<第二章:駆り立てる夢あらば、疾く醒める夢あり>【02】


【02】


 朝、騒がしさで目を覚ました。

 いつもより明るい。陽が射している。

 引っ付いているレグレを剥がして、テントの外に出た。銀世界だ。雪が積もり、空には太陽が出ている。そして、冗談のように寒い。

 晴れた時の方が気温の下がるという、放射冷却という現象だろうか。

「陛下、何が?」

「うむ、また軍が来た」

 陛下とザモングラスが戦いの準備をしている。

 出会った時と同じような様だ。

 ヴァルシーナに跨り、陛下がいう。

「ソーヤ、朝餉の準備をしておけ。今日は一段と冷える。故に一段と腹が減るだろう」

「お任せを、何か要望はありますか?」

「あのコロッケという奴が良いな。カエルのスープもだ」

「了解です」

「ザモングラス! 行くぞ!」

「はッ、陛下!」

 ヴァルシーナが、すれ違い様に僕に鼻面を当てて行く。結構痛いけど、愛情表現の一つらしいので耐えた。

 二騎が駆けて行く。

 陛下の戦いは見たいが、それより朝飯の支度だ。

 100円ライターで薪に火を点ける。

 冷たい水でジャガイモを洗う。寒さで手が震えるので、皮を厚く切ってしまった。

 剝いたジャガイモと、細切れにした塩漬け豚、でん粉質の高い根をたっぷりの水で茹でる。

 硬いパンをハンマーで荒く叩き割って潰して衣を作る。

 このパン、普通に食えた物じゃない。保存は効くのだろうが。

 昨日の油を火にかけ、卵を溶いて小麦を少々混ぜる。

 茹だった材料は鍋から引き揚げ、皿に移す。

 遠くから戦場の音が響く。

 材料を引き上げた鍋に水を足して、カエル肉、行者ニンニク、山菜を入れる。これは放置して、茹だった具を混ぜて捏ねてコロッケのタネを作る。難しい作業ではないが、量があるので一苦労だ。

 タネを丸めて形を整え、

「寒いー」

「ああ、邪魔だ!」

 まとわりついて来たレグレに苦労した。

「なんか、すぐ食えるものを作れ。でないとツマミ食いするぞ」

「ちっ」

 中途半端な料理を食われても腹が立つから、適当に何か作る。

 潰した木苺を赤ワインに入れて沸騰させた。コップにざく切りにしたパンを詰めて、そこに熱いワインを注ぐ。スプーンを刺し、レグレに渡す。

「これ、もうちょっと甘くならないの?」

「ならない」

 ぶつくさ文句をいいつつレグレが食べる。

 スープの味見をしつつ、追加に香草と岩塩を少々。それに、塩漬けした豚の脂身をスライスして入れた。ロシアでは、サーロと呼ばれるビタミンたっぷりな部分だ。

 味見。

 塩ラーメンのスープに似た味。香草の清涼感。後、二つ足りない味。だが、これ以上味を弄ると失敗するので、カエルと豚のスープは完成。

 コロッケのタネ作りを再開。

 ちょっとした思い付きで、何個かにチーズを入れる。

「レグレ、ちょっと陛下の戦いを見てくれよ」

「ええ、ヤだよ。寒い。自分で見ろよ」

「僕、この場から離れたら。お前ツマミ食いするだろ」

「当たり前さ」

「じゃ、行け。お前の飯を少なくするぞ」

「………ちぃ」

 レグレが渋々、物見塔に上る。

 タネは完成。油も良い温度。

「どれくらいで終わりそうだ?」

「もう終わってる。敵の数、前の半分くらいさ」

 積雪でヴァルシーナが鈍ると思ったのだろうか。それとも敵も雪で混乱しているのか。

 ま、流石陛下だ。今日も勝ちました。

 早速、コロッケを揚げる。

 陛下には揚げたてを提供して、臣下は多少冷めた物で良いだろう。僕は更に余り物で良い。

 タネに小麦、卵液、粗い衣を塗し、油へ。

 鍋は結構大きいので、三個ずつを揚げる。

 爺さん曰く、揚げ物を沢山揚げるのは愚策の極みである。料理の中でも失敗すれば大怪我をする工程なので、しつこくコレをいわれた。

 しばらく、油の音に気を張る。

 変に弄るのは良くない。

 油とコロッケ。

 今、僕の世界にはそれしか存在していな、

「なあなあ」

 していな、

「おーい、おーい」

 していないのだが、

「聞けよーおい、聞けよー」

「うるさいな。料理の邪魔するとお前にも返って来るんだぞ」

 塔から降りて来たレグレにじゃれつかれる。

 危ないから、揚げ物やってる時に近寄られると危ないから! 子供か?!

「昨日の夜、爺と何話してた?」

 ぐっすり寝ていると思ったが、起きてたか。

「つか、お前おれに手を出さないし。何、同性愛者? でも、あんな萎びた爺はないだろ」

「異性愛者だ。いや、僕結婚してるっていったよな?」

「ああ、そういう妄想は聞いた」

 信じてねぇ。

「でも、陛下は駄目だぞ。おれあの人の種を貰うから」

「種って」

 色気の欠片もない言葉だ。

 レグレが真正面から抱き着いて来る。ベタベタしてくる。凄く、邪魔。

「それだと、シュナはどうなるんだ? いっちゃなんだが、あいつはあんたにベタ惚れだぞ。気になる女は、あんたと同じの銀髪ばかりだ」

「や、やめろ。シュナの話はヤメロ」

 シュナの話はレグレの弱点だ。

 話題がそっちに移る。雑談しながらだが、コロッケを揚げ続けた。

「うー、子供は世話が面倒だから三人が精一杯。陛下の子供が一人と、シュナが、陛下くらい強くなるのなら、まあ孕んでやってもいいかな」

「それは、なかなか」

 ハードルが高い。

「シュナ、どうよ。同じパーティの人間として、強さ的には?」

「強い。同年代、同種族の冒険者では、一番の腕だ」

「じゃ、まだまださ」

 厳しい評価だ。

「あいつには、おれの全てを教えた。リヴァイウス古流獣人剣技の最後の使い手が、ヒームってのが皮肉だけど。その名に見合った強さになるまで甘やかせないさ」

「レグレ、確か」

「ん、爺に聞いたのか?」

 彼女は、僕が右腕を見た事に気付く。

「一回切り落としたんだけど、爺が魔法で繋げた。筋までは元に戻らなかったんで不自由だけど、男を喜ばせる手管は問題ないさ」

「なんだかねぇ」

 ホント、シュナの話していたイメージとかけ離れている。

「ま、おれって強いけど。別にその強さに誇りを持っているわけじゃないから。メスなんだし、やっぱ強いオスの子供を産みたいわけさ。剣技を継いだ責任感だけは持っていたけど、生きるか死ぬかの駆け引きとかゴメンだから。まま、絶対に勝てる戦いならするけどさ」

 意外に現実主義者だな。

 俗物ともいえるが。

「で、なんでおれが、お前にベタベタしているか不思議に思わないか?」

「めっちゃ不思議に思う。凄い邪魔」

 長い耳が視界を遮ってコロッケが見にくい。レグレの不自由なはずの右腕が、僕の内ももを触れる。

 揚げ物中の手前、無理やり引き離すと危険だ。

「なーんかお前から、爺達、聖リリディアスの騎士と似た匂いを感じるんだよな。獣は獣だけど、もっと暗いような、こう深くて蒼い月のようで、底が見えない匂いがする」

「なんのこっちゃ」

 わけがわからないよ。

「こういうのは、やっぱり一回しっぽりと肌を合わせて見る必要があるさ」

「ない」

 コロッケ一個を揚げ過ぎてしまった。

「レグレ、断っておくが僕は」

 ラナは当然として、ランシールとエアの顔が浮かぶ、それと何故か分からないが、ベルとテュテュ、エヴェッタさん、ゼノビア、フレイ・ラザリッサ………の二人はないな。

 どうしても好感度というか現状で厳選してしまうと。

「妻と妹、愛人一筋だ」

「お前、一筋って言葉の意味わかっているか?」

「あ、いやつい」

 欲望を忠実に言葉に出してしまった。

 ランシールとは、まだ予定というか未遂の関係なのに。

「んでんで、陛下は当然としてさ。変わり種にお前の子供を産むのも一興かなってね」

「困る。シュナに合わす顔がない」

「大丈夫。おれも合わす顔がない」

 駄目じゃないか。

「うむ、続けて良いぞ」

 知らぬ間に、陛下とザモングラスが戻って来ていた。

 陛下は前と違って返り血一つない。

「あだっ」

 レグレに足を踏まれた。

「へいかー、違うんだよ。ソーヤの奴が急にムラムラして発情してさー」

 腰をくねらせてレグレが陛下に寄り添う。

「その奔放さがそなたの魅力である。好きにするが良い。愚生も助かる」

「ちょっとー!」

 陛下にベタつく姿は、弟子には絶対見せられない。

 シュナ、苦労しそうだな。

「毒見してやろう」

 ザモングラスが揚げたてのコロッケをムシャりと食べる。

「あ、それは陛下の為の出来立てなのに!」

「っ、熱い。む、チーズが入っている」

「しかも当たりを。てか、手を洗え!」

 この師匠二人もうヤだ。

「どれ、愚生も一つ」

 陛下も手を伸ばそうとするので、

「陛下! 手を洗ってください! 腹を下しますよ!」

 剣幕で押しのけた。


 朝食のコロッケ、陛下は大変お気に召された。

 戦争の後とは思えない寛いだ時間だったが、それも今日までの事だった。

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