<第四章:冒険の終わりに>4


【96th day】


 夫婦揃って妹の前で土下座する事になるとは、流石に十日も連絡を寄越さないで遊んでいたのは悪かったが、そこまでするかね。

 ランシールは、とっっても素敵な笑顔で眺めているし、ミスラニカ様も全くフォローしてくれないし。マキナと回収した雪風は『はわわ』と慌てる。

 でも楽しかったんだもの。仕方ないじゃないか。

 正直、まだまだ足りないです。

 さておき、僕らが手にしたロラの遺品。

 全てを倉庫に集めて、目下鑑定中である。

 値が付き次第に、商会に並べて売りに出した。総額は不明だが、現在金貨730枚の値が付いている。

 古い時代の魔法使いの杖は、今の物より格段と触媒としての効果が高く、高価である。

 フレイ達にもボーナスを渡そうとしたが、最初の報酬以外、彼女達は受け取らなかった。勇者は、義理堅いのだ。

 今日も上がり続けている遺品の額。鑑定料、税金を納めても、かなり残る。残り過ぎる。

 シュナやリズに分けようとも思ったが、子供に渡すには大金過ぎる。ろくな事にならない。装備の購入も検討しつつ、それでも、金の使い道に困ったので物件を購入する事に、姉妹とランシールはその下見に街に行った。

 僕は、罰としてキャンプ地でお留守番。

 物件の条件として、ゲトさんが気軽に寄れるよう川が近くにある事。各部屋の防音がしっかりしている事。僕とラナのプライベートな空間がある事。

 後は、まあ女性陣にお任せだ。

 竜が降り立った後、このレムリアにも冬が来るらしい。家を持っておいても損はないだろう。

 気になるのは、隠されたエリアの遺物。

 ほとんどが塵に近い状態だったが、まだ動く物があった。ロラの遺品と同じように倉庫にしまってある。

 マキナに調べさせようとしたが『上位権限により測定不可』という返事が。僕の拙い知識と感覚による感想だが、あの遺物はどう考えても現代世界と同じ技術水準、いや下手をすればそれ以上の物。

 一番の疑問は、人工知能のコア・ユニットを接続しないと開かない扉。

 描かれたコスモグラフィ。

 きっとこれは、最終目的である五十六階層の欠片なのだろう。

 疑問と謎しかない。解明するにはダンジョンに潜るしかない。

 ………だが。

「マキナ、雪風。ちょっと話がある」

 人工知能を呼び出す。今日は冒険のない日である。装備は外し、着の身着である。

『はーい』

『はーい、であります』

 大きいのと小さいのが滑って来る。

「二人に相談がある。大事な話だ」

『はい、なんでしょう。何でも聞いてください』

『聞くであります』

「僕、ダンジョンに潜るの止める」

 三秒ほど人工知能がフリーズする。

『な、な、なんですと?!』

 マキナが回転しながら、アームを取り出し混乱して慌てる。

「落ち着いてくれ。僕とエルフは寿命が違う。ヒームの血が混じったエルフは寿命が短いというが、それでも普通のヒームの三倍は生きる。僕は、彼女の人生の三分の一にしか存在できない。だからせめて、生きている間くらい彼女達に楽しい思い出を沢山作ってやりたい。それは、ダンジョンに潜る事ではない」

『ソーヤさん、つまりは異世界の女の為に、元の世界に帰る事も、報酬を得る事も諦めるという事ですか?』

「まあ、そうなるな」

 そも、帰る理由なんて僕には存在しない。

 この世界には友がいる。妻がいる。妹………妹がいる。愛人がいる。楽しい思い出が、辛いが、それを乗り越えた思い出がある。

 僕が冒険者を辞めたら、シュナやリズに文句をいわれるだろうが、彼らにはフレイという別のパーティを用意する。

 ダンジョンに潜らないが、彼らの補佐はする。

 ダンジョンに潜るだけが、冒険者だけが、生きる道ではない。

 手にした財を上手く使えば、姉妹が死ぬまで生活費くらいは出せる。

『ソーヤさん、考え直してください。マキナ達と最初から話し合いましょう。ほら、雪風ちゃんも何かいってあげてください』

『ソーヤ隊員が、そう望むなら雪風は別に何もありません』

『ちょっと雪風ちゃん?!』

 慌てるマキナを余所に、僕は冷酷な言葉を告げる。

「すまん、もう決めた事なんだ。コードブレイク、コードブレイク。緊急命令コードを認証せよ」

『了解。パスワードを音声認識で確認します。どうぞ』

 マキナから無機質な音声が流れる。

 これは、マキナが暴走した時の為に決めた緊急命令コードだ。こんな使い方をするとは思っても見なかった。

「狩られたウサギが泣き叫べば、脳味噌の神経は引き裂かれる。ひばりが翼を傷つけられれば、ケルビムは歌うのを止める」

『緊急命令コード、受け付けました。マキナプログラムの人格を凍結。レベル3までの全命令を受け付けます』

「全機能凍結後、電源オフ」

『了解。再起動設定は行いますか?』

「再起動は………」

 一瞬、迷ってしまった。これから先、人工知能なしでやっていけるのか不安はある。

 だが、やらなくてはならない。そうやって覚悟を決めて、この異世界で生きて来たのだ。これからも、そうするのだ。

「再起動設定はなしだ」

『了解です。おやすみなさい』

 二人が停止する。

 罪悪感が胸を締め付けた。後はユニットを処分、出来ないだろうな。彼女達は銃とは違う。眠ってはいるが、死んではいないのだ。

「すまん」

 届かない言葉を呟いて、彼女達に背を向けた。

 すると、


『貴公には、期待していたのだがな』


 誰かの声が響いた。

 それは、電源を落としたはずのマキナユニットから。

 高圧的な、男性の声だ。人間味が全くない声。電子音声の寄せ集めのような声。

「なっ、お前は誰だ?」

『色々な人間を見て来たが、女に入れ込み作戦を忘れた愚か者は、貴公が最初で最後だ。しかし、その愚か者が一番近づくとは、何という皮肉だろうか』

 人工知能のシステム密使? 

 まさか、外部からの介入? 訳が分からない。

『貴公には、世界を見せてやる。そして、ダンジョンに潜るしかない事を痛感させてやろう』

「なっ」

 体が動かなくなって、倒れ込む。

 雪風のミニ・ユニットが僕の足に注射を打っていた。

『座標・固定。範囲最小。干渉レベル………中。ポータル強制起動』

 光が爆ぜる。

 目の前にポータルが現れた。

 マキナ・ポットのアームが僕の足を掴み、有無も言わさずポータルへを投げ込んだ。

「ラナ!」

 叫びは遠く。視界は暗闇に包まれる。

 一瞬の浮遊感。重力が逆転した。風の音が響く。すぐ、光は溢れた。

 着地したのは、大理石の床。

 空気が違う。冷たく痛い。

 広い空間だ。

 大聖堂という言葉が合う白い装飾。丸い天井には、乙女と剣を持つ男の姿。何かの物語。窓は煌びやかなステンドグラス。並ぶ燭台に、儀礼じみた鎧姿の近衛兵が並ぶ。


 僕の前には、女王がいた。


 歳は若い。十代後半くらいだろう。豪勢なドレスの上に、これまた豪勢なマント。細いウェスト。右手には、宝石が散りばめられた大きな杖。

 亜麻色の長い髪を結って纏めてある。その頭には小さい王冠。気品があり、それでも王性を感じさせる声で、彼女はいった。

「勇者よ、召喚に応じていただき感謝の言葉もない。この“左大陸”は、混迷の最中にある。黒エルフ、彼奴の魔の手は、今このアシュタリアを侵そうとしている。救国の勇者よ、どうか我が国を救う為にその力を貸しておくれ」

「………………え?」

「え?」

 僕の間抜けな声に女王も、抜けた感じで返す。

 今、この人。何ていった? “左大陸”っていったか? レムリアがあるのが“右大陸”で目障りなエリュシオンがあるのが中央大陸で………………嘘だろ、これ。

 大陸超えて、跳ばされたのか?

「すみません、あの。元の場所に帰してください」

「はい?」

 女王が首を傾げた。



 <続く>

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