<第四章:冒険の終わりに>1
<第四章:冒険の終わりに>
【86th day】
生きてた。
何か、この感想に既視感を覚える。
知らない天井、というか天蓋だ。屋根付きの豪華なベッドに寝ている。その割には無骨で洒落っ気のない家具。僕の装備と着替えは、近くの棚の上に。
窓の外は夕暮れに染まっている。石壁の建材を見て王城の一室だと気付く。
ゆったりとした服を着ていた。知らない物だ。
喉が渇いた。
近くにあるコップと水瓶を取ろうとして、左肩に激痛が走る。
「ぐっ」
バランスを崩して床に倒れ込んだ。頭を強かに打つ。
部屋の扉が凄い勢いで開いた。
「ソーヤ!」
ランシールが現れる。抱き上げられる形でベッドに戻された。
「大丈夫ですか? どこか痛みますか?」
「ラナは?! ラナは無事か!」
一番重要な事を訊ねる。
「………無事です。毒を抜いて、あなたを待っています。それで体に痛みは?」
「僕は二十階層に到達したのか?!」
もう一つ重要な事を。
「しましたよ。そこからすぐ治療寺院に運ばれて、容態が安定したので城に運ばれました。それで、どこか痛みますか?」
頬を摘ままれる。
「左肩が痛む、凄く」
安心したら。急激に体が痛んで来た。肩が一番痛いが、背中に、足腰。てか全身。
「失礼」
ランシールは僕の上着を脱がすと巻かれた包帯を外す。湿布も剥がして、傷を見てくれた。
「痛いですか?」
「いや」
彼女の手が優しく触れる。それに痛みはない。
「傷は塞がっていますね。毒に合わせて、切断しかかった重症です。丸一日かけて治療術師五人がかりで腕の癒着と解毒をやらせました。しばらくは痛みが続くかもしれません。耐えられないのなら、芥子の痛み止めを用意します」
「痛みだけなら問題ない」
幻肢痛のようなものか。
思い付きでやった事だが、思ったよりも傷が深かったようだ。肩を動かしてみる。激痛が走る。痛みだけだと思えば、ギリギリ耐えられる。
「ソーヤ、まだ休んで欲しいのですが、陛下から目覚め次第連れて来るように言付けされています。動けますか? おぶりますか?」
「一人で歩ける。行こう。の、前に水貰えるか?」
「はい」
ランシールがコップに水を注ぎ。何故か、口に含む。有無をいわさず口移しで水を飲まされた。普段から結構ガツガツ来ている娘だが、視線が熱い。体も熱かった。
僕、何かしたか?
洗って繕われた野戦服とポンチョに着替える。ランシールに手伝ってもらった。やっぱり手つきが情熱的だ。武器防具も装備した。メガネも装着。別に視力が悪いわけではないが、最近これがないと落ち着かない。
手甲を見ると、微妙な気分になった。
ルゥミディアの力をあれこれと利用しておいて、最後は全く関係ない手段と人で、彼女の怨敵を倒した。二人の因縁は知らないが、ロラも、最後が僕のような無能に捕まって終わるとは。
笑える皮肉だ。
ランシールに連れられ部屋を出る。廊下を歩く。向かった先は地下。
また墓所のような所。
手術台のような物の上に、ロラの死骸が置いてある。
集まった面子は、レムリア王、親父さん、冒険者組合の組合長、それとラナの父親。メルム・ラウア・ヒューレス。
落ち着いて見るとエアにそっくりだ。
「ソーヤ、体は良いのか?」
「立って話を聞く程度なら大丈夫です」
王の気遣いに頭を下げる。
「うむ。ソルシア、始めてくれ」
「はい、陛下」
王に促され、組合長が語り出す。
「このモンスター、非常に興味深く色々な事が分かりました」
組合長が細い棒を取り出して、ロラの体を指す。
形が残っているのは肩から下だけ。頭はミンチになって大きな瓶に収納してある。
「まず外皮。今は可視化していますが、軽く魔力を当てると不可視化します。しかも音、匂い、温度すらも遮断する完璧な隠蔽能力。
ただ、一つだけ弱点があります。
そこの異邦人がそうであったように、再生点や魔力の少ない者には見えてしまう。冒険者には相応しくないような弱者には見えてしまう。
強者から逃げおおせる為にこういう機能を付けたのでしょう。そして、見ての通りハラワタがありません。心の臓すら存在しません。人間に類似する器官は肺が一つあるだけ。
他は、睡眠性の麻痺毒を生成する尻尾状の触手。羽蛇に似た浮遊器官。
冒険者の遺品を鑑定した所、少なくとも600年は昔の物が出てきました。それを鑑みて、こいつは獲物に身体機能を代行させて生き延びてきたかと」
珍しく組合長が、人の顔をうかがっている。
続けよ、と王がいう。
親父さんも頷く。
「失礼。『苗』に付いて一つだけ分かった事が。あれは、父上の予想通りに、冒険者の体を利用して生み出された物です。遺体の多くが手足を切断され、下腹部の骨に変形が見られました」
おぞましい。
そんなモノを生み出させて、ロラは何がしたかったのだろう?
「失礼するぞ。レムリア、メディム、メルム。そして、ソーヤ」
墓所に似合わない方が現れた。
竜殺しの神、グラッドヴェイン。人目を忍ぶ為か、いつものハイレグ衣装の上にフード付きのマントを羽織っている。
「これは、グラッドヴェイン様。今日は何用で?」
「うむ、積年の所用でな」
王の畏まった声に、この人が本当に大物なのだと気付かされる。下手な喧嘩売って、よく生き残れたな、僕。
「ソーヤ、右手を」
「え? はい」
急にいわれ手を差し出す。彼の神が手甲を両手で包み、額に寄せる。
淡い光が蛍のように舞う。おかしい話だが、それは祈る姿に見えた。神が、誰に祈るのかは僕が知る所ではない。
「うむ、我が娘達が世話をかけたな」
「娘達?」
ルゥミディアは分かる。まさか、
「我には、娘が二人いた。一人は不出来な子で、弓の技以外ほとほと無能な子だ。名をルゥミディアという。もう一人は軍神の生まれ変わりとも称えられた有望な子。名をロラという」
嘘だろ。
「我は、出来た子を可愛がり、不出来な子を蔑んだ。武門とはそういうものだ。そう明確にしなければ、人は鍛えられぬ。だが、子の教育とは難しいものだ。思ったようには行かぬ。
ある日、更なる力を求める為に、ロラは外法の術に手を出した。我が屠った悪竜。その亡骸を喰らったのだ。我が一族は、竜の怒りを買い破滅の道に進んだ。
多くの勇士が炎の中で灰となった。
同時に起こった戦乱が、我が武門に止めを刺した。ロラは混乱に乗じ左大陸から逃げおおせ、この地にて更なる悪行を晒す。太古の大蜘蛛を呼び覚まし、命あるもの全てを脅かした」
「グラッドヴェイン様。異邦人が、余所者がいる場でその話は」
メルムが、恐れ多くも神を制止する。
「安心せよ、メルム。こやつは疾うに知っておるわ」
「なっ」
驚く顔はラナに似ていた。
「ルゥミディアはロラを追い、この地へ。そして霧の術師ヒューレスの助力を得て、大蜘蛛を屠り、ロラを狩り逃す。その血をエルフに残し、この手甲に魂を移し。
その後、逃げたロラがどんな生き方をしたのかは我には解らぬ。しかし今、ロラは我の前に遺骸となって朽ちている。ルゥミディアは、異邦人の体を借り前にいる」
かつての娘を見る目は、哀れみに満ちていた。
それとも、慈愛なのだろうか。
「積年の怨讐。よくぞ祓った。我が娘よ」
グラッドヴェイン様が僕を抱きしめた。力強く全てを包むような安心感。
母親に抱擁された事はないが、もしその経験があるなら母を思ったのだろう。
数奇な運命を辿った隠れ名の英雄はここで終わる。
砂のように、手甲が塵に帰って行く。最後に、僕の体を通してルゥミディアが喋る。
「おさらばです、母様。無能な娘をお許しください」
「さらばだ」
言葉少なく母は娘を看取る。
グラッドヴェイン様は僕の髪をぐしゃぐしゃ撫でまわした。不敬だが、大型の猛獣にじゃれられているようである。
しばらくして、
「我は帰るぞ。ソーヤ、メディム、その働きに応じて報酬を渡す。後日、宿舎まで顔を出せ」
『はい』
僕と親父さんは同時に返事をした。
神が帰り。次は、今を生きる人間達の話題だ。
「親父さん、その」
「ああ、見つかった」
今更だが、メルムが布に包まれた長物を持っている事に気付く。形見、アルマの杖だろうか。
「別れは俺達で済ませた。お前が見ても気分が良いものではないからな」
「そうですか………」
親父さんは憑き物が落ちたように見える。憑いていたのは僕の方だが。
「ソーヤ、メディムよ。余からも礼をいわせてくれ。仲間の敵、良くぞ討ってくれた。………………おい、メルムよ」
レムリア王がメルムを小突く。
「礼をいう。異邦人」
「いいえ、妻を守るのは夫の務めです。極、極、極々当たり前の事です。普通の事です。別に礼をいわれるような事はしていません」
精一杯の笑顔でいう。
「私は、妹の敵を討った事に礼をいったのだ。不出来な女を救った事はいってはいない。尤も私なら、妻を危険なダンジョンなどに潜らせないがな」
眉一つ動かさず返された。
ぐぬぬ。
「場所を変えよう。こんな死骸の前では険悪な話しかできまい」
王様の提案で部屋を出る。組合長は残り、ロラの死骸と仲良くしていた。
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