<第二章:駆り立てる夢あらば、疾く醒める夢あり>
<第二章:駆り立てる夢あらば、疾く醒める夢あり。横たわる者には死の安寧を>
他所の大陸に飛ばされ、そこで超絶強い陛下に仕える事になったが、僕がやっている仕事はもっぱら飯の支度である。
男としてこれは正しいのだろうか? と腐っていても無意味なので、いそいそと飯の支度。
料理も戦争も、前の仕込みで八割は決まる。
ちなみに、最初の戦闘から二日経過したが敵は消えたまま。レグレが時々斥候を見つけ殺しているが、その程度の事しか起こっていない。
5000の軍と対等に戦える個人は、どうやって倒すのだろうか? 敵の指揮官がいるなら、頭を抱えているだろう。
もしくは、機を待っているのか。
黒エルフなる人物、僕が思っている通りの人間なら色々と良くない。
この土地は、1956年当時の一個大隊を全滅させている。
悪行の限りを尽くした多国籍部隊。その最後については、情報がぼかされて正確には知る者はいない。戦闘要員を98%失い異世界から逃げ出した、という噂を聞いた事がある。
僕の想像通りなら、黒エルフはその生き残りと関係がある。
半世紀で作り出したのが、缶詰一つではあるまい。
諸王を14も従えた手腕は見事なのだろうが、陛下に散らされた兵達は、陛下が規格外な事を抜きにしてもお粗末だった。
異邦人が、それも軍経験者が従えるのなら、半世紀前の知識でも、もっと強力な軍を作れるはずなのだ。
発展の遅さ。
何か理由がある。それが、付け入る隙だ。
とまあ、飯の支度をしながら半分妄想を入れて思考していた。
リンゴを焼いて、切り身にしてから木苺と一緒に鍋に。酒を入れて煮詰め、冷ましたら酒を継ぎ足す。
中身を瓶に移してリンゴ酒の完成。
本当のリンゴ酒は、もっと長い期間じっくり浸けるものだが、今は時間がないので甘みと雑に風味を移すだけにした。
それと、妙にでん粉質の多い山菜の根を茹でて捏ねる。団子状にして、カエル肉の日干しと並べる。
山菜の状態を見た。厳しい寒さに晒されているのに瑞々しいままだ。
環境の変化にも関わらず僕の体調はすこぶる良い。
ザモングラスも、
『何故か、ここ二日ばかり膝の痛みが少ない』
といっている。
禁忌の森の食材、何かあると思います。
問題は、僕の料理の腕だ。
もう少し真剣に爺さんに習っておけばよかった。
マキナのサポートがある時は何とかなったが、一人だけで飯を作ってみれば味の隙が見えてくる。前は一つ足りなかったが、今は二、三足りていない。
はがゆい。
そんな料理を陛下は『美味い』という。何だか申し訳ない。
とりあえず、
今日の昼はスープにしよう。体が温まる。
日干しカエルを肉と骨にバラす。骨をじっくり煮込んで灰汁を掬う。まあまあの出汁が取れたら、岩塩と行者ニンニクを。
割と美味い。やっぱり、二、三足りない。お味噌が欲しい。
「うむ、良い匂いがするな」
陛下とヴァルシーナがテントから出て来る。
「カエルのスープです」
「美味ければカエルでも良い」
陛下は、どっかりとテーブルに着く。すかさず、コップを用意して浸けたばかりのリンゴ酒を注ぐ。
「甘めの酒です」
ぐびりと一気飲み。後は、ご自分で注ぐ。
「リンゴか、豊潤であるな。ん………………いや、これは、味わった事のない澄んだ甘みだ。それでいて力強くも熱が湧く。そなた、これは中々であるぞ」
リンゴが良いのでしょう。
「時間を置くともっと味が浸みるかと」
「いや、これで十分だ」
悠長に味が浸みる時間は残されていない。
食糧は、十日持つ計算だ。物資を奪うのも手だが、敵はそんな愚策を犯すだろうか。
「何かツマミを」
「良い、そなたは愚生に気を使い過ぎだ。レグレほどとはいわんが、もっと楽にせよ。ほれ、飯の準備があるだろ」
「はい、では失礼して」
料理を再開する。
スープから骨を取り出し、ザク切りにした山菜とでん粉団子を入れた。火を強くして放置。
バラしたカエル肉を香草と油の実、岩塩で揉む。肉と実の油がしっかりと出るまで、力強く揉み込む。そして、フライパンで炒めた。
フライパンに油が広がったら、厚めに切った大きいマッシュルームもフライパンに。両面を焼いたら完成。
本日の昼食、カエルスープと、キノコのステーキ、である。
次は、もうちょい頑張りたい。
飯の匂いを見回り終了の合図にしているが、レグレとザモングラスが戻ってこない。
「陛下、準備が出来ましたけど」
「うむ、待つか」
アシュタリアでは、王と臣下は同じテーブルで飯を食べるのが伝統である。
今日も寒くて、野外の料理などすぐ冷めてしまう。何をしているんだ、あの二人。
スープはともかく、最初に焼いたキノコは、まあ僕が食べるか。味は落ちるが、自分が食べる分の飯など大して気にはしない。
「ソーヤ、そなた異邦人といっていたな。故郷はどんな国なのだ?」
暇がてら陛下に質問された。
そういえば、故郷の事を聞かれるのは久々な気がする。
「四季があって、冬はここと同じくらい寒く、夏はジメっとした恐ろしい暑さです。その季節の中間は非常に過ごしやすいです」
「食い物が美味かろう」
「美味いです。何故か、自国の物の方が高いのですが」
「支配地域が多いのか? 侵略した土地の穀物を安く仕入れ過ぎて、財政が破綻した国もあるのだぞ。自国で飯を作るというのは、同時に民を育てる事にも繋がる。他国の品は、税を強めに付けても問題ないのだ」
「いえ、他国に支配地域はないです。小さい国なので食糧は他国に頼っている部分が多くて」
「侵略されているのではないのか? エリュシオンの定跡であるぞ」
そういう側面もあると思うが、
「輸出でかなりの利益を得ている国なので、その対価として輸入も多いのです。実際、かなり食材が豊富な国ですし」
「ん、小さい国が何を輸出するのだ?」
「技術と娯楽と生活品を」
「なるほど。よほど革新的な物か、必須な物なのだろうな。ある意味、侵略しているのはそなたの国だな」
「かも、しれません」
腕時計を見る。
三千円の安物時計だが、こういう物の発明で、他所の国の時計産業をボロボロにした事があった。時に、新しい技術は古い技術を食い殺す。いわれてみれば、侵略行為と同義だろう。
「技術で広く儲けるか、ドワーフも昔はそれをやっていたが、ヒームの職人に様々な技術を盗まれて以来、交易を止めてしまった。今は、気まぐれに個人と取引をするに留まる」
「ああ、なるほど」
ドワーフ製品が高いわけだ。性能云々より、希少価値としての意味でだが。
「中々、面白そうな国だな」
「でも、自然災害が多いです。地震とか」
「それは恐ろしいな。しかし、若い国なのか? こちらではあまり見ない国の動きだ」
「若くはないです。国家の年齢は確か」
ちょっと前にマキナから聞いておいてよかった。
確か皇紀にすると、
「二千と七百年近くです」
「うむ?」
陛下が首を傾げる。
「エリュシオンの、我ら諸王の歴史の二倍は生きている国になるぞ」
「そうなりますね」
一応、国家の年齢では世界一位です。
「つまりそなたの国は、小さく四季があり、売り物になるような技術を持ち、自然災害が多く、だが長い歴史を持つ、と。うむ、全く想像できん」
「はい、変な国です」
「変な国か」
はっはっはっ、と二人で笑う。
日本の事が少しでも伝わればよかった。伝わったのかな?
キノコがすっかり冷めてしまった。
そこでようやく、二人が見回りから戻って来た。知らない人を連れて。
ずんぐりとむっくりの体付きの人だ。
いわゆる一般的なドワーフに似ているが、180と身長は高い。髪は黒く長く、ヒゲは更に長い。へそまで伸びている。
黒と金の鎧に両端に角の付いた兜。背には長柄の両手斧。
「へいかー、客人さー」
レグレが軽い感じでいう。
「デュガン! デュガン・シュテルッヒ・ホロビ・ロブス!」
名を呼んで陛下が席を立つ。
「ダインスレイフ! ラ・ダインスレイフ・リオグ・アシュタリア!」
二人が連れてきた男が両手を広げて陛下に近づく。
ガシッ、と暑苦しい抱擁。
「街の惨状を見て仰天したぞ。だが、お前さんが息災で安心した」
「ぬかせ、人の街を見て驚くタマではあるまい」
「ガッハッハ! なに、王が無事であるなら国の一つや二つどうとでもなる。四将を失ったようだが、既に二人も強者が集っているとは。こやつら二人、余の精鋭50人を気迫で押し退けおったわ。まこと、お前さんの人徳は羨ましい」
「三人で、あるぞ」
陛下が僕を見る。
いや、それは恐れ多いです。
てか、このヒゲの人。デュガンって、四強なる諸王の一人? 超大物じゃないか。陛下もだが。
「凡庸な男に見えるが?」
はい、その通り。
「これを飲んでみろ」
「酒が、なんだ?」
陛下がリンゴ酒を注いで、デュガンに飲ませる。
「む、なんじゃこりゃ。極上の酒だな」
「その男が作った物だ」
「貴様、酒精の加護でもあるのか?」
「いえ、リンゴが良いだけで。僕は適当に作っただけです」
「ソーヤ、どこのリンゴか教えてやれ」
陛下が人の悪そうな顔付きになる。
「そこの森から適当に貰って来た物です」
「冗談にしては笑えぬぞ、小僧」
「デュガン、耄碌<もうろく>するのは二十年早いぞ。そこに並ぶ食材を見てみろ。アシュタリアで、いやこの大陸でこの時期に採れるような物か?」
「本当に禁忌の森からだというのか。この男が? 生きて人の姿で?」
「愚生の首、賭けても良いぞ」
「にわか信じられぬが、ヴェルスヴェインの秘子の血が呼び寄せたのか。もしくは、これも時代が動く予兆か」
「デュガン、一つ聞き捨てならん言葉を吐いたな。それに、何用で愚生を笑いに来た」
「余は同じ諸王の中では、お前さんとが一番付き合いが長い。だから、断っておこうと思っただけだ」
「断る、だと? 愚生に貴様が何を断るというのだ」
「余は、黒エルフと組む事にした」
陛下がテーブルに拳を叩きつける。真っ二つだ。
デュガンは落ちる酒瓶を取り、平然と飲み始める。
「古き諸王の血が、奸雄に降るというのかッ?!」
ヒゲのおっさんは平然としている。
気になるのは、陛下を哀れみの目で見ている事だ。
「お前さんは、諸王の成り立ちを忘れたのか? エリュシオンの雲霞の如き大軍を前に、偉大な祖先達は一つの旗を掲げた。時と共に旗は別たれ、敵であるエリュシオンに旗を集める愚か者まで出る始末。今一度、我らは旗を一つにせねばならない」
「それが、黒エルフにはあると?」
陛下は怒りを精一杯堪えている。
レグレとザモングラスはいつでも戦闘できる体勢だ。
「ある。実にある。あやつは、エリュシオンの瓦解させる材料を持っている。そして、すまぬな、ダインスレイフ。余の血族は、あやつと古き盟約があるのだ。知ったからには、再び助けてやらねばならぬ」
「再び、とな」
ロブス、ヴィンドオブニクルの一人。確固たるロブス。
その一族と盟約を持つ黒エルフも、ヴィンドオブニクルと関係があるのか。それとも別の理由か。
「して、愚生にそれを宣言したからには、命を置いて行く覚悟はあるのだろうな?」
陛下、臨戦態勢。
「それも、致し方あるまい」
ヒゲが斧に触れる。
一触即発である。
これは、マズいか。
ヒュルルルウルルルルル、
という音が、
「え?」
僕が見上げた空から降り注ぐ。
着地の衝撃で、テントや物資が捲り上がり、僕と一緒に吹っ飛んだ。一瞬、気絶していた。気付くと地面に体を寝かせている。
王二人、臣下二人は微動だにせず。落ちてきた物を警戒している。
それは、大剣だった。
鈍く赤い刃は、金属を鍛えて一つにしたというより、金属片を接着して集めた様な形。だが不完全な様子はない。薄紙一枚の隙間もなく、切れ味も並大抵の物ではない。無骨で、頑丈で、忠実な魔剣である。
「アガチオン?」
犬みたいに跳ねながら僕に近づいて来る。剣には、バックパックが固定してあった。
まさか、呼び出してから夜通し飛んでここに来たのか? てか、何か生臭い。血と胃液の匂いがする。こいつ、何しながらここに飛んできた?
「あ、すみません。僕の物です。………続きをどうぞ」
魔剣を背に隠して、王二人にいう。
複数の馬の蹄が近づいて来た。ヒゲの部下だろう。
「興が削がれた。余は帰るが、お前さんはどうする? 男の尻を追う趣味はなかろう」
「ない」
陛下は抜き身の剣を地面に刺し、椅子に座り直す。
ヒゲが去ろうとするので、
「少しお待ちを」
僕は引き留めて、リンゴを六個ほど袋に入れてヒゲに渡した。
一応、お客様なのでお土産を。
「蜂蜜、酸い果物と共に酒に漬けてください。100日も待てば今日の酒より何倍も美味い酒になるかと」
「長い待てんな。待って、そこの王が死ぬまでか」
リンゴをかっさらってヒゲは去って行った。
後、酒瓶もしっかり持って帰る。しかし一度振り向いていう。
「一つ忘れておった。飢えた王とは戦えん。飢えた馬ともだ。街の入り口に、飼料と食糧を置いておく。好きに使うが良い」
「飢えた獣より、太った豚の方が狩りやすいか」
「好きに取るが良い。しかし、ダインスレイフよ。時代は変わるものだ。ある時を機会に目まぐるしくな。今は正に分水嶺にある。滅びの中、その血を消すのか?」
「無論だ。滅び行く者の戦い。貴様らの新しい歴史に深く刻んでやろう」
「楽しみにしている。古き友よ」
「さらば、古き王よ」
急いた顔の部下達と合流して、ヒゲは消えていった。
「ソーヤ、飯だ」
「はい、陛下」
「奴らの用意した食料、食い尽くしてくれる」
「お任せください」
ヒゲの食料は、左大陸小麦にジャガイモ、塩、バター、チーズ、オリーブオイル、本物のギネル大卵、塩漬けの豚に、石のような硬いパン、ワインを始め酒各種。後、ヴァルシーナ用の飼料。
全て豪快な量である。流石の陛下でも、食い尽くすのには二ヶ月はかかる。あのヒゲ、それだけの期間は、陛下が負けないと読んでいるのだろうか。
レグレが毒のチェックをして問題ないと出たので、気合いを入れて料理を作る。
本日のメニューは、異世界に来てからの集大成だ。
山菜で大量の天ぷらを作った。個人的には100点の天ぷらだった。豚肉とカエル肉を贅沢に使ったコロッケを作る。
左大陸小麦で、生パスタを作り、ペペロンチーノ、カルボナーラを作る。
おまけで、カエルスープとキノコのステーキ。
以上、少ないが僕の集大成である。
全部好評だった。好評故に、素直に喜べない。
所詮は一人暮らし片手間程度の飯。甘い、甘いのだ。ちょっと腕のいいコックが異世界落ちしたら、というかもう、飲食店のバイト経験者にすら負けそうなレベルだ。
レパートリー増やしたいです。
腕を上げたいです。
死んだ爺さん、異世界の不思議な力で降臨できないかな? 小さい店とはいえ半世紀も切り盛りしてきた料理人だ。学べる事は多かったはず。ホント、今更の後悔だが。
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