<第二章:再び、異邦人ダンジョンに潜れない>【02】

【02】


 露店で三回ほど神の気まぐれに付き合わされ、昼飯は肉と豆のスープで落ち着く。

 シンプルで今一な味だったが、神的には満足していた。

 こういう素朴な味が好きな神だ。

 普段もっと良い物を献上しているはずなんだが、中々舌は肥えない。

「エヴェッタさん、来ました」

「はい、組合長から聞いています」

 今日二回目の冒険者組合。担当の所に行き、依頼をもらう。

 担当のエヴェッタさんは猫嫌いなので、ミスラニカ様は入り口に置いて来た。

「まず、最初はこれです」

 彼女からスクロールを手渡される。

 広げると、街の地図と冒険者の滞在先が記されていた。それと簡潔な依頼内容のまとめ。

「新米冒険者からの依頼というか、相談ですね、これは。初級冒険者の中でも頭角を現しているあなたなら、彼の悩み事など簡単に処理できるはずです」

「お悩み相談ですか………」

 逆に面倒そうだ。

 ちなみに報酬、銅貨9枚。現代世界の価値に直すと900円くらい。安っ。

「では、行ってきます」

「はい、いってらっしゃい。組合長にもいわれたと思いますが、冒険者同士の付き合いは大事です。特に、リーダーの好印象はパーティ全体の好印象に繋がります。他のメンバーがどんなに名声を得ようとも、リーダーが駄目なら総じて駄目。逆に、リーダーが良いなら、メンバーの多少の悪行は黙認されます。そのくらいリーダーの印象とは大事なのです」

「肝に銘じます」

 組合を後にする。

 ミスラニカ様を回収して、早速、依頼主の所へ足を向ける。

 しかし好印象か、難しい話だ。

 悪名を恐れず、名誉を求めない。その冒険者としての“狂い”が僕の強さなのだが、真逆な事を求められるとは。つくづく、ままならない。

 腐っていても仕方ないか。

 さっさとこなして、一日でも早くダンジョン探索を再開しよう。

 依頼主の住み家は、住宅地区の中心。馬小屋より二段階上の宿屋だった。

 報酬額の割には、良い所に住んでいる。

 それとも、報酬額が安いから良い所に住んでいるのか?

 一階は酒場で、昼という事もあり盛況である。酒場の女将に依頼主の名前を告げると、二階の部屋番を教えられた。

 階段を上がり、部屋の戸の前で立ち止まる。

 ちょっと緊張。

 スクロールを広げて依頼を再確認。

『女性を二人以上パーティに入れた、初級以上の冒険者に相談事あり。詳しくは口頭で』

 と記されている。

 僕のパーティは、僕を入れ、シュナ、親父さんと男三人。ラナ、エア、リズ(ベル)の女三人。それに補佐するA.Iが一応女性人格。おまけで、家事手伝いも女性。預かっている子供も女の子。契約している二人の神も女神様。

 まあ、女所帯だ。

 女性問題に対してちょっとした経験がある。

 新米冒険者の悩みくらいは、なんとかなるだろう。

 ついさっき、神とA.Iに駄目出しされた事は気にしない。

 ノックをした。

 返事はない。

 強めにノック。

「?」

 おかしいな。人の気配は感じるのだが。

『ソーヤ隊員。動体感知、室内には三名います』

「失礼する」

 無遠慮に戸を開ける。

 修羅場だった。

 真ん中に優男の魔法使い。左に女性の獣人剣士、右に女性の獣人密偵。

 男は女性二人に詰め寄られて、額に汗を浮かべタジタジである。

「あ、カロロ」

 右は知っている顔だ。褐色の猫獣人でレムリア王国の密偵&冒険者である。

「あ、ソーヤ。なんか久々ミャ」

「あ、あなたがもしかして?!」

 優男が、僕を見て希望に顔を輝かせる。

「冒険者組合から依頼を受けました。ソーヤです」

「よかった! 実はですね?! 見ての通り二人の女性に詰め寄られ、どうすれば良いのか困っていた所です?!」

 うわー。面倒くせぇ。

「男として責任とればいいんじゃねぇの?」

「ですが、それは片方を不幸せにするということ。ボクはですね、二人共幸せにしたいのです」

「ミャーを幸せにしたかったら、この女と別れるミャ」

「リュシャを幸せにしたかったら、このメスと別れるの」

 獣人剣士は、耳と尻尾から犬っぽい。幼い体付きに見えるが出る所は出ている。

 優男は僕に懇願する。

「ソーヤさん、昨晩からこの繰り返しで話が全く進まないのです! 冒険にも支障が出ている。パーティの皆にも呆れられて、何とかしてもらえませんか?!」

「それじゃ僕の国であった解決方法なんだが」

 超面倒なのでさっさと終わらせる。

 僕にかかれば、これくらいスピード解決だ。

「まず、獣人のお嬢様二人。男の腕を一本ずつ持ち、それを引っ張り合いなさい」

 二人共『渡さない』という具合に優男の手を取る。

 なんか、ムカつくな。

「勝った方を恋人と認めよう」

「なっ!」

 優男が声を上げ、

「ぎ、ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 悲鳴が響く。

 人間綱引きが始まる。

 獣人は一般的なヒームに比べ女性でも力持ちである。優男は、お世辞にも頑丈そうなヒームには見えない。ヒョロとした体付きで、強い女性から見れば保護欲が湧くタイプ。

 ま、獣人二人の引っ張り合いっコには、耐えられないだろう。

 しかし、真に愛情があるのなら、男の身を案じて女は手を放すだろう。

 離した方に諦めろといったが、その逆。離した方を男に選ばせる。

『恋人が痛がるような事をするのが、恋人なものか』

 とでもいって話を締める。

 これぞ、大岡裁き。

 見ていて良かった時代劇である。


 ごきゅ、

 めきゃ、

 こきゅ!


 響く鈍い音。

「ひ、ひぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

「あれ?」

 男の肩の関節が外れる音だった。

「離すミャ!」

「オ・マ・エ・がなっ!」

「うぎゃー!」

 獣人二人はヒートアップして互いを蹴り出す。

 間にいる優男にも蹴りが当たる。

「うーん」

 優男は気絶した。ボロ雑巾のようになって、二人に揉みくちゃにされている。

 これは参ったな。

 下手をしたら死ぬかもしれない。

「よし」

 鯉口を切る。刀を抜いて、峰打ちで獣人二人を昏倒させた。

 するりと刃を収める。

 あれ、意外にも剣線は冴えている。一刀しか持っていない潔さのせいか? それとも余分な力を入れていない脱力のおかげ? ともあれ、80点の峰打ちだ。

 三人の意識がない事を確認して、部屋の捜索を開始。

「ソーヤ、何を探しているのじゃ?」

「この男が書いたメモかスクロールを探しています」

 ミスラニカ様が肩から降りて、捜索に参加してくれた。

 机の引き出しを開いたり、手荷物を開けたりするが、思った以上に男の私物も書類もない。

「ちょっとおかしいな」

「ほれ、ソーヤ」

 ミスラニカ様がベッドの下から出て来る。羊皮紙を一枚咥えていた。

 見て、僕は声を上げた。

「あーなるほど。こういう奴か」

 女性の名前と特徴。出会う宿の名前が書いてあった。それと、貢がせた総額も。

 被害者は、総勢28名。

 そりゃメモ書きを残して置かないと間違うだろうよ。

「こやつ、中々の食わせ物じゃな」

『女の敵であります』

 ごもっともだ。

「雪風、筆跡をトレースしてくれ」

『らじゃ』

 床に置いた羊皮紙を、ポットの解析レーザーがなぞる。

 机から、インクとペン、羊皮紙を取り出し、

「じゃ頼む」

 ミニ・ポットのアームに渡す。

『了解であります』

 まず、僕のスクロールに依頼完了のサインを書かせる。

 サイン記入欄の隣には余白があり、そこに『依頼解決内容に非常に満足した為、報酬に金貨10枚を追加する』と書き足す。

 早速、優男の財布から金貨10枚を頂く。財布には、まだまだ金が残っていた。

 次は、メモ書きの複製。

 羊皮紙は30枚あったので、その数だけ雪風に複製させる。

「おお、この技で詐欺れるではないか」

「いやいや、ミスラニカ様。そこは神様として戒めてください」

「妾、悪行の神なんじゃが?」

「そうでしたね」

 正直、その側面は忘れていました。

 確かに、書類の複製や、金符の複製で儲ける事が出来るが、僕は冒険者だ。詐欺師じゃない。絶対にバレて後で痛い目に合う。

『出来たであります』

 ミニ・ポットのアームによる手書き複製だが、それでも早い。5分で30枚を複製した。

 これを、

「ミスラニカ様、どうしましょうか? コピーしたものの、被害者に配慮して公開しない方が良いかも」

「おおっ、ソーヤ。お主がそんな気遣いをできるとは」

『感心であります』

「君ら、僕はそんな無神経じゃないぞ」

 一応、いつもパーティの皆を考えて動いている。

「急に消えて、妻と妹を泣かしたのはどいつじゃ。しかも、そこで別の女連れて帰って来るし」

『傍から見れば、そこの脱臼男とソーヤ隊員は、あんまり違いはないであります』

「傷つくんだが」

 それも激しく。

『雪風が提案するであります。オリジナルのメモは保管して、他は女性の名前は黒く塗り潰し、ここに放置しましょう。そして、この注意書きを残すであります』

 雪風がペンをインクに浸し、一枚のメモ裏に恐ろしい事を書く。


“貴様の悪行は、常に見張られている。我々はいつでも貴様の×と×をもぎ取り。その口に捻じ込む事が出来るぞ。それだけではない。生きたまま焼き殺される事が生易しく感じるような責め苦を用意している。今それを実行しないのは、ただの気まぐれに他ならない。この罪から逃れたくば、全ての被害者から許しを乞い。受け取った金銭を倍にして返すのだ。しかし、貴様の罪は決して許されない………許される事はないのだ………”


 一部、大変過激な表現が使われた為、伏せさせていただきます。

 脅迫文だ、これ。

 しかも、逃れたくばと書いておいて、許されないと来ている。

 雪風、恐ろしい子。A.Iの闇がちょっと見えた。

「ま、良いのではないか? 同業者を騙して金を貢がせたとあっては、悪行がバレた時、半殺しではすむまい。最悪、冷たくなってダンジョンの餌じゃ」

「脅しくらい可愛いものと?」

「そういう事じゃ」

 我が神がそういうなら仕方ない。自業自得だね。

 まず依頼一つ解消だ。

「この調子なら今日中に終わらせられるぞ」

 気合い入れて、次に。

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