<第二章:駆り立てる夢あらば、疾く醒める夢あり>【04】


【04】


「銃という物で、尖った金属を音のような速度で発射する飛び道具です」

 あんな事の後だったが、陛下はしっかり飯を食べた。

 今は食後の時間で、銃の説明をしている。

「辛うじて見えた。速く小さすぎる故、避けようがなかったが、あのような威力とは」

 ライフル弾を見えたのか。

 流石、陛下。

 温めたワインを口にしながらザモングラスが会話に入って来た。

「右大陸のドワーフが似た様な物を作ったな。………いやしかし、あれは」

「ええ、作成の失敗で鉱山都市ごと吹っ飛んだそうで。ドワーフはそれ以来、銃を作っていません。この銃は、僕の同邦。といっても国は別ですが、そこの代物です。陛下、一つ聞きたい事が」

「うむ、申してみよ」

 狙撃手の銃、どうみても第一次異世界遠征軍の装備だった。

「過去、この地に降り立った異邦人の集団があるはずです。何か知りませんか?」

「異邦人の集団とな。すまぬ、心当たりはない」

 異世界では、人の口伝が一番の情報伝達手段だ。

 王辺りに情報が入っていると思っていたが。

「では陛下、ザモングラス様、黒エルフに付いて知っている事を教えてください。どんな些細な事でも構いませんから」

 レグレはこの場にいない。離れた所で………ヴァルシーナの肉を解体している。

 命を無駄にしないという事では正しいのだが、僕は、あの馬に情が移ってしまった。女々しいかも知れないが、それを捌いて腑別ける神経はない。

「愚生が知るのは、ロブスを含め、ヴィンドオブニクルに関わりある諸王をことごとく集めている事か。三年前に忽然と現れた者だ。情報は少ない」

「ザモングラス様は?」

「エリュシオンも殆ど情報を掴んでいない。短期間に間者を侵入させ、人を侵し、聖リリディアスの騎士を陰謀に巻き込んで排除している。俺の弟子も、何人も犠牲になっている」

 恐らく被害の半分以上は、黒エルフの名を語っているだけで、エリュシオンの内輪揉めだ。この人は、自分でいっていた通り愚直な人だ。政治や人の謀には疎いのだろう。

 断片的な言質しか証拠はないが、ザモングラスを陛下に引き合わせ、エリュシオンを見限らせたのは、弟子であるルクスガルの策略。

 それの意味する所は、今だ不明だ。

「この銃の射程距離は、この物見塔から外壁まで」

 800メートルと仮定する。

 あのM1ガーランド、狙撃用スコープが本体横に付いた珍しいモデルだ。クリップ給弾のライフルに、スコープが付けれるとは思わなかった。改良型のM14と同等の射程と見積もる。

「矢と違い直線的な軌道です。点の破壊力は強く、安物の鎧兜を容易く貫くかと」

「障害物がない平原では脅威になるな。こんな物があるとは、戦場の様相が一変するぞ」

「それです。銃を戦力として数えているのなら、もっと大々的に見せるはずだ。それこそ弱兵の集団に構えさせて、陛下を蜂の巣にでもすれば戦力の宣伝になるはず。馬一頭を暗殺するのに使用するのはおかしいかと」

「いや、それは違うぞ」

 陛下に否定された。

「ソーヤよ、我ら諸王の歴史とは、エリュシオンへの反逆の歴史。それは、武を磨き技の極致で戦う歴史。千年の伝統であり命を賭す矜持である。これが壊れる時は、諸王が滅びる時だ」

 戦場で魔法を見ない理由が分かった。

 エリュシオンの獣は魔法を無力化する。肉体の武というものを極限まで昇華させるのは対抗策になる。過去の諸王達は、そうやって戦ったのだろう。理に適った伝統だ。

「銃という道具、真に脅威ではある。だが、そのような手段を大々的に見せ、愚生を殺したとして、他の諸王が何を思うか?」

「あ………次は自分達だと?」

 仮に、弱兵を銃で武装させたとして、人は殺せるかもしれない。英雄すら殺せるかもしれない。しかし、忌血の獣はどうだ? あれを殺すには小銃では全く足りない。

 長年、諸王の大地がエリュシオンの侵攻を留めているのは、陛下のような武勇が強い。死んでいったアシュタリアの臣下達は、実際命を賭して獣を倒している。

 この伝統を付け焼刃の銃で壊せば、大陸に待っているのは混乱と、後にやってくる支配だ。

「それもあるな。我らは戦いに美学を持ち込む。矜持を抱え戦う。弓矢ですら毛嫌いする者も多い。鋼と血と肉。それのみで戦い、果てる一瞬まで殺しに殺す。先祖たちの魂に、我らは毛の一片まで戦ったのだと誇って死ねる。

 異邦の武具は、この矜持を汚す。反感を持ち、旗を別つ者も現れるだろう。諸王とは、特にロブスのような古い諸王とは、そういう者だ。

 ヴァルシーナを銃で倒したのは、何か別の理由あってか。単純にあの弱兵共を助ける為なら最早く手助けしていた。奇策にしては、何か少し探りのようなモノを感じる」

「情報不足ですね」

「しかし、陛下。この者には対抗手段があります」

 ザモングラスが僕の背中を叩く。

 いえ、という視線。

「ええと、陛下。この剣」

 アガチオンを、献上するように陛下に渡す。

「天から落ちて来た、そなたの剣だな。変わった代物だ」

「これは、聖リリディアス教に伝わる聖剣アガチオンを、異邦の――――」

「聖剣アガチオンその物です」

 嘘がザモングラスに遮られる。

「ソーヤ、どういう事だ?」

 陛下が少し怖い顔を浮かべる。

 聖リリディアスの英雄の剣だ。真実を話せない以上、説明が面倒になる。

「それは」

「我が弟子、アーヴィンが獣狩りの英雄から授かり、死に際この異邦人に託した聖剣になります。秘中の剣ゆえ、陛下には説明し辛かったのかと」

「はい、その通りです」

 ザモングラスがうまく説明してくれた。

 意外。

「なら、良い。一瞬、そなたがエリュシオンの間者かと思い違った。許せよ」

「いえ、こちらこそ申し訳ない。陛下の御身はこの剣にてお守りします。アガチオンは、一度銃の使い手を退けていますので」

「うむ、視界の端で捉えていた。この剣に追われ、森の手前で奇妙な術で消えた者がいたな」

「はい、恐らくは黒エルフの腹心かと。黒髪で、肌も浅黒く、エルフの長耳を持っていました」

 いわゆる、ダークエルフの容姿だ。

 安直な繋がりだが、それが黒エルフと名乗る者と関連性は高い。

「ん、異なことを」

「え?」

 陛下が不思議そうな顔を浮かべる。

「肌も髪も黒いエルフ、とな。聞いた事はあるか? ザモングラス」

「いえ、全く。可能性があるなら、混血のエルフでしょうが。しかし、そんな忌み子。生まれた瞬間に間引かれるでしょう。エルフの同調圧力は我々の理解できる範囲にはありません。奴隷商や、人攫いが、好奇心で作った可能性もありますが………ソーヤ、その者は幼子であったか? 体格や、体の出来は?」

「幼くは見えましたが、ヒームでいう十五、六の少女の体格です。骨格に異常はなかったです、健康体でした」

「おかしいな。遊びで作られた者が、そこまで成長できるとは思えん。引っ掛かる」

 三人寄れば文殊の知恵というが、解決した事は少なく疑問だけが生じる。

 決まった事といえば、僕が物見塔で常に見張り、狙撃手を警戒する事だけだ。

 ヴァルシーナを失った陛下が、前と同じように戦えるかというと難しい所。それでも、万の兵に匹敵する個人だと思うが。

『………………』

 沈黙が漂う。

 すると、

「おーい、男共。飯だ。喜べ」

 レグレが山盛りの肉を持って来た。

『………………』

 重い沈黙が漂う。

「さーて、新鮮な肉だ。肉♪ 塩漬け豚も良いけど、こういうのは活力が違うからな! 希代の名馬だからさぞかし美味いと思う。絶品だろうさ」

 続いて、石材を持って来る。門のように支えを置いてテーブル状の岩を篝火の上に。

「島民やってた時は、こういう風に海から盗んで来た物を食べてたなぁ」

 テキパキと作業に入る。

『………………』

 更に、男の沈黙が重くなる。

 現代世界の女だったら『やだぁ~かわいそ~お~』とかいって敬遠しそうだが、こっちの女性は違う。

「おっし、温まって来たかな」

 岩の熱を確認して、バターを大量に溶かしてレグレが肉を焼き始める。

 ワーイ、焼き肉だ。

 とは喜べない。

 でも、めっちゃ良い匂いがする。

「ソーヤ、なんか味付け用意しろ」

「あ、はい」

 レグレにいわれ、岩塩を砕いて、寒空に干して置いた行者ニンニクを擦る。

 後、山菜のサラダを作った。

「おーし、焼けてきた。へいかー、最初にどうぞー」

「…うむ」

 元気のない陛下の小皿に、トングで摘ままれた肉が一切れ置かれる。

 どんな形であろうが愛馬である。

「一番美味しい所さ」

「レグレよ、これはヴァルシーナのどこの部分だ?」

「聞かない方がいい」

「………ソーヤ、食え」

「はい」

 陛下が、げんなりしてサラダをモリモリ食べる。

 肉を頂く。

 フォークで刺して、塩とニンニクを少し付け口に。

「?!」

 う、美味い。

 甘みのある肉だ。それでいて油が上品。臭みもなく、豚と違う肉らしい肉の歯ごたえ。噛めば噛むほど旨味と甘みが増す。非常に味わい深い。飲み込むと、生命力そのものを食べているような活力を感じる。こ、これは。

「陛下………大変美味しゅうございます」

「愚生の半身だからな」

 それいわれると食べ辛い。

 レグレが焼き上がった肉を別皿に持って行く。火の通しが甘い気がする。生でもいけそうだから、良いのかな?

「さあ、じゃんじゃん焼いて行くから食え食え。爺も遠慮するな。最近、食が細いんだから良いもん食って力を入れろ」

 流石に、ザモングラスもいたたまれない顔になる。

「ザモングラスよ、愚生に遠慮はするな。幼少より、長き時を共に超えた名馬中の名馬。その血肉が臣下の一部になるのなら本望である」

 陛下、だからそれをいわれると食べ辛いですって。

「では、失礼して」

 ザモングラスが塩を軽く摘まんでかけ、肉を一口。

 くわっと老眼が開く。

「こ、これは美味い。一口事に体が若返って行くようだ」

 そんな馬鹿な。

「へいかー、食べなって。あいつも陛下の一部になれば、また一緒に走れるわけだし。喜ぶと思うよ」

 陛下の皿の上に、焼いた肉がモリモリと置かれる。

「…うむ」

 陛下が決意したようだ。

 焼いた肉を皿からフォークで搔き込む。デカい口が、大きく膨らみ、もにゅもにゅと動く。よく噛んでから飲み込まれる。

「美味し! ヴァルシーナよ、最後を得ても、汝は愚生の期待を裏切らない真の忠臣であった。天上でもまた共に駆けようぞ! なに………長くは待たせぬよ」

 陛下は不敵に笑って肉を食らう。

 僕らもならって希代の名馬を食らう。

 今日の宴は、静かだったが熱く、今までで一番の食事の量だった。

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