<第二章:駆り立てる夢あらば、疾く醒める夢あり>【03】


【03】


 凄い人間の傍でお世話をしていると、自分も名声と力の一部になったかのような気持ちになる。威を借りた偽りではあるが、誇らしい事だ。人の一人も殺していないのに。戦場にすら出ていないのに。

 正直、楽しかった。人に仕えるのがこんなに楽とは。

 昔、一度だけ共闘した冒険者を思い出す。

『お前はリーダー向きじゃない。誰かに使われて真になる者だ』

 図星だと思っていたが、いざその状況になるとド正解だったと実感する。

 犬が僕の本性か。

 ま、犬でも上に立てるだろうが。

 先日と同様、朝から陛下は戦いに。

 雪の残る平原を二騎が走る。物見塔でレグレと共に見守った。

 朝食は、昨晩仕込んで置いたスープパスタだ。戦闘の終わり際に、鍋を温めパスタを茹でるだけで用意が完了する。不精だが、陛下の戦いが見たかった。

 敵の軍陣は、前に見た時より更に減っている。

 メガネを最大望遠にして、ターゲッティング機能で測定。

 数は952、歩兵と弓兵ばかり、騎兵はたったの15騎。最初、目の当たりにした軍の面影はない。兵の顔色も悪い。士気は最低だ。そりゃ災害が人の姿で襲ってくるのだ。絶望だろう。

 彼らの軍勢の後ろに、嫌な物を見てしまった。

 人の首がボロボロの旗に吊るされている。

 逃げ出したらこうなるぞ、という見せしめ。

 軍の急な減り様は、陛下が殺したのが原因ではなく離反者のせいだろう。もしくは、内輪揉め。

 なまじ数が多い分、人の求心は難しい。それが軍であるなら勝ち続けなければならない。負ける軍に、人の心を留める事はできない。

 あの様子だと陛下の対応策もないのだろう。

 黒エルフは、この兵をどうしたいのだ? 消耗戦にしてもお粗末だ。陛下の栄気を削げるとは思えない。

「完全に引き際を間違えてるね、ありゃ」

「なるほど」

 指導者の意地から来る失敗か。落陽だな。

 あの諸王は終わりだ。

 陛下が突貫する。

 慈悲はない。

 迫る矢を一払い、接触した歩兵を蹴散らす。止める者はいない。それどころか、やはりというか、兵が逃げ出す。

 逃亡兵に斬りかかり檄を飛ばす将兵は、ザモングラスがしっかり殺す。

 50も倒さず、軍は散り散りになる。

 陛下がつまらなそうに槍を肩に担ぐ。

 終わりだ。

 鍋に火を――――――


 その時、聞きなれた音が響いた。


 重たい破裂音が尾を引く。

 銃声だ。

 ヴァルシーナの悲鳴が聞こえた。痛みで立ち上がり陛下を振り落とそうとするが、忠馬の意地か耐えて地面に立ち、

 倒れた。頭から血を散らしている。

「なッ」

「え、なんだ?」

 レグレが状況を読めていない。僕と敵の一部以外、誰も読めていないだろう。

「陛下に、すぐ退くように伝えてくれ」

「ん?」

「レグレ! 早くッ!」

「おう」

 レグレが物見塔から飛び降りる。体重を感じさせない着地をした後、駆ける。速い。並みの馬よりも速い。

 戦場に目を移す。

 退いた兵が、驚きながらも反転する。

 神話の化け物が馬上から降った。それだけで、自分達と同じ人間と勘違いしたのだろう。

 止せば良いのに、騎兵が陛下に迫る。

 ルミル鋼の剣が閃く。

 陛下の剣技は、槍技と比べ異質な物だった。

 巨躯と大剣から繰り出されるとは思えない、澄んで静かな、ゴブリンの細身剣使いを思わせる技の冴え。到底、常識の範囲の知識では、大剣でそのような技を振るえるとは思えない。

 騎兵が馬ごと、断面が見えるほどの鮮やかさで切断される。

 あまりの速度で斬られた騎兵が、死ぬことを忘れていた。


“槍は荒く敵を殺し、恐怖を作る。剣は美しく、己が死出の花道を彩る”


 シュナから聞いたヴェルスヴェインの言葉だ。

 陛下の異名に『ヴェルスヴェインの秘子』というものがあったが、あれが比喩ではなく事実となるなら、考えられるのは一つ。

 グラッドヴェイン様は、ヴェルスヴェインの血はエルフにしか残っていないと思っていた。

 それは、ルゥミディアの血。

 しかし、彼女の娘はもう一人いる。

 アシュタリアの旗印は竜。ただの竜ではない。骨の竜、竜の骸。

 陛下は、おそらくロラの末裔だ。

 それなら、あいつが右大陸に逃げた理由も頷ける。自分の子を、母親と妹の報復から隠す為。彼の地で悪行を広げたのも或いは。

 勇者の証なるものが、どういう選定で僕を此処に呼んだのか分かった。

 この人達は全て僕と関係がある。僕と出会ってきた人達と。

 それを救う手段も僕が持っている。その、知識がある。対応できる。

「アガチオン」

 魔剣を構え、最大望遠で狙撃手を探す。レンズの反射光を見つけた。十時の方向、森の手前。フード付きのマントで姿を隠している。

 陛下を狙っているのは、狙撃スコープ付きのセミオートライフル、M1ガーランド。

 僕から見れば80年前の骨董品だが、この世界では引き金一つで英雄を殺せる代物だ。

「射手を殺せ」

 魔剣の柄を押し、放つ。

 銃弾に速度は劣るが、こっちの剣も必殺だ。それに、しつこいぞ。

 大気を巻き込み剣が跳ぶ。

 射手に向かってほぼ一瞬に近い速度で迫り、外した。いや、光に射手が消えた。

 ポータル?! あんな小規模かつ瞬間的に。

 ラナが疑似的にそういう魔法を使っていたが、あれはどこからか持ってくるだけで、自分が入る事はできない魔法だ。

「おい」

 声が真後ろから聞こえた。

 振り向きざま、咄嗟にカランビットを抜いて急所を庇う。偶然にも銃床を受け止められた。

「アガチオン! 戻れ!」

「面白い物を使うの」

 若い女の声。

「む、もしや」

 エルフの長耳、浅黒い肌と闇のような瞳が見えた。

 戻って来たアガチオンが貫こうとする。寸での所、女は光の残滓を残して消える。

「また会おうぞ」

 塔の下から声。

 アガチオンがまた追う。今度は、女は完全に視界から消えた。

 戻って来た魔剣を鞘に収めた。

 警戒を続ける。だがどうしてだ? 何故馬を狙った。

 陛下を見る。

 騎兵は、全て屠られていた。

 功名心に駆られた兵達が陛下に殺到していた。

 剣の一振り、二振りが死体の山を作る。それでも退かない、止まらない。

 陛下はものともしていないが、ヴァルシーナという足を奪われ、またその馬を守っている為に動けない。

 が、

 ザモングラスが割って入った。彼も馬から降りる。

 剣の一振りで敵兵から槍を奪うと、丁寧に手足だけを狙って攻撃する。そして、倒れた敵を、なるべく大きい悲鳴を上げさせて殺す。

 死体を蹴り上げ撒き散らして、臓物と血の雨を降らせた。

 老年騎士とは思えない荒い戦い方、緋の騎士という名の由来通り。

 ザモングラスがしんがりを務め、陛下がヴァルシーナを担ぐ。かの馬は小象のような大きさである。それを抱え陛下は走る。

 レグレが追い付き、ザモングラスに加勢した。

 左手で大槍を掴むと、近距離から兵に投擲する。人間が五、六人串刺しになり飛ぶ。

 二人は兵を散らすが、狂乱は止まらない。

 アガチオンを飛ばして加勢しようとも思ったが、これは銃を抑える為に必要だ。さっきの狙撃手が、まだどこかに潜んでいる可能性がある。二人が撃たれる可能性がある。

 手足や首が飛ぶ。

 血とハラワタが湯気を上げて地面を濡らす。

 声は聞こえないが、レグレが笑い出す、ザモングラスが釣られて笑う。

 人を威嚇する獣の形相。

 狂気の笑いが兵を飲み込み正気に戻す。 

 脅え、竦み、兵の足が止まる。

 そこで初めて、二人が攻め手に転じる。

 大槍を手に、歩兵を紙のように散らして進む。

 背後の将を目がけて真っ直ぐに。

 か細い矢も、槍も、何者も阻む事はできない。

 あっさりと二人は辿り着く。

 交差した槍が将の首を飛ばす。悲壮な表情を浮かべたまま、屍山血河の仲間に混じる。

 陛下の強さは、神の如き巨大な畏怖だ。その大きさで戦わずとも軍を退かせる。

 この二人の強さは凄惨だ。肉塊と血反吐と糞尿の山を築く。しかも脅えた後には即、死が待っている。恐ろしい鬼のような強さ。

 悪夢のような、人間らしい極致の強さ。

 そうだな。戦いとはこういうものなのだ。僕は、陛下の戦う様に夢を見ていたようだ。

 二人が戦場から去るのを待って、警戒を解く。

 塔を降りると、陛下がヴァルシーナの傷を見ていた。

 生命力の強い馬だ。頭に銃弾を食らっているのに、まだ生きようとしている。

「陛下」

「ソーヤ、包帯を。この傷思ったよりも深い」

「陛下、助かりません。楽にしてあげてください」

「馬鹿をいうなッ! 愚生の半生を支えた名馬中の名馬であるぞ! このような掠り傷で!」

「脳がやられています。頭を割って傷の原因を取り除くしか、例えそれをしても、まともに走れるようにはなりません。ここで、休ませてあげてください」

 むせ返るような血の匂いを漂わせて、ザモングラスとレグレが戻って来た。

「ザモングラス! 治療を!」

「はっ、陛下」

 ザモングラスがヴァルシーナに寄り添い。傷の様子を見る。

「これは、陛下。駄目です。矢尻のような物が食い込んでいます。傷は塞いでも、取り出す事が」

「構わぬ。やれ」

 ザモングラスは、いわれるまま回復魔法を唱えた。

 傷は治るが、さらにヴァルシーナが苦しみもがき暴れる。銃弾が脳を圧迫している。地獄の苦しみだろう。見るに堪えない。

「レグレ、手はないか?」

「ごめん陛下。何もできない」

 まともな手術器具があれば弾丸の摘出はできるだろうが、仮に摘出できたとしても、魔法は脳細胞まで再生できるのか。

 どちらにせよ、選択肢がない。これ以上苦しませるのは名馬の誇りに傷が付く。

「陛下、僕がやります」

 アガチオンを引き抜くと、刃を陛下が握る。

「止めよ………………愚生がやる」

 背の大剣を構え、祈り、許せ、と囁く。

 一撃でヴァルシーナの首を刎ねた。苦しみはなかったはず。

 陛下はヴァルシーナの首を抱えると、ふらっとした足取りでこの場を離れる。追おうと思ったが、レグレに止められた。

 ザモングラスもレグレも、そのまま水をぶっかけて返り血を洗っていた。

 僕ができる事は、何もない。

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