<第四章:冒険の終わりに>2
移動したのは、いつものキッチンだ。
普段より多く椅子が設置されている。
レムリア王と親父さん、メルムが並んで座る。僕は三人に対面する形で座った。
「ランシール、今日くらい酒は良いだろう?」
「はい、陛下」
四人分の酒瓶とコップが置かれた。
「こちら、酒のツマミです」
続けてランシールがおつまみを出す。酒屋のお通しみたいだ。
炒めた細切れのベーコンと、根菜の根を漬けたような、これ?
「ランシール、これは?」
最近、料理に凝っている彼女に聞いて見る。
「燻製した豚肉をカレー粉で炒めた物と。そちらは、ソーヤの故郷の呼び方で『らっきょう』という食べ物に似ている根菜の根で、それを甘酢に漬けた物です。豚肉は熱いと酒の邪魔になりますから冷ましてあります。共に食べると王病に効くとの事です」
らっきょう、あるのか。
確か、豚肉と一緒に食べるとビタミンB1の吸収を助ける。消化にも良い。更にカツカレーが捗るな。
「俺はこれだけで酒が進むな」
親父さんは、らっきょうだけをポリポリ食べている。やはり、何か元気がないというか、覇気がない。老け込んだ気もする。
「ランシール、この豚肉に一体どんな魔法をかけた? わずかな苦味と辛味の中にある複雑な味わい。尋常な事ではないぞ、カレー粉といったな。それは何なのだ?」
レムリア王が驚嘆していた。
カレー、作ったら流行るのかな。商会で出そうかな。
「カレー粉はエアが作った物です。レムリア草原やヒューレスの森で採れる木の実や香草、薬草、色々な物を混ぜ合わせて作り出した香辛料です」
「ほほう。あのエア姫がそんな物を。意外だな」
それを聞いて、停止していたメルムが、ベーコンをパクパクと口にする。
「ソーヤの日頃の教え方が良いからでしょう。かくいうワタシの腕も、陛下は胃で体感しておられるかと」
「うむ、そなたの料理。大変美味である。ここ最近、非常に体調も良い。しかし、ソーヤと比べると何か一つ足りぬ。日々精進するが良いぞ」
「はい、ありがたきお言葉」
ランシールは頭を下げる。
らっきょうを齧りながら、メルムが一言。
「レムリア、ランシールと異邦人はどういう関係だ?」
察しろよ、この野郎。
あ、ベーコン美味い。らっきょうと合わせて食うと油っぽさが消されて丁度良い。
「ソーヤとランシールとは………どこまで行ったのだ?」
王様、そういう質問は止めてください。娘さんのデリケートなプライベートですよ。
「どこまでといわれましても、ね?」
「ね」
ランシールと見つめ合って困る。彼女はどうか知らないが、僕は本気で困る。
ちょっと待て。今この空間に、
妻(偽装)の父と、愛人(予定)の父が、隣同士で座っているんだな。
何だこれ。
親父さんが、王のらっきょうを奪いながら、ぽつりという。
「そういえば、ソーヤ。お前、テュテュに手を出してないそうだな。商売なんだから、しっかり抱いてやれ。変な噂が立っては困る」
「ちょ」
今それをいうのか?!
「テュテュですね。覚えました」
ランシール顔が怖いぞ。
変な所に目ざといメルムが口を開いた。
「テュテュ………ああ、トトメランジェの娘か。バーフルが肩に乗せていたのを見た事があったな、もう店に立てる歳なのか?」
親父さんが、ぼんやりと返す。
「もうってお前。二十年は昔だぞ。俺らの姿を見てみろ」
「老けたな」
「お前は、姿もそうだが人間性の成長もないな」
「当たり前だ。私は、エルフは完成されている。貴様らのように簡単には老いさらばえん。人間性もな」
「俺は皮肉をいったんだがな」
「はあ?」
ああ、うん。二人の若い時のやり取りが想像できた。
「止めぬか、こんな時に」
王様が止めに入る。
たぶん、パーティの時もこんな感じだったんだろう。
「してメディム。遺品分けの件は本当に良いのか?」
「構わん」
「価値は不明だが小銭ではないぞ」
遺品分けとは、死んだ冒険者の装備を発見者が得る事だ。
しかし、死亡者のパーティが存在しているなら、そこに返さなければならない。今回のロラの件。物によっては、時間がかなり立っている。残っているパーティは少ないだろう。
時間で破損した物も多いだろうが、それでもモンスターの胃に入った物よりも状態は良いはず。合わせて、隠された十九階層の遺物。
決して安い額にはならないはず。何故に、親父さんはそれを受け取らない。
「ソーヤ、俺はお前に一つ詫びなければならない」
「え」
親父さんの告白に少し驚くが、一つ心当たりがあった。
「十九階層、本当ならもっと早く簡単に踏破できた。俺はお前に期待して利用した。だから遺品分けは貰えん。俺個人の報酬も後で渡す」
なるほど。
あの違和感はそれが原因か。腹が立つかといわれれば腹は立つ。なのだが、成した事を考えれば強くいえない。ラナは救えた。ルゥミディアの妄執も祓えた。結果的に、今から僕が欲しい情報も得られる。
ま、プラマイゼロかな。
「ま、それはどうでもいいです。すみません、レムリア王。そろそろ例の件を」
親父さんが傷付いた顔を浮かべた。
無視して本題を。危険と分かりつつも、ラナを巻き込んででも、得たかった情報を。
「うむ、約束を果たそう。ソーヤよ。………メルム“殿”」
「何だ?」
レムリア王がメルムに畏まった口調で話しかける。
「この者、異邦のソーヤに我らの謀を話す」
「責任は取れるのですか? レムリア王」
メルムも畏まって話す。そういう決まりがあるのだろう。
「余の首を賭けよう」
「ほう。それは中々」
とんでもない物を賭けるな。
ラナが抱えているのは、そんなに重いのか。
「陛下、ワタシは席を外します」
「良い。そなたにも関係がある事だ」
去ろうとするランシールを王が止める。
彼女は僕の傍に立った。不安を感じているのだろうか、三人から見えない位置でポンチョを掴む。
王が、静かな覚悟を秘めて語り出す。
「事の起こりは、エリュシオンによる農耕地の拡大計画。同盟国の食糧生産を上げるという建前の、周辺地域への侵略行為だ。連中が最初に目を付けたのは、ヒューレスの森である。
中央の息がかかった商会を使って土地売買を偽装する。その破談が原因で、ヒューレスのエルフが商会を攻撃。死人が出て、レムリアに対処をさせる。そういうシナリオだ」
良い手だ。
死体を用意すれば、立場がある以上どちらも引けない。
「これを掴んだのは、余の息子。第一王子ベルハルト。しかし既に遅かった。ヒューレスと確執のあるヒルエンヒという一族がいる。いわゆる古い純血のエルフ。ヒューレスの伝説について、常日頃から疑問を提唱して来た連中だ。
エリュシオンは、彼らを上手く利用した。支配後の地位でも約束したのだろう。彼らの手で、レムリア王国の人間に死者が出た。止めに入ったベルハルトは、彼らの襲撃に合い………」
自然とランシールの手を握る。
死んだ兄の話題だ。苦しいと思う。強く握り返して来た。気丈な娘だ。
「全て返り討ちにした」
え?
「ランシール。そなたの兄は生きている」
「え! ええっ!?」
ランシールが驚きのあまり声を上げる。
「ただ、問題があってな。ヒルエンヒの襲撃者の中に、聖リリディアスの随伴騎士がいた。どんな理由であれ、レムリアの王子が同盟国の騎士を殺すなど。下手をすれば、同盟を解消して直接支配に変更する口実となる。
故に、メルムと相談してベルハルトの死を偽装した。随伴騎士の死は、苦しい所だったが酒に酔って川で溺死した事にした」
メルムが交代して口を開いた。
「ヒルエンヒの血族は根絶やしにした。王子が実働部隊を皆殺しにしてくれたので楽だった。後は、ヒューレスの者が王子殺しの罪を着て、一定の損害と賠償を被る。レムリア王から影の形で報酬を得る。そういう手筈だったが――――――」
ランシールが堪らずメルムを遮って喋り出す。
「すみません! メルム殿。陛下! 兄上は今どこに?!」
「左大陸の西部だ。今は身分を偽って諸王の一人に仕えている。ゲオルグの奴も、おいおい合流するだろう」
「便りはあるのですか?!」
「影兎が時々寄越してくる。後でそなたにも見せる。落ち着くが良い」
「は、はい。すみません。つい」
ランシールは興奮している。スカートが捲れ尻尾が揺れている。………………妬ける。
メルムがぴくりとも動かず話を続ける。
「―――——手筈だったが、問題が起きた。聖リリディアスの騎士が一人、私兵を投じて森を侵しに来た。ご丁寧にドワーフ製の銃器まで用意して。どこから手に入れたのやら、何がしたかったのやら」
黙っていた親父さんが代わる。
「私怨だ。あの聖リリディアスの騎士。エルミーナといったか。死んだ随伴騎士と恋仲だったのだろう。本能的に偽装を見破って森を襲った。ああいう手合いの女が一番恐ろしい、こっちが落とし所を提示しているのに、完全に理性を失って。組織の一員とは思えない動きだ。ありゃ森のエルフ全部殺しても止まらなかっただろう」
「では、エアを撃ったのは?」
「エルミーナ本人か、その手の者だ」
僕の質問にはメルムが答えた。
「ではラナは?」
前置きはもう十分聞いた。早く本題に触れたい。
「レムリア、こいつは知っているのか?」
メルムが視線を王に移す。
「うむ、知っている。それ所か、英雄ヴァルナーの獣を倒している。異邦の術とやらでな」
「凡庸な男に見えるが」
「凡夫ですよ、僕は。獣がその程度なだけです」
野郎三人に同時に睨まれた。かなりの気迫だ。挑発に乗ったのは失敗だった。
メルムが続けて話す。
「エルミーナとかいう聖リリディアスの騎士は、私の森で獣を現した。切っ掛けは分からんが、私の娘がそれを倒した」
「ラナが?」
「そうだ。ホーエンスの極致魔法の類だろう。これに問題があった。生み出した炎は、獣を焼き尽くしただけでは止まらず、森と無辜の民も焼いた。愚かな所業だ」
「ラナが獣を倒さなければ、被害は広がったのでは?」
「それはない。私を待てば、それで片付いた話だ」
「あんたが倒せる保障はあったのか?」
「保障だと? おかしな事を聞くな。たかが、一匹の獣如きで」
エルフらしい傲慢さだ。
それとも、本当にその実力があるのか。
どちらにせよ、
「娘の危機に間に合わない愚鈍が、あれを倒せると?」
「ほう、私を愚鈍というか凡夫。英雄の獣を殺した術、如何様なものかここで見せて見ろ」
「やってもいいが外に出ろ。手加減など出来ないから、八つ裂きになるぞ」
「やめいッ!」
レムリア王に怒鳴られた。
「ソーヤ、弁えよ。これでもエルフの王であるぞ」
「そうだ。こんな奴だが一応、エルフの王だ」
親父さんも援護射撃をしてくれる。
「すみません。こんなエルフの王よ。エルフの妻を持つ者として、色々と聞き捨てならなかったもので。渋々ですが詫びさせてください」
僕の言葉に、
「貴様ら三人揃って、私に喧嘩を売っているのか?」
エルフの王が怒った。
まあまあ、とレムリア王がなだめる。
全員で酒を飲み干して、怒りを流す。揉めた時の冒険者の解決方法だ。辛く苦く強い酒。胃が熱くなる。
メルムがコップに酒を注ぎ、僕にいう。
「娘は森を焼き、灰となった土地は豊かな農場へと変わった。建て前はともかく。エリュシオンは新たな食糧生産の場を手にした。辺境伯は、儲けで肥え太り、口を閉じる。
指揮を執っていた二名の騎士は死亡と行方不明。予定通り、表向きにはレムリア王国とヒューレスの森の争いに見せて、エリュシオンの企みは一時止まる。残ったのは………民を焼いた姫と、死にかけの姫」
「何故、助けなかった? 手を差し伸べなかった? 出来たはずだ、あんたは」
メルムは、僕の言葉を浅はかと笑う。
「争いというのは、明確な勝敗を見せる為の見せしめが必要だ。焼けたエルフと森、そこから運ばれる食糧も、愚かなヒームが勝利を味わうには遠い存在である。
ラウアリュナは兎も角、エアは私に似て美しい。それが下賤な冒険者に堕ちて、弱り苦しんでいるのだ。十分な勝利を味わえる存在だろう。ここまでやれば、レムリアに巣くうエリュシオンの手の者も欺ける」
「だったら、お前が冒険者をやれよ」
怒りで言葉が荒くなる。
「王は唯一無二である。女の代わりはいくらでもいる」
ランシールが肩を掴まなかったら、僕は殴りかかっていた。
これが、こんな者がエルフの王か。
彼女達の父か。
「ソーヤ、余からも詫びを言おう。病んだ故に目が届かなかった」
正直、両方ぶっ飛ばしたい。
「異邦人。貴様は一つ、致命的な勘違いをしている。醜くとも、ラウアリュナはエルフの姫としての覚悟がある。民を生かす為に、自らを生贄にする覚悟だ。血を守る為に、己を殺す覚悟だ。凡夫には理解できない王族の覚悟である」
納得できない。
理解してなるものか。親が、こんな風に子を捨てるなどと。認めてなるものか。
ふと、
一つ、思い出した事がある。
「ラナは、あんたらの企みを知っていたのか?」
彼女は戦争が嫌で、王子の企みを防ぐ為、僕と婚約した。親達の陰謀を知っていれば、この対応はおかしい。
「何も知らぬ。あやつには、従う事以外何も望んでいない。それに既に、ラウアリュナは私の娘ではない。縁は切った。ヒーム如きの妻になるとは、愚かさここに極まる」
彼女は独り相撲していた。
彼女なりに考えて、考えて、勘違いした無知な馬鹿に甚振られて、それでも献身的に争いを止めようと、僕に身を売った。いわゆる下賤なヒーム如きに、エルフの姫が身を捧げたのだ。
「ありがとうございます。エルフの王。覚悟が出来ました」
よし決めた。
腹を括った。
これで進む。
この不愉快には十分な価値があった。
「何だ気持ち悪い。そう、エアの事を貴様にいっておく。まさかあの傷から助けられるとは思わなかった。その医術、エルフの為に差し出すつもりはないか?」
「ねぇよ」
「ふん、異邦人。エアはしばらく預けてやる。時が来たら返せよ」
「その時は、森全てを失う覚悟で来い。死を振り撒いてやる」
メルム、こいつとだけは死んでも合わない。
エアと似ている事に吐き気すら覚える。
「若い頃のメディムとメルムを見ているようだな」
やれやれ、と呆れ顔のレムリア王にいわれた。
「お三方、今日はこれで失礼します」
席を立つ。
あ、もったいない。
ベーコンとらっきょうを一気に搔き込んで、リスのように頬を膨らませた。ボリボリ、もにゅもにゅ、急いで飲み込む。お酒を一気。頭がぐわんとする。
「大義であった冒険者よ。これからも冒険に励め」
「はい」
王の言葉に頭を下げて、足早に部屋を出た。
ランシールも付いて来る。
「ランシール、ラナはキャンプ地か?」
「いえ、宿に泊まらせてあります。王城から一番近い宿の『二つ月の雨宿り亭』という名前です。宿の者には、あなたの事は伝えてありますので」
廊下を小走りで行く。
気持ちが急く。
「他のメンバーはどこに?」
「シュナとベルは、グラッドヴェイン様の宿舎に。エアはキャンプ地です。ワタシも帰りますね。妹が寂しがるといけませんし」
城を出て、少し歩くと宿を見つけた。そこでランシールと別れる。
別れ際に、
「ソーヤ、ワタシがいう事ではない気もしますが、ラナはしっかり愛して掴まえてくださいね。そうしないと、あのポワポワ女は消えてしまいます。後、次はワタシですから。お忘れなく」
「え」
さっと彼女は夜の街に消えた。
さておき、宿に入る。
明るい店だ。庶民的な民家の様相だが、清潔感がある。一階が酒場の店が多いが、ここは全て宿のようだ。静かで落ち着いた雰囲気。街の狂騒はここには届いていない。
入り口近くに『静かな眠りを侵すべからず、さもなくば死のような眠りを』と注意書きが貼ってあった。
「あの、ここに妻が泊まっていると聞いて」
受け付けの幼女に聞く。エルフに似た容姿の小柄な女の子だ。もしかしたら、種族的に幼い外見なのだろうか。
「ああ、ソーヤ様ですね。聞いております」
大人びた声。おそらく年上だろう。
ご案内しますね、と二階に案内される。
「ご宿泊の予定なのですが、王城の方に大金を頂いております。何泊でもお泊りください。必要な物があれば言い付けてください。お食事もどんな時間でもお運びします。
ご用がある場合は備え付けの小鐘を鳴らしてください。お部屋の静音設備はかなりの物なので、声で呼ばれても、わたし共には聞こえませんので。それでは、ごゆるりと」
部屋の前で店員さんと別れた。
戸に付いた金具でノックする。しばらくして、寝ぼけまなこのラナが出て来た。
「入っていいか」
「どうぞ」
部屋に入るなり、彼女を抱きしめて唇を貪る。
驚いて甘い抵抗をされたが、構わず乱暴に。
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