<第一章:諸王の大地へ>【01】

【01】


 ズルズルと引きずられる中、目を覚ました。

 こう短い間隔で二度もぶん殴られて引きずられるとは、この土地。僕には合わないな。

 そんな痛感を味わっていると、壊れかけの物見塔に来た。

「へいかー、へいかー、変なの見つけたぞ」

「なんぞや」

 巨躯の男の前に放り出された。

 身長は190㎝、ヒームにしては高く手足も長い、そして太い。脂肪という意味ではなく筋肉で太い。手足首回り体幹が太い。それでいて限りなく引き締まっている。

 黒革の鎧に、肩に付いた毛皮のマントという姿は、肉体の強さ故の軽装なのだろうか。

 赤毛の長髪で茶色の瞳、鋭い目つきだが、余裕を感じさせる表情。豪傑な様が顔に現れていた。

 古代神話の英雄、ヘラクレスがいるならこんな姿だろう。

 その巨体が、馬に乗っているのだから更に大きく見える。

 そんな男を乗せる馬なのだから、普通の馬ではない。

 小象と見間違うほどの大きさ。収縮色である黒なのに、その巨体がありありと見える。飼い主と同じで長いタテガミをしていた。

 黒馬に乗ったヘラクレスは、大剣を背負い。右手には大槍を携えている。

 鞘に収まった剣は幅広で肉厚。槍に至っては柄はちょっとした柱の太さ、全長は8メートルといった異常な長さ。穂先はメイスといっても通じそうな厚み。それを片手で軽々と持っている。

 両方ともヒームが使用するような得物のサイズではない。

「密偵か?」

 声も太い。

「いいや、空き家漁っていたから泥棒かな。でも庭に死体埋葬してたね。変な奴だなぁと思って連れて来た」

「そやつは、しばし捨て置け。軍が動いている」

 低く渋い声が響く。

 後ろに影のように控えていた男がいた。

 白髪の老人である。くすみ傷んだ灰色の鎧に傷んだ赤いマント。厚めのロングソード。

 老人といっても、体格が良く鍛え方も半端ない。さぞかし長い年月を争いに置いて来たのだろう。彼も乗馬していて、その馬と体には予備の大槍が括り付けてある。

「留守と、その男は任せる。出陣するぞッ!」

「はい、陛下」

 ヘラクレスと老人は馬で駆けて行った。

 こい、と獣人女に小突かれ僕は物見塔に上る。男達が街を出て、枯れた平原を走るのが見えた。

 真っ直ぐ、5000の大軍の中に、たった二騎で。

「あの、一つ聞いていいですか?」

「何さ」

 獣人が後ろから抱き着いて来た。下心や好意というより、これは逃がさないという体勢なのだろうか。何故か、首筋をめっちゃ嗅がれる。

「ん? ん? 何かお前から知り合いの匂いがするな」

「は、はあ、あのそれで聞いていいですか?」

「おうさ」

「彼らは、玉砕というか。最後に一花咲かせる為の特攻的なアレでしょうか?」

「お前、何いってんの?」

「いえ、だって」

 2対5000だよ。スパルタでも匙投げそうな地形だし。あの大軍に正面からとか、巨大ロボット持って来ないと駄目なレベルだぞ。

「ああ、陛下が負けるとか思ってんの?」

「………負けないの?」

 いいから見てろ、と頭を殴られる。よじ登られて肩車をさせられた。

 いわれた通りに見る。メガネを最大望遠にして二騎を追う。

 敵は戦列を整えていた。

 弓兵を前列に、後ろに槍を構えた歩兵。離れた場所に騎兵。

 二騎で攻めるのかと思ったが違った。

 弓兵が矢を番えると同時に、ヘラクレスが先陣を切る。

 速いなんてものじゃない。馬の速度ではなかった。

 焦った号令係が合図をする、一斉に弓兵が矢を放った。

 無数の矢が空を暗くして迫る。何の躊躇いもなくヘラクレスは進む。槍を両手に一振り。大気が破裂して風が巻き起こった。矢など軽く吹き飛ばされる。

 兵の動揺が見えたが、弓兵が下がり、歩兵が槍を構える。

 訓練された兵の動き。

 ただ、そういうものが通じない次元を見た。

 歩兵の持つ槍は10メートルと長槍である。それが槍衾を作った。ヘラクレスの大槍は、長さこそ歩兵の長槍に劣るが、太く頑丈で、しかもそれを持つ男は大きく長い。

 恐ろしい光景だ。

 槍に触れた兵が血煙と化す。衝撃で飛ばされた兵がピンボールのように他の兵を巻き込む。

 大槍の一薙ぎで20の歩兵が飛散した。返す一薙ぎに30の兵が巻き込まれる。

 血の雨が降った。

 運悪く正面に立ったものは更に悲惨で、馬の巨大な蹄で踏み潰された。悲鳴が波のように広がる。何の妨げにもならず歩兵は散らされる。

 走る騎兵は強い。指向性のある質量兵器だ。

 なら止まった騎兵は、方向によっては歩兵にすら劣る。

 歩兵の陣を容易く突貫したヘラクレスは、陣の右を抜け、小さい弧を描き、騎兵の横腹、得物を持っていない左から襲い掛かる。弓兵が矢を放つが、翻ったマントに絡めとられ弾かれる。

 彼の動きに対して、陣の動きは圧倒的に遅い。

 当たり前だ。どう見てもこの陣は、軍を相手にする為の物で、異常な個人を相手にする為の物ではない。

 騎兵がドミノ倒しで薙ぎ倒され一掃されて行く。

 阿鼻叫喚である。

 すれ違っただけで地獄が生まれる。槍の殴打で騎兵が消し飛び、持ち主を失った馬が恐慌状態で暴れ、歩兵を後ろから蹴散らす。

 彼らは、兵らしい兵だ。命令に忠実で、協調性に長ける。ただ応用性や創造性に欠ける。軍の行動において個人の個性などは不要。教えられていない事、命じられていない事は、不要な事である。だから、ふいの事態に対応できず、さっぱり死ぬのも兵の仕事だろう。

 しかし彼らは、実戦経験が少ないのだろうか? 慌てる様が素人のそれだ。

 追いついた老兵が混乱に拍車をかける。

 軍には、赤い羽根兜を付けた号令係がいた。馬上で歩兵を指揮する将がいた。軽装の伝令兵もいる。

 老兵は、槍の投擲で彼らを丁寧に殺して回った。

 突き刺さった大槍が墓標のように並ぶ。頭を失った軍隊は、

「決まったかな」

 最早、災害から逃げ惑う無力な人間達の集まりである。数の多さも混乱に拍車をかける。人が多ければ恐怖もそれだけ大きく育つ。

 密集した陣形で我先に逃げようと人が押し合いへし合い、下の者から圧死していった。

 ヘラクレスは駄目になった大槍を捨て、戦場に刺さった大槍を引き抜き、身近な敵から殺して回る。呂布って、実際いたらこんな感じなのだろうか。

 後は、草刈りと大差ない殺戮である。

 150は殺して回り。

 血塗れになりながら、太い声が何かを叫ぶ。メガネに集音機能は無いので聞き取れない。だが、逃げ惑う兵すら立ち竦む大声である。

「あの方は何をいっているので?」

「戦の締め」

 奥の陣営から、身なりの良い男達が出て来る。

 皆馬上で武装していた。

「ああも軍がグダグダになって呼び出されたら、上が出て来るしかないさ。それを断ったりしたら、兵や他の諸王に一生馬鹿にされる。民意も離れる。寝首かかれて一族が終わる」

「なるほど」

 何か名乗り合いをしている。

 そして、一番年配の男と一騎打ち。

 簡単に勝つと思ったが、そうでもなかった。三合、槍のぶつかり合いをして、当然ヘラクレスが勝つ。槍が首をはねた。

 が、彼は手傷を負った。頬に軽い切り傷である。

 ああ、なるほど。

 相手の面子を持ったのか。この人、強いだけではない。

 残った若い男と何かを話す。おそらく褒め称える言葉。首を抱えるのは息子だろうか、怒りや憎しみというより、誇らしさが顔に浮かんでいた。

 それも仕方ない。

 ほぼ一騎で5000の軍隊を蹴散らした男を、唯一、父親が手傷を与えたのだ。それは小さくても大きな誇りだろう。負けはしたが、軍や民に多少の面目が保てる。

 老兵が無事な大槍を回収している。

 馬が踵を返し、こっちに戻って来た。本当に、2対5000の戦を勝って来た。

 デタラメだ。

 けれども今、目の前で起こった光景である。神の戦いを目の当たりにしたような、そんな震えが体を侵す。

 後になって思えば、僕はこの時、魅入られていたのだと思う。

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