<第二章:囚われの冒険者>2


【84th day】


 昨日はあの後、必要品を買い込み商会に預け。リズとシュナに顔を見せて、二人を誘ってキャンプ地に帰還。何故か、グラッドヴェイン様も付いて来たので昼食を振る舞った。

 かの神はカレーを大変気に入った様子。

 エアがブレンドした辛味スパイス入りの奴だが。

 不思議だったのは、ミスラニカ様とグラッドヴェイン様が知り合いだった事だ。二、三言しか話していなかったが、声に親しみを感じた。

 ミスラニカ様は、我が神ながら謎が多い。古金貨に名が残っているのに、異常なほど知名度が低い。意図的なものを感じるほどに。

 過去、僕のように彼女の信徒だった者はいたのだろうか? 

 彼らは今どこにいるのだろう。気にはなれど、禁忌の匂いがして引く。

 人には、触れてほしくない過去が必ず在る。ラナや僕にも。神なら、それは根深いだろう。場合によっては、触れるだけで命を落とすほどの過去が。

 微妙に無関係だが、ランシールに、

『ソーヤ、知らない女の匂いがしますが誰ですか?』

『え? あの』

『どこの、誰、です、か?』

 笑顔の彼女が怖かった。命の危機を感じだ。どうしよう、これ。

 テュテュにも色々弁解しないと。

 それより先に弁解というか和解しなければいけないのが、ラナだ。

 昨日は一切会話がなかった。

 飯時も無言で、おかわりも感想もなし。酒の一杯も飲まない。腰が引けた僕にも原因はある。

 先に行動を起こしてから言葉に繋ぎたい。我がままだろうな、これは。

 一応、今日は同じテントで眠ったのだが、いつも通り妹とミスラニカ様がやってきて、何故かランシールも来る。ぎゅうぎゅうになって眠った。

 不覚にも快眠だった。

 目覚め。

 朝飯は軽く済ませ、街に行き商会で荷物を回収、宿舎でシュナ、リズと合流。

 冒険者組合、ダンジョン一階層に到着。 

 そこでフレイ、ラザリッサ、ギャスラークさんと合流したが、ラナは平静なまま何もいわない。嫌そうな顔すらしない。フレイの挨拶も完全に無視。朝一も朝一であり、パーティは僕ら以外誰もいなかった。

 エヴェッタさんはまだ出勤していなかったので、別の組員にダンジョンの踏破予定票を渡す。

 そしてポータルを潜り、十五階層へ。

 現在のパーティは、僕、ラナ、エア、シュナ、リズ(ベル)。

 別パーティにフレイ、ラザリッサ、ギャスラーク。

 これに、

「皆、こちら今回だけの助っ人だ」

「メディムだ。よろしくな」

 親父さんを加えた九人が、今回のメンバーだ。大所帯である。

 三日分の食料だけでもかなりの量。普段は各自分散して持つのだが、今回は非常用の行動食以外、ラザリッサにまとめて持ってもらった。彼女の担ぐリュックはパンパンである。

「ソーヤ様。どういう関係でこの方を?」

 親父さんを見て、ラザリッサに驚かれる。

「ラザリッサ、この小父<おじ>様を知っているので?」

 フレイはそもそも知らなかったようだ。

「お嬢様、この方は『冒険者の父』として名高いメディム様です。中央大陸の勇士列伝にも、名が記されている方ですよ」

「まあ、高名な冒険者ですわね。わたくし、フレイ・ディス・ギャストルフォと申します。今回は、ご教授のほどお願い致しますわ」

「ギャ、ギャストルフォか」

 珍しく親父さんが焦り顔を浮かべる。腕を引っ張られ、パーティから離された。

 おっさんと二人で、ヒソヒソ話をする。

(ソーヤ! お前、ギャストルフォがいるとは聞いていないぞ!)

(そりゃいってませんし。性格はアレですが、魔法使いとしては強いですよ? お付きのメイドさんも腕は中々)

(うちの娼館と、エルターリアの事は絶対に話題にするな)

 エルターリアとは、確か『睡魔と豊穣の女神館』の女将さんだ。一度しか顔を合わせていないが、親父さんとは小指を立てる関係である。

(分かりましたが、何故で?)

 聞いておかないと、万が一の時に困る。

(ローオーメンは、ギャストルフォの妹神に当たる。非常に仲が悪い。そしてエルターリアの昔の名は、マーシア・メルア・ギャストルフォ。あいつは、家のやり方が嫌で家名を捨てた女だ。長くギャストルフォと関わり合いがなかったのに、お前は何て者を引っ張って来た)

(知りませんよ。偶然ですよ。んな事僕にいわれても困りますよ)

 さして面白くもない内緒話が終わる。

 立ち直って、親父さんに皆を紹介する。

「勇者の称号を持つフレイ様と、そのお付きのラザリッサ、ギャスラークさん」

「ギャスラーク殿は、ん? もしや」

「ギャスラークさんはドワーフです」

「いやお前これ」

 流石に気付かれる。

 やはり深い見識がある人はごまかせない。

「ドワーフです。親父さん、最近のお店の客入りは―――――」

「ドワーフだな」

「ドワーフです」

「ドワーフだなー」

 本物のドワーフに会ったら謝ろう。

「後、僕のパーティはラナとエア、シュナとベ………リズです」

「ふむ、少し見ないうちに顔つきが変わったな。特に小娘、あまり良くはないぞ。ソレは」

「………………」

 リズが顔を逸らす。

「全員の顔は分かった。それでお前。作戦はどうする?」

 親父さんの提案に、大まかな作戦を皆に伝える。

「まず、僕とエアが索敵と威力偵察、戦闘時の陣形は、親父さんとシュナの二人で先頭を。次点にリズ。ラナとフレイを守ってくれ」

「………了解」

 珍しく、リズがすぐ返事をした。

「後方警戒にラザリッサ、側面警戒にギャスラークさん。荷物の減りや、各自の体力増減で陣形は変えるけど、今はこれで様子見を。それと、フレイとラナ。親父さんも、これを」

 三人に首に巻き付ける咽喉マイクを渡す。

「首輪みたいですね」

 ラナに皮肉を呟かれる。

「あらそう? これはこれでお洒落ではなくて?」

「お嬢様はもうちょっと慎みを」

 フレイは気にせず着けた。それを見てラナも渋々着けた。親父さんも怪訝な顔つきで装着する。僕は少し距離を取り、メガネの通信機能を試す。

「テストテスト、聞こえたら返事を」

『おう、聞こえるぞ』

『あら、面白い。聞こえましてよ』

「ラナ?」

『はい、聞こえます』

 機械は問題なし。

 さて後は、

「親父さん、それで、あの」

「おう」

 地図を押し付けられる。十五階層から二十層までの地図。

 内心ほくそ笑んだ。

 至れり尽くせりだな。これは他のパーティにバレた時が怖い。

「ちょっと失礼」

 親父さんに背を向け、床に地図を広げる。雪風にスキャンさせて電子化する。おっそろしく緻密な地図だ。最短ルートに、最適ルート、敵の種類から戦い方まで記してある。

 これは、自分の為というより、誰かに見せる為の物だ。

『スキャン終了。マップ表示します』

 メガネの液晶に地図が表示された。

『ルート選択は、どうするでありますか?』

「最短ルートを」

『了解であります』

 順路が指定される。

 地図、五階層分の平均全長は20km。最短ルートを取れば一階層5kmくらいか。

 々の尖塔の角笛構造を見れば、潜れば潜るほど階層は狭まるはずだが、不思議な事に階層は広がる。地図が大きくなる。謎だ。

「親父さん、ありがとうございます。返します」

「は?」

 地図を返すと親父さんが驚く。

「記録しました。もう必要ありません」

「あまり気分が良いものではないな」

 こういう手段を見せるのはリスクがある行為だ。だが、親父さんもリスクを冒している。口外するような事はしないだろう。

「エア、これを」

「ん、なになに?」

 妹にもメガネ型ガジェットを渡す。

「通信と地図の表示ができる。パーティの現在地は緑の点、赤い点が敵」

「ふーん、似合う?」

 メガネを掛けてエアがドヤ顔をする。

「うん、似合う似合う」

 親指を立てた。

 メガネの妹。これはこれで中々。

 利発そうで愛らしさが増した。視線を感じたので振り向く、ラナがぷいっとそっぽを向く。

 ラナもメガネが似合いそうだ。属性マシマシになるけど。

「それとシュナ。いつも先陣を斬らせているが、今回は親父さんに任せてくれ。冒険者の父の剣技。勉強になるはずだ。しっかりと見ろ」

「おう」

 シュナは素直に聞いてくれる。

 ああ、でも、なんやかんやでシュナは最初から素直か。

 一通りパーティを見回して、問題がないと判断。

「行こう」

 いざ、妄執の狂階層に向かって。

 鬼が出るか蛇が出るか、それとも?

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