<第一章:諸王の大地へ>【02】
【02】
「して、お前は何者だ?」
陛下の質問。
僕は、老兵と獣人に槍を向けられていた。
陛下は、何の気兼ねもなく真っ裸で水浴びをしていた。日が落ち始めた冷気など気にせず、返り血を流している。肌からは蒸気が立ち昇っていた。
「右大陸の、レムリア王国で冒険者をしている者です。名を、宗谷といいます」
「右大陸か、遠いな。そんな所から何用だ?」
「あの、信じ難いとは思いますが。キャンプ地でくつろいでいると、光に飲まれて、ここの王城に落とされました」
まあ、今の戦いよりはマシだと思うけど。
後、人工知能はややこしいので省く。
「………王城の、誰の手によってだ?」
「年若い女王様に。美しい方です」
性格は最悪だが。
「様子はどうだった? やつれてはいなかったか? 顔色はどうだ? 病に苦しんでいなかったか?」
矢継ぎ早に聞かれる。
「いたって健康そのものでしたよ」
「なら良い。一つ分からんのだが、アメリアに召喚された者が何故空き巣などしていた?」
アメリアというのか、あの女王。
「手違いで勇者として呼び出されたのですが、僕が無能だと知ると外に捨てられました。寒空に頼る者もなく、身一つだったので、仕方なく物資をいただく為に空き家に」
「………………」
陛下が顔を歪めてタオルで体を拭く。
無言で見守って、着替えが終わるまで待つ。
「良い」
陛下の言葉に二人が槍を下げる。
「ソーヤよ、我が娘の蛮行。父として詫びよう」
え、娘。
陛下は、どう見ても三十前半くらいにしか見えないが。大分、若い時の子供なのか。
「できる事は少ないが、そなたの希望を聞こう」
「右大陸行きの船を手配してもらいたいです」
話が分かる人で助かったが、
「それは難しいな。北の港は今、黒エルフの諸王軍が封鎖している。今日、三旗を退けたが、連中の薄汚れた旗はまだまだある。港に乗り込んで船を奪おうにも、水夫が従うかどうか。どちらにせよ、船は難しい」
ですよね。
そんな気はしていました。
「北の港以外に、右大陸に行く手段はないのですか?」
「大陸の端まで南下すれば別の港はある。が、それも難しい。南には、エリュシオンに与した諸王が陣を構えている。つまりは、この愚生の国アシュタリアは、恥知らずと愚か者の旗に囲まれ、滅び行く最中だ」
「それは………なるほど」
神頼みならぬ、勇者頼みになるわけだ。
「陛下、よろしいですかな?」
老兵が一歩前に出て意見を求める。
「意見があるなら申せ、ザモングラス」
今、なんといった?
「エリュシオンには古いツテがあります。男一人くらいなら南方を通せるかと。しばらく時間が必要ですが」
「うむ。それで良いか? ソーヤとやら」
「あ、ありがとうございます。すみません、その、あの」
「男ならはっきりせい」
叱られた。
「すみません」
「無闇やたらに詫びを入れるな」
「はい」
更に叱られる。
「で、なんであるか?」
「お供の方、聞き間違いでなければ。緋の騎士、ザモングラス様でしょうか?」
「如何にも、である。偶然エリュシオンで出会い。臣下の契りを交わした。そこのレグレと同じようにな」
嘘だろ、これ。もう一人知ってる名前が出たよ。
老兵、ザモングラスに詰め寄られる。
「貴様、どこで俺の二つ名を知った? 本当に右大陸の冒険者か?」
鋭い眼光だ。怖い怖い。
「ザモングラス様、アーヴィン・フォズ・ガシムという男を知っていますか? あなたの弟子のはずだ。彼と僕は、レムリア王国の冒険の輩でした」
陛下が、僕とザモングラスの間に割って入る。
「…………ザモングラス、何故ガシムの名がそなたと並ぶのだ」
凄い剣幕である。
先程まで戦場を共に駆けた人間に向ける顔ではない。
「陛下、隠すつもりはありませんでした。ただ、口にする機会がなかった為に」
「なら、良い。愚生の器が足らなかったものと受け取ろう」
「いえ、決してそんな事は」
「良い」
陛下が僕の目の前に立つ。
デカい、頭一つ分の身長差がある。
「ソーヤ。愚生は、ガシムの者とは因縁がある」
アーヴィンの祖父は、死刑の執行者をしていた。人に恨まれる事もあるだろう。
「愚生には娘が二人いた。一人がそなたを召喚したアメリア、もう一人がアメリアの五つ下の妹、イリスエッタ。イリスエッタは、ガシム本家に嫁ぎ、そこで謀略に巻き込まれ死罪を科せられた」
ガシムの血族は、黒エルフに加担して法王の暗殺を計画。しかしそれは未然に防がれ、一族は一組の姉弟を残し皆処刑された。
「愚生は、イリスエッタを助ける為にエリュシオンに乗り込んだ。が、本人に突き返された。罪の正否は関係なく。夫と共に添い遂げるのは妻の務めだ、とな」
イリスエッタさんの歳は、たぶん十代前半くらい。それでその腹の括りよう。この人の娘らしい胆力だ。
「だがしかし、な。エリュシオンが、執行者の奴らが、我が娘に何をしたと思う? 死を覚悟した者に死を許さず、世にある全ての汚辱と凌辱を我が娘に与えた。それは正義でなく、罪の清算ではなく、ただ獣の欲望を満たさんが為に行われた。
この、ザモングラスが引き合わせてくれなかったら、愚生は娘の今際の言葉も聞けず、奴らの悪業にすら気付かなかった。実に愚かしい。その愚かさ故の罰か、国に帰るとこの有り様だった。聞くと、炎を纏った獣に襲われたという。獣は、アシュタリアの四将と兵が身命を賭して倒したが、国の殆どは民と共に灰となった」
炎の獣、それも国一つ潰せるほどの。心当たりは一つしかない。聖リリディアスの忌血の獣だろう。
驚いたのは、それを倒した陛下の将と兵だ。剛の者には剛が集まるのか。
「アメリアは、妹の亡骸を埋葬すると愚生を追放した。お好きなように生きて殺せ、とな。エリュシオンに攻め入ろうと思ったが。黒エルフが周辺諸王を引き連れ攻め入って来た。そして、先ほどのような戦<いくさ>を………ザモングラス、何回目だ?」
「六度です、陛下」
「もう六度か。つまらぬ戦い故、記憶に残らぬ。黒エルフめ、弱兵ばかりを用意して戦わせている。奸計の匂いがするが、愚生には出て行って散らす以外に術はない」
「フツー、一回目で死ぬけどさ」
レグレの軽い台詞。
そもそも、普通の人は5000の軍相手に真正面から戦わない。
「いかんな、話が逸れた。ソーヤとやら、そのアーヴィンという男の様子。教えて貰えぬか? ガシムの中に、一人だけ追放処分で許された者がいると聞く。気にはなっていた」
「良い男でした。勇猛果敢で、責任感が強く、仲間の為に死ぬ事を恐れない。僕にとって掛け替えのない友人です。レムリアを襲った巨大な獣を倒し、救国の英雄となって亡くなりました」
「なっ、死んだのか?」
ザモングラスに頷いて答える。
「死の際まで、僕らと投獄された姉の事を案じて、立派な最後でした」
嘘ではない。残された僕がそういい続ける限り、これは真実になる。
「立派な最後、か」
ザモングラスが僕を見つめる。
どこか、物悲し気な目だ。この人は全部知っているのだろう。ならせめて、弟子の名誉の為に今は口を閉ざしてくれ。
「なら、良い。ガシムの名を、我が娘を汚す最後でないのなら、良い」
陽が落ちた。
薄闇の中、白い吐息が漏れる。
「さてソーヤよ。滅び行く国だが、客人として精一杯もてなそう」
「それには及びません」
陛下の計らいを断る。
彼は少し困った顔で髪を掻く。
「だがな、王として客人の扱いを損なえば、アシュタリアの名が穢れる」
まあ、あなたの娘は僕をポイ捨てますが。
それは置いておいて、
「では、陛下。僕を臣下に加えて貰えませんか? 南下できる手筈が揃うまで、その間だけで構いません」
この状況、戦う者の中でお客様扱いは居心地が悪い。
「物好きな事をいう。死に場所を探している王の臣下など、得はないぞ?」
「構いません。冒険者は、経験する事が財産であります。あなたの戦いを味方の一人として見守りたい」
本当の所、僕の趣味なだけだ。
こんな欲望を持つなんて、ラナのおかげだろうか?
「へいかー、おれ部下が欲しい。邪魔だったり、裏切るようなら、おれが殺すからさ。つーか、こいつ。おれと同じで、陛下が強いから仲間になりたいだけだよ」
レグレが押してくれた。
「陛下、俺は反対です。臣下とするなら働かなくてはならない。こやつが何かの役に立つとは思えない」
ザモングラスには反対される。
「うむ、分かれたか。では愚生が答えを出そう。ソーヤ、そなたを臣下とする。信盟の剣は王城にある為、正式な手続きは出来ぬ。他二名と同じように、愚生の言葉以外に、その身分、身を明かすものはない。故に、愚生が死ぬまでの間、その身を臣下として仕える事を許す」
陛下が大剣を引き抜く。
幅30㎝、全長150㎝、肉厚で長大な剣、黒みがかった素材。刃材はルミル鋼で間違いない。
レムリアの相場にして、金貨4000枚の剣が、跪いた僕の肩に置かれる。
「アシュタリア王国、十六代君主、諸王が一人、ラ・ダインスレイフ・リオグ・アシュタリアが命じる。冒険者ソーヤよ、滅び行く国の愚かな王ではあるが、これに仕える事を許す」
「ありがたく、一命を賭けて仕えさせていただきます」
「それは許さぬ」
意外な所を拒否された。
「これより先、愚生より先に死ぬ事を許さぬ。もし死ぬ事あらば、冥府の神を殺しそなたを現世に引き戻す。それは流石に面倒だ。色々と立ち行かなくなる。だから、死ぬな」
ああ、なるほど。こういう人だから魅かれたのか。こいつは参ったな、ドンピシャだ。
「分かりました。必ず守ります」
「うむ、良し」
剣が離され、ここに誓いは成された。
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