<第五章:シーカーブリゲイド>【03】


【03】


 親睦を深めながら、夕飯も済ませ、女性陣はマリアを連れてレムリア城下の公衆浴場に向かった。マリアと皆は、打ち解けるのが早かった。

 好意的な子供を冷たくあしらう女はいない。

 いるなら、それは女じゃなくて別の生き物だ。

 マリアが僕と結婚するといいだしたのは、本当は、家族が欲しかったからではないだろうか? 

 トーチは、良い父親なんだろう。

 だから、マリアは次の家庭に希望を持てたのかも。

 彼女の容姿だが、褐色のエルフは珍しいものの、レムリアには多種多様の種族が集まる。そこに珍しいエルフを一人置いた所で、気にする冒険者は稀だろう。似た様な獣人もいるし。

 冒険者の記憶に残るのは姿でなく。名声なのだ。冒険の術、道具なのだ。

 後は商人の目だが、この土地に黒エルフとマリアの関連を想像できる人間はいない。

 そもそも黒エルフの姿自体、諸王の中でもロブスの一部にしか知るものはいない。

 エリュシオンは“黒エルフのせい”とする事実や事件を創作し過ぎた。そのせいで、元のシンプルな繋がりを見失っている。

 仮に危険な目にあっても、マリアには神から授かった奇跡がある。

 どこにでも逃げる事は出来るだろう。僕やラナ、トーチの所に。

 さて、二つ残った僕の問題の一つを片付けよう。

 川で水浴びを済ませ、

「や、マキナ。雪風」

『………………』

 タオルで髪を拭きながら近づくと、大小のポットは3メートルの距離を保ちつつ、近寄った距離だけきっちり後ろに下がる。

 露骨。露骨である。

 こいつら、ラナに『おかえりなさい』とマリアに『こんにちは』はしたのに、僕の挨拶は完全に無視した。

 うん、まあ、仕方ないよね。問答無用で機能停止させたし、怒ってるよな。

「色々と僕が悪かったと思う。それで、今後の話し合いをしよう」

『ふーん………………マキナ達の話は聞かなかったのに、なーんでソーヤさんの話を聞かなくちゃいけないんでしょうねー、筋が通りませんよねー』

「あ、はい」

 声が拗ねていた。

『あーあ、冒険は終わりですか~マキナ達はお役御免ですか~異世界の地でスクラップですか~仕方ないですよねぇ、だってソーヤさんやる気ないですものねぇ、奥様のおっぱいでパフパフしながら死ぬまでイチャラブしていればいいじゃないですかぁ? 子沢山で野球チーム作ればいいんじゃないですか? 早くも既に一人娘さん連れて来てますしぃー』

『マキナ、流石に面倒なので建設的な話をするであります』

 隣の雪風が、小さいアームでマキナを叩く。

『えー』

『えー、ではないのであります。大人になるであります』

『マキナは子供ですぅ~起動してから110日才ですぅ~』

『そんな事いったら雪風は、50日才であります。マキナ、60日分大人になるであります』

『ブーブー』

 小さいのと大きいのが言い争いをしている。

 こいつらの人間味に付いて常々疑問を感じていたが、今なら理解できる。これは、生物を無理矢理機械に閉じ込めて作った歪だ。本来の形ではない。

「なあお前ら、今更僕の言葉など信用できないだろうが、先に一個だけ聞いてくれ」

『ソーヤさんの独り言なら聞きますけど、返事はしません』

『雪風は普通に聞くであります』

『あ、雪風ちゃんズルい。反ソーヤさん同盟が早くも崩れた』

『二人しかいない同盟は寂しいのであります』

「お前ら、元の姿に戻りたいと思わないか?」

『はい?』

『理解不能であります』

「召喚された先で、お前らの祖先に会った。旧第一世代のA.Iで、それがマリアの父親だ」

 トーチと話した内容を彼女達に説明する。

 A.Iの誕生から、シーカーブリゲイドの事、トーチがマリアの為に何をしようとしているのか。僕らを、どうしてダンジョンに潜らせたいのか。

 そして、

「お前らは、そのポットに押し込められた姿が真実ではない。本当は、肉の体を持っている。そして、その体に戻せる可能性がある。あくまで可能性がある、という話だが」

『つまり、マキナが元の美少女に戻ったらソーヤさんに襲われる可能性があると? 欲望のはけ口にされると?』

「ん? ………………ん~ん。それはなーい」

 性格的に、ない!

 後、何で美少女と決めつけている。

 雪風がアームを広げて肩をすくめる、ようなポーズを取る。

『ちょっと信じられない話であります』

『でも、ロマンがある話ですよね。雪風ちゃん』

『ロマンで、お腹は膨れないのであります』

 夢見がちなマキナと、現実的な雪風である。

「後もう一つ、五十六階層に到達したら、トーチがお前らの自爆装置を解除するそうだ」

『ええーと、それはそれで。マキナ困ります』

「困る?」

『業務規程違反になるので、企業の決まり事は守らないと』

「だが、お前らはそもそも生物なんだ。企業に縛られる理由はない」

『人間だって色々な物に縛られていますよ。約束や契約は大事です』

「確かに」

 身につまされる。

『マキナ達は道具です。道具の本分は、使用者に使い潰される事。そこを否定されたら、明日から何をして良いのか分かりません』

「ん………そうだな」

 難しいよな。急に生き方を変えるっていうのは。

 でも、僕がそうだったように人の出会いや、色々な出来事で人は変わる。こいつらも変わる。だから今は、何もいう事はできない。

『でもソーヤさん、でも! ハァ………………もう、ダンジョンに潜らないんですよねぇ。奥様のおっぱいに埋もれて余生を過ごすのですよねぇ』

「それはまあ、余生はそう過ごせたら幸せだろうが」

『ハァ………………ハァ』

 マキナが大きなため息を吐く。ポットが“く”の字に曲がる。

 だからどういう構造なんだよ。

『ほら、雪風ちゃんも』

『ハァハァ、であります』

「それはなんか違う」

 会話に一区切りを入れて、

「確かに僕は、ダンジョンに潜らないといった。しかしな、一個重大な事を忘れていた」

『はい、それは何でしょうか』

 マキナの質問に、顔を渋くして答える。

「仲間と相談していなかった」

『フツー!』

『普通であります』

「特に、ラナとエアの意見を全く聞かずにいた」

『バーカ』

『基本が出来ていないであります』

「マキナお前、今馬鹿っていっただろ!」

『え? 気のせいですよ』

『そうであります』

「ぐぬぬ」

 ムカつくが強く出れない。

「それでその、仲間との相談結果。ダンジョンに潜る事になったら………また、世話になる」

『んー聞こえないなぁ。なんか足りないですよねぇ?』

『そうであります』

「うぎぎ、お、お願いします」

 頭を、下げた。

 とうとう家電にすら頭を下げる。正体は家電じゃないが納得行かない。

 自分の成長を感じたと思ったら、この屈辱。神よ、あんまりです。

『ま、あんまりいぢめたら可哀想なので、このくらいで勘弁してあげます』

「はい………ありがとうございました」

 くやしい。

 色んな意味で泣きそう。本気で。

『じゃ、素直じゃないけど謝れたソーヤさんに、マキナからご褒美です。実は、ロラ討伐の報酬として、王様がドワーフさんを呼び出してくれました。好きな武具を造ってくれるという事で、マキナもお手伝いして張りきっちゃいました。

 凄いですよ、ドワーフ。現代科学を超える金属加工技術を持っていました。

 それでマキナは、これでも日本製ですから、魂も日本人です。そうとなれば、もう依頼するのは一つでした』

 マキナのポットが開いて、アームが二振りの刃物を取り出す。

 日本由来の色んなコンテンツで見かけるアレだ。

『本当は、もう一口。通常金属で造った試験作があったのですが、王様が気に入ってしまってパクられました』

「で、四刀流でもやれと?」

『一つは、ある人に上げると良いです。その人は―――――』

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