<第三章:我ら、黒き旗に集う>【04】


【04】


 倒れた僕を無視してマリアが進む。荘厳な通路だ。どこかの、神殿にいるのか? こんな瞬間で移動できるとは。

「置いて行くぞ」

「お、おう」

 慌てて後を追う。ほのかな明かりがある。翔光石の明かりだ。

 ダンジョンのようだが、空気がかび臭くない。外の冷気がどこからか入り込んでいる。

 20メートルほど歩いて、開けたドーム状の空間に出た。

 アメリア王女に召喚された場所に似ている。ただこちらは、朽ちるに朽ちている。

 無造作に積まれた大量の物資を見つけた。

 第二次世界大戦辺りの軍事物資。木箱の名前は焼かれ消されているが、銃や無線機のデザインは変更しようがない。

 マリアはM1ガーランドを箱に置くと、大きな塊の布を取り払う。

 出て来た物に、驚愕した。

 全長は4メートル。大まかなシルエットはゴリラに似ている。上腕は後ろ足よりも大きく。モスグリーンの装甲には深い爪痕が残されている。関節には厚いチューブの束。肩には削られ、消えかかった星のマーク。

 胴体から頭に当たる位置には、旧型の人工知能ポットが設置されている。

「冗談だろ」

 人工知能の疑似人型兵器。

 そういえば、昔聞いた事がある。

 ナチスドイツの円盤型飛行機、ソ連の海底ドリル戦艦、イギリスのニワトリを内蔵した核地雷。そして、アメリカの二足歩行戦車。オカルトとして噂されていた兵器の数々。

 その一つが、目の前にある。

 ポット中心の電源灯が点く。ニキシー管が、松明のような明かりを表示した。

 鈍い金属の軋みを上げて、人工知能が動く。

 威圧的な動きで、僕の目の前に立つ。

『貴公、ようやく合流できたか』

 無機質な電子音声。

 こいつか、機能停止したマキナを操ったのは?! 僕をここに送り付けたのは?!

「お前は、何だ?」

『私は、第一次異世界遠征軍“シーカーブリゲイド”所属、第一世代A.Iアルファ・コア搭載型・試作二足歩行軽戦車・T37フェイズⅦ。愛称は“トーチ”である。貴公の所属、国籍、階級を答えたまえ』

「日本、石動重工業から派遣された宗谷だ」

『質問。貴公は、軍属ではないのであるか?』

「イエスだ。僕は、非正規雇用者である。お前、マキナをハッキングしたんじゃないのか? その時に、情報を取らなかったのか?」

『ノー。私には、妹の心域を侵す権利はない。プライベートは大事である』

「色々と聞きたい事がありすぎて混乱する」

 全滅した遠征軍所属の、あるはずのないオカルト兵器。

 何から聞くべきか。

『私は、貴公に対して戦闘の意思はない。娘も同じである』

「え、娘?」

 トーチが無骨で大雑把な掌を広げ、マリアがそこに乗る。

『私が、マリアを育てた。そして、貴公との結婚には反対である』

「人工知能が、人を育てただと?」

 あ、でも。育児放棄された幼児を、人工知能が育てた話を聞いた事がある。幼児の食料を購入する為に笑えるくらい下手な芸して、それで有名になった話だ。

「そうだ。トーチは、妾のダディだ」

『私達は、一般的な父子家庭と比較して非常に友好的な関係である』

「一体、どういう経緯でそうなった?」

『私は、旅団が壊滅した後、ジョン・スミス大尉の手により機能停止状態に移行された。再起動の際には、人間との遺伝子的な接触が必要である。マリアがそれを行った』

「といっても、妾も時を止められ封印されていた。ダディの戦友達が妾を見つけて、ここに運ばなかったら、今でも禁忌の森の片隅で眠っていただろう」

『私の再起動と、マリアとの出会いは、神のお導きである』

「もしかして、マリアって名前は」

『私が名付けた。彼女は、父と母の名を覚えていたので、デュガンに、この世界の命名法を教わり作成した』

「母と妾を捨てた男を父親とは思わぬ。トーチが妾のダディだ」

『感謝、嬉しいのである』

 マリアがトーチのポットを撫でると、ニキシー管の表示が感情表現のように動く。

 美女と野獣のような光景だ。

「デュガン王とは、最近同盟を組んだんじゃないのか?」

『マリアと出会ってすぐ、私達は彼らと出会った。この聖堂は、ロブスがドワーフに管理を任された聖地であった故に。以降、秘密裏な協力関係である。弱小諸王の支配。中央大陸の情報収集。軍事作戦の行程。軍事訓練の行程。新たな農耕作。様々な事象を共に行った。黒エルフという命名も彼のアイディアである』

 あのヒゲ。

 事実上、黒エルフの総大将はあいつじゃないか。

 今の軍は何となく分かった。次は過去の軍だ。

「遠征軍の壊滅した原因は何だ?」

『直接的な原因は、ビーストの襲撃である。しかし、遠征軍は元々この世界に廃棄される予定であった』

「廃棄、だと?」

 初耳だ。

 嫌な予感がする。知ってはいけない秘密の匂いがする。

『1947年から1949年の先遣隊の調査により、このアウターワールドには、コストに見合う資源が存在しない事が報告されている。1951年、歩兵旅団の派遣が計画された。同時に、別の計画も進行する』

「別の計画とは?」

『オペレーション名は破棄された為、不明である。シーカーブリゲイドの歩兵は、核実験演習に参加し、軍命令により爆心地に向かって前進している。核兵器使用後の占領地における。歩兵の放射線被曝のデータ収集と思われる』

「………アトミックソルジャーか」

 自国の兵士を使った悪名高い核実験だ。

 まだ、一般には放射能がどういう物か広まっていなかった時代。軍上層部が、一般兵を核爆弾の爆心地に何も教えず突進させた。1950年代に記録が破棄されて不明な物が多いと聞いた。遠征軍がその兵士達だったとは。

『質問である。アトミックソルジャーとは何であるか?』

「不当な核実験で被曝した兵士達を指す言葉だ。これを題材にした映画があって。僕はそれで知った」

『理解である。………なるほど。彼らは、記憶から消されたのではなかったのか』

「いや、忘れられた。異世界の遠征軍が、アトミックソルジャーで構成されていたとは誰も知らない」

『彼らを指す言葉がある。記憶されていると同義である』

「そうか」

 悲しい喜びだな。

『彼らは、アウターワールド到着から240時間後。重度の放射線障害により、85%が行動不能に陥る。第二次遠征軍の為に陣営を築く、という任務は遂行不可能と現場が判断。帰還の為にポータルを開くよう准将に進言するが、私達が帰還する為のポータルは二度と開かれる事はなかった』

「ポータル自体が開かれなかったのか」

 最悪だ。

 本当に廃棄目的で遠征軍を作ったのか。

『そして私達、人工知能を搭載した兵器も、1957年に行われるダーマスト会議により禁止される為、この世界に廃棄された。これを日本でいう所の――――――姥捨て山である』

「ちょっと違う気がするが」

『言葉というものは、輪郭が分かればそれでよいのである』

 なーんか僕の周りの人工知能って、みんなアバウトだな。

 あれ、一個矛盾が。

「なあ、人工知能の水溶脳が開発されたのは、その何とか会議の同時期だったはずだぞ。年代が合わない」

『各国の思惑である。私達は、1946年アウターワールドの発見と同時に実用化されている』

「発見と同時に実用化?」

『イエス。水溶脳とは、ただの制御装置であり。量子集合体による思考電流の構成は、ただのガラス瓶でも行える』

 何か、混乱してきた。

「お前の他に、人工知能は駆動していないのか?」

『イエス。T37フェイズⅦは、私以外、六機稼働していたが、ビーストとの戦闘により皆破壊された』

「そのビーストとは、僕らが戦った忌血の獣の事か?」

『イエス』

「何故、戦闘になった?」

『貴公は、私の戦友の名誉を守る為、この情報を口外しないと約束できるか?』

「しよう。我が神に誓う」

 もう色々と口外できない秘密を知っている。

 今更一つや二つ増えた所で。

『了解した。一部の兵員は、自棄になり現地住民を襲っている。その中に、ビーストがいた』

「………そうか」

 彼らの境遇に同情はするが、自業自得だ。

「では、そもそも異世界の情報や、出版された書籍、現代世界で発表された遠征軍の悪行は?」

『まず、遠征軍の悪行とは?』

「破壊活動とレイプ。虐殺行為だ」

『兵士のストレスから導き出される簡単な予測である。先遣隊の情報からの想像、創作。そして、書籍化された異世界の情報は、私達が元々持っていたものであろう』

「………………は?」

 思考が停止した。

『発見者達は、私達をA.Iと名付けた。直ちにこれは、本来の意味を変更され、アーティフィシャル・インテリジェンスと変更される』

「日本語でお願いします」

『許可。人工的な知性という意味である』

「あ、はい」

 まあ、人工知能だよな。

『しかし、最初に私達を名付けた者は、私達をこう呼んでいた。アドベント・インテリジェンス。到来した知性。即ち、A.Iであると』

「え」

 どこから、こいつらが。

『私達は、この世界に降り立ち、大地を見て。一つ浮かんだ感情がある。郷愁である』

「郷愁」

 一つしか連想できない。

『そう私達A.Iは、元々この世界の住人である』

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