<第三章:我ら、黒き旗に集う>【03】


【03】


 街の一角に、無数の武器が突き立てられた場所がある。

 剣に槍、大弓に大鎌、陛下達が使った大槍に大型メイスもある。よく見れば武器だけではなく、農耕器具も立てられていた。全てが痛み、爛れ、歪んでいる。

 目に止まったのが、新しい土の山。鞍が置かれていた。

 ここは、墓所だろうな。

「埋まっているのは、ヴァルシーナだけだ。民も、兵も、将も、灰となって風に消えた。ここにあるのは彼らの証。愚生が集められた彼らの欠片に過ぎない」

 陛下が促した場所には、大きな穴が一つ。

「愚生が入るはずだったが、仕方あるまい」

「はい」

 白い獣の首をそこに埋めた。

 狼に掘り返されても困るので、大目に土を盛る。

 最後に、ザモングラスの剣を、

「それは、そなたが継ぐが良い」

 陛下が墓標代わりに大槍を刺す。剣を鞘に収めた。

 緋の騎士ザモングラスの墓にしては侘しい物だ。

 彼の弟子が見ても、誰も師がそこに眠っているとは気付かないだろう。

 でも、人の死とはこういう物か。

「あやつは、死に場所を探していた。愚生と同じでな。老醜を治める術が死地に向かう事とは、不器用な男だ」

「陛下は、その。………あの。エリュシオンの獣が」

「うむ、知っている。それを知るのは諸王の務めだ。我らが強さを信奉する理由でもある」

 だろうな。

 伊達にエリュシオンと戦争はしていない。

「ザモングラスの最後は、どうであったか?」

「立派な最後でした。騎士らしく、騎士らしい清廉な最後です」

「で、あるか」

 陛下の疲れた顔を初めて見た。

「陛下、どこかお加減が?」

「そなたらのせいだ。馬鹿者め」

「はあ」

「今は詫びる時であるぞ」

「すみません」

「うむ」

 陛下が満足気に太い腕を組む。

「全く。愚生の臣下といえば、どいつもこいつも先に死におって………」

「それも、お前さんの人徳だろ。諦めるんだな。それとも今すぐに死んでみるか?」

 と、突然現れたデュガンにいわれる。かの王の後ろには、例の褐色エルフがいた。フードを被り人相を隠して、ライフルを背負っている。

 陛下は平然と返す。

「ここでやると、死者が灰から蘇るぞ」

「それは困るな。落ち着いて話せる場所に行こう」

 王二人は、取り留めのない話をしながら並んで歩きだす。

 傍から見ていても仲が良い。明日殺し合う仲なのに、諸王とはこういうものなのか? それとも男の友情とは。

「なあ、なあなあ、お前」

 余ったエルフが僕に絡んで来た。

「何?」

「さっきのあれ、何ぞ?!」

 子供みたいなキラキラした瞳で聞いて来る。最初会った時と随分と印象が違う。

「秘密だ」

 簡単に教えられるか。

「良いではないか、良いではないか」

 突かれる。

「ほれ、これをくれてやろう。世にも珍しい異邦の菓子だぞ」

 無理矢理、何か黒い物を手に握らせられる。

 小さいひし形の飴? 匂いは別にない。疲れからか、無警戒に口に運んでしまう。

「ごふっ」

 刺激に咽る。塩っ辛さで溢れた唾液が、嘔吐前の胃酸のような苦味に変わる。鼻を突くアンモニア臭。それもそのはず、これは甘草と塩化アンモニウムで作られた物。

 こ、これは、これは間違いない。

「サルミアッキだ、これ」

 地球で一番不味いお菓子。お菓子というか薬品。喉飴なのに喉を傷める飴。

 僕はこれを、完成品とは認めない!

「どうだ? 美味いだろ」

「不味いわ」

 もったいない精神を唾液と共に吐き出す。我慢にも限界がある。

「なっ、トーチはこれが異邦の味だといっておったのだぞ」

「誰だよそれ。フィンランド人かよ」

「フィン? なんだと?」

「これ、マリア。他所の臣下をからかうものではない」

「はーい」

 褐色エルフは、デュガンに呼ばれ娘のように隣に着く。

 独りぼっちは寂しいので、三人に話題を振った。

「あの、先ほどの大きい狼。あれは何でしょうか?」

『は?』

 何、お前そんな事もしらないの? という三人の顔。

 なんか久々のリアクションだ。僕、異邦人だからね。知らない事一杯ありますからね。

 仕方がないな、という顔で陛下が答えてくれる。

「あれは“古き者”だ。神代から左大陸に住まい。凶事がある時に姿を現す。愚生も、娘達によく話したものだ。夜更かしをすると、古き者が大きな口を開けて食べに来るぞ、とな」

 続いてデュガンが話す。

「余は、あれを見たのは三度目だ。一度目は、我が父と祖父が、エリュシオンの外征軍相手に大立ち回りをした時。次が、ダインスレイフ。お前さんの父が、法王の代行英雄と一騎打ちした時。

 あれは、実に見事な戦いであった。我が軍勢の中では、今でも熱く語り継がれている。そして、恐らく。アシュタリアの狼よ、お前さんの戦いも同じように語り継がれるだろう」

 ………しまった。勢いで勝手に名乗ったんだ。

「アシュタリアの狼か」

 陛下が苦い顔を浮かべる。

 やっぱりマズったか。

「アシュタリアの旗は、骸とはいえ竜だ。古来より、竜と狼は反目し合う仲。竜の息吹は、狼が喰らう死を灰にしてしまうからな」

 デュガンが大袈裟に頷く。

「うむうむ、仕方ないな。ダインスレイフよ、こやつを我が軍勢に引き入れてやろう」

 え、嫌です。

「断る。愚生は昔から、女と臣下を他人に譲った事はない」

 ああ、超安心した。

 流石です陛下。

「さて、適当に腰を下ろせ。あまり歓迎はせぬぞ」

 物見塔に戻って来た。

 雪を払って、各自テーブルに着く。僕と陛下が並び、正面にはデュガンと褐色エルフ。

「各々、特にダインスレイフはいいたい事があるだろう。しかし、まず余の話を聞け」

 そう、デュガンが切り出す。

「まず、明日の戦いを延期する」

「デュガン貴様、怖気づいたか」

 お怒りの陛下。

 鼻で笑うデュガン。

「古き狼に止められた戦いだ。そんなモノを再開すれば、どんな災厄が降りかかるか。余の兵達は臆病者ではないが皆信心深いのだ。凶事に自ら飛び込むなど、戦神の教えに反する」

「戦神ヴァハグンドの教えか。確か、かの神は」

「うむ、古き者と肩を並べ戦った伝説を持つ。故に、狼は我らにとって神聖な生き物だ。まあ、愚かな事に若い腹心の何人かは、そこの小僧とサシで戦わせろといっている。どの道、敵わんだろうが」

 陛下が僕の肩に手を置く。

「ソーヤ、遅れたが見事な戦いであった。そなたは、愚生にはもったいない臣下である」

「ありがたき幸せ」

「なら、妾にくれ」

 褐色エルフが明るい声でいう。

 君、さっきから凄い場違いだよ。

「ソーヤ、こやつは」

「はい、ヴァルシーナを撃ち殺した女です」

 褐色エルフがフードを降ろして顔を現す。

 やっぱり、ミスラニカ様に似ている。2Pカラーみたいだ。

「なら、滅び行く国の愚かな王よ。妾を殺すか?」

 不敵な笑い顔。

 陛下は殺気を放ちながら答えた。

「それは戦場での事だ。敵を討つなら戦場で討つ。座した女を殺す趣味はない」

「ま、妾は貴様の剣より速く逃げるがな」

 人の悪そうな顔は、うちの神様と違う。彼女はもっと愛嬌がある。

「で、デュガンよ。この変わり種のエルフは誰ぞ?」

「黒エルフだ」

『は?』

 僕と陛下が同時に声を上げた。

「その通り、妾が黒エルフ。エリュシオンの最大の敵、左大陸の覇者に最も近い王。この偉大な名を聞いてひれ伏すが良い。我が名は、リ・マリア・リリルカール・ドゥイン・オルオスオウル」

「おい、冗談いうな」

 僕の言葉にマリア満面の笑みを浮かべる。

「やっぱり。貴様、妾の名を知っているのな?」

 ラ・グズリ・ドゥイン・オルオスオウル。

 エリュシオンを建国したヒームの王。忌血を飲んだ最初の獣だ。エリュシオンは、ヒームの単一民族で成り立っている。他種族は全て奴隷扱いだ。

 仮に、このマリアなるエルフが奴隷としても、何故この古い名前を知っている? いや、名乗っている?

「オルオスオウル、とな。聞かぬ名だが」

「陛下! お忘れください。死の呪いを含んだ名前です。できれば、これより一生涯口にしないでいただきたい。御身に、いいや、声が届いた相手すら屠る言葉になります。二度と口にしないでください」

 僕は詰め寄って警告する。

 陛下は、好奇心でアホな事をするような人ではないが、念には念を押す。これは、知るだけで生物兵器になれるような危険過ぎる言葉なのだ。

「安心せよ、そなたの剣幕を見れば危険な物だと十分解った」

「ご理解いただきありがとうございます」

「して、デュガンよ。そやつが黒エルフとして、愚生が気になっているのは四強たる諸王が従っている理由だ」

 咳ばらいを一つして、デュガンが答える。

「よもや忌み名まで知っているとは。増々、余の軍勢に欲しい。それは後として、ダインスレイフよ。この女、マリアの血筋はロブスと深い関係にある。知っての通り我が先祖ロブスは、ヴィンドオブニクルに名を連ねる偉大な冒険者でもあった。今、世間に出回っている書籍としてのヴィンドオブニクルは、エリュシオンに検閲された物だ。当家秘伝である、本物のヴィンドオブニクルの中に、マリアの記述が残っている。

 静寂のドゥイン。第五王子、双貌の王ヴィガンテルの姉。真の名を、リ・リディアス・ケルステイン・ドゥイン・オルオスオウル」

「デュガン、それが真なら。ヴィンドオブニクルに名を連ねていたのは、エリュシオン王族の誰かではなく。聖リリディアス本人なのか? 信じられぬ事実だぞ」

 僕は、酒場のマスター経由で親父さんから聞いた。

 マスター、想像以上に凄い人なのかな。もう、大分会っていない気がする。あ………酒場の厚いベーコンが食べたい。

「うむ、真だ。当家に物証も残っている。そして、リリディアスの弟。ヴィガンテルが左大陸遠征中、エルフと恋に落ち、子を儲けたと記述がある。黒き髪、黒き肌の子を、禁忌の森に封印したと。マリア、証を見せよ」

 マリアが首からネックレスを取り出す。

 半分に割れた輝石が付いている。デュガンが、対になる輝石を取り出した。

「これぞ。祖先ロブスが、リリディアスから預かった証。双貌の王の証、別たれし輝石ネストエルシュワ」

 かちりと、石が合わさり一つになる。

「え」

 僕は思わず声を上げた。

「デュガン王待ってください。それじゃ、そのエルフ。千年以上前の人間になりますよね?」

「うむ、なる」

 デュガンは頷く。いやいや、エルフは長寿だが千年も生きられないだろ。

 涼しい顔でマリアが答える。

「安心せよ、妾は十三年ほどしか活動しておらぬ。エルフ、ヒーム、どちらでも生きられない妾を憐れんで、母が禁忌の森にこの身を捧げ、時を止めていた。異邦人が起こさなければ、妾はまだ眠っていただろう」

 確かに、あの森は時間の経過がおかしかった。だが、千年前の人物とは。

 それとやはり、このエルフ。異邦人と関係があったか。

「デュガン、ではこの女は」

「うむ、為政者の末裔などではない。エリュシオンの正統な後継者である」

「しかし、混血なるぞ。奴らが認めるわけがない」

 確かに、幾ら血が濃かろうが、ヒームの国家がエルフの混血児を認めるわけがない。

「いや、認めるぞ」

 マリアがぴしゃりと反論する。

「今のエリュシオンは、千年前と何も変わっていない。弱者を下に敷いて、それが死ねば次の弱者を台座に、上に、上に、先細りする富を求めて手を伸ばしておる。はっきりいおう、限界だ。中央大陸の獣人奴隷の反乱だけでも、最早抑えられるレベルではない。各大陸から戦力を集めようにも、法王達の疑心暗鬼がそれを許さぬ。それどころか、貴重な戦力を処刑している始末。

 今、妾の真名を使い。彼らを左大陸に集めている。魔境で誅殺され行く者には、妾の名と血は、立派な救いなのだ。その証拠に、アールディ騎士団の接触があった」

「なるほど、まるで新生のヴィンドオブニクルだな」

 陛下は冷静なまま返す。

 僕は、正直まとめきれていない。

 つまり、マリアは静寂のドゥイン・聖リリディアスの姪で、エリュシオン王家の最も濃い血が流れている。そして、滅び行く国からこぼれる者を集めている。

 それで、

 それでどうしたいのだ?

「そう。新しいヴィンドオブニクルを作るのだ。だが今度は冒険譚ではないぞ。戦記である。千年を築いたヒームの国家がその混血児によって滅びるのだ」

 マリアに狂相が浮かぶ。

 悪い熱を浮かべた顔だ。

「なるほど、デュガンよ。分かった。よく分かったぞ」

 冷たい陛下の声。

「分かってくれたか、ダインスレイフよ。こやつは、先祖の大恩ある冒険の輩。その身内になる。そして、だ。エリュシオンを滅ぼす決定打になるやもしれん。お前さんも………黒エルフに従え。我らと共に、アシュタリアの旗を並べようぞ」

「断る」

 でしょうね。陛下は即答であった。

「デュガン、貴様が黒エルフに従う理由はあいわかった。先祖に大恩ある身内だ。従い、命を賭けるに相応しい。が、愚生には全く関係はない。それに、この女からは奸計の匂いがする。愚生は、好かん。実に、好かん」

「ダインスレイフ王。それは、馬を撃ち殺されたからかい?」

 マリアが嘲笑しながらいう。

「いったであろう。戦場の借りは、戦場で返すとな。蒸し返すな」

 陛下が不機嫌だ。つまり僕も不機嫌である。

 お仕置きしてやろうかな、この女。

「ま、聞いてよ。あの魔獣の如き馬。実に見事だったが、妾はダインスレイフ王の力が、あの馬に寄る所なのか確かめたかったのだ。妾の軍門に降るのなら、いずれ代行英雄と戦ってもらわねばならぬ。身一つの強さを見極めたかったのだ。馬なら、また新しいのを用意してやるよ」

「何を勘違いしている。愚生は、貴様の軍門になど降らぬ」

「いいや、降るね。その――――」

「あのさぁ、ちょっといい?」

 場違いな軽い声。レグレが腰を叩きながらテントから出て来た。寒いのに半裸である。

 僕と陛下の間に座って、陛下にスリスリと体をこすり付ける。

「大体、話は聞かせて貰ってけど。そこのエルフは、ヴィンドオブニクルの関係者さね」

「今は獣人女の話を聞く時ではない。貴様もアシュタリアの臣下なら弁えよ」

 デュガンの話を無視して、レグレが続ける。

「おれもさ、関係者だけど」

「ぬ?」

「はい?」

 と、陛下に続き僕が声を上げる。

『え?』

 という顔のエルフとデュガン。

 軽い感じのままレグレが重大な事を話し始めた。

「ヒゲの王様。ヴィンドオブニクルに詳しいなら分かると思うけど。冒険の終わりにリリディアスは、自分の子供をルミルに預けている。アールディは、身の証として、その子供に愛剣の一つ“星の子”を預けた。で、それがおれのご先祖様」

『………………』

 全員、リアクションに困る話だ。

「レグレ、冗談にしては笑えぬぞ」

「そういわれても本当だし」

 陛下に加えてデュガンも追及する。

「その“星の子”。今手元にあるのだろうな?」

「弟子に上げた」

 シュナの事だ。

「あの、その剣を受け取ったのは僕のパーティの人間です。聖リリディアスの騎士からも証言を貰っています。本物です」

 ザモングラスは、勘違いや冗談をいう人間ではない。

 となると、レグレは本当に、聖リリディアスの血筋という事になる。

「まあ、正確にいうと。ルミルとリリディアスの血が混ざったのが、おれ。他の奴にいわないでくれよ。一度バレて住んでた村を焼き払われた事がある。敵は、皆殺しにしたけどさ」

 デュガンが、レグレとマリアを交互に見比べていう。

「これは、僥倖<ぎょうこう>である。祖先達が、我らを引き合わせたに違いない! 新しいヴィンドオブニクルを書き記す為に! ダインスレイフ! もう一度だけいうぞ! 新たなるヴィンドオブニクルの軍勢に加われ!」

「断る!」

「阿呆が!」

「断るといったら断る! 愚生の戦いには関係のない話だ!」

「余の軍勢は、もうお前とは戦わないのだぞ! つまりは、次にお前が戦うのはエリュシオンに組みした恥知らず共だ! お前も不滅ではない! いつしか朽ち倒れる! その遺骸を奴らは大いに弄ぶだろう! それは諸王の歴史を汚すに等しいのだ! お前は希代の諸王だ! 個人として並ぶ者がいない男であり、武人である! お前の命は、お前一人が自由にして良いものではないぞ!」

「ぐっ、貴様ッ!」

「ちょっとまってー」

 熱くなった王二人の間に、レグレが割って入る。

「ヒゲの王様。おれ、そっちの軍勢に入るけどさ。条件がある」

「む、なんぞや? いうてみい」

「陛下の御身と、おれのお腹の子供、アシュタリア王国の防衛を要請する。これが認められないなら、加わらない」

 は? 今なんていった? 誰のお腹の子供?

「レグレ、まだ出来たとは限らんだろう。気が早すぎる」

 陛下の言葉にレグレは胸を張って答える。

「いいや、間違いなく出来たさ。そこそこの経験人数だけど、今日ほど“キタ”と感じた事は初めて。たぶん、50日くらいでポンと産める」

 確か獣人って、懐妊してから出産までの期間が短いと聞いていたが、そんな早いのか。

 って。

 ああああッッ! シュナに何ていえばいいんだ、これ?!

「ダインスレイフ、どうする? 女がここまでいっているのだ。まだ無謀な戦いに向かうというのか?」

「ぐっ」

 こんな旗色の悪い陛下は初めて見た。

 デュガンは更に畳みかける。

「お前さんは、民と臣下を失い自棄になっている。だがな、臣下にとって王の代わりに死ぬ事は、誇り以外の何ものでもない。民も然り。その思いを無視するつもりか? 誇りを持って死んでいった忠臣達が、下衆に嬲られるような王の死を望むと思うのか?! 答えろ、ダインスレイフ!」

「む、ぐ」

 陛下の額に汗が浮かぶ。

「………娘の敵を取る為に、エリュシオンを滅ぼそうとは思わないのか?」

「デュガン、貴様知っていたのか」

「余の配下にも耳ざとい者は多い。といっても口の堅い者達だ。余以外に話す事は禁じている」

「イリスエッタの敵か。あれは………優しい子だった。自分の為に血が流れるのを嫌う子だ。相手がなんであれ、な。死んだ子が望まぬ事はできんよ」

「では、今生きている臣下の言葉は聞けぬのか?」

 陛下が目元を押さえて、レグレと僕を見る。

「陛下、僕は」

「いうな、ソーヤ。お前の言葉は剣で聞いた。よく分かっている。しかし、男子が一度決意した事は変えるなど………」

「では、妾が止めをくれてやろう」

 マリアが陛下を見下していう。

 こいつ、悪巧みの顔くらい隠せよ。

「ソーヤといったな。お前を、妾の伴侶にする」

『は?』

 マリア以外全員の声がハモる。

「結婚してやるといっているのだ。アシュタリアの臣下と婚姻を結べば、我らの結束は強固となる。亡国の防衛に軍を割く事も、反対する者がいても黙らせる材料になる。損はない話だぞ」

「ま、待て待て。待ってくれ。僕には右大陸に残して来た妻がいる!」

「ふーん、で?」

 でって、おい。

「そやつ妾より偉いのか?」

「エルフの姫だぞ」

「どこの姫だ?」

「ヒューレスの森の姫君だ」

 勘当された身だけどな。

「く、ククッ、森の、姫っ」

 マリアが爆笑する。

「ぷっ、ド田舎の、右大陸のっ、森の姫とかっ」

 笑い声を刻みながらマリアがいう。

 腹が立ち過ぎて震える。それ以上いうと、女でもぶん殴るぞ。

「マリア、他所の臣下の妻を笑うな。それで戦争になった国もあるのだぞ」

 デュガンが至極真っ当な事をいう。

 今更だが、この人かなり常識人だ。苦労してそうでもある。

「ほう、ソーヤ。お前結婚していたのか。どんな女だ? エルフとはまた珍しい」

「超可愛くて柔らかくておっぱいの大きいエルフでおっぱいです!」

 陛下の質問を、怒りのテンションのまま答えてしまった。

「うむ、どのくらいの大きさだ?」

 デュガンが興味津々で聞いて来る。

「一房が、あなたに渡したリンゴ二個分です」

「ほほう。右大陸には、そのようなエルフがいるのか」

「不敬であるぞ、貴様ら」

 マリアはお怒りのようだ。

 平たい胸のくせに。

「ま、おれはこれから大きくなるからな」

 したり顔のレグレ。

「そういうものなんか?」

「そだよぅ、子供にやる乳で一杯になるからさ」

「ほほう」

 マリアは子供のようだ。

 ………で、何の話だっけ?

「では、ソーヤを妾の夫とする。問題ないな?」

「問題しかない。断固として断る」

「いいのか? アシュタリアが滅びるぞ?」

「なっ」

 そんな馬鹿な。僕の身請けで国の進退が決まる事になっているとは。

「ソーヤ、無理をするでない。愚生も、心から愛した女は死んだ妻一人だけだ。生きて再会できる機会があるのなら、操を立てるべきだ」

「へいかー、そいつ愛人と妹にも手を出しているから。立てる操なんてハナからないよ」

 レグレ、この野郎。

「ソーヤ! そなたそれはいかんぞ!」

「すみません、すみません、でもまだ愛人とは接吻までで、妹とも裸でお風呂入ったくらいです」

「英雄は色を好む。余は、妻は二十人いるぞ」

 陛下に怒られ、デュガンには自慢された。

「で! 妾と結婚するのだ! 貴様は! 逃げ場はないぞ!」

 マリアがお冠である。

「わか………………分かった」

 グダグダ迷っていられない。マリアは子供っぽい気性だ。変に気が変わられても困る。

 ラナ、すまない。帰れたら幾らでも謝る。土下座でも何でもする。

 だが今は、どうしてもこの国を守りたい。陛下を含め、アシュタリアを守る事ができるのなら、死にたがりなゴミの何かが変わる気がする。

 君を守った時のように、また一つ、僕は自分の命に誇りを持てる。

「僕も男だ。覚悟は決めた。黒エルフ、結婚しよう」

「うむ、してやろう。所で………子供とはどうやって作るのだ?」

『………………』

 マリア以外が揃って沈黙する。

 こいつ、本当に子供じゃないか。大丈夫か、新生ヴィンドオブニクル軍。

「ダインスレイフ、良いな? 臣下がここまでしたのだ。それに応えぬのは、あまりにも愚かであるぞ」

「やはり、駄目だ」

「陛下!」

 流石に僕も声を荒げた。意固地にも程がある。

 そういうのも素敵だと思うが、僕はラナに黙って結婚まで約束したのだ。レグレも………あ、こいつは欲望に忠実なだけか。

「愚生は、王失格である。臣下の身請けまで許すとは………故に、娘の、アメリアの判断に任せる。アシュタリアは王女に全て任せる。愚生は、王としての座を捨てる。明日からはただ一人の戦士として、貴様らの下で剣を振るおう」

「そうか! そうかッ!」

 デュガンが嬉しそうに膝を叩く。

「お前さんの気概は決して無駄にはせぬ。荒廃したアシュタリアを必ずや、元の、いいや元よりも繁栄した国にしてやろう」

「うむ、デュガン。だが娘は、貴様の息子の嫁にやらんぞ」

「そこは折れろ。諦めろ」

「ぐっ、愚生が死んだ後、出来るならソーヤをアメリアの夫にと考えたが、儚い夢であったか」

「本当ですか?!」

 え、陛下が義理の父なら大歓迎だが。アメリアさん、見た目は可愛かったし。

 クソエルフが一人、義理の父親でいるから尚の事ありがたい。

「貴様ら、妾を置いて話を進めるな。ん?」

 ラジオのノイズ音に似た音。

 マリアが腰から、古くて大きい通信機を取り出す。初期のハンディトーキーだ。微妙に見た事のない改造がされている。

「ああ、纏まったぞ。問題ない。………いや、問題だ? 良いではないか妾も、ああ、そうだな。はいはい、分かってる分かってる。………はーい」

 異世界の人が見ると、頭がおかしくなった光景だ。

 僕とデュガン以外は、訝し気な表情で見ている。

「デュガン、後は任せる。妾は、夫を父に紹介せねばならない」

「うむ、任せよ。トーチによろしくな」

「ソーヤ、妾の手を取れ」

「え、はい」

 マリアの手を取ると、視界が光に包まれ、体が重力感を失い。

 冷たい床に倒れる。

 景色が一変していた。

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