<第五章:シーカーブリゲイド>【04】  【111th day】


【04】 【111th day】


 翌日。

 々の尖塔第一層。冒険者組合の酒場に仲間を集めた。

 メンバーは、ラナ、エア、シュナ、ベル(リズ)、それと冒険者の父メディム。

 ただ、親父さんは冒険者の恰好をしていない。ゆったりした貫頭衣姿で、商人といった方が通じる。帯剣すらしていない。正直、抜けた姿だ。

「実は僕、冒険者を辞めようとした」

『ハァ?』

 と、姉妹とシュナが声を上げる。親父さんとリズは無反応。

「おれらは、どうするつもりだったんだ?」

 シュナの疑問に答える。

「シュナとベルは、フレイとパーティを組ませるつもりだった」

「それは、まあ、悪くはないけどよ」

「………………」

 思ったより悪い反応ではない。シュナ、勇者とか好きだもんな。

「アタシとお姉ちゃんは?」

 エアの質問に答える。

「二人は、一緒に他所の大陸に逃げるつもりだった」

「私は別にそれでも」

 ラナはすんなり受け入れるが、

「アタシは嫌よ。勝手に他所に連れて行かないで」

 エアには否定される。

「お兄ちゃん、ここには嫌な思い出もあるけど故郷なの。アタシはずっとここで暮らして来た。急に離れるといわれて、お姉ちゃんみたいに『はい』と離れる事はできない」

「うん、そうだな。そうだよな。すまない」

 妹に拒絶されてヘコむ。

 思い切りの行動だったが、失敗だったと痛感する。

「で、お前は何で冒険者を辞めようと?」

 親父さんにそう聞かれた。

「この先の冒険に、君らの命を賭ける覚悟がなくなった。いや、ラナが攫われた時、怖気付いたのだと思う」

「まあ、リーダーには良くある事だ」

 親父さんに肩を叩かれる。

「良くある事だが、リーダーだけが仲間の心配をしている訳ではないぞ」

 シュナに腕を殴られた。

「そーだ。ブァーカ! アーヴィンの時だって、おれらがどんだけ心配したと思っているんだよ」

「それは確かに」

 あれは皆に心配かけた。ラナの救出の時も、仕方ないとはいえ心配かけただろう。

 エアに足を蹴られる。

「今回も、急にお兄ちゃんが消えて皆心配してたのよ」

「しました。特に私は」

「お姉ちゃんなんて、フレイとラザリッサを治療寺院送りにしてまで、お兄ちゃんを助けに行ったんだからね!」

「あれは、フレイ達が抵抗するのでやむなくですが」

「ラナさんすげぇ!」

 シュナが感嘆していた。

 見ないと思ったら、入院中かフレイ達。後で見舞いに行かないと。治療費くらい出さないと。罪悪感で胸が痛い。

「で、お前。お詫びをする為にパーティや俺を集めたのか?」

 親父さんの問いに、パーティを見回す。

 本題に入る。

 皆の意見を求める。

「五十六階層に到達したいのだが、一緒に来てくれるか? 命を貸してくれるか?」

「当たり前じゃん。今更、何言ってんの?」

 まず、シュナに一蹴。

「行くよ。アタシ、冒険者として名声を高めたいから。てか、お兄ちゃんもお姉ちゃんもアタシがいなきゃダメでしょ」

「私はあなたの妻ですから、何処へでも、何処までも、生涯お供します」

 姉妹の応え。

「………問題ない」

 リズの返事。

「まとまったな。じゃ、俺はこれで」

「親父さん。待った」

 席を立った親父さんに、僕は持っていた刃物を差し出す。

「これは何だ?」

「しなやかなロラの双爪を極限まで研ぎ、それを何層もの複合金属で挟み鍛えた刃物。ドワーフに頼み。僕の故郷の刀に似せて作らせました」

 剣士の血が騒いだのか、親父さんが鞘から刀を抜く。

 刃長72㎝、元幅3.5㎝、先幅2.06㎝、反り1.7㎝。

 血が滲んだような赤く怪しい乱れ刃紋。丸鍔には、レムリアの紋章である狐と牛が彫られている。鞘にも特殊な加工が施してあり、刀身が収まった状態で鞘尻を叩くと霊禍水が中に満ちる。

 刃こぼれ程度の損傷なら、、刃になっている爪はこれで即再生する。金属部分に錆の問題があるから、手入れは欠かせない物だが、

「切れ味は保障します。慣れない僕が使っても、鋼をバターの如く斬ります」

「少し短いな」

 基本的なロングソードは80㎝から100㎝。ダンジョンの中では、やや邪魔になる長さだが、その長さを扱えないようなら剣士としては下の下だ。

「扱えませんか?」

「冗談をいうな。神でも斬れる輝きだぞ、これは」

 刀身に隻眼を映し、親父さんは妖しい輝きに浸る。

 こいつは妖刀の類である。

 狂人に渡れば、凶刃として名を残す事になる。

 神に逢うては神を斬り、仏に逢うては仏を斬る。魔など刃が選ぶまでもなく。そんな言葉があったが、もしかしたら、この刀は正しくそうなのかも知れない。

「ソーヤ、この刀の名は?」

「アラハバキ」

 命名したのはマキナだ。

 日本の、忘れ去れられた謎の神の名だという。僕らが使うにはお似合いの名前か。

「ま、俺には過ぎた物だ」

「あげます」

「………………気に入ったから返さんぞ?」

 チンと鯉口を鳴らして刀を鞘に収め、親父さんは自分の腰に帯びる。抜けた姿に魂が入る。気迫と、精力が溢れる。

 増々、三船敏郎みたいになった。

「親父さん。あんたから、ロラを討伐した謝礼を貰っていません」

「何が欲しい?」

「あんたが欲しい」

「俺みたいな爺。この先、大して役に立たないぞ」

 言葉の割には不敵な笑顔を浮かべる。

「五十六階層の話ですが、期限付きで、後254日以内に到達しなければいけません。それまで持ちませんか?」

「なるほど、老骨には厳しい時間だが。最後を飾るには十分な時間だ」

「では?」

「付き合ってやる。それが、俺の最後の冒険だ」

 親父さんが手を伸ばして来た。

 手には、傷を幾つも重ねた年輪が見えた。

 手を取る。握手して、冒険者の父をパーティに取り込んだ。

「お兄ちゃんさ、またアタシ達に相談しないで勝手に進めてるよね?」

「あ」

 妹の発言にギョッとする。

 ため息混じり、呆れ顔で見られた。

「す、すげぇ。冒険者の父とパーティ組んだぞ」

 シュナは素直に目をキラキラさせる。

 こういう反応は本当にありがたい。

「おいおい、俺は二十階層までしか行った事のない初級冒険者だぞ。過度な期待はするな」

 謙遜する親父さんに、ラナがやんわりという。

「メディム様には無駄に長く冒険者をやっている経験があります。それで、夫の負担を減らしてくださいね」

「俺は、それ褒められたのか?」

「まあ、メディム。お姉ちゃんは基本的に気にしないで。頭の中、魔法とお兄ちゃんの事しか入っていないから」

 妹がしっかり姉のサポートをする。………サポートなのか?

「いたっ」

 後頭部に小さい痛みが走り、びっくりした。

 いつの間にか、背後にエヴェッタさんがいた。僕の髪の毛を再生点に入れて容器を振る。

「ソーヤ、新しい再生点です。こんな頻繁に壊す冒険者はあなただけですよ。後、銀貨二枚です」

「あれ、値上げしてませんか?」

 前は銀貨一枚だったはず。

「組合長からの、頻繁に壊し過ぎるペナルティだそうです」

「くっ」

 渋々支払う。二倍は酷いだろ。

「あら、ソーヤ。これは?」

 浮かび上がった赤い液体は、アーヴィンと同じくらいの量。魔力は相変わらずカスだが。

 恵まれた前衛職の再生点だ。

 二回目のワイルドハントの影響だろう。メガネの偏光モードでごまかしているが、虹彩は金色に変化したまま戻らなくなった。

 長年研鑽を積んだかのような、剣の腕も取得していた。この剣線には見覚えがあった。これは、ザモングラスの剣技だ。

 呪いを祓うという事は、死を継ぐ事なのだろうか。

 今の僕には、まだ分からない。

「ま、僕も鍛えていますから」

 おどけて、笑って、飲み込む。

 理解できないモノを今は恐れている暇はない。これからずっと、その未知に挑戦して生きて行くのだから。

「それはそうと、ソーヤ。これはパーティの集まりですか?」

「はい、そうです」

「それは丁度よかった」

 とエヴェッタさんは、バインダーに挟まったスクロールを取り出す。

「二十階層から、パーティの管理体制が変わります。して、登録名が必要になりますが、名前はどうしますか?」

「皆、僕が決めていいか?」

 満場一致で、皆が頷く。

 では、名前を継ぐとする。

「シーカーブリゲイド」

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