<第一章:狂い咲きの階層>【01】


<第一章:狂い咲きの階層>


【114th day】


 々の尖塔。

 そのダンジョンの様相は、二十階層から一気に変わる。

 以前この階層に到達した時、僕は意識不明の重体だった為、再びこの階層に降り立った時は面食らった。

 狂い咲きの階層と呼ばれるここは、天井が高く。回廊の幅も広い。一室のサイズは上の階と比べ三倍以上。ちょっとした運動場くらいある。

 あまりにも大きいから、小人になったような気分を味わう。

 そして、明るい。

 ダンジョンの構造物質である翔光石が熱く輝いている。それを吸う新緑の木々や極彩色の花々がなければ、眩くて前も見れない。

 当然、気温も暖かく生命を活発にさせている。

 鳥が歌い、花が咲き乱れ、虫達は花の蜜を運ぶ。

 これが地上なら穏やかな気持ちで観察できる。

 ただ、ここはダンジョンである。

「後方警戒! リズ、敵を押さえてくれ。限界近くなったら教えろ。まず前面の敵を倒す! シュナ! 行け!」

「おう!」

 僕の声に応えて、少年剣士が鳥に斬りかかる。

 鳥といっても、飛ぶタイプの鳥ではない。地上歩行するタイプだ。しかも、ダチョウのような走鳥類の二足歩行ではない。人類のような直立した二足歩行。

 この鳥は、上半身が異常に発達した鳥人なのだ。

 退化した翼は先端が拳のように固まり、上腕二頭筋は厚く丸太のよう。こんな物で殴られたら人間はひとたまりもない。

 一つ腹が立つのは、マッチョな体付きに対して顔が小さく鳥のまま。

 つぶらな目をして『くるっぽー』と鳴く。

 ようはハトだ。

「ッオラァ!」

 少年剣士が裂帛と共に長剣を振るう。

 鳥人の拳と刃が激突して火花が散った。この拳、鉱物のような硬度がある。

 加えて繰り出す拳の速度。

 この鳥人、強い。

 少年の長剣は並みの物ではない。剣技も同様だ。これまで雑魚敵は一撃ないし、二撃で仕留めていた。数多いる雑魚モンスターの一匹に、ここまで手こずったのは珍しい。

 一人なら、もっと手こずっただろう。

 少年は拳を屈んで避けると、低身から突きを繰り出し鳥人の膝を貫く。

 ぴぎゃ、と間抜けな悲鳴。

「親父さん」

 僕の声に合わせ、初老の剣士が少年の作り出した隙に踏み込む。

 速いが音のない歩み。

 鯉口を切る小さい響きだけが聞こえた。

 鞘走る刃。

 銀光の閃き。

 形を保ったまま鳥人が斜めにズレる。

 刀が鞘に収まる音も静か。 

 剣線が全く見えなかった。

 親父さんの帯びた刀。妖刀の類ではあるが、性能は使い手しだい。半端な技量なら棍棒の方が強いレベル。

「ソーヤ、そろそろ限界」

 パーティ後方、少女騎士からの報告。防御魔法で虫達を抑えている。

 前衛二人は間に合わない。

 僕がやる。

 虫は蜂の類だ。腰が太く、体色は黄色が多く縁取りのように黒色が在る。こいつらも大きい。一匹のサイズが人間の顔と同じサイズ。

 腰の細い蜂は攻撃的で、太い蜂は温厚だというのだが、ダンジョンでは当てにならない知識だ。

 光の結界に十数匹が集り、尾針を突き刺し穴を開けている。

「もう無理」

 彼女の声の後、魔法の結界はガラスのように砕け幻に消える。

 少女と彼女が守る魔法使いをすり抜け、僕は蜂に斬りかかる。

 背から銀の剣を引き抜き、一振りで二匹を断つ。

 返す刃で更に二匹。

 三度目の剣撃は、散って避けられる。

 踵で床を蹴り、下がりながら一匹を両断した。

「よし」

 全ての蜂が僕にヘイトを向ける。

 向かい合い。避けながら三匹を斬った。

 斬ったはずだが、切れていなかった。一匹は頭を潰せたが、弾かれた二匹はすぐ戦線に復帰する。銀の剣に黄色く粘ついた液体が付着している。濃厚な蜜が付着して刃を鈍らせていた。

 拭っている暇はない。

 カウンター気味に蜂を貫き、銀の剣を手放す。

 腰の刀を手に取る。

 これは親父さんの刀と兄弟刀である。

 親父さんの刀はアラハバキ、僕の刀はコウジンという。

 僕は、居合い抜きをやるような色気は出さない。普通に抜き、両手で背負うように構える。

 この剣技は実直で無骨なのだ。美しさや優美さは皆無。ただ、一刃一殺を胸に振るう人殺しの剣技。

「ふッ」

 全てを込めるように袈裟斬りを放つ。

 一匹、一匹、丁寧丁重に斬り殺す。

 担ぎ、降ろし、殺し、避け、担ぎまた降ろし殺す。それを繰り返す作業じみた剣技。

 が、豆腐を切るような虫の甲殻の手応えに引っかかりを感じる。

 太刀筋は鈍らないが刃が鈍る。

 今度は蜜だけが原因ではない。

 刃こぼれが原因だ。

 まただ。

 この刀は鋭い。鋭く切れるが故に脆い。これを作った者達は、それを理解しているからこそ鞘に修復機能を付けた。

 しかしどうだ。

 実戦に使ってみれば、親父さんはこの修復機能を一度も使っていない。休憩中の手入れはかかしていないが、戦闘中に刃を鈍らせるような事は皆無。

 これが技量の差だ。

 いいや、技能についてこれない僕の肉体が原因か。

 敵は残り四匹。

「アガチオン、防げ」

 背から赤い剣が飛び出し、蜂に襲いかかる。

 左手で鞘を持ち、親指の付け根に刀の峰を滑らせる。刀身の終わり際に、鯉口を上げて切っ先を鞘に、そのまま刀を収めた。

 鞘尻で床を叩く。仕掛けを作動させて、その鞘を耳に当てる。

 気泡が弾ける音。

 満たされた霊禍水を吸って妖刀の刃が再生する音。

 魔剣は蜂とドッグファイトを繰り広げ、二匹を貫き殺す。

 敵は、残り二匹。

 泡の音が消えると同時、アガチオンが更に一匹を射殺す。

「下がれ」

 魔剣を下がらせ、鞘を捨て、最後の一匹を大上段からの一撃で両断した。

 これは及第点の一撃だ。

 感覚を忘れないように腕に刻む。

 これを毎回打てるなら、僕は一端の剣士だろう。今は、まだまだ。中の下といった所。

 緑の回廊には、鳥と虫の死骸のみ。

 鞘を足で拾って刀を収める。魔剣が勝手に背に収まる。 

 索敵。

「敵影の確認を」

 念の為、パーティ全員に視認させる。特に虫は、真っ二つでも足や目がピクピク動いている。鞘で突いたりして再度襲って来ないか確認した。

「ラナ、それは自分でやるよ」

 パーティの魔法使いが、僕の銀の剣を拾い上げ刃を布で拭いている。

「いえ、蜂蜜が欲しいので」

「ああ、なるほど」

 蜜が染み込んだ布を瓶に詰めている。後でこして、まとめるのだろう。彼女は、蜂の死骸からも蜜の詰まった器官を取り出したり掬ったりして瓶に入れていた。

 指に付いた蜜を舐める姿が、妙に艶めかしい。

 ラナは、エルフだ。

 エルフは、蜂蜜が大好きである。

 古い言い伝えによると、蜂蜜好きが高じてエルフは森に住むようになったそうだ。

 今はそうでもないのだが、エルフといえば魔法、魔法といえばエルフという時代もあった。

 魔法と蜂蜜は密接な関係にある。

 蜂蜜を調合すれば、魔力を回復する霊薬が作れるらしい。

 ただ、他の材料だけでも高価な上に、調合方法が秘中の秘なので、作れる魔法使いは、特に冒険者なら大体自分達で消費してしまう。

 極まれに商店に並ぶ時もあるが、飲み干さないと効果が分からない物だ。真贋の見極めが非常に難しい。

 昔、とある商会が大量の霊薬を仕入れた所。試飲の一本だけが本物で、後は全部偽物という詐欺事件もあった。

 詐欺られる商人は、内外から信用を失う。厳しいがそういうものだ。

 そんな話があるせいか、ここの商会でも霊薬の取り扱いはかなり厳しい。

 おまけに保存がきかない。

 リスクしかない。商品価値なしだ。

 ラナの場合は、蜂蜜や霊薬に頼らずとも、体質のせいか砂糖菓子で魔力を回復できる。だからといって嗜好的に蜂蜜が嫌いな訳ではない。

 一瓶金貨一枚とお高いので、あまり買ってあげられないのだが。

「ソーヤ、腹ぁ減ったな。軽く何か摘まもう」

「そうですね」

 親父さんの提案を受け入れる。

 現在、二十四階層。

 ここまでの道のりを休憩なしで来た。狂い咲きの階層は、マップの構造は単純なのだが敵が強く数も多い。

 回廊で戦闘に入れば、音を探知した敵に囲まれる。広間ではすぐ包囲された。

 そんなわけで、休憩したくても安心して休める場所がなかったのだ。

「親父さん、どこか休めそうな場所はありましたか?」

「ない。どうにもここはそういう階層だ。今、適当に腹に入れろ」

 ここまで、各々の戦闘力の高さで切り抜けて来たが、普通のパーティなら全滅してもおかしくない強行軍であり。その分、疲労もある。しかもこの疲労を抱えて、階層の番人と戦わなければならない。情報が全くない未知の敵とだ。

 まあ、未知への挑戦こそ冒険の醍醐味。真理だ。

 冷静に越したことはないが、臆しても好転しない。

 何が出ても斬り伏せるのみ。

「雪風、エアを呼び戻してくれ」

『妹様はただ今、作業中であります』

「作業?」

 ここにいるパーティは、後列からリズ、ラナ、僕、親父さん、シュナだ。

 それと索敵と敵戦力の分散の為、別行動中の妹がいる。

 ある意味、彼女は一番安全でもある。魔力が続く限り、不可視化できる外套を持っているからだ。あれは臭気や音まで消す。完全に、世界の知覚から隠れる事が出来る。

 一人用の装備であるが、使い回しで階層を降りられないかと考えた。しかしまあ、そう上手く行く話でもなく。

 僕とエアしか使用できなかった。

 後、僕は使用できるといっても十秒が限界。妹は、体調に左右されるが最高で四時間近くだ。

 どんな差だよ。

 ま、完全に消える事が出来ても確実に安全というわけではない。妹の再生点、魔力上限は常にメガネの液晶に表示させている。

「雪風、エアは何の作業を?」

『巣の解体であります』

「巣?」

 急な通信を送ると、場合によっては危険を呼ぶことになる。ので、ベルトにぶら下げたA.Iに仲介をさせているが、今一要領を得ない。

 パーティの皆は、携帯食料を適当に口に入れていた。周りにモンスターの死骸が散乱しているが、今更こんな事くらいでは動じない。

「それじゃその作業が終わり次第、一旦集合しろとエアに伝え――――――」

『お兄ちゃん! ゴメン! しくじった?!』

 妹から緊急の連絡が来た。

 A.Iの仲介を無視してメガネの通信機能に直接だ。

「どうした?」

『外套にフェロモンが付いちゃった?! 隠れても追って来る!』

「構わないから、こっちに合流しろ」

『分かった!』

 通信が切れた。不思議なのは、声の感じに焦りより喜びが含まれていた事。

「皆、食事は中止だ。エアが敵を連れて来る」

「うぇ、あいつ何やってんだ」

 シュナがげんなりした顔を見せた。他の皆はいたって平静に受け止める。

 メガネの液晶のマップを拡大表示する。

 エアを示す赤点が、早い動きでこちらに近づいて来る。

「後10秒で目視できる。戦闘準備。初手はシュナ頼む」

「ひょーかい」

 干し肉を咥えたシュナの返事。彼は即対応できるように柔らかく剣を構える。

「カウント開始。3、2、1。見える」

 緑の回廊。その角から妹が現れた。

 もの凄い良い笑顔で、僕らに手を振っている。

 ぱっと見の印象は昭和の泥棒だ。背に風呂敷包みを背負っていた。そこには溢れんばかりの蜂の巣が。

 もちろん、彼女の後方には蜂の大軍が追っかけて来ている。

 外套にフェロモンとかそういうレベルじゃない。

 ただ単に、蜂の巣を取り過ぎただけだ!

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