<第一章:狂い咲きの階層>【02】

「シュナ下がれ! リズ。エアが合流したら、敵を押さえるだけ押さえてくれ」

「…了解」

 リズのいつもより静かな返事。

 現在、妹との相対距離は30メートル。

「ラナ、行けるか?」

「もちろんですが、後二回で打ち止めですよ? 魔力も回復限界ですから本当に最後です」

 ラナの心強い返事。

「構わない頼む」

「分かりました。リズさん、タイミングを合わせてください」

「………分かってる」

 リズの返事を待たず、ラナが詠唱を開始する。

 聴きなれた炎系上級魔法。

 この心地よい声の終わりに、想像を絶する破壊が生まれる。

 魔道の先人が竜の息吹を模して作り出した奇跡。

 神に奇跡を請い。祈り。捧げ。それを現す。

 神の手を離れた奇跡は魔以外の何物でもない。一種の戒め故に、これを魔法と呼ぶ。

 エアがパーティに合流する。

 皆が出来るだけ密集した所で、ラナが叫ぶ。

「ドラグベイン!」

「塵よ集え! そして阻め! 強固に!」

 リズが光の結界を生み出し、パーティを包む。

 ラナの生み出した炎により、深緑の回廊が赤く染まる。赤い破壊は蜂を焼き殺し、緑を灰へと変える。

「くっ」

 リズが声を上げる。

 よく見ると額や細い首筋に汗が浮かんでいた。無表情が常のリズだ。こんな苦しそうな顔を見たのは初である。

 これは、きっとまずい。

「ラナ! 魔法カット! リズが持たないッ!」

「はい! 分かっています!」

 ラナが別の魔法を詠唱する。彼女の魔法は、全て並みの破壊力ではおさまらない。だから緊急措置を開発した。

「死色のリ・バウ。その破滅と破断を示せ!」

 生み出された白い霧の塊が、光の結界を抉り、炎を吸い込む。

 中空に気流が生まれ、赤い渦となって辺りを巻き込む。

 激しい破壊の奔流の後、弾けて微風に変わった。

 別属性の魔法を打ち込んで発動している魔法を打ち消す。二重詠唱という高度な芸当だ。

 本来は、上級の魔法使い二人以上で行える技である。少し前、彼女は神の末裔の血を吸い。一時的に魔法の術を底上げした。

 その時、何かしらのコツを掴んだらしい。

 吸血からの知識や術の略奪は、禁忌中の禁忌らしく。被害者の口止め料と色々な補償で財布が軽くなった。

「シュナ、親父さん、索敵と警戒を」

 二人は無言で手を上げ、返事。

 ふらついて倒れるリズを抱きかかえた。鎧の重さに意識のない人の重さが加わる。

「リズ、大丈夫か? どこか怪我を」

 呼びかけながら彼女の再生点を手に取る。

 怪我もしていないのに、体力を示す赤い容量は半減。おまけに、魔力を示す青い容量が空になっていた。

「なっ」

 こんな事、初めてだ。

 リズは、というか元の体の持ち主であるベルは、神媒体質という特殊な血筋のおかげで、魔力の容量は普通の魔法使いの何倍もある。

 加えて、神の末裔がそうであるように、血が神に近ければ近いほど他の神への懇願や祈りが容易くなる。捧げる魔力、供物、触媒、犠牲も少なくてすむ。

 そして魔力とは、思考と魂の業だ。

 蓄積した知識と、種族や血筋の業が合わさり魔力の容量として現れる。

 神媒体質とは、神の依り代になる血と業を持つ人間だ。

 ベルの詳しい出自は分からないが、彼女の系統を下って行くと、どこかの神の血筋が必ずいる。忘れられた神か、神に追放された者か、あるいは口にできないようなおぞましい理由か。

 連なる神の名を忘れたとしても、血は謙虚に業を示す。

 まあ、全てラナの受け売りなので、自分でも何をいっているのかちょっと分からない部分があるけど。

 魔法の消費も少なければ、魔力の容量も莫大なベルが、その体を使っているリズの魔力が、空になるなどあり得ないのだ。

 血が全て流れるか、変わりでもしない限り。

「ラナ、どういう事か分かるか?」

 こういう時は専門家に聞こう。

「ええと、あなた。女性の繊細な問題なので、私の口からは少し」

「なっ、そんな深刻なのか?!」

 口もはばかられる事とは一体なんだ?

「リズ蜂蜜食べる?」

 エアが早速、蜂の巣を齧っている。

 不衛生だぞ。

「ったく、お前。こんなもんの為に敵を………甘々」

 シュナは文句をいいながらも、蜂の巣をもいでパクつく。

「お、これは中々の上物だな。一瓶金貨二枚で売れる」

 親父さんもシュナに続いて、ちぎってガジガジとしゃぶりつく。

 年長者がこれだ。叱ってくれよ。

「メディム、子を取って」

「おうよ」

 妹の命令で親父さんが蜂の巣に手を突っ込み、幼虫を掴みだす。大きさにゾッとする。500mlペットボトルサイズだ。動きは鈍いがうねっている。

「さ、リズ。栄養あるから食べて」

「………………」

 蜂の子を受け取った妹はリズに差し出す。悪気はない。無邪気である。

「い、いらない」

 リズの顔色が更に悪くなる。

 僕も、虫食はちょっと。

「遠慮しないで。新鮮なのが一番だって、いつもお兄ちゃんが言ってるから」

 そだね。

「い、いら。ほんと、無理。………無理。や、やめてぇ」

 エアは、グリグリとリズに蜂の子を押し付ける。

 本当に悪気はないんだよな? ちょっとした拷問だぞ。

「エア、止めなさい。後でソーヤに調理してもらえばもっと美味しくなりますから」

「そだね。んじゃ仕方ない」

 ラナの言葉に従って、妹は蜂の子を巣に仕舞ってくれた。

 これ食べるのかぁ。

 虫だよ? 厳密にいえば蜂蜜もこいつらの唾液とか混ざっているのだろうが、調理して虫食への嫌悪感は拭えるのだろうか………自信ない。

 それより、

「エア」

「何?」

 ふとした疑問が生じた。

「巣を見つけたんだよな?」

「そだよ」

 蜂と巣と来たら、後一つ必ず必要な物が。

「女王とかいたか?」

「いたいた。大きかったよ。目を盗むの大変だったんだから」

「そうかー」

 嫌な予感がする。

『ソーヤ隊員、接近探知であります。敵、サイズ大。速度低』

「予感の回収早いな!」

 思わず声を上げて、エアが来た回廊に目を向ける。

 エアの報告通り大きかった。

 広い回廊が手狭になるサイズ。

 全長6メートル。

 蜂の女王というより、その姿は蟻の女王だ。

 体表は黒く羽はなく。腰はくびれ尾は鋭く細い。賢さの現れなのか頭部は長く肥大していた。

 攻撃用と歩行用の手足は、一際長く伸び人に似た形に変化している。代わりに他の手足は小さく退化していた。

 前傾姿勢だが二足歩行している。

 巨体故、速くはないが遅くもない。地鳴りからして、とんでもない質量だろう。

 エイリアンⅡという昔みた傑作映画にこれと似た奴がいた。

「全員! 注目!」

 この巨体、正面から戦えば被害が出る。

 ラナの魔力が尽きた今、決め手に欠ける。

 視認できただけでも僥倖だ。次に活かす材料になる。

 よってこう決断した。

「逃げる! エア、蜂の巣は捨てろ!」

「ええ?!」

 エアは当然反対する。とりあえず幼虫を返したら、多少足止めになるかもしれない。

「待って。逃げるの止めて」

 意外にも、リズに詰め寄られ反対された。

「また…虫と戦うの、い、嫌。絶対」

 蒼白の顔でそう訴える。

「リズ、まさか虫嫌いなのか?」

「嫌い。滅べばいい」

 魔力が切れた理由って、まさかそれ? なわけはないか。

「すまんが被害は出せない。ラナの魔法がない今、物理攻撃だけではあの敵は厳しい。従ってもらうぞ」

「分かった。聖剣を貸して」

「は? 何が分かったと」

 乱暴にアガチオンを奪われた。

 敵は、もうすぐそこだ。接触まで30秒もない。

「ソーヤ、やるにしても逃げるにしても早く頼む。皆をまとめろ」

 親父さんが、シュナを下がらせ盾を構える。非常時には彼が“しんがり”を務める事になっている。年寄りが一番最初に死ぬのは当たり前だそうだ。反対したが聞いてくれなかった。

「男はこっち見るな!」

 リズの見た事のない剣幕に押され、僕ら男性陣は敵を見る。

「リズ! 手段があるなら先に説明をだな?!」

 背を向けてリズに話すが無視。

『接触まで残り15秒であります』

 A.Iの冷静な報告が響く。

「で、できた。使って!」

「何がだ?!」

 リズからアガチオンを渡される。赤い鉱石状の剣身に、更に赤い血で模様が描かれている。崩れたアルファベットのような幾何学模様。

「何だこれ?」

「前はこれで、5秒解放できた」

「だから?! これは何だッ?!」

『戦闘接触まで10秒』

 もう戦うしかない。戦って隙を作り逃げる。変な気を使って貴重な時間をロスした。

 クソ、判断ミスだ。

「親父さん、戦闘を―――――」

 僕はアガチオンを構え、その変化に気付いた。

 剣が震えている。刃を構成している物質が、内側からの“何か”に干渉を受けてグラついている。剣身の一部が剥がれ、黒い放電を発する。

 アガチオンが急に重くなった。

 あまりの重さに支えきれず刃が落ちる。恐ろしい衝撃音。ダンジョンの床がすり鉢状にへこむ。

「斬れ! 早くッ! 時間がない!」

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