<第二章:駆り立てる夢あらば、疾く醒める夢あり>【01】
【01】
飲めや歌えの宴の後、夜の静けさはいつもより深い。
弟子には絶対見せられない、ダラしない顔と恰好でレグレが寝ている。彼女とは同じテントで就寝を共にしている。
ラナとランシール、シュナには絶対いえない状況。
いや………魅力的とは思いますよ。小振りだが、しっかりとした形のある胸や獣人特有のしなやかで柔らかな肢体。可愛らしい顔立ちの割には、慎みが一切無い振る舞い。小悪魔的というか、性魔的な性格。ラナがいなかったら、堕ちていたと思います。
僕は、何をいっているんだ?
「起きているか。異邦人」
返事を待たずザモングラスがテントを捲る。
「少し、顔を貸せ」
「はい」
ま、そうなるな。タイミング探っていたし。
アガチオンを革製の鞘に収め、テントから出る。既に遠くにいるザモングラスの背を追った。一段と冷えると思ったら、雪が振り始めている。積もるかも知れない。
崩れた外壁の前で、緋の騎士は足を止めた。
僕に向き直り、剣を抜く。
真正面にいるはずなのに、体捌きの上手さで姿を見失う。
夜の闇に火花が咲く。
僕は全く見えなかったが、アガチオンが反応してザモングラスの斬撃を受け止めていた。
「姿こそ違うが、聖剣アガチオンに間違いないな」
「違っていたら、僕死んでいましたが」
ザモングラスが剣を収める。僕もアガチオンを鞘に収めた。
「その時は、その時だ」
なんだかなぁ。アーヴィンとは気が合ったんだが。
「如何な理由があってそれを手に入れたか、答えるつもりはあるか?」
「ない、といいたいですが。僕の質問に答えていただけるのなら、一考します」
こいつに付いて疑問がある。返答しだいでは、ある程度の真実は話す。
「聞いてやる。いってみろ」
「本当にエリュシオンを裏切ったので?」
「違うな。裏切られたのだ」
「では、元の鞘に収まる機会を探っている、と」
「それはない。俺は、騎士とは愚直な生き物だと自分にも弟子にも叩き込んで生きてきた。かれこれ、50年な。騎士は政治に関わらない。上が腐っていても自浄する。いいや、自浄しなければ滅ぶだけ。しかしそれも、幼子相手に腰を振るクズを、目の当たりにするまでの信念だ」
「上を正すのは騎士の務めではない、と」
「貴様、聖リリディアスの騎士に付いて何を知っている?」
遮られ、質問をされる。
仕方ないので答える。
「大凡、全て。あんたらが隠したいと思う影と呪いと獣の事は」
「なら話が早い。そのクズを、軽く刻んで聞いてみたが、何一つまともな答えは帰ってこなかった。まるで獣の鳴き声だ。
我ら獣を宿した騎士が、政治なんぞに関われば、いつしか行うのは獣の所業。それ故に、代理を立て、政治と血を切り離した。
離したはずだったのだが、今は政治の場にすら忌血の獣が混ざっている。獣が獣に命じられるなど、異な道理である」
「それが、ダインスレイフ陛下に仕える理由で?」
「俺は、陛下に負い目がある。貴様、アーヴィンに投獄された姉がいるのを知っているか?」
「もちろん」
「俺は、度々様子を見に行っていた。隣の独房で陛下の愛娘があのような仕打ちを受けているとは知らずにな」
「待て」
ここに来て、不安が再燃した。
「アリアンヌさんは、どうなったんだ?」
「生きてはいるだろうよ。頑丈で、芯の強い女だ。ガシムに恩がある貴族が、自宅で責任を持って軟禁すると引き取った。自由はないだろうが、独房よりはマシだろう」
「そう、ですか」
安心、して良いのだろうか。
ロクでもない想像しか浮かばない。
「別れ際、アリアンヌに『隣にいる子供を気遣ってください。哀れでなりません』と。いわれてな。強引に覗いて見れば、そこに居たのは、死にかけのイリスエッタ様と、それに圧し掛かるエリュシオンの豚だ。後はまあ、城下で暴れていた陛下に彼女引き合わせ、追っ手という追っ手を殺し、この地で戦いの手助けをしている」
罪悪感は、忠誠心に変わるものなのか。
僕には分からない。
「次は、貴様の番だ」
「どうぞ」
「ヴァルナーを、どうやって倒した? ああ見えても、聖リリディアスの騎士中では英雄といっていい強さだ。奴一人の強さもさることながら、聖剣の加護もある。並大抵の冒険者では………いいや、冒険者では絶対に勝てない」
「ザモングラスさん、あんたは何か勘違いしている。この剣が僕に従っているのは偶然だ。事の起こりは、レムリア平原に出現したおぞましい獣に始まります。それを倒す為に、アーヴィンはヴァルナーの手を借り、二人は命を賭し見事討伐に成功した。
嘘だと思うのなら、レムリアに行くといい。適当な酒場に入って、アーヴィンの名をいえば、竜鱗のアーヴィンの逸話が聞ける。
レムリアの危機を救った冒険者は数あれど、彼ほど勇猛で、彼ほど清廉で、彼ほど騎士らしい最後を飾った者はいない。そういう逸話。見届けた僕に魔剣が従ったのは、偶然以外に説明ができません」
「ルクスガルはどうなった? 随伴騎士が仕える騎士を放置するとは思えん」
「レムリア王の御前にて凶行を働いたので、その場で処刑されました」
「分からんな。分からん」
ザモングラスが、怪訝な顔で僕を見る。
「こんな事をして貴様に何の“得”がある?」
「“得”とは?」
聞き捨てならない言葉出た。
「アーヴィン、ヴァルナー、ルクスガル、聖リリディアスの騎士二名、随伴騎士一名を殺害した“得”だ。金か、武具か、血の研究か、それとも―――――—」
アガチオンを引き抜き、お返しとばかりに斬りかかる。
魔剣の力ではない。僕の腕力で放つ斬撃だ。当たり前だが、容易く受け止められる。
「取り消せ! 誰が、誰を殺しただと?!」
「落ち着け」
「取り消せ!」
「何を取り消せというのだ?」
「僕が、アーヴィンを殺したという事をだ!?」
剣が噛み合い、金属が不協和音を上げる。
ザモングラスが手加減をしているのか、僕が剣を押すと彼の騎士はわずかに後退る。
「取り消そう。貴様はアーヴィン“は”殺していない」
剣は、まだ放せない。
許されるなら、八つ裂きにしてやりたい。老醜の忌血を宿した獣を。
一際大きく金属が鳴る。剣は弾かれ、ザモングラスは鞘に収め、僕は、まだ握ったままだ。
「貴様は、真実を話すつもりはないのだろうな」
「当たり前だ」
信用しない相手に、真実を話すなど愚かしい。
僕が信用しているのはアーヴィンで、その師匠ではない。彼はもう、絶対に僕を裏切る事はないのだから。
「貴様は、似ている」
「あ?」
誰にだ。
「エリュシオンの、英雄の一人だ。恐ろしい男だぞ。何も持たず、執着せず、ただ滅びだけをもたらす。アレに比べたら、ヴァルナーなど赤子の可愛らしさだ」
獣人500人を虐殺した奴が可愛いって、なんだそりゃ。
「民の為、友の為、女の為、国の為、何かの為、そうあれかしと戦っても、結局の所、人は己の為に戦うのだ。そうでない者は、歪で、おぞましい。人を驚愕させる悪行を何の事なしに行う。
俺は信念を捨てた。残ったのは、己が心臓に流れる血だ。今は、それを埋める場所を探している。貴様は、どうするのだ? 己が無き異邦者よ」
「成す事を成し、得る物を得、奪うものを奪う。それだけだ」
「本当に、似ているな。その空虚さ」
話が逸れて来た。
正直、ザモングラスの事はどうだっていい。気になるのは、
「あんた、僕が南下できる手筈は本当に整えているのか?」
「もちろんだ。信用しろ」
ザモングラスは笑う。
欠片も信用できない。
彼は去り、僕は一人取り残された。深い夜の闇、薄く雪が積もっている。
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