異邦人、ダンジョンに潜る。Ⅲ 諸王の大地へ 【3部後編】
<第一章:諸王の大地へ>
<第一章:諸王の大地へ>
「はい?」
と女王が首を傾げる。
僕は、今この状況が全然飲み込めていない。
さっきまで大陸一つ挟んだ右大陸にいたはずだが、ポータルに放り込まれた瞬間この左大陸にいた。
知らない大聖堂に落ちた。
目の前に高貴そうな女王がいる。
「そなたは、勇者ではないのか?」
「勇者………」
あ、心当たりがある。
左の掌、そこに歪んだVの字の模様がある。これは勇者の証らしい。まさか、これが原因か?
「一応、フレイなるギャストルフォの末裔に証は押し付けられました。しかし申し訳ない。僕はお力に添えないかと」
「ハハハ、勇者よ。謙遜するでない。急な召喚故、そなたも準備が出来なかったのだろう。当王家秘蔵の武器、防具を貸し与えよう。それで是非、黒エルフめを打ち倒しておくれ」
「あ、え」
参ったな。僕個人の力などカスなのだが。この手の人に、それを口でいっても信じてもらえるのか。
「王女殿下、失礼致します」
後ろに控えていたメイドさんが僕の傍に来る。肌が白く、エルフと見紛う容姿のヒーム。
というか僕は、薬が効いていて立つ事すらままならない。
「こちらの方、勇者の証は持っていますが、その身の証はまだです。昨今、勇者の称号も安くなりました。救国の願いに堪えうる者か、失礼ながら調べさせてくださいまし」
「勇者よ、失礼とは思うが良いか?」
「はい」
まあ、結果は目に見えてる。これで分かってもらえるだろう。
メイドさんがスクロールを出す。自分の親指を切り血を滲ませ、僕の親指と合わせた。スクロールに僕の血判が押される。
「ヴィンドオブニクルの信奉者、レジーナが、移ろい行く勇者の歴史をここに紐解く。スルスオーヴの名において、真実をここに記せ。恥辱には目を瞑ろう、汚名には口を閉ざそう。ただ、汝の功績と身の証のみを、今、ここに」
スクロールに光が宿る。前に散々見た光景である。
そういえば、あれから数々の冒険をこなした。人々に出会った。戦いを繰り広げた。確かめて見なかったが、僕の功績と経歴はどれほどのものか。
「王女殿下、失礼します」
メイドさんがスクロールを持って女王の傍に行く。
「………………」
僕の経歴を見て凄い顔になる。ロイヤルが見せていい表情ではない。
え、そんなに酷いの?
「勇者よ、これは何だ?」
「何だ、といわれましても。いった通り僕はお力になれないと」
「こんな馬鹿な」
スクロールを投げつけられる。上手い具合に広がったそれが見えた。こっちの言葉で、エルフ弓術初級、とだけ書かれている。
まさかの僕の経歴、何も変わっていない。全然成長していない。いや待て、ヴェルスヴェイン弓術が消えている。あ、ルゥミディアが成仏したからか。
………劣化してる。うわ、僕の経歴劣化している。
「唯一の秘宝を触媒にして、出て来た勇者が安っぽい弓術の能力しか持っていないと」
「王女殿下?!」
女王がふらりと倒れ込んでメイドに抱えられた。
「大変申し訳ない。でも、そういう訳なんで、僕を元の場所に帰してもらえますか?」
きっと手違いでここに呼ばれたのだろう。僕をポータルに放り込んだ声。あれは、この女王と無関係な気がする。ばつが悪いが、マキナ達に聞くしかない。急に消えたとあっては皆も心配するだろう。早く帰らないと。
「………………帰る? そなた、何を言っているのだ?」
「何って、呼び出したからには戻す責任が」
「王が、そなたのような下賤に何の責任を持つ」
「………はい?」
いきなりなロイヤル理論。それってつまりは、
「誰か、目障りだ。捨て行け」
近衛兵の二人に両肩を掴まれズルズルと引きずられた。
「ちょ、待てよ! 僕を右大陸に帰せ!」
「黙らせよ」
頭を殴られる。意識が途絶えた。
目が覚める。城の外に居た。
ガラガラと跳ね橋が上がって行く音。城下に放り出されたようだ。
「えーと………………なんじゃこりゃ」
他所の大陸に一人で、何の装備もなく、リスタート?
落ち着け、
落ち着け。
あわ、あわわ、慌てても仕方ない。
「さむっ」
寒い。
レムリアの気候と全然違う。冬の気候だ。空は灰色で、今にも雪が振りそう。時刻は昼くらいだろうか。雲のせいで日光の量は少ない。
薬が切れてきて、のろのろと歩く事は出来た。
持ち物の確認をする。
肌身離さず持っていたメガネ型デバイス。起動するが、やはり人工知能との機能同期は出来ない。距離が開き過ぎている。人工知能の量子通信は、何故か異世界ではかなり干渉を受ける。本来のスペックなら、地球一個分の距離くらい軽く通信できるはずなのだが。
他に、カランビットナイフ。日本製のチープで機能的で、頑丈なデジタル腕時計。ペンケースに入れたグラヴィウス様の羽。後は、ポケットに金貨2枚、銀貨5枚、銅貨5枚。100円ライター。僕の恰好は、麻のシャツにアーミーパンツにブーツ。
手持ちの金で防寒着を買わないと、夜になったら凍死するぞ、この気温。
服を求めて街を歩くが、人っ子一人いない無人の街。
それもそうだ。
街は荒れていた。
並ぶ建造物は、そのほとんどが焼き払われ骨組みと土台が残るだけ。木炭と灰、瓦礫の山である。わずかに残っていた石造りの家を覗くが、好奇心で中を見て後悔した。
干からびてミイラのようになった死体があった。服や調度品は熱で形が崩れているものの多少残ってはいる。
子供と、それを庇った大人の死体。
手を合わせて去る。
街の規模はレムリアの半分くらいだろうか。ダンジョンが無いから、もっと小さくも見える。隅まで見て回るが、王城以外は全て燃え朽ちていた。
王女殿下は魔の手が迫っているといっていたが、これはもう侵攻が済んだ後だろ。民がいない国に先などない。滅び行くというより、滅んだ国だ。
街を出ると枯れた平原が広がる。右手には山々。左手には鬱蒼と茂る森。
正面には、大軍隊。
メガネを掛けて、スタンドアローンモードにする。機能を色々と検索して望遠機能を立ち上げた。四種類の旗を掲げた銅色の軍隊だ。槍を持った騎兵に歩兵、弓兵と揃い。背後には野営用のテントが広がっている。
ターゲッティング機能で数を測定する。
視界内の兵士は5000。伝令などの非戦闘要員を入れると5053。
街から軍隊の拠点までは1.5㎞と近い。近いが、遠い。王城を攻め落とすなら、もっと近くに拠点を構えるはずだが。
外壁も門も、壊れ崩れている。妨げる物などないはずだ。
何かあるのか? てか、あの軍隊がここに攻めて来たら、僕死ぬよね。何とか隠れてやり過ごせるか? さっさと街から逃げるという手も正解か。
逃げた後、右大陸行きの船を見つけて、いや金が。金が絶対に足りない。働こうにもこの異世界で僕が金銭を得るような仕事があるのか。グラヴィウス様の羽を使って商会から仕事を貰えるだろうか。
色々と考えが浮かぶが一つだけ確かなのは、ここに居ては危険だという事だ。
強い風が吹いた。肌が裂けそうな冷気。
ただ、街を出ようにもこの恰好では駄目だ。長く持たない。
仕方ない、と決意してさっきの石造りの家に行く。
僕が見渡した中では、ここ以外の家は焼け落ちて何も残っていなかった。まだ見ていない場所はある。しかし、探して回る時間と体力はない。
「すみません」
手を合わせて、死体を外に出す。子供も大人も重い。死臭に顔をしかめる。
こんな事をしている場合ではないのだろうが、適当な板切れを使って家の庭に穴を掘った。
子供用三つに、大人用二つ。
変に浅くすると野生の生き物に掘り出される。1メートルは掘りたかったが、80㎝が体力の限界だった。
重労働だ。
五人分の穴を掘り終える頃には、寒さを忘れて汗だくになっていた。
埋めて、家を漁らせて貰う。子供の墓に玩具を置いた。親の墓には、性別が分かるように女の方には髪飾り、男の方には古びた短剣。
今一度、手を合わせる。
異邦の弔い方で済まないと謝る。
汗は、すぐ冷たさに変わり全身を震わせる。
家を漁らせてもらう。フード付きのコートを見つけた。茶色の革製で内側に毛皮が付いている。袖を通す。重いが、温かかった。鞄を見つけ、迷いに迷ったが、そこに貨幣と売れそうな物を入れる。干からびたパンやチーズも入れた。
今はまだ体力もある。空腹でもない。だが、知らない土地に厳しい気候。頼る相手もいない。生き残れるかどうかの瀬戸際なのだ。生きる為には、綺麗事だけを並べてはいられない。
右大陸には僕を待っている人がいる。
だから、どんな事をしてでも生き延びないといけない。
変なものだ。
自分の命などゴミだと思っていた奴が、こんな考えになるとは。
二親がそう教育して、爺さんが死ぬまで生き方を教え込んだのに、僕はゴミのままだった。このまま死ぬと思っていたが、変わるものだな。
誰かの為に生きようなどと。
ま、今の死人から物を奪っている行為はゴミその物だが。
持ち運べる範囲での必要な物はまとまった。鞄を担いで外に出る。
ばったり、人と出会う。
白い肌の銀髪の獣人だ。
小柄でスレンダーな体付き、童顔に兎の耳、ゆるふわなショートボブ。あどけない笑顔を浮かべる。寒いのに獣人らしく薄着。ホットパンツで生足を惜しげもなく晒していた。首元にファーの付いた革のジャケットを羽織っている。
銀髪は珍しいはずなのだが、僕は妙に縁がある。
「あ、どうも」
「あら、こんにちは」
挨拶の後、
問答無用で殴られて昏倒させられた。
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