<第一章:諸王の大地へ>【03】


【03】


 仲間と遠く離れ、この諸王の大地で、僕は理想とする王に仕える事になった。

 何故か、心細さはない。

 それは、目の当たりにした神話のような闘争が原因だろう。体が震える。火を飲んだように芯が熱い。

 ただ熱は、借りた小さなテントで眠りにつく頃には冷めた。寒いなんてもんじゃない。マイナス気温だろう。

 毛布一枚では夜を越せないかもしれない。凍死とは何とも情けない終わり方だ。

 寒さで歯がカチ合う。

「おーい、寝たか?」

「お、起きてまます」

 レグレの声、無遠慮にテントが開く。入り込んだ外気は鋭利な刃物のような寒さ。

「陛下が様子見てこいってさ」

 毛布に包まったレグレがテントに入って来る。僕の毛布に潜り込んで来た。

「これは、何で?」

「陛下が右大陸の者なら、ここの寒さに弱かろうって。ありがたく思えよ」

 片手がシャツの中を潜り込んで来た。

「お前、冷たいな」

「あんたは温かいな」

 レグレの体は湯たんぽのように温かい。この寒さなのに軽く汗ばんですらいる。

「獣人用の火酒を飲んだからさ。朝まで熱々さ」

「それ、僕にも貰えませんか?」

「いいけど、普通のヒームが飲んだら気絶するぞ。三日は頭痛で動けなくなる」

「はい、やっぱいりません」

「ここいらの風習で、獣人女にこの酒飲まして暖を取るんだとよ」

「何て良い風習だ」

 左大陸の先人の方々、ありがとうございます。

「お前、服は自分で脱げ。おれは利き腕があんまり動かないんだ」

「あ、はい」

 シャツとズボンを脱いで毛布から出す。裸体がぴったりと絡みついて来る。とても温かい。非常時とはいえ、ちょっと罪悪感が生まれた。

 ラナは、たぶん怒らないだろうが、ランシールが怖いかも。

「で、どうする?」

 レグレが首に手を回してくる。

「どうする、とは?」

「何お前、童貞?」

「ち、違いますぅ」

 違います!

「んじゃ男色?」

「違います。一応、既婚者です」

「もしかしてアレ、獣人女を嫁とかいってる日陰者か」

「いや、妻はエルフです」

「エルフと結婚って、妄想とかではなく。マジで?」

「マジです」

「それなら余計に獣人の一人や二人、問題ないだろ」

 エルフって一夫多妻制だった。

「おれは陛下の戦い見て、昂って堪んないから気にするな。ガタガタいってないで、男なんてもんは。出したり入れたりしていりゃ性根が分かるもんさ。取りあえず一回抱け」

 跨られる。

 獲物を見るような目で舌なめずりを一つ。

「あの、シュナに申し訳ないんで、これ以上の関係はちょっと」

「え………………は?」

 レグレの表情が固まる。シュナが思うような人間なら、根底は悪い人間ではないと思う。現状だけで十分シュナに話せないが。

 レグレは横に戻って、くっついて来る。

「お前、何であいつの名前知ってる? 爺に聞いたのか?」

「シュナは、僕のパーティメンバーです。あなたの事もよく聞いている」

「………ないで」

 消えそうな声でレグレが何か呟く。

 続けて急に大きな声になる。

「あいつには絶対にいわないで! 忘れて! 何でもするからさ!」

 半泣きで顔が真っ赤である。

「いや、いいませんよ。お前の剣の師匠と寝た、なんていったらパーティ崩壊します」

「いやぁぁぁぁぁ! だってあいつよー! 凄いキラキラした瞳で『師匠の名誉はおれが高める!』って、旅だったのさ! それで、その肝心な師匠がこんな所で安い男に跨っていたなんて、あ、駄目。絶対いえない。バレるくらいなら死ぬ。てか、お前を殺す!」

 夫に浮気現場がバレたように見える。

「いいませんて、僕もシュナは大事ですし。憧れの師匠と裸で抱き合ったとか、今の現状だけで斬り殺されかねない」

「帰る」

 まさしく脱兎の如く。レグレはテントから出て行った。

 すぐ戻って毛布に入って来た。

「いや、やっぱり口止めする」

「だから、いいませんて」

「待て、マテマテ」

 レグレが熱い身体を押し付けてくる。

「よく考えたら、お前だってバラされたら困るじゃないか。ん? シュナにいわれたくなかったら抱け。………あ、やっぱり止め。なんか、冷めた萎えた。こんな安っぽい男になにやってんだろ。もう寝る」

 レグレは丸まって僕の脇腹に頭を寄せて来る。耳もすっぽりと毛布に包まる。体勢を変えて、彼女を横から抱きしめた。熱い身体だ。こんな小さいのに、僕の何百倍も強いのだろう。

 取りあえず、シュナがこんな風に育たないように気を付けよう………。

 正直、時差ボケで全然眠たくはない。左大陸は夜も深けたが、右大陸の時間ではまだ昼の四時である。

 目を瞑ると、陛下の戦いが目に浮かぶ。鮮烈な記憶だ。体の昂りを感じた。これは、全てを忘れるような熱だ。

 だが、僕は必ず帰るのだ。右大陸に、キャンプ地に、ラナの元に、そこを忘れないのなら、まだ僕は、いいや―――――――

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