「彼らの紹介が遅れましたね! この小人達はガンメリー。大陸最東端にある獣人族の禁足地に封じら―――――じゃなかった。眠っていた所を偶然、自分が起こしてしまい。なんやかんやで、今一緒に冒険者をやっています」
「………」
今、封じられたっていいかけたぞ。
「こやつら、悪霊の匂いがするぞ」
肩のミスラニカ様が教えてくれる。
「猫が喋ってる?!」
ルツ王、大驚き。
たまーに驚く人がいるが、ここまでのリアクションは新鮮だ。
「まあまあ、猫が喋るくらい珍しい事では」
「そそ、そうですね。異世界じゃ普通ですよね」
あれ、何か引っ掛かる言葉だな。
まさか、異邦人か?
「では依頼の話を、この霊薬が」
ルツ王は薬瓶を机に置く。
あらためて見ると、いわゆるポーションだ。
「これ、ガンメリー達が作った魔力を回復する霊薬なんですが」
「おお、凄いじゃないですか」
この小人が霊薬を作れるのか。
「最近、お酒の味を覚えてから飲むのを拒否しだして」
「え」
「酒は人生の糧! 魂の浄化ダーッ!」
『元気ですかー!』
丁度、お酒とぶ厚いベーコンがやって来る。
小人は酒と肉に殺到した。ピラニアが獲物に喰らいつくが如くである。ミスラニカ様も飛び込んで参加する。
超絶、お行儀が悪く。
酒と肉の三分の一は散らかって床やルツ王に降りかかる。
不思議と僕の方には飛んでこない。
他所のパーティとはいえ、かなりイライラする光景だ。もったいない。
「一応ですね、自分の方でも色々試しては見ました。酒を混ぜたり、蜂蜜を混ぜたり、肉を入れたり。でも、霊薬を余計不味くしただけで、最近ではもう敵意すら――――」
「シャー!」
小人の一人が奇声を上げ、テーブルの霊薬を床に叩き落とす。割れる。
もったいない。
「ですが、朝起きると新しい霊薬が用意されているので、作ってはくれているのです」
どういう方法で作られているのだ?
「ガンメリーは魔法が強力です。けど燃費が悪く。ダンジョンに潜るのなら霊薬が必須なのですが、飲むのを拒否され、かれこれ一ヶ月ダンジョンに潜れていません。もう生活費がギリギリです。これ以上、生活水準を下げたら何が起こるか………」
何か起こるの?
「お金があれば何でもできる!」
『ありがとー!』
ガンメリー達のよく分からない叫び。
まあ、依頼内容は何となく分かった。安酒より霊薬を美味くすれば良いのだな。
「大体理解して、了解しました。あの、とりあえず一瓶頂いて良いですか?」
「はい! 一つとはいわず、幾つでも!」
五瓶も手渡され、内一瓶は蹴落とされて床に落ち割れる。
「とりあえず、ちょっと味見を」
コルクを抜いて一口直飲み。
「おぶっ」
あまりの不味さに咽た。
一瞬の甘ったるさの後、異常な酸っぱさが襲ってくる。後味が最悪で、溢れ出る唾液が全部胃液のような苦味に変化した。止めは、鼻腔を溶かすような猛烈な薬品臭。
立ちくらみがした。
これは酷い。
端的にいえば甘酸っぱ苦い味。子供用風邪シロップに大量のクエン酸を混ぜ、そこから悪魔的思想で味付けしたら、こんな感じになると思う。
テーブルの安酒を一気飲みした。
安いエールの甘みと香ばしさ、じっくりと染みる清涼感と旨味が口を浄化する。
霊薬が不味すぎて、酒の味が分かってしまった。
「あ、それ自分もやりました。不味いですよねぇ」
「よくこいつら、これ飲んでましたね」
「最初は、味の頓着はなかったのですが育て方間違ったのかなぁ」
「ま、やれるだけやってみます。明日のお昼頃また会いましょう。経過報告をします。待ち合わせ場所は、この店で良いですか?」
「はい、それでお願いします! お願いします!」
手を取られ、ぶんぶんと振られる。
王の笑顔に憂鬱になる。
この不味さ。どうにかなるのだろうか? ちょっと自信はない。
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