<第四章:再会の時、来たる>
<第四章:再会の時、来たる>
トーチがマリアを寝かしつけて、聖堂に戻って来た。
彼は、暖の為に焚き火を用意する。そこで泥水みたいなコーヒーを作ってくれた。大雑把な指で器用な事をする。
適当な木箱を椅子にして座り。コーヒーを一口。とてつもなく苦かった。
これ系は昔から味覚に合わない。ホント、子供舌だな僕は。酒の味も分からないし。
休憩を挟んだ後、再び互いの情報を交換する。
「そういえば、半世紀以上経過しているのに物資の劣化が少ないな」
『この聖堂では、物質の劣化が非常に遅くなる。解析不能の現象である。………質問。先程から年代について齟齬が発生している。半世紀とはどういう事であるか?』
「お前達がここに来てからの年数だ」
『我々がこの世界に来てからの経過時間は、131.592時間である』
「ん?」
『十五年と四日である』
「………は?」
『貴公が訪れた年代を答えよ』
僕は今の西暦を答えた。
『返答。情報を統合した所、ポータルは時空間移動の現象であり。現代世界と経過時間の差異が生まれるのは不思議ではない』
「それじゃ、仮に僕が元の世界に戻ったとして。向こうじゃ、こっちと違う時間が流れているのか?」
『不明であるが、現代世界にポータルの座標が残っているのなら、同じ年代に帰還できる可能性は高い』
帰ろうという意思は少ないのに、何故か安心した。
僕が帰りたいのは右大陸だ。
「てか、お前はマキナを操ってポータルを開いたよな?」
『肯定。だがあれは、殆どがマリアの能力である。私は機能停止中の妹を再起動して、一時的に躯体のコントロールを行っただけだ』
「マリアは、ポータルを自由に作れるのか?」
『否定。自由ではない。マリアのポータルは、視界内、もしくは関連がある事象の所にしか飛べない。貴公は当初、私の前に召喚する予定であったが、より関連性が高いのであろうアシュタリア王家の前に召喚された』
「………なるほど」
僕には勇者の証があった。アメリア王女は勇者に救国を願っていた。
加えて、アシュタリア王家のご先祖様であるロラを、僕は討伐した。
妻と妹は、ヴェルスヴェイン血統である。
陛下の臣下には、レグレ、ザモングラスと僕と関わり合いがある人間の縁者がいた。
そりゃ、そっちに呼ばれるよな。
『逃亡手段としては非常に優秀であるが、強襲手段としては不確定要素が絡む為、愚策である。法王の暗殺も計画したが、今のエリュシオンには、マリアと関連のある人物は存在せずポータルで飛ぶ事は出来なかった』
「ガシム家が巻き込まれた陰謀は、お前達と関係があるのか?」
『名前を使われた事から、完全に無関係とはいえない。ただ、それ以外の関連性は存在しない』
「そうか、よかった」
もし、ガシムの転落にこいつらが関わっているなら………………止めておこう。
少し離れた話題を振る。
「黒エルフ軍は、あ、新生ヴィンドオブニクル軍か? まあ、どっちでもいい。お前らは、銃器で武装するつもりなのか?」
『否定する。まず、ビーストに対して火器の効果は薄かった。シーカーブリゲイドの歩兵火器、私達の重火器も然り。一番危惧する事態は、銃がエリュシオンに渡る事である。
私達が保有する対ビースト戦力には、銃は効果があるのだ。銃の作製を行うのなら、ビーストを絶滅させた後である』
「つまり、銃は英雄を殺せるが、獣は殺せないと」
聖リリディアスの騎士が、銃で武装するか。
それは勘弁して欲しいな。ワイルドハントを使う前に、僕は射殺される可能性がある。
『貴公は、我々に協力をするつもりはあるのか?』
「内容による」
『私は、娘が生きやすいよう世界を変えたい。その為に、差別的な現支配体制を破壊する』
「傲慢な願いだな」
『私達は、形はどうであれ元々この世界の住人であった。この世界に生きる者が、世界を変えようと思うのは、至極当たり前な生物としての欲求である』
正論、ではある。
はい、そうですね。とは飲み込めないが。
「その為に何人死ぬ?」
『不明である。予測ではあるが、中央大陸に住むヒームの35%は死滅するであろう』
「35%って、何をするつもりだ?」
『獣人の奴隷体制からの解放。革命と虐殺は並行して行われる事象である。有能な人材はこちらで回収する予定だ』
「無辜の人間も死ぬんだぞ」
『支配層に育てられた者達は、例え赤子であっても無関係ではない。彼らにあやかって生きる者達も等しく罪人である。人との罪科とは、系譜なのだ。断つのなら、全てを断つ必要がある』
「なら、マリアもその系譜の一つだろ」
『ノー。マリアは私の娘である。捨てられ、忘れ去られた者だ。断じて違う』
こいつ、どこか狂っている。まあ、戦争なんかする奴は大なり小なり狂っているもんだが。
僕じゃ説得は無理だ。元々口は上手くないし。
「了解だ。断っておくが、僕は戦争に付いて一切協力はしない。お前らの革命とやらにも興味はない」
『了解した。貴公がいなくても計画の進行に問題はない』
そろそろ、核心と本題に入ろう。
「僕らを、この世界に呼んだのはお前か?」
『貴公が所属している企業が、貴公をこの世界に送り込んだのは、私の情報を受け取ったからである』
「やっぱりか」
『イゾラは、現代世界に存在する私唯一の、系譜である。だからこそ、それを保有する企業が私の量子通信を受け取ったのだろう』
「イゾラが?」
『計画予定では、1957年に第一世代のA.Iは廃棄され、別系統のA.Iが開発される事になっていた。推論に過ぎないが、試作予定の統合型第一世代に封入、もしくは侵入して、生き延びていたのだと思われる』
「企業側のメリットって何なんだ?」
『私が知っている秘密口座の金銭及び、旧世代の廃棄された技術』
「そんなものを何に使うんだ」
『不明』
分からんのか。
日本の企業も何が欲しかったのやら。
「じゃ、教えろ。々の尖塔、五十六階層には何がある? 僕がダンジョンに潜らなければならない理由とは何だ?」
『不明である』
「不明?!」
おまっ、ふざけてるのか。
『まず、五十六階層に何が存在するのか私には分からない。これは、私以外のA.Iがもたらした情報である為に』
「お前以外のA.Iがこの世界に………」
そうか。こいつらは、
『先にいった通り、私達はこの世界から貴公の世界に落ちた。その時、本来の姿を失っている。そして、この世界には私達の元になった人間、もしくはそれに似た生物が存在している。今もって詳細は不明であるが、その事象から一つの情報が今も尚送られている。それが『々の尖塔、五十六階層に到達せよ』である』
「あ………心当たりがある」
ロラが潜んでいた場所だ。
「人工知能のコアユニットを挿し込まないと、開かない扉があった」
『興味深い。コアユニットの構想は、私達が元々持っていた技術だ。当初A.Iは、ラジオや通信装置の一部として利用される予定だった。ストレス問題が発覚したので早々に棄却された』
「では、A.Iのコアユニットを持って五十六階層に到達しろ、という事か」
『肯定。そしてそれが、貴公にしかダンジョンに潜れない理由である』
「僕にしか?」
『基本、アウターワールドと現代世界の干渉は偶発的に行われる。個人がこの世界に落ちて、尚且つそれが人工知能を所持していたとして、右大陸に到着する確率、それが々の尖塔で冒険者として活動して、五十六階層に到達できる可能性は………ゼロに近い。つまり、貴公が一番可能性の高い人物である』
「なるほど、僕にしかできないのか」
僕は、いたって冷静である。
安い言葉で浮かれるほど子供でもない。僕には帰るべき場所がある。守るべき女がいる。それらを天秤に掛けると、間違いなく使命や、ダンジョンなどペーンと上がる。吹っ飛ぶ。
A.Iの秘密。
異世界の秘密?
知るか。
僕が大事なのは女だ。………ああ、なるほど。だから、ヴィンドオブニクルと契約できなかったのか。
「で、だからといって、危険を冒してダンジョンに潜る理由になると?!」
『仮に、他に冒険者を雇いコアユニットを五十六階層に運んだとしても、発生する事情に対応できない可能性が高い。私達の知識、現代世界の知識を保有していないと事象を理解できない。つまり、貴公がコアユニットを持ってダンジョンに潜るのが―――――』
「違う。そうじゃない」
こいつ、やっぱり人間の根本を理解していない。
「僕は、お前達の使命や矜持に添う理由がない」
『理解不能。そもそも、何故貴公は使命を放棄した?』
「それより価値があるモノを見つけたからだ」
『現代世界に帰還する事を諦めているのか? 企業からの報酬を放棄するのか?』
「そうだ」
『私達の秘密を聞いても、協力するつもりはないのだな?』
「ない」
元の世界に戻って貰える金より、遥かに大事な――――――大事なものがここにある。
『貴公は、度し難いな』
「それが僕だ。大事な女に命を賭けるのは、生物として極々当たり前の事だ」
『ならば仕方ない。計画を一部変更する』
「は?」
『中央大陸への人員を割いて、右大陸に回す。左右大陸の支配を濃くしてから、中央大陸に攻め入る事にする。貴公は、ジョークのセンスはなさそうだから簡潔にいおう。女を殺されたくなかったら、私に従え。ダンジョンに潜れ』
「お前、いったな。僕の前で女を殺すと!」
不味いコーヒーを投げ捨てる。
アガチオンを引き抜いて、旧世代のポンコツに突きつけた。
「今ここで! ガラクタにしてやる!」
『貴公の力は理解している。獣には有効であるが、銃器はどうであるか?』
トーチが右腕を向ける。装甲が展開してブローニングM2重機関銃が二丁現れる。
「僕を殺したければ戦車でも持って来い!」
『私は軽戦車である!』
「お前のような戦車がいるか! せめて美少女に乗らせろ!」
『理解不能!』
「うっるさいッッッッ!! 寝れんぞ馬鹿者ッッ!」
やたら可愛らしいパジャマを着たマリアに怒鳴られる。小脇に、トーチに似た縫いぐるみを抱えていた。
「ソーヤ! 貴様、ダディに剣を向けるとは何だ! それが義理の息子のすることぞ?!」
「だってこいつが」
「男同士なら素手でやれ!」
「いやいや、サイズ差考えろ死ぬぞ。僕」
マリアの容赦ない蹴りが僕の脛を捉える。
「いっつ!」
これDVじゃないのか?
「ダディ! こんな男でも妾が選んだ夫であるぞ! 何故、銃を向けるか?!」
『これは、アメリカ社会の父子家庭における娘がボーイフレンドを連れて来た時の、極々一般的な対応である。男子がショットガンの一発も喰らわないで、男になれるとは思わない方が良い』
「ダディ! その銃くらったら人間は原型保てないぞ!」
『私の義理の息子なら平気である』
「ダディ!」
『アーアー、集音機能に不備が発生した為に聞こえないのである』
トーチは、耳? らしき部分に手を当てて『聞こえない~』と巨体を振ってそっぽを向く。
その背中をマリアが人形でバシバシ叩く。
「貴様ら、ちょっと並べ」
激おこのマリアが僕らに命令する。僕の経験上、こういう時は従った方が良い。
気を付けで直立する。
『マリア、父に向ってその』
「整列!」
『はい』
兵士の条件反射で、トーチが僕の隣に並ぶ。
「我らは家族になったのだぞ! 早々に剣と銃を構え合うとは何ぞ!」
『マリア、私は結婚を認めていない』
「妾が選んだ男なるぞ!」
『認めない』
「じゃ、駆け落ちする。ダディとは、もう一生口を利かない」
『ぐ………………認める』
「よし!」
こいつの弱点を見つけた。
「今日は、三人一緒に寝る! 貴様ら二人を放置しておけん! 全くなんであるか?!」
「何であろうね」
『うぐぐ』
不機嫌なままマリアがトーチの足を叩く。
それを合図にトーチは横になって、布を引き寄せ寝床を作った。
「ほれ、ソーヤ」
マリアは、来い来いと手招き。
トーチは、しっしっと手招き。
まあ、成り行きで家族ごっこに付き合う。僕とトーチで、マリアを挟んで横になった。枕替わりの鉄の腕が頭に痛い。
マリアは急にご機嫌になっていう。
「二人共、似た匂いがするではないか」
それは、鉄と血の匂いだろ。
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