<第一章:狂い咲きの階層>【03】
リズの声に僕は駆けた。
剣を引きずり、だが即、剣と共に駆ける。
扱い方は魔剣が知っている。僕はそれに意思を添えるだけ。
放電がまとわりつき体が加速する。
時間が蜂蜜よりも粘質を帯び、その中で僕と魔剣だけが馳せる。
床をバターのように切り裂きながら、女王蜂の眼前に。
加速の中、敵の反応を超えて斬撃を放つ。
勢いそのまま下段からの切り上げ。
斬るという次元ではなく。透過したのかと勘違いするレベル。
しかし、跳ね上がった魔剣は女王蜂を両断していた。
しかも、それだけでは破断は治まらず、天井と向こうの壁まで斬撃の痕を残す。
剣一振りが行える破壊ではない。
「何だ、これ」
一拍置いて、女王の死骸が倒れる。
アガチオンが通常形態に戻り、放電が治まる。重さも通常に戻る。
『は?』
と、前衛の男二人が声を上げた。
パーティの面々も僕を奇異な目で見ている。
「リズ、だからこれは何だって………あ」
リズは、ラナとエアに両肩を支えられぐったりしている。
「あなた、これは駄目です」
「お兄ちゃん、これ限界来てるね」
姉妹の報告に、シュナが僕の横を通り過ぎてリズを背負う。
「おれが抱える」
「しかし、シュナ」
シュナは成長期なのだ。一つでも多く戦闘を経験させたい。
「おんぶくらい僕が」
「おれがやる。そんな事したら、ベルが戻った時にキレられる」
どういう事?
「ソーヤ、こいつが番人だろうな」
親父さんが女王の死骸を探りながらいう。
「後これが臭腺だな」
死骸から袋状の器官を引きちぎり、両手で割った。
「うっ」
黄色い煙に辺りが覆われる。鼻腔にダダ甘い匂いが染み渡る。口中にも甘味が広がった。パーティの皆も咽ながら、煙を手で扇いでかき消している。
「ちょっとメディム! 何してんのよ!」
「すまんすまん。こんな広がるとは思わなかった」
妹に怒られ親父さんが平謝り。
「しかしな、これでこの階層の敵は無力化できるはずだ」
「え、どういう事ですか?」
親父さんは、女王から素材を剥ぎ取りながら答える。
「俺の勘だが、この階層の敵は共生関係が強い。ここまでの敵の胃を開いてみたが、植物ばかりで肉はなかった。加えて、その頂点である女王のフェロモンを振り掛ければ、おいそれと襲ってくる敵はいないはずだ」
「なるほど」
その可能性は高い。後は、階層を下るだけだが楽に行けるかもしれない。
親父さんは、女王の長い手足をはぎ取る。
「うむ。これは使えそうだ」
確かに。
僕の見立てじゃ。腕は二本で金貨10枚。更に太い脚は二つで金貨20枚になる。
インテリアにしても良し。武器防具の素材にしても良し。強いモンスターの素材は無為な物でも、高値で取引される。
「ふふ~ん、そんなのより蜂の巣があるじゃない! お兄ちゃん、帰ったらすぐ何か作ってよ!」
テンションが高い妹だ。
僕は少しムッとなって叱る。
「エア、お前の軽率な判断でパーティを危険に晒したんだぞ。皆に謝れ」
「えー」
子供の反応である。
妹は、胸はともかく大人の体付きなのに、精神はまだまだ若い。だからしっかり怒る。ダンジョンは危険だ。ちょっとした判断ミスで全滅しかねない。
「えーじゃない。親父さんも何かいってください」
「その蜂の巣。かなりの金額になるぞ。パーティの資金になる。軽率な判断かもしれんが、被害もなかった。今回は許してやれ」
ぐぅ、年長者がこれだ。
「ラナも何か」
「あなた………私は蜂蜜マシマシで。直飲みでも構いません!」
「あ、はい」
「ソーヤおれも」
「はいはい」
シュナまで妹の味方になる。
多数決により妹の糾弾は無くなりました。
「ま、お兄ちゃん。次はバレないように気を付けるから」
「そういう事にしておこう」
何故か僕が妹に慰められる。
こんな感じで、ダンジョン攻略を再開。
ラナは魔力切れ、エアは蜂の巣を抱え、リズは気絶、シュナはそれをおんぶ。
まともに戦えるのは、僕と親父さんだけ。
再生点には余裕があるが、アガチオンが動かなくなった。さっきの力が原因だろう。
これで僕の戦闘力は半減している。
実質、アガチオンはパーティの隠れメンバーなのだ。有能で頑丈な剣士が一人いるようなもの。
今、激しい戦闘を行えば親父さんに負担をかけて危険だ。
と………思っていたのだが、親父さんの勘は的中していた。
女王のフェロモンのおかげでモンスターに避けられる。
鳥も虫も逃げて行く。
三十分ほど歩き回り、降りる階段を見つけた。
二十五階層へ。
また、深緑の迷宮が続いていた。上と違うのは花々が見当たらない事。
「甘っ」
階段を降りると、隣のポータルから出て来たパーティに叫ばれる。
確かに、僕らのパーティは甘い匂いがする。蟻に集られそうだ。
ポータルを認証して帰還。
終わって見ればあっけなく、初挑戦かつ三日で二十五階層までを踏破した。
この調子でいけば、目的地である五十六階層は近い。
やはり、冒険者の父と呼ばれる親父さんの力は大きい。二十階層以降は初だというが、伊達に長く冒険者をやっているわけではない。
様々な知識や経験則が役に立つ。
こういう人がパーティにいるだけで安心感が違う。特にリーダーである僕の安心感が。
ただ、今回の階層の番人を倒した手段。
あれはいけない。
頼ってはいけない力を感じる。
アガチオンは不明な所が多すぎる。頼り過ぎて酷使すれば、簡単に壊れるかもしれない。有能でも道具だ。それもメンテナンス方法が分からない道具。
僕の剣の腕が、アガチオンに頼らずとも良いくらい上がれば良いのだが、先が見えない希望だ。
友の師から奪い取った剣技、いいや戦技。
それは凄まじい技能の集大成だが、僕の肉体がそれに見合う物になるには、彼と同じ年数戦い続けなければならない。
心技体、全て揃って本物だ。
僕は所詮偽物、緋の騎士の猿真似をしているだけ。
まだまだ、だ。
でも、踏破した事実は変わらない。
手放しで喜んで調子に乗れるほど、僕は呑気ではないけど。
もう少しでもいいから、無能か有能になりたい。そうすれば、こんな不安を感じなくても済むだろうに。
本当に、揺るがない強さが欲しいものだ。
どんな時でも鋼のように動じない心と確固たる技を。
誇りという物を。
冒険を続ければ、手に入ると信じて、
少しの暇<いとま>を置いてから、
また僕らはダンジョンに潜―――――
――――――潜れなかった。
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